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【仮想関ヶ原】豊臣秀長VS徳川家康 

1 :人間七七四年:2007/12/27(木) 18:54:37 ID:D1OUTlXu
豊臣秀長長命を仮定。
家康は秀長を筆頭に豊臣排除に動き出す。
果たして、両雄につく大名は?
果たして結果は?

696 :人間七七四年:2008/05/27(火) 17:08:44 ID:98Sh8xtP
秀長が健在なら、間違いなく深く関わっている案件だろ。

ただそのへんのifを語り出すとまたループしそうな気が。

697 :人間七七四年:2008/05/27(火) 22:31:50 ID:zFOupJoA
>>693
秀頼だって全部秀吉のせいになんかできねーよ。
ドサクサにまぎれてナニ言ってんだ。

698 :人間七七四年:2008/05/27(火) 23:10:41 ID:oUhJDSqM
秀長が嫌いな人は、自分が吐いた言葉を引っ込められなくて、必死ですね。
でも、正直、このスレではない別の場所で頑張ったほうがいいと思います。
ボクたちは、あなたが消えても、別に叩いたりしませんから、安心して去ってください。

699 :人間七七四年:2008/05/27(火) 23:38:17 ID:HsqPslQt
俗説では唐入りに秀長は反対派だし、秀長が生きてれば秀次に出番ないから殺されないし、
秀長は利休のパトロンだから利休事件も起きそうにないし、よほどの失政なんかないし、
それらを否定するには余程強引なifしかないし。

700 :人間七七四年:2008/05/28(水) 05:29:07 ID:L3UaJj88
秀長の反対で唐入り計画が遅れたという史実はないから、反対してなかったか、反対しても止められなかったかのどちらか。

鶴松が死んで、秀頼が産まれる保証はまったくない状況で、誰も後継者をたてないとは考えにくいし、秀長がいてもその
状況は変わらない。

秀吉こそ利休最大のパトロンだったのだから、パトロンだからという理由は意味をもたない。

別に強引でもなんでもないが。

701 :平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA :2008/05/28(水) 09:39:55 ID:1VqPjZSd
>>689
東海道の豊臣恩顧の武将が徳川につかない限り
関ヶ原の戦いにはなりません。
秀長が生きてる間は無理。考えられない。

702 :人間七七四年:2008/05/28(水) 16:39:54 ID:19/767+K
秀長が生きていたら唐入りも成功しかねないからな・・・

703 :人間七七四年:2008/05/28(水) 18:47:28 ID:5yerGKgZ
宣教師コエリョとの会見において日本は美濃守に譲ると秀吉が述べたという記録が残ってたりもする。
これはこのIFにおいては参考にできる材料と思うけど。

704 :人間七七四年:2008/05/29(木) 20:47:14 ID:bytJz+qy
KWSK

705 :人間七七四年:2008/06/14(土) 11:08:45 ID:WyDAXQvZ
「太閤秀吉と豊臣一族」では秀長は無能扱いだな

706 :人間七七四年:2008/06/14(土) 12:20:09 ID:4L6tNPit
>>697
史実は全く逆で秀吉のせいにするどころか秀吉は恩義しか与えていないと主張しているからな
ならば悪いのはすべて三成のせいだと武断派が主張し始めたことから
豊臣が分裂して崩壊の道を突き進んだわけで
むしろもう少し秀吉のせいにすべきだったと思うよ

707 :人間七七四年:2008/06/14(土) 23:32:42 ID:TxPbyUni
>>706
世間が秀吉の時代を悪く思えば思うほど、豊臣政権は存続の必要がなくなってしまう。

だが秀頼が立て直さねばならないのはその豊臣政権であり、
また逆に「豊臣秀頼」という人物の価値も、その豊臣政権創始者・秀吉の実子である。
という以外には何も存在しない。

家康が関ヶ原後、既に実力ナンバーワンだったことはもう疑う余地が無い。
それでもなかなか豊臣政権の火を消し切れなかったのは、
西国を中心に豊臣政権に対する需要が根強く存在していたからであり、
だからこそ豊臣秀頼という人物の価値も低下しなかった。

そんな秀頼が秀吉や豊臣政権の価値を自ら低下させてしまったら
世間が徳川政権寄りになっていく事を止める理由がなくなってしまうよ。


708 :人間七七四年:2008/06/15(日) 10:47:46 ID:Wsi4nKUH
つまり>>706のとおり「秀吉は恩義しか与えていない」で通そうとしたわけだが、それでは治まらなかったと。

709 :人間七七四年:2008/06/15(日) 14:45:03 ID:rWo52TZ8
通そうとしたと言うより、それで通す以外に方法が残されて無かったと言うべきだろうね。

例えば秀頼が関白や将軍のような
豊臣政権の存続とかに関係なく客観的にも日本を統治しうる立場であったならば
また違った方法もあったかもしれないが。

710 :人間七七四年:2008/06/15(日) 14:54:12 ID:JdUZ7f1D
五歳で元服、関白位就任って100%無理だったの?

