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【仮想関ヶ原】豊臣秀長VS徳川家康 

1 :人間七七四年:2007/12/27(木) 18:54:37 ID:D1OUTlXu
豊臣秀長長命を仮定。
家康は秀長を筆頭に豊臣排除に動き出す。
果たして、両雄につく大名は?
果たして結果は?

2 :  |ω・`):2007/12/27(木) 18:59:21 ID:ES2jHRxw
家康のウンコタベタイ

3 :人間七七四年:2007/12/27(木) 19:09:15 ID:D1OUTlXu
東軍
徳川家康
最上義光
本多忠勝
井伊直政
松平忠吉




4 :人間七七四年:2007/12/27(木) 19:15:29 ID:BSj8X8K5
秀吉に秀頼が生まれたので
秀長は秀次を養子にする。
関ヶ原自体が起きないのでこのスレ終了。

5 :人間七七四年:2007/12/27(木) 19:24:30 ID:D1OUTlXu

仮想という言葉ができない方がいらっしゃいます。

6 :人間七七四年:2007/12/27(木) 19:25:15 ID:D1OUTlXu
仮想という言葉が理解できない方でした。


7 :人間七七四年:2007/12/27(木) 19:30:11 ID:BSj8X8K5
要するに糞スレを乱立させるなと言いたいんですよ私は。

8 :人間七七四年:2007/12/27(木) 19:36:57 ID:D1OUTlXu
がはは!
そんなの、文章見てもわかんねーよ!

秀吉に秀頼が生まれたので
秀長は秀次を養子にする。
関ヶ原自体が起きないのでこのスレ終了。
イコール
要するに糞スレを乱立させるなと言いたいんですよ私は。

この方程式が解ける奴いるのかよ!
糞と思うなら書き込むなよ!



9 :人間七七四年:2007/12/27(木) 20:03:11 ID:vOL9BIW5
ワロタw

10 :人間七七四年:2007/12/27(木) 20:12:01 ID:D1OUTlXu


11 :人間七七四年:2007/12/27(木) 20:31:04 ID:BSj8X8K5
糞スレ立てて自分で荒らししてんのかw

12 :人間七七四年:2007/12/27(木) 20:43:55 ID:LveXhGvH
糞だと思うなら書き込まなきゃいい

うん、まさにその通り

13 :人間七七四年:2007/12/27(木) 20:47:17 ID:D1OUTlXu
ww

14 :人間七七四年:2007/12/27(木) 20:57:11 ID:d4eKQko+
秀長が秀次を養子すると一切の権力抗争が起きるはずがないという
思考経路に興味心身

15 :人間七七四年:2007/12/27(木) 21:56:41 ID:d9eWpiWp
秀長勝ちそう

16 :人間七七四年:2007/12/27(木) 22:26:01 ID:Qhs3n3fn
そもそも秀長相手に家康が喧嘩を売るのかという気が
逆に秀長が家康相手に無茶するとも思えんが
狸同士の腹の探りあいで終わりそうだけど

17 :人間七七四年:2007/12/28(金) 00:07:01 ID:yn1FRVwH
家康勝てない

18 :人間七七四年:2007/12/28(金) 00:34:32 ID:Rl/fziln
公平を期すなら小牧直前に秀吉が急死して秀長が跡を継いだという仮定でやるべきだろ

19 :人間七七四年:2007/12/28(金) 01:56:02 ID:R0NynWTP
それ全然公平じゃねぇだろ笑

20 :人間七七四年:2007/12/28(金) 05:35:29 ID:TrorbZKC
秀長が藤堂高虎の献策で家康に寝返り情報を漏らす役になる

21 :人間七七四年:2007/12/28(金) 13:54:17 ID:j4TsTKzI
淀君の発言力は低下を余儀なくされると予想。秀長ってどの程度の石高を持っ
てたの?大和て寺社領が多くて実高はそれ程なかったと思うんだけど…。賢い
人教えて下さい。


22 :人間七七四年:2007/12/28(金) 15:16:28 ID:2d3rgKYP
>>21
ウィキペディアによれば116万石。
確かに治め難い土地だが、大大名。

23 :人間七七四年:2007/12/28(金) 19:04:04 ID:j1dvMWcd
京・大坂のバック丸ごと護っているような配置だよな
大和郡山城もかなり巨大だし

24 :人間七七四年:2007/12/31(月) 16:33:53 ID:b8IqXy9m
慶長五年まで秀長存命なら、豊臣恩顧の諸大名で家康に味方する者など一人もいないから、戦など起こらねえよ。
秀長存命なら、史実のような秀吉死後の家康の悪行三昧自体できないんだから。
武略でも家康は、四国九州を平定した秀長より劣るし。

25 :人間七七四年:2007/12/31(月) 17:02:36 ID:t+ehT+Ti
>>24
そこらへんは秀長と家康の動き方ひとつで変わる
まともなら家康はまったく動けないがけどね
吏僚派と武功派、秀頼周辺と秀長家中、五奉行と五大老、地方と中央の動きがからむと色々変わる可能性がある
秀長は自分からしかける方ではないだろうし、融和策を選択する可能性が高い
その融和策がどんなものか、家康がどう絡んでくるかを考えると面白い

それと秀長の武勲は秀長の才能も確かにあるのだが、秀吉の後ろ盾が大前提にある
その秀吉と内実はともかく表面上は対等にわたりあった家康とは簡単に比べられない

26 :人間七七四年:2007/12/31(月) 17:44:29 ID:b8IqXy9m
吏僚派と武功派:秀長には全く頭が上がらない
五大老:秀長存命なら存立していなかった可能性も高い
地方と中央の動きがからむ:絡まねえよ、秀長存命なら

>秀長は自分からしかける方ではないだろうし、融和策を選択する可能性が高い
秀長と家康では、力関係でどっちが上か考えたら、こんな愚考思い浮かばねえだろ。
家康が仕掛けない限り、秀長が動く必要など無い。
仕掛ける必要があるのは家康の方だからだ。
だが秀長という大物が豊臣家に存在していれば、家康は手も足も出ない。
そもそも秀長存命なら、朝鮮への侵攻やその顛末さえ史実通りかどうかさえ疑わしいのだから、家康が付け入る隙など皆無だ。

>秀長の武勲は秀長の才能も確かにあるのだが、秀吉の後ろ盾が大前提
戦場で秀長の指揮命令下にあった諸将は、秀長個人の武将としての力量に信服しており、
無能な将の指揮では、戦の最中「秀吉の後ろ盾」など意味を成さない。
いかに「秀吉の後ろ盾」があっても、秀次や金吾のような若輩では、諸将を統率できないからだ。

つまり、秀長存命なら家康が内乱を誘った諸条件
1)豊臣家の指導者の不在
2)外征失敗による豊臣家中の不協和音
これ自体が存在しないわけだ。

27 :人間七七四年:2007/12/31(月) 17:50:17 ID:/BtBtDpu
秀長とかあんだけのパワーゲームだしな
四国九州はヘタレすぎる
あれが普通なら小牧でかなりの劣勢なのに粘っていい負け方した家康の評価が逆に上がる
小田原攻めでも徳川勢はかなりの活躍だしな

東海>関東>>>九州四国

28 :人間七七四年:2007/12/31(月) 18:05:27 ID:Ah9qS8nW
>>27
何を今更当たり前の事を言っているのだか。
だが、東海がすごいわけではない。
戦国三傑はすべて愛知県出身。
愛知>>>その他。
その他の中でどこが強いか弱いかなんて全然意味のない話。

29 :人間七七四年:2007/12/31(月) 18:49:40 ID:Bgc0l09A
但馬平定戦を忘れたらいかんぜよ

30 :人間七七四年:2007/12/31(月) 20:40:20 ID:iHJILu5W
>>26
なるほどぉ・・でも歴戦の武将達の旗頭に担ぎ上げられるには突出した戦勝
の経歴が必要なのではないかな?

31 :人間七七四年:2007/12/31(月) 21:48:14 ID:Ah9qS8nW
>>30

四国討伐:
10万の連合軍の総大将。
毛利一族、宇喜多、豊臣子飼大名を指揮して
全盛期の長宗我部元親をフルボッコ。完全試合

九州討伐:豊臣全軍の半分に当たる10万の南軍の指揮官。
全盛期の島津四兄弟をフルボッコ。ノーヒットノーラン。

うん。関ヶ原で求められる「10万以上の連合軍を指揮して勝った」経歴は
「たった」の2回だね。
四国と九州の諸将は、地域最強の大名をボコボコにした秀長が総大将になったら
「実績ねーよ、こいつ」って思うかね?w


32 :人間七七四年:2007/12/31(月) 21:50:04 ID:/jUVDu/k
なんだたった2かよ・・・・


33 :人間七七四年:2007/12/31(月) 21:54:19 ID:Ah9qS8nW
>>32
そう、「たったの」2回なんだ。
笑っちゃうよね。
ちなみに家康様はなんと0回だ。
レベルが違うよね、東軍余裕www
あと他の大名も1600年に生きている人間で
10万の連合軍を指揮して勝った人間は誰もいない。
「たった2回」の秀長じいさんの実績なんか
だーれも認めないかもねwww


34 :人間七七四年:2007/12/31(月) 21:54:24 ID:t+ehT+Ti
>>26
ここだけ
>>秀長の武勲は秀長の才能も確かにあるのだが、秀吉の後ろ盾が大前提
>戦場で秀長の指揮命令下にあった諸将は、秀長個人の武将としての力量に信服しており、
>無能な将の指揮では、戦の最中「秀吉の後ろ盾」など意味を成さない。
>いかに「秀吉の後ろ盾」があっても、秀次や金吾のような若輩では、諸将を統率できないからだ。
ここはその前の
>>24
>武略でも家康は、四国九州を平定した秀長より劣るし。
に答えたもの

秀吉の後ろ盾とは秀吉が中国・四国・九州攻めのお膳立てというか指示をしたことも指している
秀吉という存在がなければ秀長が指揮して戦場に行くということはなかった
そもそも戦国大名である家康と秀吉の家臣である秀長とは立場が違う
つまり秀吉が登用し指示をだしたからこそ秀長は器量を示す場所を与えられた
自分から率先して戦の指揮をとったのではないし武士になったわけではないだろう
逆に家康はあなたのいう悪行三昧の末に自分の天下をつくった
四国九州平定と天下平定とどっちが上か
秀長がいなかったからだというかもしれんが当時の人が武運というものをどれほど大事にしていたか

ついでにいうと九州に本腰いれたのは家康が上洛し、秀吉に臣従したあと
それも妹を家康の嫁にだし、なおかつ母親を人質にだすという奇策を秀吉はもちいている
当時の状況から力攻めで徳川を潰すことも出来なくはないにもかかわらずだ

秀吉の期待以上の成果を秀長はあげているけどね

35 :人間七七四年:2007/12/31(月) 21:59:54 ID:lY4W8Q3A
この板で比較的盛り上がるのはアンチスレやifスレくらいだが、
さすがにこれはなぁ。
利家あたりなら色々検討する余地はあるけど、
どう考えても秀長が存命なら家康は仕掛けない。

36 :人間七七四年:2007/12/31(月) 22:01:49 ID:Ah9qS8nW
>>34
いや、家康様はすげえよwww
ID:t+ehT+Tiが、
仮想関ヶ原のスレなのに関ヶ原で勝った後の実績&実力を持ち出して
意見のべたりしたくなるくらいに、家康様はかっこういいし、すげえwww

37 :人間七七四年:2007/12/31(月) 22:07:45 ID:t+ehT+Ti
家康が天下をとれたのは朝鮮攻めの失敗による豊臣家の求心力の低下と
厭戦気分が全国に蔓延し、人材のいない豊臣に代わる天下を世間が求めたこともある
秀長がいきていれば朝鮮攻めがなかったかもしれないし、
あっても秀長が豊臣家の求心力の低下を食い止めたかもしれない

どっちにしろ家康の天下はきびしいから
家康も秀長が存命中は動かないでしょ

38 :人間七七四年:2007/12/31(月) 22:11:04 ID:t+ehT+Ti
>>36
仮想関ヶ原っていっても人物の評価や実力を測るのは史実の実績からになるでしょ
関が原前ならというか秀長存命中なら家康は天下の律義者で天下簒奪とは結びつかない高潔な人物ですがw

39 :人間七七四年:2007/12/31(月) 22:20:21 ID:Ah9qS8nW
>>38
まあ、凍傷大権現家康様だから、君がいつでも全盛期で考えるの、おkおk。
関ヶ原も、大阪夏の陣も、糞もらししていたときも、仮想なら全盛期の家康様で考えていいよw
史実の実績だから、その人物の最大値で考えるってルールを君が決めたようなもんだしww

40 :人間七七四年:2007/12/31(月) 22:32:07 ID:t+ehT+Ti
>>38
じゃあどのあたりの実力で測ればいいの?
三方ヶ原の糞もらしの時か?
この敗戦で家康は名も実力も上げたようだが
朝鮮引き上げ軍を収容したあたりか?
それなら関が原の時とほとんど変わらんじゃん
大阪の陣が論外なのは了承してるが関が原の時から比べて大きくかわってるとは思わんが
むしろ年食って劣化してるんじゃねえの


41 :人間七七四年:2007/12/31(月) 22:32:26 ID:t+ehT+Ti
ありゃ>>39だった

42 :人間七七四年:2007/12/31(月) 22:46:53 ID:Ah9qS8nW
>>40
はじめてか? まあ、ケツの力抜けよ。

お前さんは、関ヶ原の時点といいつつ、
「関ヶ原勝利後」の家康の実績&評価を使っている。
無意識か、意識してか、は知らんがな。
もっと言えば、戦後処理が終わって征夷大将軍になったあたりの
全盛期の家康の(他大名からの)評価を使っている感じだな。
関ヶ原は、勝利した時点で商社の評価は跳ね上がり、
しかもそこから数年の戦後処理の間にがんがん上がり続ける。
そこをそ知らぬ顔で「関ヶ原のときの……」などと
わざとごっちゃにする性根には皮肉の一つも言いたくなるさ。

単独の実力なら諸大名中バツグンの実力。
だが福島の顔色を終始窺わざるを得なかった状況。
その辺を無視して得意げに>>34、揶揄されたら仮面剥がれて>>40の態度。
も少し、ケツの力緩めて出直して来いw

43 :人間七七四年:2007/12/31(月) 22:52:54 ID:t+ehT+Ti
>>42
それはつまり関が原の前と後では家康の実力に差があるとでも?
対外的な評価には差がつくだろうが実力にはほとんど差はないだろ
しかも評価といっても同時代の諸大名や公家、商家、民草の評価だろ
家康自身の中身まで変わったとでもいうのか?
>だが福島の顔色を終始窺わざるを得なかった状況。
その状況をどう扱うかこそが力の有る無しになるんじゃないのか?


44 :人間七七四年:2007/12/31(月) 22:56:46 ID:t+ehT+Ti
ああちょっと考えたらなんとなくわかった
ようするに権力=実力というニュアンスなんかな
それなら関が原の前後では違うか

45 :人間七七四年:2007/12/31(月) 23:24:10 ID:Ykcd8qt2
話が噛みあってないな
権力と実力は違うと思うけど
権力だけなら天皇家が一番で豊臣本家が二番でしょう
そんで権力を使いきれるかが実力の一つかな
豊臣本家はふにゃふにゃで権力つかえんけど
実力もある秀長がいれば権力もうまく使えるでしょ


46 :人間七七四年:2008/01/01(火) 00:18:03 ID:xF3BsBAf
>>45
>権力だけなら天皇家が一番で豊臣本家が二番でしょう
それは権威であって権力ではないと思う

47 : 【凶】 :2008/01/01(火) 00:27:45 ID:hvsmDYfO
同意

48 :人間七七四年:2008/01/01(火) 23:11:36 ID:G0SKEzp8
10万の兵を率いて大過なく当初の目的を達成した名人秀長には歴戦の武功
を誇る武将達を敬服させる実体もあったということで良いのかな。
動員できる兵数が敵を圧倒すれば誰が頭でも上手く良くという認識は確か
に誤りでした(<<35の言うように利家は末森城での勝利で資格所有だが秀
長には他を圧倒する武功は無い)。動員兵力が大きいほど統率は困難にな
るからね。
だとしたら秀長長命のため一枚岩の豊臣家が、その総力を持って関東の仮
想敵国を豊臣家の将来のため(まさに家康のように)自分の存命中に滅ぼ
そうとすることは仮定でも有得ないと断定するのは何故だろ?秀吉がしな
かったから?

49 :人間七七四年:2008/01/02(水) 16:44:57 ID:jAzx2mgI
但馬平定戦の武功が全く無視されている件。

50 :人間七七四年:2008/01/02(水) 17:30:24 ID:Osx30v8Z
つーか秀長存命なら、秀吉死後、
秀頼の天下を秀長に取られると思った淀が
家康に秀長討伐を命じることもありえるかも。

まっとうな大名家なら可能性は低いが、淀ならやりかねん。

51 :人間七七四年:2008/01/03(木) 22:58:36 ID:hiOJXwn4
<<49
但馬平定戦はその後、秀長が四国征伐を成就できた要因の一つと考察させて
もらいました。

52 :人間七七四年:2008/01/04(金) 12:56:52 ID:LqYT2fzE
>>50
でも秀長ほどの声望のある人物を淀殿も家康もそうそう
簡単に手を出せはしないだろう。

53 :人間七七四年:2008/01/04(金) 18:51:14 ID:aLZYf761
「まっとうな大名家」ではないので淀殿(無位無官のただの人)がいきなり
内大臣に命令するほどの権力を握っているのだ。
ねね派vs淀派・武官vs文官・尾張出身vs近江出身
まっとうで無い大名vsまっとう大名。
家康が双方を煽って豊臣家真っ二つ。地方においては北関東のまっとう大名
佐竹が淀派につくので家康は後顧の憂い無く西へ向かって活動が可能。

54 :人間七七四年:2008/01/04(金) 22:27:21 ID:mrq17SrS
>>53
ねね派対淀派 の争いはなかったんでしょ?
司馬遼太郎が定説作っちゃったけど、
ねねの派閥には三成(娘が幼女になっている)や
大谷吉継(母親がねねの秘書官)が入っているわけだし。

そもそも、関ヶ原時点で淀殿の発言力はないに等しい。
淀殿が発言力を持ったのは、あくまでも、
武士の束ねを家康が手中に収め、ねねが完全引退を宣言して去ったあと、
「世間から取り残された女の城」となった大坂城の中だけ。
まだ「正当な政権機構」である1600年8月までの時期の豊臣政権の中では
淀どのの発言力なんて、全然絶対じゃない。

55 :人間七七四年:2008/01/05(土) 20:17:19 ID:2bC5K5ei
>>54
話がそれて申し訳ないのですが、ねねは関ヶ原で東軍に加担したものと思っ
ておりましたが、どこか得心していませんでした。西軍に加担してもおかし
く無かったわけだ、次代を担う者達に全てを委ねたということで納得してし
いました。ご教示有難うございます。


56 :人間七七四年:2008/01/05(土) 22:27:06 ID:2bC5K5ei
「秀頼のこと頼みまいる」のところを読むと泣けてしまうんだよねぇ。
秀吉とねねの無念をはらすため長命秀長はまさにはまり役なのに。

豊臣家内部の分裂を危惧した秀長が三成の権能を全て剥奪、蟄居処分、
無念の三成が家康を巻き込んで当面の政敵を排除することを画策する
というのはどだ?

57 :人間七七四年:2008/01/06(日) 17:41:01 ID:FsPNql7w
約4千の兵で但馬を平定。家康はできるかな?

58 :人間七七四年:2008/01/06(日) 18:26:30 ID:pHw0EnHq
>>57
できないわけがないだろう。
独立して三河のほか勢力を蚕食していた頃の兵力ってそれくらいだし。
むしろ、姉川の戦い辺りまで、家康が動かしていた兵力ってそれくらいだし、
やっていたことも同じような蚕食線だ。
むしろ3000〜17000(長久手戦)レベルで、しかも長期の侵略戦が
譜代の戦力を一番うまく使えて、家康ももっとも経験豊かな得意技で、
そのレベルの戦いでは秀長が勝つのは難しいだろう。
秀長の強みは、混成部隊の大兵力をうまく運営すること。

関ヶ原のような戦いになれば秀長は滅茶苦茶強い
(というか他の人間は経験がなくてどたばだたする)だろうけど、
4000人でコアな譜代で戦えといったら、なりあがりの豊臣は徳川に対して滅茶苦茶不利だよ。



59 :人間七七四年:2008/01/06(日) 19:10:55 ID:iiiXAXv0
>>56
内部分裂を危惧して、三成だけを引き離してもな
襲撃されたのは三成だけど(しかもこれは内部分裂というより対家康の
姿勢の違いも大きい)、裁判で清正らと争ってたのは小西達だ

まあでも三成派と家康派が合流して秀長たちと天下分け目でもいいな
三成と家康って一応縁戚関係なんだろ?

60 :人間七七四年:2008/01/06(日) 19:36:32 ID:F3lXvtHh
徳川の三河武士はガチだからな
甲州兵もいわゆる死ぬほど活躍しないといかんかったという意味では三河武士並に戦ったが
関東兵が最大兵力になってからはあんまり凄い!てのは無いな
「順当に凄い」ってのはもちろん凄いんだがw

61 :人間七七四年:2008/01/07(月) 20:57:45 ID:iYCh+0YT
秀長の但馬での兵力だが、実際はどうだろう。
秀吉の別動隊だから、実際は少なくても不思議ではないし、質もあまり良くなかったかも。

62 :人間七七四年:2008/01/08(火) 10:11:30 ID:xSuVwoMJ
但馬国は敗戦と裏切りでボロボロだったから調略メインだったんじゃね

63 :人間七七四年:2008/01/08(火) 20:47:39 ID:Nzub0ZwR
秀長VS家康にはなりそうにないなあ
秀長も家康も損得勘定がうまそうだから
そうそう争いには持っていかなさそう

そもそも秀頼を秀長はたてるのかな
案外家康と組んで地方優先政策をごり押ししたりして
そして石田VS家康・秀長連合軍勃発

64 :人間七七四年:2008/01/09(水) 00:01:33 ID:6bnOf19T
ないない

65 :人間七七四年:2008/01/09(水) 07:37:37 ID:YoV68gpF
ただでさえ光成VS家康の結果が家康の勝ちだったってのに
光成−親豊臣VS家康+親豊臣でどう光成が勝つのか

66 :人間七七四年:2008/01/12(土) 22:26:29 ID:yio+g0s3
【仮想関ヶ原】だと。アホか。
秀長長命なら、関ヶ原など起こりっこないだろ。
(1)乱の原因は何だ?
(2)徳川側に付く大名は誰なんだ?
答え:Nothing.


67 :人間七七四年:2008/01/13(日) 11:53:21 ID:CQBOQDn0
乱の原因としては、一例として長命秀長が豊家の長期政権化を図ると想定
してみる。秀長は豊家の派閥争いを収め、地方の大勢力の(徳川家がやっ
たように)削減を推進する。
徳川に付くのは上記から冷や飯をくった大名。

68 :人間七七四年:2008/01/13(日) 18:15:41 ID:6e6Td4yO
>>67
可能性低すぎ

69 :人間七七四年:2008/01/13(日) 19:21:33 ID:rK+ekHq4
>>68
可能性が低すぎることについて解説して頂いて脳内物質を得たい。

70 :人間七七四年:2008/01/13(日) 22:36:45 ID:BeyOd1Bs
ちょっとこの設定は厳しいなぁ。
ホット・ウォーにならんだろう。


せいぜい家康が親族の少ない豊臣家の弱点をつきながら、政治力を延ばすぐらいじゃないか?
最悪、家康の方が先に死んだら徳川家の大削減もありうると思う。
秀忠の代には三河一国にされてしまうんじゃないかな?