711 :人間七七四年:2008/06/15(日) 15:17:59 ID:hVImLT7w
>>710
その時代は数え年が基本だから秀吉死去の頃の秀頼は六歳。
慶長元年に改名。「秀頼」
慶長二年に元服。従四位下左近衛権少将に叙任。
慶長三年に秀吉死去。
強力な後ろ盾がない以上、強硬手段は難しい。

それに豊臣秀次が自害した後、関白職が空位だったことも影響があるかと。




712 :人間七七四年:2008/06/16(月) 00:18:07 ID:6Y6bA00l
秀長生存スレだからスレ違いだろ

713 :人間七七四年:2008/06/16(月) 11:33:41 ID:2LU62kS9
いっそ秀吉vs秀長で

714 :人間七七四年:2008/06/16(月) 14:36:51 ID:Auqki96B
IFは大好きだけど個人的想像の中じゃ秀長VS家康で合戦に到るまでがあまりに無茶すぎて困る
前田利家があと10年長生きしたらとかならアレコレ想像出来るんだがな。

715 :人間七七四年:2008/06/16(月) 17:39:29 ID:zk/UZvFP
秀長死亡から関ヶ原まで、いろんな出来事が起こっているから考えようによってはできなくもないんだが。

ifの範囲が広すぎて語りにくいんだろうな。

716 :人間七七四年:2008/06/16(月) 20:15:56 ID:vE1UuoyG
秀長が存命だったら家康は大名のままで終わってたな
秀次でも仕掛けるのは難しかったんじゃないかな?
(秀頼が出生してないと仮定)

世継ぎの秀頼があまりにも幼かったのが豊臣家の敗因

717 :人間七七四年:2008/06/16(月) 21:57:24 ID:HoUQokoe
世継の幼さも勿論ですが親豊臣派の内部分裂が関ヶ原合戦という最悪な形で表現されてしまったことも痛い。




718 :人間七七四年:2008/06/16(月) 22:08:20 ID:HAnj48Pj
秀頼が出生していないのなら、秀吉もボケなかったろうから秀長長命以上に歴史が変わるな。

719 :人間七七四年:2008/06/16(月) 22:08:47 ID:djhSQQJR
実際問題、前田利家が存命中は家康も結局ちょっかいを出すだけで終わってるだろ。
和睦したけど、あれは前田の判定勝ちみたいなもんだと思う。
なにも利家の方が家康より上だった言ってるわけじゃなくって、
利家の方が家康よりも、豊臣家の大名達への影響力が大きかったってこと。
秀長は当然利家よりも更に影響力が大きいし、そこまで読めない家康じゃないと思うな。
秀長存命中ならそんなリスク犯すよりも、豊臣家の一門として(一応家康自身秀吉の妹の夫だし)、
政権内における徳川家の影響力の拡大に努めると思うな。
あとはせいぜい秀長とどっちが長く生きるか我慢比べだな。

720 :人間七七四年:2008/06/16(月) 22:25:36 ID:HAnj48Pj
利家とのいさかいは、あの和睦ですますつもりなんてまったくなかったと思うぞ。一時的な仕切り直しであっても。
家康は前田家を潰したいんじゃなくて、豊臣家を潰したいんだから、むしろ利家には敵対する連中の旗頭となってもらわないと困るだろう。

721 :人間七七四年:2008/06/16(月) 22:41:29 ID:oz59XVKo


722 :人間七七四年:2008/06/19(木) 01:12:26 ID:i/8tGCk5
>>719
賤ヶ岳であれだけ完璧なタイミングで裏切って家を保った前田利家と言う人物が
あの状況で豊臣家のために命まで張るわけがない。

ちょっかい出すだけと言うけど、家康は秀吉の死後に大名同士の婚姻を無断で行うという禁忌を
堂々と破ってるので、本気で利家が家康を潰す気であったならば、あんなパフォーマンスではなく
はっきりとした理由で糾弾して家康を追討する事も当然できた。
その後に上杉景勝なんかは国に帰っただけで攻められる羽目になってるんだから。
病気だから気力が無かったと言う話にもなっているが、
別に糾弾さえすれば実行役は他の人物でも問題ないし、五大老で糾弾する事はできるのに
他は何も実行できないと言う理屈も変な話。