71 :人間七七四年:2008/01/14(月) 05:03:33 ID:c66wy9+y
秀長が長命で豊家政権安定なら家康に求心力が働か無いよ
秀長が秀吉より長生きなら朝鮮出兵も利久切腹も無いし豊家は安泰だ
淀殿が大坂城に入る事すら出来なかったと思う

72 :人間七七四年:2008/01/14(月) 13:56:30 ID:iqOMNlT9
秀長が長命を保ったなら、家康は一生猫を被り続けるしかない。
史実のように、家康は自分が賊徒の汚名を被ってまで乱を起こす愚か者ではないからだ。
秀吉死後も秀長が存在していれば、当然秀次も生存してるし、秀保だって生きているかもしれない。
金吾の所領も併せれば、豊臣一族の石高は優に徳川のそれを上回る。

加えて、豊臣恩顧の大名(宇喜多、加藤、福島、浅野、黒田、細川・・・)らと
親豊臣外様大名(上杉、毛利、前田、佐竹・・・)らの石高を合算すれば、
徳川など赤子も同然。

家康に100%勝ち目は無い。
後北条氏のような無様な結果になるだけ。

73 :人間七七四年:2008/01/14(月) 14:16:25 ID:2Kn0bMcP
関ヶ原はそもそも起きない…すでに結果は出てる。
仮装なら家康ぶざまに敗走。
よって>>7に戻るw

74 :人間七七四年:2008/01/14(月) 15:41:53 ID:fp8tqtlH
じゃあ、家康が勝算を感じるくらいに秀長が弱体化するシナリオを考えようか。

秀長、秀次事件や朝鮮出兵に反対、病気悪化 → 引退、領地は秀保に。
秀保死亡、秀長は隠居領5万石程度(小早川隆景の隠居領級)、
奉行がどんどん権限を奪って事実上蟄居に。
奉行、秀長、秀次の元領地で大封(史実と同じ)をもらい、権限強化。

以後、1598年まで史実どおり

秀吉死後、武断派が秀長を担ごうとするが、長年の失脚と病気の秀長を担ぐことにイマイチ乗り切れない。
奉行派は、秀長復帰後の報復措置を恐れて秀頼を抱えて家康と結ぶ。

これくらいで五分五分か。
これでも家康は「秀長が死ぬのを待つ」だろうなあ。


75 :人間七七四年:2008/01/14(月) 16:08:30 ID:uZ6Pc4vM
病床の前田利家にも仕掛けなかったしね
いくら実権がほとんどなくても影響力はあるだろう主家である豊臣の長老相手に無理はしないでしょう
むしろ秀長が家康に対しどうするか
そこまで弱ってて一か八かをやるかな

76 :人間七七四年:2008/01/15(火) 00:59:38 ID:Dy9fXNx4
大変遅くなってしまいましたが、解答下さった方にお礼を述べておきたい
と思います。なるほど、「名将は五分五分の戦などしかけない」し、豊臣
家の滅亡は秀吉晩年の悪政が最大要因ととらえると長命秀長がそれを回避
するわけだ。

「秀長が死ぬのを待つだろうなあ。」ってせっかくのシナリオがw

閑居している秀長のもとへしぶしぶ強面の諸将が旗頭になってくれと訪れ
るが次第に両者ともその気になっていく所は名場面でない?

一か八かの戦いを経ないで大をなした武将はいないのでは?と単純な疑問。
弱将の率いる部隊は難戦で即壊走し、全軍の壊乱を招くので、むしろマイナ
ス要因。自分は、むしろ反徳川だが、決死で戦場働きする直属軍が6万もい
るのは大きい(悪役は強いほど面白い)、戦場に軍勢を寄せ集めても全てが
全力で戦うとは限らない。と、当時の歴戦の武将達は単純な人数より実際に
戦う部隊とその周囲の部隊戦意のを量りながら帰趨を考えるはずと想像する。

77 :人間七七四年:2008/01/16(水) 17:27:36 ID:I2Vu2QM4
関ヶ原に固執せず、秀長と家康が対立したらってタイトルの方がよかったね。
外交戦だってありえる事だし。

馬鹿共は、関ヶ原なんてそもそも起こらないって一点張りだろ?起こったら
どうだろねって話なのによ。
それって、
「私とあなたが出会わなかったらどうなってたかしら?」
「そんなのしらねーよ」
という、寒いトークしかできない、話を盛り上げる事が出来ない寂しい人
と一緒だよね。

78 :人間七七四年:2008/01/16(水) 18:00:13 ID:OAxVEMv6
もともと成り立たない仮定持ち出して寒い妄想ぶちまけ、周囲を引かせてる低脳にはわからん罠。

79 :人間七七四年:2008/01/16(水) 18:25:14 ID:I2Vu2QM4
もともと成り立たない?
絶対成り立たないのかい?
絶対?絶対?
なんで成り立たないと言えるの?
批判するならするで、ちゃんと理由つけないと、ワイドショーのコメンテーター
みたいになっちゃうよ。

80 :人間七七四年:2008/01/16(水) 18:32:43 ID:y9TgVVd1
まぁどこかで決戦は起こるとしよう。
その場合の西軍総大将は勿論秀長でいいんだよな?
んで、秀長の人望などから軍容を考えるに、
西軍側の諸将はそのままでさらに秀長+福島その他と考えてさせてもらう。
家康が史実通り上杉征伐なんてアホ抜かしたとする。

そうなったらおそらく、「天下分け目の関ヶ原」じゃなくて「関東大征伐」になるんじゃね?
豊臣諸大名二十万 対 徳川直臣五万 てな小田原状態になるだろ。

まぁ上のは上杉征伐の件あたりは都合良すぎるんだが、そうでも無いと開戦の切っ掛けすら見あたらんのよ。
互角の勝負になる前提条件が妄想できないとシミュレートのしようもないんだ。
実際秀長の指揮能力で家康と激突したら面白いと思うんで、>>1がもう少し条件つけときゃよかったんじゃないかな。

81 :人間七七四年:2008/01/16(水) 18:36:11 ID:iLIYpQzN
確かに小田原攻めの再来にしかならなそう。

82 :人間七七四年:2008/01/16(水) 19:19:41 ID:u36wPmqq
小田原よりも小牧だろ
堅城小田原の支城ネットワークをずたぼろにし
唯一小田原城まで駆け込んだのは徳川だし
関東で粘られたら相当うざいぞ

まあそもそもそんな粘りする前に秀長は先に死ぬし
家康がその状況で上杉攻めることもないし
特大級のIF2個も出すと、もう何がなんだか分からないけど

83 :人間七七四年:2008/01/16(水) 20:16:36 ID:c+3VDfa+
1.秀長が秀吉よりも長命である
2.なにかの理由で家康と対立する

というのがとりあえず前提のスレだし(スレタイの関が原は無視が無難)
あまり堅苦しく考えないほうがいいかと

↓のスレともかぶるし、あっちのほうが話が広げやすいんだけど
ttp://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1193401801/

84 :人間七七四年:2008/01/16(水) 20:30:12 ID:y9TgVVd1
>>82
いや、秀長死ぬとか言われても困る・・・。長生きしたらって前提だけで死期まで考えてないから、俺。
それに上杉討伐の部分は都合良すぎると書いておいたんだがなー。

んで、小牧にはならんのと違う?
秀長が動くとすると、豊家との全面戦争になる可能性が高く、
単純に宇喜多、小早川、豊臣本家の合計石高は308万石。これに死去直前の秀長の所領を加えると424万石。
対する家康は250万+結城11万の261万石。
これだけ差がある上に小牧の時代は背後を北条に守られていた事を考慮しないと。

これだけ書いてアレなんだが、秀長の存在が大きすぎて徳川が決戦に及ぶ構図が思い浮かばん。
と言うワケで成り立たんと思うのですよ、俺は。

85 :人間七七四年:2008/01/16(水) 20:42:41 ID:c+3VDfa+
秀長がいる限り家康がどう動いても秀長相手ではまともには勝ち目はない
豊臣(秀長である必要はない)が徳川に難癖つけて徳川が諸大名の同情を集めた状況ぐらいしか差は縮まらない
それでも豊臣優勢は動かない
その前に秀長がなにがしかの手打ちに動くだろうけどね

86 :人間七七四年:2008/01/16(水) 22:13:16 ID:hLUolFfN
もし秀長が家康討伐を企んだら

家康「秀長様が余を討つ為、上杉と画策し兵をあげられた。そちたち、大納言様に恩義感ずるならば、遠慮なく帰られよ。」
一豊「我は内府様に従い申す。掛川城をお譲りいたしまする」
福島「此度の戦は、秀頼公に逆らう大老上杉景勝殿を成敗するためのこと。それに加担するなら石田治部少、大納言も敵である」
黒田「大老筆頭である内府様こそが秀頼君の代理。いくら太閤殿下実弟とはいえ秀長様が敵対するならば、それは秀頼公へ刃を差し向けたも同然です」

かくして、東軍は西軍と激突。東軍が勝利し、秀長、石田らは斬首となった。

87 :人間七七四年:2008/01/16(水) 22:23:17 ID:Enqi9tOv
秀長なら恩顧武将も当然、家康につくことは躊躇うだろ

秀長じゃなくて、如水にしようぜ

88 :人間七七四年:2008/01/16(水) 22:44:38 ID:uN+1X8+j
じゃあ俺様が秀吉をザオラルで黄泉返らせるよ
ザオラルだから失敗したらごめん
誰かザオリク使える人いるかい?

89 :人間七七四年:2008/01/16(水) 23:44:36 ID:ynMEMU00
エコエコ アザラク?

90 :人間七七四年:2008/01/17(木) 00:49:20 ID:vpJey5xr
利家が長命だったらって方がifとして成り立つと思うんだが

91 :人間七七四年:2008/01/17(木) 00:52:45 ID:aXMhWJUh
秀長が生きていたら、そもそも五大老五奉行三中老制の設置自体ないんじゃないの?
そうだとすると、徳川家の位置づけは豊臣政権下最大の大名とはいえ
公儀での比重はかなり違う(史実上の島津家程度か)ので、
前田家の謀反言いがかりや上杉征伐みたいな荒業はできないと思うんだけど



92 :人間七七四年:2008/01/17(木) 11:30:05 ID:S2OYJe04
>>84
そこまで行ったら、結城が家康につくかどうかわからん。
親近感のない実父のために共倒れになる義理を感じるかどうか。あと元から結城家にいる家臣も納得しないだろ。

93 :人間七七四年:2008/01/17(木) 12:23:17 ID:1ODnwj4x
多分前田が相手でも家康は不利だね。
石田だからこその勝利だろ。

94 :人間七七四年:2008/01/17(木) 12:54:37 ID:qqxOEwTl
戦場で采配取った経験の無い利家に期待しすぎじゃないか
個人では人望あったかもとは思うけど

95 :人間七七四年:2008/01/17(木) 20:08:47 ID:tR8UO3Ue
場所は関ヶ原に限らなくて秀長と家康の決戦が起こるとして
A豊家による全国統一の途上での決戦
B豊家弱体化による家康の政権奪取のための決戦
のどちらかで戦術的な状況も変わってくるから
おのおのについて考察した方がよいかも
ちなみに
C両者の勢力が拮抗した状態での最終決戦
ってのもあるけど、二人の性格からして
軍事的に冒険にでるというパターンって
想像しずらくないですか?

96 :人間七七四年:2008/01/17(木) 22:36:00 ID:r6HI3YNO
仮に秀長vs家康が総大将の戦いになったら、
秀長側には、徳川方についた藤堂高虎、小早川秀秋が間違いなくつくだろうね。
他の武将たちも秀長に恩義を感じている人が多いらしいからなあ。

97 :人間七七四年:2008/01/17(木) 23:05:50 ID:hyerX5Pp
そもそも秀長が生きていれば、太閤は秀頼のことを秀長に託すから家康がのさばる大義名分が生じない。

98 :人間七七四年:2008/01/17(木) 23:12:09 ID:r6HI3YNO
>>97
本多正信が言いがかりをつける

99 :人間七七四年:2008/01/17(木) 23:39:11 ID:3n60gsyu
>>98
秀長に切腹させられる
若しくは、豊臣家と関係修復最中の一向宗に暗殺される

100 :人間七七四年:2008/01/17(木) 23:42:44 ID:+3GvykiN
>>97
どうかなー
近親すぎると可愛い息子を差し置いて権勢握られたら…とか
要らぬ心配をしかねんのが晩年の秀吉クオリティじゃないか?

それでも豊臣の長老が居るなら家康はでしゃばって来ないか

101 :人間七七四年:2008/01/17(木) 23:46:11 ID:3n60gsyu
そういや、1600年ぐらいまで秀長が長い生きしてりゃ
家康の国替は・・・・蝦夷でも家康従ったかな?