最低でも不当に行われたこの婚姻を破棄させるのは当然の結論だろう。
だが、「注意をする」という自分の存在感を発揮する最高の政治的アピールをしただけで
なんら家康の邪魔はしていない。この時点でどう見ても家康に敵意を持ってるとは思えない。

あのまま生きていて関ヶ原になったとしてもあまり仲の良くない
三成や上杉の陣営に加わってる姿も今ひとつ想像できない。

723 :人間七七四年:2008/06/19(木) 13:07:58 ID:vQLL+vXs
利家ってプロレス向きだよな。
けなしてるわけじゃなく。

724 :人間七七四年:2008/06/19(木) 14:49:32 ID:bU5FsYH4
加賀殿は鼻毛でも伸ばしてればそれでいい。

725 :人間七七四年:2008/06/19(木) 19:29:03 ID:a3nnZePW
>>722
死ぬ寸前の病人が命はって和睦交渉しに行ってんじゃんw
まぁ戦する気はないよ
基本利家と家康仲悪くないしな、豊臣政権下の十数年重鎮同士結構仲良くやってる
文治派武断派のようにいがみあってたわけじゃないし、姻戚問題勃発して速攻豊臣家真っ二つにしての大戦は乗り気じゃなかったろう

ただね、本当に死ぬ寸前の病人だったにしては十分豊臣家に尽くしたと思うよ
遺言見ても利長に兵を在中させ大坂に三年留まれ・利政は金沢で準備しとけとしっかり残してるし
実際加賀征伐の時も前田家は豊臣家に助力求めて一戦交わろうとはした、何故か豊臣からは無視され、人質送るはめになったけど。

「あのまま長生きして関ヶ原」ならどう考えても西軍陣営だろ、戦力差を考えてもまず東軍につく理由がない
あまり仲良くないとはいえ大坂城の前田邸に三成かくまったりしてるくらいだしそんな事で西軍陣営にいないって事はないだろ

賤ヶ岳ひとつとってそこまでボロクソ言われるのはちょっと酷だろ

つーか家康VS秀長どこいったw

726 :人間七七四年:2008/06/19(木) 21:38:24 ID:uVjvLguC
すまん、利家のこと持ち出して混乱させてたのは俺だ。

まあ要はさ、家康が秀長と対立することになったら
誰が家康側につくのか、ってことを言いたかっただけで。
秀長、家康個人の力量よりもそっちの方がよっぽど大事だろう。
豊臣恩顧の大名と近畿・西国は軒並み秀長につくだろうし、
上杉・前田だってわざわざ家康に付く義理も理由も特にない。
奥羽の蝙蝠はわざわざ不利な家康の側に積極的に味方するような奴じゃない。
そんな状況で勝算も考えずにあの家康が仕掛けるかなぁ、と。

よっぽど秀長が隙だらけで、人望を落としまくられるような謀略にでもかからなきゃ無理だろ。
まあでも朝鮮の役の後、政権担当者として石田達をかばって
‘武断派’との対立に引きずられて、加藤・福島・黒田達と敵対しだしたりしたらありえるかな?

727 :人間七七四年:2008/06/19(木) 21:43:32 ID:zMmEGkp7
所詮は補佐が限界の人物で、逆にトップになると上手くいかなくなるんじゃない
今の福田首相みたいに

728 :人間七七四年:2008/06/19(木) 21:47:39 ID:eu2yH/ud
福田が補佐役として有能だったのか?

729 :人間七七四年:2008/06/19(木) 22:21:14 ID:i/8tGCk5
>>725
ボロクソ言われてるように感じてるようじゃまだ若い。
最高の賛辞のつもりだったんだがな。

戦国大名として愚直なのは無能と大差ない。
そういう連中は皆、関ヶ原で家康に踊らされたわけで。

730 :人間七七四年:2008/06/19(木) 22:48:17 ID:xd8WmMmB
徳川家康が秀吉死後に豊臣政権をつぶそうとして起きたのが関ヶ原の戦いであるという、秀吉死後の豊臣政権の構造をしっかりと理解しない説

731 :人間七七四年:2008/06/19(木) 23:10:27 ID:I3y1wZRn
>>727
そういうのよくいわれるけど
秀長が家臣でありしかも弟であったから言われてるだけで
そんなの家臣であれば誰にでもいえることでしょ

732 :人間七七四年:2008/06/20(金) 00:45:54 ID:IaH1pCeG
なんかキーワードでたっぽくね?

いかに秀長の名声を貶めるか。


IFの上塗りか…

733 :人間七七四年:2008/06/20(金) 06:16:42 ID:gwnr1CGa
秀長死亡時って豊臣家の最盛期といってよい時期なんだが・・・・
秀長だけその時のイメージのまま、秀吉臨終を迎えられるというのを前提に話しているのがいるな。

734 :人間七七四年:2008/06/20(金) 09:04:33 ID:iLmqp8am
秀長の死去した後に秀次始末と朝鮮遠征という大事件が起こる
これを秀長とどう絡ませるかで「もしも」の可能性が無限大に広がってしまう
そうなると秀長が死去した時のイメージが軸になるのはしょうがない

735 :人間七七四年:2008/06/20(金) 19:19:12 ID:7CQI5evr
しかしそのへんをすっ飛ばして、関ヶ原の「もしも」は語れないだろう。
関ヶ原の遠因と呼べる出来事は秀吉存命中から起こってるわけだし。

736 :726:2008/06/20(金) 20:01:55 ID:jv93pJXY
秀長は豊臣家の代行者というか、実質的な軍事・政策担当者として機能していたわけで
秀吉が死んだからといってその影響力が消滅するいわれはないだろう。
秀長ガ死んじまったからこそ、家康・利家筆頭の五大老なんてわけわからんもんを
しかも秀吉の晩期につくらなきゃならなくなったわけだ。

史実で秀吉死後の豊臣家がグダグダになったのは
後継者秀次と秀長(ついでにその後継者の秀保)の死亡で
残ったのは赤ん坊の秀頼だけという豊臣家としての核がなくなった状態だったからなわけで。

ただよく考えると、生き残ったとしても豊臣家唯一無二の軍事・政権担当者として
秀次始末と朝鮮の役の不始末の責任はひっかぶらなきゃならんから、影響力の減退もありえるな。
絶対権力者としての秀吉の代わりに、代行の秀長がモロに非難の的になりかねんな。
そしたらやっぱり家康の付け入るチャンスもできるかもね。
生きてても下手したら史実での三成みたいに失脚しかねんね。

737 :人間七七四年:2008/06/20(金) 20:52:16 ID:4Py7lltL
>>736
秀次始末>>秀長生きてれば起こらないかも。
朝鮮の役>>
秀長生きてれば
最悪、大勝で併合してしまって、家康にあげるとか?ウーン、イヤだ・・・



738 :人間七七四年:2008/06/20(金) 21:00:21 ID:QykHfZk6
朝鮮を秀長が併合してしまって疑心にかられた秀吉が家康に秀長討伐を命ずるとかもありですね。

739 :人間七七四年:2008/06/20(金) 21:24:07 ID:a7GFe5DA
秀長存命なら七将が家康の味方する事も無かったわけで…当然五大老すらいなかったわけで…

740 :人間七七四年:2008/06/20(金) 23:26:51 ID:+/LDLipl
しかし秀吉への不満が全部三成、他文治派にいったようにそれが弟である秀長にいく事は十分ありえる
暴君秀吉がいたから話のわかる秀長が慕われた、秀吉がいなくなれば当然秀吉の残した不始末は代わりに誰かが負わされる
徳川や前田などは豊臣家の家臣であって豊臣一族の人間じゃないから政権の不始末は負わされない
が、秀長は豊臣家の人間 当然怒りの矛先・責任は秀長に向かうだろう
そうなると秀長の人望も秀吉存命時からは格段に落ちそう、本人のせいではないがね

741 :人間七七四年:2008/06/20(金) 23:38:14 ID:a7GFe5DA
不満があっても家康や大名が秀長と戦できるわけないわけで…三成が政権の中枢にいたからすり替えれたわけで秀長相手だと完全な逆賊になるわけで…除々に政権を奪った訳で…徳川は立ち枯れかと…

742 :人間七七四年:2008/06/21(土) 07:09:04 ID:+706dtIW
うーん。秀長が生きていれば起きてないかもしれないifが多すぎて何とも・・・。

むしろ、関白にいずれは処断されたかもしれない。それぐらい、諫言と秀吉の
方針との対立が大きすぎる。

743 :人間七七四年:2008/06/21(土) 07:35:42 ID:VROtoK1z
>暴君秀吉がいたから話のわかる秀長が慕われた

晩年の秀吉はかなり独裁傾向が強いからね。人望のあるナンバー2というのは、孤独な独裁者の猜疑を産みやすい立場だから
それまでの片腕であっても粛清あるいは対立した例は少なくないんだよな。
秀次事件や唐入りで、秀吉と意見が対立するようなら危ない。

744 :人間七七四年:2008/06/21(土) 08:49:59 ID:HZqgZDsP
生きるには殆ど過労死だった彼の職責を減らす必要があり、
その結果、権勢は低下するであろう

745 :人間七七四年:2008/06/21(土) 11:18:13 ID:hHfRvQXT
いえやす

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