102 :人間七七四年:2008/01/18(金) 00:11:25 ID:ScBJEVvn
晩年の秀吉は、秀長が死んだ失意でボケが更に酷いことになった面もあるんじゃないかな

103 :人間七七四年:2008/01/18(金) 00:26:38 ID:a9OvuoNz
>>100
秀次と違って秀長には跡継ぎの男児がいないし(養子はいたかな?)
先もそう長くないからたとえ一時的に秀長に権勢握られても
その後は秀頼、と思うもんじゃない?

104 :人間七七四年:2008/01/18(金) 01:36:13 ID:cONRFJXq
>>96とか見てるとIF厨は何にも知らないんだなぁとつくづく思う。
高虎は秀長の家老だったのに、秀長に付くだろうねとか。w

105 :人間七七四年:2008/01/18(金) 10:17:53 ID:2L7Cp8Q9
>>92
一応秀吉の養子になっていた時期もあるし、言われてみれば確かに。
関東平野のど真ん中で・・・とも思ったけど84の状態だと関係ないわな。

>>103
秀長の養子は娘婿の秀保。豊臣秀次の弟。つまり秀吉・秀長にとって甥に当たる人物。
とはいえ死去の直前に迎えた養子のはず。

106 :人間七七四年:2008/01/18(金) 13:53:24 ID:p6ZDo+sN
豊臣一族で唯一子造り上手は秀次ひとりだから殺されたのだろう

107 :人間七七四年:2008/01/18(金) 14:16:12 ID:p6ZDo+sN
秀長が元気なら後北条攻めも形が変わってたかもな
少なくとも改易にはならなかっただろう伊豆相模くらいは残して降伏させただろう
家康の関東転封も無く無問題だったかも


108 :人間七七四年:2008/01/18(金) 14:49:36 ID:2gQa2Bz0
>>107
確かに豊臣秀長は連合政権派。
北条家を取り込めることができればそれにこしたことはありません。
しかし北条氏直は徳川家康の婿という立場。
徳川家康と敵対するなら北条家を下手に残しても愚策。

(※連合政権派…豊臣秀長・千利休・前田利家・織田信雄・徳川家康)

109 :人間七七四年:2008/01/18(金) 15:30:21 ID:bnPs6eH2
>>108
逆に関ヶ原直前に家康が細川・島津あたりにしたような加増(北条氏の場合は一旦秀吉が取り潰しを言い渡した後で秀長
が秀吉に口利きする形で伊豆・相模もしくはどちらか一国を残してやる)をして、代わりに家康と絶縁して養女を娶るようにさ
せればよいのでは?
敵対する実力がなくなれば、勢いのある方に靡くだろ。

110 :人間七七四年:2008/01/18(金) 18:56:41 ID:aTY50PI0
>>104
秀長の家老だったからこそ秀長につくだろうと言ってるんじゃないだろうか…


最初秀長の過労って出た
今も昔も過労死は怖いですな秀長公

111 :人間七七四年:2008/01/18(金) 19:31:41 ID:RMpxHVoD
>>104
IFを思いつかなかったときが、武将の最期の時って感想を持ったこと
無いのかな?本能寺の信長、賤ヶ岳の佐久間盛政などなど
知識仕入れてそれで終りでは苦痛だと思うのだが?「オレだったらこう
したのに」とか考えるから面白いのではないか?

112 :人間七七四年:2008/01/18(金) 19:58:35 ID:cONRFJXq
>>111
「俺だったらこうしたのに」「知識仕入れて終わり」とはロクに知識も仕入れてない者が言う言葉。
知識仕入れる元は、「なぜ、こうしたのか?」を探求する為だから。

歴史の選択には理由がある。
その理由を探求する事によって当時の情勢、その人物の状況・思考原理を読み取りるのが史学。
知識仕入れて終わりだなんて、今現在の史学で解明された歴史なんて今だに一つもないんだけどな。
終わりと思えるのが正直凄いね、どれだけ史料あさっても終わりと感じた事など一つもないのに。

>>110
秀長の家老だから秀長に付くとは、100歩譲っても読めん。
というか、そんな風に書かない。

113 :人間七七四年:2008/01/18(金) 20:31:03 ID:QNlId7uJ
>>112
なにが悔しいの?

114 :人間七七四年:2008/01/18(金) 21:02:27 ID:MlmpETR/
>>112

>>「俺だったらこうしたのに」「知識仕入れて終わり」とはロクに知識も仕入れてない者が言う言葉。
後半はまぁわかる。が、前半はいただけない。
「なぜ、こうしたのか」と「俺だったらこうしたのに」は繋がるだろ。
これだけ選択肢があるのに何故それを選んだか。「自分ならどうするのか」を考えて、思う存分想像していいだろうに。
それが探求心ってものでしょ。そういった想像から興味を持つ人も多いんだ。
史学への一つの入り口だぞ。
生粋の史学家さんは認めないかもしれないがね。

つか何、空想(仮想・架空)戦記小説系の存在全否定するつもりか?
その言い方だと娯楽としての形にケチつけてるようなもんだぞ。

115 :人間七七四年:2008/01/18(金) 22:06:52 ID:EXpboAAp
お遊びスレで何で必死なの?
レスの粗探しだったら他の板でやって。

116 :人間七七四年:2008/01/18(金) 23:00:37 ID:cGIKMQkF
まず藤堂や黒田が秀長につくから家康はおとなしくしてるだろ
東北の連中は分からんが

117 :人間七七四年:2008/01/18(金) 23:48:04 ID:x/ySkMhB
家康は、前田利家にすら遠慮してたのに、慎重な彼が
利家よりも石高も大きく秀吉の縁者で人望のある秀長に、
わざわざ戦いを挑むわけなかろう。
秀吉同様に恐れさえ抱いてたのではないか

118 :人間七七四年:2008/01/19(土) 04:48:36 ID:cPqs4R7d
>つか何、空想(仮想・架空)戦記小説系の存在全否定するつもりか?
全否定するね。
あんなの御都合主義で何が面白いのかさっぱり理解できない。
というか架空戦記などは、はっきり言って知識不十分な者が書いた駄文。
あれみて喜ぶ連中の気が知れない。

>「なぜ、こうしたのか」と「俺だったらこうしたのに」は繋がるだろ。
繋がらないよ。
「なぜ、こうしたのか」には理由が存在し、また、その理由に行き着くまでの、その人物の持ちえていた情報や何やらがある。
それに対し「俺だったら・・・」というのは、あくまで結果を知り得て、また、本人が持ちえていない情報を知った上での選択。
そんなのは探究心でも何でもない。

というか架空戦記自体をバカにしてない。
架空戦記をしたがる連中は知識不足が多いと事実を指摘したまで。
それが不服な知識不足でないところを披露すればいいよ。

北条の件でも、秀吉が武蔵・相模・伊豆を安堵する条件を提示するはずだったのも知らずに書いてるしね。

119 :人間七七四年:2008/01/19(土) 05:49:59 ID:hLXtvQ0a
>>110
>秀長の家老だったからこそ秀長につくだろう

そりゃ当たり前。というか、当然過ぎて「何言っているの?」のレベルだから>104は皮肉言っているわけだろ?
秀長の家老である高虎が秀長の味方(というか家臣)として動くかどうか、という推測は、

「高虎って近江出身だから当時の近江なまりをしゃべれる可能性が高いんじゃないか?」

くらいにばかげて意味のない質問と推測だw

 

120 :人間七七四年:2008/01/19(土) 19:31:22 ID:+IZIofPR
>>118
>北条の件でも、秀吉が武蔵・相模・伊豆を安堵する条件を提示するはずだった
そうなのか
なんでご破算になったの?

121 :人間七七四年:2008/01/19(土) 20:10:09 ID:cPqs4R7d
>>120
しょうもないオチで悪いけど、この条件を提示して降伏交渉する前に北条が無条件降伏したから。

122 :人間七七四年:2008/01/19(土) 23:56:46 ID:X3fyR0sO
>>118
そうか、全否定されたか。このスレに居るって事は多少なりとも好きなんかと思ってた。スマンかった。

>>「なぜ、こうしたのか」には理由が存在し〜
いや、それを踏まえてだったんだが。えーと、将棋の感想戦とか変化みたいなものかな。
行き着く結果が・・っていいや。俺が感情移入し過ぎなだけか。

それと俺は>>107じゃないっす。

んで、話は飛んで戻りますが。
このスレは秀長が生きている状態では家康は動かなかっただろう、ってのが大多数でいいんかな?

123 :人間七七四年:2008/01/20(日) 00:23:05 ID:1cBxatcm
>>122
>>秀長が生きている状態では家康は動かなかっただろう

全盛期の人脈、石高、影響力を持っていて健康ならば、絶対動かない。
全盛期の人脈、石高、影響力を持っていて病気でも、絶対動かない。(あらゆる意味で秀長は利家のアッパーバージョン)
ここまでは鉄板。

どれだけ力を削られているか、条件が悪くなっていれば家康が立つか、の方向性は面白いと思うけど、
その論議はあまり好まれないのか、単発で終わる。




124 :人間七七四年:2008/01/20(日) 20:54:30 ID:I9XzDZpj
秀吉死後も秀長が矍鑠と存在してれば、家康が豊家を切り崩す口実もきっかけも全く見出せない。
よってホットウォーどころか、コールドウォーさえ家康は仕掛けられない。
何故なら家康は小田原征伐後関東移封を唯々諾々に受け入れたことにより、
豊臣政権に完全敗北しているからだ。

秀長生存を仮定した豊臣一門の国力は、徳川の約二倍はあるだろう。
加えて史実のような形で秀吉子飼いの大名の加勢を得られないならば、
徳川は孤立して滅んだ北条と全く同じ条件となる。

つまり、このスレ自体がナンセンスってわけだ。




125 :人間七七四年:2008/01/20(日) 21:17:54 ID:pkNtijsz
金山銀山は豊臣が仕切っていたし、加藤や福島などは豊臣の蔵入地みたいなもの。手となり足となり動く。
ケチな秀長が豊臣を動かしている間は隙が生まれることはない

126 :人間七七四年:2008/01/20(日) 23:14:06 ID:9/yNXUhW
秀長って地味に重要な戦いにたくさん出てるし
地味に大和郡山の町も発展させてるから
地味に軍事・内政ともにそうそう若い者に偉そうな顔されない実績があるね
いつだかの大河じゃスルーされてたけど
居ると居ないとじゃ豊臣政権的には大違いだ


でも地味

127 :人間七七四年:2008/01/20(日) 23:51:56 ID:MEfi071t
かの大納言卿生きておわせば・・・

128 :人間七七四年:2008/01/21(月) 01:37:20 ID:rbvSNEo/
そもそも家康が天下を取れたのは、豊臣政権の中枢に深くくい込んでいたからこそで
秀長が生きていたら、ただの外様有力大名。
天下の仕置きに参加できない以上、天下をとろうなんて問題外の外だろうね。

129 :人間七七四年:2008/01/22(火) 03:30:00 ID:A67PNHgw
羽柴兄弟の種の薄さは何?

130 :人間七七四年:2008/01/22(火) 14:03:00 ID:Ztu8h4gB
秀長が死んで秀吉が死んで利家も死んだから行動を起こしたわけで
秀吉、利家が死んでもまだ秀長が生きてたとしてらやっぱり秀長が死ぬのを待っただろ
秀次が生きてたらどうだったかを考えた方がいい

131 :人間七七四年:2008/01/22(火) 20:12:00 ID:VhGBlJkb
利家が死んだことで、豊臣政権が家康の傀儡になっちゃったからね。
内府の上に立てる人間が存在しないのが発端(秀頼は子供だからいないのと変わらん)

132 :人間七七四年:2008/01/22(火) 20:41:21 ID:1J/efhE/
思うんだけどさ、家康が鯛にでも当たって早死にした場合でも考えてみた方が早くね?

133 :人間七七四年:2008/01/22(火) 21:42:18 ID:H60MiwmO
徳川解体とか?
秀康、秀忠、家臣団とか面白そうだけどスレタイとかけ離れるな

134 :人間七七四年:2008/01/22(火) 23:32:55 ID:wJNeDGC/
<<124
孤立した徳川がカモなのがよく分かったけど、北条のように扱えたのに
どうして秀長は討伐しなかったの?

135 :人間七七四年:2008/01/22(火) 23:48:56 ID:vqwP1GnG
>>134
寝ぼけてる?

136 :人間七七四年:2008/01/24(木) 22:01:47 ID:9ObR/enR
>>135
寝ぼけてました。
長命秀長は想像するしかない架空の人物だということは誰もがあえて書こう
とも思わなかった、このスレの当然の大前提。
「ありえない」を証明するには架空の人物を語らなければならないだろう。
家康を語って「ありえない」というのは陳腐だなというのが本音。

137 :人間七七四年:2008/01/25(金) 05:46:02 ID:2a0qtZhW
>>136
今でも寝ぼけてんだろw
そもそも史実では秀長が小田原征伐後すぐなくなったのに「どうして討伐しなかった」って書いてしまう。
さらにgdgdと言い訳をする。
あえて書こうとしないじゃなく、「なぜしなかった」と質問アホがいなかったから。
仮定の状況の討論に存在しないことを引用してどうする?

138 :人間七七四年:2008/01/25(金) 21:44:20 ID:eZvjlx7m
>>137
この支離滅裂なのは>>124ではないな、「このスレ自体がナンセンス」と
断言するほど生前の秀長がもし長命しても豊家の直轄領より大きな封土を
持つ大諸侯には手を出さい無いと誰もが納得する逸話を彼は持っているは
ずだ。

139 :人間七七四年:2008/01/25(金) 21:57:57 ID:L2hoVDot
加藤や福島、大谷、石田など豊臣家臣領土は実質豊臣家のものでしょう。
秀長がいる間は裏切りはありえません。それらも含めると徳川をあっさり凌駕します。

140 :人間七七四年:2008/01/25(金) 22:08:21 ID:11ahz77Y
秀頼・吏僚系武将と加藤・福島・秀長
という対立が生まれる可能性はあっただろうか?
あっスレの趣旨と違うか

141 :人間七七四年:2008/01/26(土) 00:14:33 ID:gPV4Ikii
そういうの考えると家康の覇王ぶりが凄まじいな

織田は主力に、御家を割って勢力争いしてた奴の家臣
前半生何してたかよう分からんおっさん
身分の低いチビなどいつでも謀反して下さいといった模様
武田は意見のまとまらない村役場みたいな寄り合い所帯
豊臣は外様の力を残しすぎ
それに柔軟に対応できるよう子飼いも大きくした危うい連合

家康は父も祖父も20代で家臣に殺され
自身は人質としてたらい回し
20代で御家を真っ二つの三河一向一揆を強引にまとめ
年上で東三河・西三河をまとめてた酒井や石川を徐々に干し
若いルーキーを積極的に登用するも与力重視であまり私兵を持たせず
戦乱が落ち着くとそれも干す、とばりばりの中央集権

142 :人間七七四年:2008/01/26(土) 00:36:16 ID:E4fCbVX2
>>139
支援乙、秀長も家康も自分達が存命中の今がそれぞれの団体の力のピー
クであることを知っていたはず。徳川をあっさり凌駕する勢力を持った
秀長が豊臣家の将来のため、禍根を絶とうと思い立つのはごく自然だ
よね。

143 :人間七七四年:2008/01/26(土) 01:26:57 ID:/JysbqtS
秀長なら攻め滅ぼすのではなくなにかケチ付けて減封して力を削ぐだろ。
いきなりの改易や関ヶ原後の毛利みたいな大減封でなければ、
圧倒的な力の差に家康が戦を仕掛けることなく従うだろ。

144 :人間七七四年:2008/01/26(土) 04:48:17 ID:tIldoldB
秀長なら南陸奥常陸下野を家康に与えて
佐竹は上総下総、上杉に武蔵上野、前田に越後越中
福島が相模伊豆、蒲生に甲斐信濃
これ位の酷い仕置をしそうだ


145 :人間七七四年:2008/01/26(土) 10:58:17 ID:DSrcN9AQ
>>144
上杉が不満
福島も不満
蒲生が野心

で家康に篭絡されそう

146 :人間七七四年:2008/01/26(土) 12:28:37 ID:/JysbqtS
>>145
福島は大幅加増だから不満はないだろ。
武蔵、上野に上杉よりも上杉そのままで秀次を武蔵上野にする可能性が高い。

147 :人間七七四年:2008/01/26(土) 13:35:54 ID:YLs0DQxp
>>138の「豊家の直轄領より大きな封土を持つ大諸侯」って誰の事?
豊臣家の直轄地は400万石越えてたんだけど?

148 :人間七七四年:2008/01/26(土) 17:55:47 ID:sD7Qbcxl
「豊臣秀吉自身」の蔵入地と、「徳川家」の蔵入地を計ろうとするからややこしくなる。
秀吉+豊臣家臣領=「豊臣家」と「徳川家」を比べないと。徳川家250万石には本多など家臣領も含まれてるんだから。

149 :人間七七四年:2008/01/26(土) 19:16:53 ID:DSrcN9AQ
>>146
正則は清正と同じく一門意識だから 大坂に近い近江美濃尾張か畿内を望むだろ
それと秀郷は大封過ぎる
長生きしたら必ず野心を抱くだろうな

150 :人間七七四年:2008/01/27(日) 00:48:48 ID:vmlEB3Ld
吉継 清正 正則
秀郷 秀家
秀康 秀信
秀次 秀秋 秀保

実子はいないけど周りに結構な人材がいるのに活用でき無かったんだね

151 :人間七七四年:2008/01/27(日) 01:00:38 ID:/8DBVMvs
家臣の領地を含まず家康だけなら150万石程度だから、豊臣よりはるかに少ない。

152 :人間七七四年:2008/01/27(日) 03:33:51 ID:/8DBVMvs
>>149
氏郷な。
当初は会津42万石でも最終的に92万石の氏郷が甲信65万石にされても問題ないと思うけど。

153 :人間七七四年:2008/01/27(日) 05:20:21 ID:EiszLg8h
>>150
関ヶ原じゃ、宇喜多と福島が殺し合いしてくれてるもの。家康にしてみれば最高だよね。
勝手に豊臣同士で潰しあいしてんだから。

154 :人間七七四年:2008/01/27(日) 11:11:38 ID:b7YtFJjG
>>152
京に近いからね
武田遺臣を氏郷が手なづけて 家康と結んだら。。。。

155 :人間七七四年:2008/01/28(月) 03:35:08 ID:eXKEs84o
氏郷ってなんで評価高いの?神童だったから?
所詮六角の家臣の息子でしょ

156 :人間七七四年:2008/01/28(月) 03:48:16 ID:bo+0wY/o
信長に見込まれた婿殿だから。

157 :人間七七四年:2008/01/28(月) 03:51:13 ID:BpJEe7Ce
もうちょっとお勉強するなり氏郷スレ覗くなりしてくればいいじゃないか…


158 :人間七七四年:2008/01/28(月) 09:18:36 ID:Ms7kvapj
氏郷はスタイリッシュなイメージで得してる部分があるな

159 :人間七七四年:2008/01/29(火) 23:39:22 ID:QHGCYYtc
隆景の劣化版でいい?
実績があんまないのよね
天下人を徳川でなく前田といったりさぁ・・・
器用貧乏なかんじ

160 :人間七七四年:2008/01/30(水) 04:10:22 ID:b7LvYhK/
>>159
劣化Q太郎。(×0.7くらい)

161 :人間七七四年:2008/01/30(水) 06:39:08 ID:HbsbVwhB
>>159
> 天下人を徳川でなく前田といったりさぁ・・・
蒲生存命中なら間違ってないだろ。
実際家康も利家との正面衝突を避けたし、衝突しても負ける可能性が高かったから。


162 :徳川家康:2008/01/30(水) 12:22:38 ID:z1U0euBi
私は二大政党支持の捩れ推進派だった。
幕府を開くまでは。
小沢君も私を見習うべき。

163 :人間七七四年:2008/01/31(木) 05:24:13 ID:n3H5wFbs
天下人前田は間違ってないと思う。
>>161のいうとおり、利家には豊臣系大名や大老らが揃って味方している。
彼らを率いて戦えば勝算はかなりあるだろう。求心力は家康より上だったのでは。

164 :人間七七四年:2008/02/01(金) 01:09:01 ID:mf+Vsck/
だろうね、だから家康も利家が死ぬまで待ったんじゃない。
秀吉の死後、すぐにジャブを出してみて利家のやる気と諸大名の出方を見たんだろうな。
家康以外の大老と奉行が全部利家側についたし、豊臣恩顧の大名も二股状態。
伏見城で孤立する可能性大、関東からの援軍も秀忠が率いてくるんじゃ心もとないよな。

165 :人間七七四年:2008/02/01(金) 01:26:24 ID:hJRaOOXn
利家側には3大老、5奉行以外に細川や豊臣恩顧の加藤清正、浅野幸長などがついてたし、
堂々と家康の屋敷に行って話をつけて伏見から退去させたところを見ると、当時の力関係は利家>家康だろうな。

166 :人間七七四年:2008/02/01(金) 02:53:23 ID:AbYra94Y
>>165
その有利な状況で戦わなかった利家ってどんだけヘタレよ、という話になるな。

167 :人間七七四年:2008/02/01(金) 09:23:14 ID:VGXM0srT
まあ、人間健康第一な訳で元気なら当然戦ったでしょう。


168 :人間七七四年:2008/02/01(金) 12:44:39 ID:hDK+HQ6j
>>166
健康面もあるが、利家からすれば戦う必要は無かったんだろ。
当時利家の身分と言えば織田→豊臣直系の第一人者にして秀頼の後見、政権中枢の大老と奉行の支持を集めてる。
家康は秀吉より「伏見で政務を執り行う」と任されたのだが、彼を支持したのは伊達などの外様が多く、池田や秀吉の掟を破ってまで取り付けた蜂須賀と福島も政権中枢にいない大名。
さらに、利家によって伏見から退去させられた時点で家康が政権から外された。
この時もし家康が暴挙に出たら上杉ならぬ徳川征伐がなされたんだろうけど、家康は利家に書状を送って和睦を訴えたから、利家が長生きしてたら秀吉時代と同じNo2になって豊臣(前田?)政権を支える存在になってたかも。

169 :人間七七四年:2008/02/01(金) 14:34:24 ID:RCctdtDR
秀長って恩顧からは「お奉行」とだけ呼ばれてたんだっけ
兄の力が無ければ三成に毛生えた程度の存在でしか無かったと思うが

そこを家康に切り崩され、秀秋のように包摂されていく流れで

170 :人間七七四年:2008/02/01(金) 15:16:20 ID:hDK+HQ6j
秀長は凡将じゃないし、生前は秀吉陣営の副将で秀吉に次ぐNo2という立場だったを無視して、
「三成に毛生えた程度の存在」というのが史実無視し過ぎ。

171 :人間七七四年:2008/02/01(金) 21:07:02 ID:AbYra94Y
>>169
当時の「奉行」は、我々の言うところの「大老」。
現在「五大老」と言われている家康などは、当時の資料では「五人御奉行」と書かれ、
現在「五奉行」と呼ばれている三成などは「年寄」と呼ばれていたのが、
混同されて、今の呼び方になった。
秀長存命当時に彼が「御奉行」と呼ばれていたのなら、
それは、「(当時並ぶものもない)老臣」と言う意味になる。

はい、論破。

172 :人間七七四年:2008/02/02(土) 01:45:22 ID:dK9MPSdL
秀吉以上に実務にたけていたと思うよ秀長は
長生きしたら家康は江戸期の伊達や島津状態だろ

173 :人間七七四年:2008/02/02(土) 01:53:23 ID:IV5TvjUf
関が原に秀頼自身が馬印立てて出陣したらどうなっただろうか?
傀儡であろうがなんであろうが、東軍は逆らえたであろうか?

174 :人間七七四年:2008/02/02(土) 02:16:57 ID:rk/sxpZ3
「表のことは秀長に裏のことは利休に」、要は全部秀長に頼んでたのと同じだよな。
質素倹約で兄より出過ぎず、それでいて兄の名代も努められる、秀吉の信任が厚かったのも当然
な気がするな。

175 :人間七七四年:2008/02/02(土) 02:22:35 ID:vPN71zxc
>>165>>168
逆だと思うが・・・家康が糾弾されてるのは禁止されていた婚姻政策を推し進めるという
それだけの暴挙に既に出ているゆえ。家康が素直に謝っているのもそのため。

にもかかわらずその程度の「注意」でしか済ませられないところに当時の利家の限界が見えるわけで。
そのたった一ヵ月後に利家がたまたま死んでしまった事で色んな憶測がされるが
そのたった一ヶ月の間に何もなかった程度で「家康が利家を恐れ・・」云々はあまりにナンセンス
伏見から離れた程度で家康が政権から外された形跡も見られない、
結局、婚姻外交したもん勝ちになってるわけで。

176 :人間七七四年:2008/02/02(土) 05:31:01 ID:AHtBxmRJ
たまたまというが、普通一ヶ月後に死ぬような人間は体調悪化を自覚して行動変わるぞ

177 :人間七七四年:2008/02/02(土) 05:44:41 ID:RWTBmqPg
>>173
そりゃ攻撃無理でしょう。万が一、流れ弾や矢が秀頼に当たるかもしれない。

178 :人間七七四年:2008/02/02(土) 08:03:06 ID:DHv+Gx3N
秀吉がボロボロにした豊臣政権の綻びを
秀長一人に繕わせて、長生きできるとはとても思えんな

179 :人間七七四年:2008/02/02(土) 14:07:51 ID:j3zzAaLM
>>178
長生きはできないけど、家康も乗っ取れないと思うよ。
で、大物が揃って死んだら後の内紛で没落して室町幕府状態になると思うけど。
何年かかるかわからんけど。

180 :人間七七四年:2008/02/02(土) 14:51:29 ID:rk/sxpZ3
豊臣政権の綻びを >利休、秀次、朝鮮、秀長の死後だよ綻んだのは。
秀吉も信頼できる人間が居なくなってショックだったろうし、逆に言えば
秀吉に意見出来る人間も居なくなってしまったって事じゃないかな。
唯一、直言したのは三成位だったようだし、三成と秀長じゃ格が違いすぎ。
>>179
内紛で没落して室町幕府状態>仮に秀吉が先に死んで秀長が長生きしたとしたら、
別の体制になってるだろうから何とも言えないかな。
秀忠も凡将の様に言われるが家康の死後を見ると優秀だと思うよ。


181 :人間七七四年:2008/02/02(土) 15:26:25 ID:j3zzAaLM
凡将ではないと思うが、大物がいなくなった後の混沌の時代を抜け出して天下取るタイプでもない。
家康死後危険な外様大名をつぶしまくったのは徳川の天下が落ち着いた時期だから、
福島改易をやってのけた。
優秀だがどっちかというと三成タイプ。

182 :人間七七四年:2008/02/02(土) 17:38:22 ID:sU+JLWCA
秀長が天下を治めたら、別に反旗を翻す武将なんていないだろ?


183 :人間七七四年:2008/02/02(土) 23:40:18 ID:dK9MPSdL
秀長存命なら利久も死なずたぶん朝鮮征伐も無いだろう

184 :人間七七四年:2008/02/03(日) 01:13:39 ID:u/SW3wum
>>181
家康が死んで落ち着いた時期と言えないな。
家康が死んで危険な時期だよ、普通にね。
上杉、毛利、佐竹、伊達、前田、みんな不満もってただろう、
福島が安芸で籠城でもしたらどうなるか解らんよ。
そこを敢えて外様潰し+政敵抹殺+家康の側近の追い落とし、
凡人に出来ることじゃないね。
混沌の時代を抜け出して天下取るタイプでもない。>これは当たりかもな。


185 :人間七七四年:2008/02/04(月) 14:42:05 ID:Zrja9td7
秀長が長生きしても秀吉と対立したんじゃね?
秀吉は用済みとなれば親しかったヤツでも平気で切るから。
黒田にしても、千利休にしたって。
秀頼が生まれれば、秀次の後見である彼も邪魔になるだろう。




186 :人間七七四年:2008/02/04(月) 14:53:51 ID:T3JqIQ/7
秀長に実子はいないから脅威はならんだろ。
それに、秀長は黒田や利休とは別格の存在。
本気で切った豊臣家が崩壊しかねない。

187 :人間七七四年:2008/02/04(月) 15:56:58 ID:cLW5DFp8
秀長が家康よりも長生きであれば歴史は変わっていただろう

188 :人間七七四年:2008/02/04(月) 16:26:06 ID:c4DGPfxq
>>171
阿部勝則氏の唱えた新説の受け売りだろうが、五大老を「奉行」と呼称していたのは三成らの奉行側、
つまり関ヶ原当時は互いを「奉行」と呼び合っていただけ

189 :人間七七四年:2008/02/05(火) 23:36:59 ID:+zuzE6bx
>>186
実子はいないが、秀次の弟を養子に取ってるのはこの場合とてつもなくでかい意味を持つと思うが。

で、秀次は後継者候補ではなくて、関白を受け継いだ紛れも無い後継者なわけで。
その秀次を切った事も充分豊臣家が崩壊しかねない重大事。
それを平然と行っているという史実は大きい。

190 :人間七七四年:2008/02/05(火) 23:57:04 ID:KIF0hmxc
秀保は1595年に病死するという史実はおさえとかないといけないような。


191 :人間七七四年:2008/02/06(水) 00:21:21 ID:T4ckswis
>>189
なんにしても秀長が死んだ後だしな、秀次ももう少し聡ければな。

192 :人間七七四年:2008/02/06(水) 01:37:12 ID:Cx2GUA85
>>190
疱瘡の悪化とも自殺とも発狂したとも転落死したともあるらしいが、いずれにしても正確な資料が無い。
秀次虐殺の直後なだけに怪しいと言わざるをえない。
しかも何故か大和大納言家ほどの家がそのまま断絶してしまった。

どちらにしても少なくとも秀次の死後なので、結局大きな意味を持つというのは変わらない。

193 :人間七七四年:2008/02/06(水) 15:30:44 ID:i3AQYJkv
その場合誰が継子になるのか…



秀秋大先生しかいらっしゃらないか

194 :人間七七四年:2008/02/06(水) 18:17:15 ID:zC4hf57u
>>192
wikiには秀保の死亡時期は2つ載ってるけど共に秀次の切腹よりも前なんだけど。
その他の秀次死亡よりも後という話もあるの?

195 :人間七七四年:2008/02/08(金) 10:39:13 ID:AFs5IaHQ
豊家は内ゲバで滅んだからな
本来は播磨、丹波、近江、伊勢、伊賀、紀伊、淡路を譜代親藩で固め畿内は直轄領だろう
大納言家は末期養子で大谷吉継や福島正則あたりを据えたいモノだ

196 :人間七七四年:2008/02/08(金) 10:49:42 ID:qgPzJhRT
不敗神話の秀秋




197 :人間七七四年:2008/02/08(金) 11:57:31 ID:i/U4H/Ti
>>195
譜代親藩ってどこ?

198 :人間七七四年:2008/02/08(金) 17:13:17 ID:13h88qDL
結局、秀長さえ長生きしてたら、豊臣家は徳川にしてやられなかったという訳だ

199 :人間七七四年:2008/02/08(金) 17:32:43 ID:uryaiRgs
あれだけ派手に外征失敗した政権が、その後どうなるか古今東西の例をみれば答えは自ずと明らか。

200 :人間七七四年:2008/02/08(金) 17:46:43 ID:aeD/qRGn
外征に失敗しても滅亡するとは限らない。古今東西の例を見ればわかる。
秀吉の場合、大敗はなかったし、本国経済が大ダメージを受けた訳でもない。
そもそも戦場は外国だから日本はノンダメージ。
豊臣家が秀吉氏んで10数年で滅んだ主因は内ゲバ。
秀長が死んでいなく秀次も生きていたら豊臣一門で政権を固められた。

201 :人間七七四年:2008/02/08(金) 18:05:54 ID:uryaiRgs
戦場が外国だから日本はノンダメージねぇ。あれだけの犠牲を出しておいて?

戦さに勝ち続け、拡大し続けることで天下を獲り治めていた軍事政権が、大々的に遠征して一片の領土も得ることなく
多数の死者を出して退散しておいて、大ダメージを受けていないと本気で思うのかい?

202 :人間七七四年:2008/02/08(金) 18:14:01 ID:CI+Srzww
>>200

>外征に失敗しても滅亡するとは限らない。古今東西の例を見ればわかる。
>秀長が死んでいなく秀次も生きていたら豊臣一門で政権を固められた。

この二つは同意だが

>そもそも戦場は外国だから日本はノンダメージ。
>豊臣家が秀吉氏んで10数年で滅んだ主因は内ゲバ。

これは違うだろ
なんの収穫もない戦に国内が疲弊して豊臣の威信が低下し
厭戦気分が出始めたから家康が天下を獲ることになった
戦に勝ち続けて領土が増え続けるなら天下泰平なんていらんのよ

203 :人間七七四年:2008/02/08(金) 18:20:04 ID:aeD/qRGn
多数の死者と言っても九州、中国勢がメインで他は殆ど無傷。
豊臣家に関しても兵員ももちろん経済基盤も蓄財も殆ど無傷。
拡大政策取ってたからと言っても2代目で締め付けに入っても特に問題はない。
秀長の死によって統治機構と制度の整備が遅れてなければ朝鮮から撤退後、
危険因子を潰しながら支配を強化することは可能なはず。

204 :人間七七四年:2008/02/08(金) 18:41:53 ID:CI+Srzww
>>203
>多数の死者と言っても九州、中国勢がメインで他は殆ど無傷。
東国、奥州勢ですら軍勢を率いて名護屋城に在陣している
徳川幕府のときの参勤交代がなぜ行われたかを知っていれば経済的負担は想像がつくはず
他の大名家にとってみれば豊臣の下にいるのは家名の安泰と発展が大前提
それを結果的に意味もなく遠国にいかされるのは豊臣がいかに権力をもっていても納得がいかないはず

それと秀長生存が前提だというのはわかるが、それなら尚更
>秀長の死によって統治機構と制度の整備が遅れてなければ朝鮮から撤退後、
>危険因子を潰しながら支配を強化することは可能なはず。

これは無いわ
馬鹿みたいな朝鮮遠征の後なんだから政権安定のための強行策はあまりとれないし秀長ならやらんだろ
適当にお茶を濁しつつ秀長死後まで長期戦で支配強化をするぐらいしか思いつかないけど

それ以上の問題は
>拡大政策取ってたからと言っても2代目で締め付けに入っても特に問題はない。
これができる人材がいるかだな。あいかわらず人望のない三成には期待するな

205 :人間七七四年:2008/02/08(金) 18:42:12 ID:s92NycMV
如水と浅野が碁だか将棋だか打ってて
三成が怒って秀吉にねじこんだなんて逸話は
重鎮不在の豊臣家を思わせるよね

三成は正しいんだけど、それをいけすかないって思う武将がたくさん居たんじゃな
そこを執り成せる相談役が一人でも居れば歴史も違うんではないかな
秀長か利家か…小早川隆景かあたり?

206 :人間七七四年:2008/02/08(金) 18:53:59 ID:aeD/qRGn
>>204
それは秀長が存命ならの前提で書いてあった、ということ付け加える。

経済的負担と言ってもお家存続と経済的負担とどっちを取るかというと、
みんなお家存続。
江戸幕府成立期の大工事も諸大名の力をそぐために大々的工事を行わせて、
経済的負担で諸大名を圧迫したが、結局家康の圧倒的な力の前で黙々とやるしかなかった。
諸大名への負担が大きかったら政権運営が破綻するというのなら徳川幕府を善否定してる。
それに、家康、秀忠2代がやったように反対大名を潰して徳川家の力を増やすやり方でもかなり強引だがうまく行った。
関ヶ原後不満勢力を豊臣家に吸収させて一気に潰したことを考慮に入れてもやり方次第で秀吉の負の遺産を受け継いでも長期政権は可能。
もちろん三成ではなく秀長みたいな老練なトップがいないとなし得ないと思うけど。

207 :人間七七四年:2008/02/08(金) 19:01:51 ID:Ghdonsi9
そもそも内ゲバは唐入りと深く関わりがあるし
徳川幕府と豊臣じゃ政権の強固さが全く違うし

208 :人間七七四年:2008/02/08(金) 19:08:19 ID:aeD/qRGn
だから徳川幕府草創期の過程を見れば不可能ではないと言ってるだろう?
徳川幕府だって家康が将軍宣下を受けた時から盤石なわけないじゃん。
本当に安定したのは秀忠後期になってからだよ。

209 :人間七七四年:2008/02/08(金) 19:13:04 ID:Ghdonsi9
あやうい連合の豊臣よりはるかに強固だよ
1強時代だもん
秀忠がそれ以上に固められたのも
その地盤あってこそ

210 :人間七七四年:2008/02/08(金) 19:16:03 ID:CI+Srzww
まあ徳川も豊臣の政権運営を参考にしてシステム作ったわけだし
譜代には禄高は少ないが権力を持たせ、外様には高禄を与えたが権力は与えなかった
完璧とはいわないが優秀なシステムではあった
秀長が長生きするだけではたして豊臣家というシステムがうまく回るのか
とりあえずはいいけど将来的には難しい
かといって大大名達をおいそれと処罰対象にはできない
特に家康はそう簡単に尻尾をだすタマじゃないし
改良がどうしても必要っぽいのは確かだと思うがやっぱり秀長死後にならざるをえないかな

211 :人間七七四年:2008/02/08(金) 21:41:33 ID:MaCyAZeY
>>197
秀頼を主君にしたら、

・秀次 尾張美濃100万石
・秀保 紀伊大和110万石 (兄に配慮して和泉などを返上して90万石程度でも可)
・秀秋 筑前52万石

が御三家だな。

212 :人間七七四年:2008/02/08(金) 21:50:49 ID:/pP2+woE
>>211
何だろう…
ひとつもすごそうな感じがしない…


まあでも部下は優秀だから政権が安定さえすれば大丈夫か。

213 :人間七七四年:2008/02/08(金) 22:15:23 ID:uryaiRgs
そもそも秀頼がいる以上、秀長が豊臣政権の実権握れるかどうかも疑問。
でしゃばりすぎれば、秀吉存命中に排除されるのは目に見えているわけで。

214 :人間七七四年:2008/02/08(金) 22:22:52 ID:9vZWBpDs
>>197
親藩の基準に養子が有りなら

・宇喜多秀家 備前岡山57万石
・結城秀康   下総結城11万石

が追加される。というか、入れないと御三家だけになる。
二人とも、特に結城秀康が役不足過ぎる・・・。

215 :人間七七四年:2008/02/08(金) 22:49:45 ID:MaCyAZeY
>>214
それ、親藩にしないで、あと一人誰か加えて御三卿にしちまえば、かっこよくね?

216 :人間七七四年:2008/02/08(金) 23:25:26 ID:/jFWmF3D
ここらは?
・福島正則(秀吉の従弟)
・加藤清正(秀吉の親戚)
・浅野長政、幸長(ねねの義兄弟とその息子)
・徳川家康(秀吉の義弟)

217 :人間七七四年:2008/02/09(土) 00:53:57 ID:/2tXF8gc
>>179
>>178は秀吉の尻拭いを全部押しつけられて、石田、福島、淀なんかの胃痛の種を抱え込んだ秀長に
家康並に長生き出来る目があるか?
って事なんだがな

218 :人間七七四年:2008/02/09(土) 11:57:38 ID:Cr4Qrm0H
むしろ秀吉並に暴走する可能性も捨てきれないな。
長命して晩年に実子でもできてたら・・・・・

219 :人間七七四年:2008/02/09(土) 16:38:37 ID:Y9dx/4Tx
摂津河内和泉山城大和+博多+鉱山収入 秀頼
近江若狭越前 秀次
伊勢伊賀志摩 秀保
紀伊阿波淡路 秀秋
丹波丹後但馬 吉継
播磨備前美作 秀家
尾張 正則
美濃 秀信
筑前 清正
讃岐 秀康
駿河 幸長
三河 家政
遠江 行長


220 :人間七七四年:2008/02/09(土) 16:54:25 ID:frYgyWZ/
三成は?
なんで大谷そんな多いの?

221 :人間七七四年:2008/02/09(土) 17:14:28 ID:bVYJaoy0
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      家康                 秀秋           三成

222 :人間七七四年:2008/02/09(土) 23:38:04 ID:imlWDf5F
>>218
家康も秀長と同じ年に死んでたら忠義者のままだったわけだしな、もちろん充分ありうる。

223 :人間七七四年:2008/02/10(日) 01:06:36 ID:/5tzbdWw
>>220
大谷卿の息子吉継は秀吉の実子の疑いが強いからでは?
生まれ付き病弱の為に外に出されたと観ると理解出来る
三成は秀頼家老職
一豊は秀次家老職
稲葉は秀秋家老職
左近は秀保家老職
丹羽は秀信家老職
石川は秀康家老職

224 :人間七七四年:2008/02/10(日) 02:02:47 ID:Cqjyn/Aj
秀吉が死んでも秀長が生きていたら、秀頼の守役は秀長だろうし敵対する人物がいない。
むしろ、秀次が生きていても微妙な気がする。

225 :人間七七四年:2008/02/10(日) 09:31:23 ID:T1U8B0eJ
大谷が秀吉の実子ってものすごい眉唾説だと思ってたんだが
そんな有力説になってんの?

226 :人間七七四年:2008/02/10(日) 23:37:11 ID:/5tzbdWw
吉継は幼少期に病に冒されたにもかかわらず秀吉軍に在籍し敦賀と言う交通の要衝の太守に任命されている
実子でなければわざわざチャンスを与える必要すら無い

227 :人間七七四年:2008/02/11(月) 00:10:07 ID:ywm4y1jz
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      秀吉                 光秀           秀長

228 :人間七七四年:2008/02/11(月) 08:11:00 ID:QXBIBDov
>>226
幼少期に病におかされてんの?
業病ははやくとも元服後、というか青年期も過ぎたくらいの発病と思うんだが

229 :人間七七四年:2008/02/11(月) 08:25:53 ID:V9LtY2LZ
>>226
ゆとり乙。
捏造では定評のあるTV番組で取り上げられたトンデモ説以外に何も確証はないし、
おまいさんのカキコはそれよりもさらに史実無視w


230 :人間七七四年:2008/02/11(月) 18:46:24 ID:ywm4y1jz
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      秀吉                 毛利           秀長


231 :人間七七四年:2008/02/11(月) 19:53:24 ID:spwDHraq
なんなんだよこの流れはwww

232 :人間七七四年:2008/02/11(月) 21:48:28 ID:2Na4FVXM
なぜこのスレで

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      秀吉                 家康           秀長

の組み合わせにならないんだw

233 :人間七七四年:2008/02/12(火) 01:09:56 ID:Ofoqtt9E
秀長と言わず、隆景存命でも西軍圧勝かと思う。

スレ違い?

234 :人間七七四年:2008/02/12(火) 04:24:18 ID:GYmLU0c5
>>233
利家存命でも圧勝

235 :人間七七四年:2008/02/12(火) 05:32:28 ID:tmcz7fvk
久太郎なら辛勝かな?

236 :人間七七四年:2008/02/12(火) 05:54:18 ID:3/uXLRRO
>>234
利家は無理なんじゃないかな。
病気で気弱になっていなくても、勝てる状況でずるずる先送りにして和睦が
利家クオリティの希ガス。

>>235
Q太郎や氏郷だと無理だと思う。
秀吉の後ろ立てがあって政宗の鼻を明かすのがやっとの氏郷と、
それのちょいアッパーバージョンのQ太郎では、家康の相手はきつい。


237 :人間七七四年:2008/02/12(火) 13:59:51 ID:kLTVfkWw
秀秋が寝返らず、西軍の戦闘に加わっていたら、引き分け以上だったかもな。

238 :人間七七四年:2008/02/12(火) 19:00:01 ID:EFS86Enr
経家くんさえ前に動けばですね

しかしそれを言い出すとキリがないほど不思議合戦なのが関ヶ原クオリティ
合戦に至るまでの権謀術数であらかた決まってたってことですかね

239 :人間七七四年:2008/02/12(火) 22:31:47 ID:ZvktQKpK
堀が氏郷以上とする根拠ってなんだ?
特にどこか勝ってるようには思えんが。
秀吉のリップサービスにいちいち付き合ってられない。

まぁいずれにしろ家康に勝てるわけ無い。

240 :人間七七四年:2008/02/13(水) 00:06:03 ID:QG7xyqkV
>>239
リップサービスうんぬんや小牧・長久手の戦いの戦功を抜きにしても、
堀は生前、常に氏郷の一段上席者。
Q太郎の死の直前の二人の石高は堀18万石、蒲生12万石。

氏郷が会津42万石→92万石に大抜擢され、
政宗相手にポイントを取り捲るのは、すべて堀が死んだあとの話。
両者が長生きしていたとして、互いに失敗をせずにいたとしたら、
氏郷がQ太郎の上に行くことはまずない。

史実では秀政が死んで堀が30万石、蒲生が92万石だが、
秀政が生きていたら、この合計112万石の比率は
やっぱり上記の6:4くらいで分けられていただろうね。


241 :人間七七四年:2008/02/13(水) 06:35:31 ID:AJ6Q1/HF
堀の方が年齢上だったし。
その差がその後もずっと続くと単純に考えるのはさすがに無理ないか?


242 :人間七七四年:2008/02/13(水) 06:52:02 ID:QG7xyqkV
>>241
逆に続かないと考える根拠が必要になるな。
年上と言ってもわずか3歳。
氏郷に秀政以上檻器量が本当にあったら、
年齢的には1590年までにはひっくり返せるはずだが、
残念ながら、それは無理だった。

信長存命時の席次は言うに及ばず、
秀吉の代になってからの、政権への積極的加担度&取り上げられ方を見ると、
氏郷を上位におく根拠が何もない。
氏郷を持ち上げたい人は、それこそ、堀が死んだ後の功績で語るしかなくなる。

243 :人間七七四年:2008/02/13(水) 13:00:04 ID:YJzFVlDi
豊臣政権は政権中枢がスカスカ小者どうし内部間牽制ばかりで自滅した
秀長や利久などの内政実力者がいなり如水や隆景等が隠退すれば内外政共にリーダー不在
かえすがえすも茶茶が邪魔だなぁ
茶茶がいなければ秀次で体制固め出来た

244 :人間七七四年:2008/02/13(水) 14:52:40 ID:zkoznmA7
氏郷が生きてりゃ、家康が負けてたとは、言い切れないが。
家康は違う形の関ヶ原が必要になるんじゃないかな…。
蒲生会津90万石+佐竹常陸陸奥80万石+越後出羽上杉50万石東部戦線だけで、徳川に匹敵出来るからなぁ…。

245 :人間七七四年:2008/02/13(水) 15:31:07 ID:e96Y53+8
佐竹って55万石くらいじゃなかったか
蒲生家は蒲生秀行の正室が家康の娘だから内部分裂とかないかな?

246 :人間七七四年:2008/02/13(水) 16:32:16 ID:lZmgGTng
秀長、家康、氏郷、利家、隆景が五大老だったらどんな展開だったかなあ

247 :人間七七四年:2008/02/13(水) 17:44:23 ID:4IfoRWGi
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      家康                 三成           秀康


248 :人間七七四年:2008/02/13(水) 18:01:21 ID:e96Y53+8
>>246
さすがに毛利輝ちゃんを差し置いての隆景五大老入りはないと思う

249 :人間七七四年:2008/02/13(水) 18:22:24 ID:4IfoRWGi
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      毛利輝                 秀吉           隆景


250 :人間七七四年:2008/02/13(水) 18:26:54 ID:j9W3aoLS
隆景も大老だったじゃん

251 :人間七七四年:2008/02/13(水) 19:14:26 ID:v95yaUP8
>>247
あるあるwww
>>249
史実じゃねーか!

252 :人間七七四年:2008/02/13(水) 22:30:59 ID:AhvcBxiR
>>240
その40万から90万の部分はそれこそ堀が死んだ後の功績なんだから
そこは堀が活躍できていたとする根拠は一切無いだろ。

せいぜい堀が30万、蒲生が40万だったのが逆だったかもしれないというレベル。
その根拠として「それまで上だったから」というのであればわかる。

だが蒲生はその後に成功している史実があるのだからそれ以降は一緒にしてはいけない。
こういうスレでは特に希望的観測など意味無い。

253 :人間七七四年:2008/02/13(水) 22:39:12 ID:QG7xyqkV
>>252
だからね、会津42万石で東北の押さえのために後で92万石そのものの地位が
堀が生きていたら与えられなかった可能性のほうが強いのよ。
それまでの実績、戦績から見ると、堀のほうが上なんだから。

氏郷をどうしても高評価したい人間にこれ以上言っても無駄だし、スレ違いだからもう黙るけど。


254 :人間七七四年:2008/02/13(水) 23:56:58 ID:AhvcBxiR
>>253
別に蒲生を高く評価するわけでもなんでもない
別にそこに居るのが蒲生でも堀でも全く構わんのよ、このスレ的に。

ただしその置き方であればどっちだろうと
状況的に史実の蒲生以上の事は出来なかったろうというだけに過ぎない、
堀死後の蒲生の功績を堀が残せたとする根拠も無いわけで。

>>堀が生きていたら与えられなかった可能性のほうが強いのよ。
秀吉があそこに蒲生を置いたという理由はそもそも何から来てるのよ、
蒲生が前田と仲が良好な意味でも置いた可能性もあるし、
信長の娘婿という立場ゆえかえって扱いにくいから僻地へ追いやった可能性もある。
家康の件もあるが、秀吉は東国をとかく軽んじてる傾向があるので充分ありうる。

逆に堀が優秀がゆえに、生きていたら中央や東海に置いた可能性もある。
名将言行録なんてそれこそ後世の作り話なんだから凡庸な息子が春日山に送られた史実と
蒲生と業績が似てることから創作した可能性も高いわけで、
実際に生きてたら関東に送ったかどうかわからんのはむしろ堀の方じゃないのか?

255 :人間七七四年:2008/02/14(木) 03:27:38 ID:hlkTujBA
それ以上はウッジースレかQ太郎スレで。

256 :人間七七四年:2008/02/14(木) 10:36:22 ID:ktH/7Mnn
秀吉にとって堀は中国大返し以来の織田政権簒奪の共犯者
しかも有能だったから優遇するか抹殺するかのどちらかでしかありえない
秀吉としては政策的に堀と氏郷が同程度なら堀を優遇せざるをえない

どっちにしろ堀も氏郷も両方早死にしたから関係ないけど

257 :人間七七四年:2008/02/14(木) 22:01:59 ID:yKDVsyhk
>秀吉としては政策的に堀と氏郷が同程度なら堀を優遇せざるをえない

だからそれが断言できんだろうって。
どうも死んだ子の年を数える傾向があるな。

258 :人間七七四年:2008/02/15(金) 00:25:45 ID:rLjV8W8+
>>257
まあ両者が50代まで生きてたらわからんけど30、40代の短期で氏郷がQを抜くのは無理じゃね?
織田政権で中枢にいたQと娘婿とはいえ駆け出し同然の氏郷じゃ秀吉政権のスタートから格の差がある
むしろ会津92万石は大出世じゃないかな
それに氏郷の方が能力や格が完全に上と秀吉や世間は見ないんじゃないの
両者とも優秀だから秀吉があからさまな贔屓をしない限りはQと氏郷が並ぶことはあっても氏郷が上にはいかないんじゃないのか
当人たちも織田政権からの流れから納得しやすいし秀吉もやりやすい

もっともそれで会津にQがいくかっていうのは別
猪じみた氏郷より冷静なQならもっと中央に置いたかも
個人的にはQは隆景とかぶるんだよね。もっとクールな隆景という感じ
脱線すまんね

259 :人間七七四年:2008/02/15(金) 03:07:29 ID:/SsGIm5d
>>245
氏郷死んでから、家康の婿になった。
正確には死んだ後の重臣のごたごたがあったので、
家康が面倒みるという事で婿になった。

だから氏郷が生きていれば家康の婿になる可能性が低い。


260 :人間七七四年:2008/02/15(金) 06:44:24 ID:U3SALn1+
>>258
どうあっても氏郷スキーは堀を認めないんだから、これ以上エサをやるなよ。

261 :人間七七四年:2008/02/15(金) 23:48:07 ID:q89sU59a
どっちでもいい、いずれにしろ堀だろうと蒲生だろうと家康を止める事が出来たとは思えん。

262 :人間七七四年:2008/02/16(土) 09:28:59 ID:Q+5SO1Wz
太平の世なら、家格や年功序列である程度「将来を約束された」出世コースも出てくるが、
戦国でそれを語るのは相当にリアリティに欠けると思うんだが。
若い頃の序列が短期間に逆転する例はそれこそいくらでもあるだけに。
有能であればそれだけ困難な仕事を与えられて、討ち死にや失脚のリスクも増えるわけで。

263 :人間七七四年:2008/02/16(土) 12:54:54 ID:DziQxnF6
>>262
同意、織田家中にも死ななければ死んだ奴より上だったかも、という奴は多い。
特に織田家の武将にとって完全に命運を分けることとなった本能寺の変時において
たまたま秀吉や丹羽に近い位置にいなければその後の地位は無いわけで。

その頃氏郷は近江で信長の妻子を救い、下手をすれば孤軍で光秀軍と激突する羽目になってた。
一歩間違えればそこで死んでたかもしれんが、そこで生き残ったからこそその後があるわけで。

あと政治的な業績でいうと氏郷は会津での業績は言うに及ばず、
滋賀でも三重でも業績があって今にも伝えられてるが、堀の業績ってなんかあるの?
少なくとも越前18万石も与えられた割には福井での扱いは余り良くないようだが。

264 :人間七七四年:2008/02/16(土) 14:41:44 ID:rYwSRwiI
>>262-263
> ID:q89sU59a
> ID:DziQxnF6

だから蒲生スレに移動しろよ、池沼ども。
あるいは堀スレでも似たような流れになってた時期もあるからそっちでもいいから。
このスレからはその話題は永久に去れ。

蒲生が秀長vs家康の仮想戦にからむ妄想ならいいけどな。
お前らのキ妄想は蒲生だけを語りたいんだから、該当スレに行け。

265 :人間七七四年:2008/02/17(日) 03:34:45 ID:19Uui91k
>>264
このスレの場合、氏郷は絡んでも秀長と大して変わらん時期に死んでるQ太郎は完全にアウトだろ。
なのに氏郷を引き合いに出して無理矢理絡めようとしているのを批難しない時点でお前も同類だろうが。

266 :人間七七四年:2008/02/17(日) 06:11:54 ID:+oGJ5197
>>265

蒲生ヲタもQヲタも目くそハナクソ。
あいつがいるから、同類項だからじゃなくて、
とにかくお前らまとめて出て行けwww
居座るんじゃねえよw

267 :人間七七四年:2008/02/17(日) 06:15:17 ID:+oGJ5197
おお、俺ってIDからしてGJだw
嵐を排斥してスレに超貢献w

268 :人間七七四年:2008/02/22(金) 20:05:59 ID:8DdVMImS
age

269 :人間七七四年:2008/02/23(土) 13:20:03 ID:6E75aNpx
秀長さぁん

270 :人間七七四年:2008/02/23(土) 13:41:30 ID:FpiLsM1Z
呼んだ?

271 :人間七七四年:2008/02/23(土) 19:26:49 ID:t4130DtQ
おまいらは五大老や五奉行を列記できるし、西軍や東軍についた武将を簡単に区別できるけど
受験生は覚えるのに苦労してんだぜ。

272 :人間七七四年:2008/02/23(土) 20:42:44 ID:Ww/U335S
というか学生はそのあたりはせいぜい家康と三成と
(ここに常識すぎてむしろ試験に出ない壁)
毛利、福島くらい覚えとけばこと足りるんでない?
史学科?

273 :人間七七四年:2008/02/23(土) 21:08:35 ID:JiyTFw9A
戦国時代なんか備前国福岡市を覚えてれば十分だろ
あれ?あの絵戦国時代じゃなかったか

274 :人間七七四年:2008/02/24(日) 06:25:10 ID:jM+9Jgrw
この両者が関ヶ原で対決する構図というのが、どうも現実味ないんだが。

あるとすれば秀長と秀頼(豊臣本家)との仲が完全に冷えきって、秀頼との対決も辞さず
(このままでは我が身が危ない)と秀長が覚悟を決めた場合か。
秀長が反主流派になってないとifとして難しい。

275 :人間七七四年:2008/02/25(月) 20:14:29 ID:N8boGdEk
淀殿との関係はどうだったの?

秀長もどちらかと言われれば
秀頼生んだ側室上がりよりも
昔からの兄嫁の方に味方するだろうな

276 :人間七七四年:2008/02/26(火) 06:20:40 ID:eYduLnwv
まして、なんで淀にだけ子ができたんだ? という疑いは当時もあっただろうしなぁ。

277 :人間七七四年:2008/02/26(火) 06:42:16 ID:DxJ30jHH
秀吉の意思(というかわがまま)がなければ、
秀勝1号とか、信長からもらった秀勝2号とかみたいに、
生みの母から赤ん坊を取り上げて寧々に養育させるのが、
もっとも政権が安定する方法だから、
秀吉が死んで秀長に決定権が移ったら、
そういう方向に持って行ったんだろうなと思う。

尾張系の人間を遠ざけていた晩年の秀吉の意思に
秀長がどう対応して行くかは大きなテーマだと思うけどね。


278 :人間七七四年:2008/02/26(火) 18:20:52 ID:aEBfn0Sn
>>275
淀とねねの対立なんて創作だろ、根拠無いよ。
それに淀が権力持ったのってずっと後。

279 :人間七七四年:2008/02/26(火) 21:15:29 ID:cIo4p1qb
高台院は対立していたっていうより、秀吉が死んだ時点で早々に豊臣家に見切りをつけただけっぽい。

280 :人間七七四年:2008/02/26(火) 23:37:58 ID:ZRmzo/FU
見切りつけたって根拠を教えてほしい


281 :人間七七四年:2008/02/27(水) 00:42:17 ID:Lxgaupad
小説に毒されている奴多杉だな。
>>277
尾張系の人間を遠ざけていた>そうかな?


282 :人間七七四年:2008/02/27(水) 23:39:39 ID:AUib/s1b
>>280
見切りをつけてなければ、徳川家に世話にならずに豊臣家に養ってもらえば良いわけで。

それがなんの躊躇もなく家康に厚遇されてる辺り、さすがと言うべき。
だが裏を返せば豊臣家に期待してない何よりの証拠だろう。

283 :人間七七四年:2008/02/28(木) 00:23:06 ID:qvlCiQVQ
秀吉が死んだ時点で徳川家に世話になってたって??(゚д゚;)マジスカー

284 :人間七七四年:2008/02/28(木) 10:38:15 ID:yvRIf07s
よくわからん。徳川家に世話になってたってどのあたりのこと?


285 :人間七七四年:2008/02/28(木) 12:14:48 ID:yUw2doYO
三成に豊臣直属軍2千を貸与したのって高台院じゃなかったっけ?

286 :人間七七四年:2008/02/28(木) 15:07:15 ID:eILRKQU1
>>285
高台院と三成は実は仲良し説が有力だよね、
逆に淀との仲良しは根拠なし。
実は仕掛け人の片棒を高台院が担いでたとの説もあるし。



287 :人間七七四年:2008/02/29(金) 05:25:03 ID:XY8aosgg
と考えると、高台院の影響力って全然大きくないんだよな。
福島、加藤でさえ家康に取られている。
女の影響力は、結局夫や息子があってということ。

288 :人間七七四年:2008/02/29(金) 12:01:06 ID:MuR1hL/H
かもね、
福島、加藤はもともと高台院と仲が良かったとか言われてるけど、
こちらも根拠は無いらしいし、
秀長も加藤達を際限無く欲しがる者と呼んで嫌ってたって書いてあったよ。

289 :人間七七四年:2008/02/29(金) 14:27:22 ID:M0wBTivm
となると、秀長光成派と清正正則が対決する図式になるのかな?

290 :人間七七四年:2008/02/29(金) 15:26:25 ID:70O2V7SO
かと言って秀長と三成が仲良くしてるとこは想像できないw

291 :人間七七四年:2008/02/29(金) 17:03:49 ID:MuR1hL/H
秀長が生きてる間は表面化しないんじゃないかな。
秀吉の死後でも利家が生きてる間は表面化しなかったしね。
三成、清正、正則なんかの元小姓連中じゃ、
故太閤と創業から苦楽を共にしてきた秀長に頭が上がるとは思えないよ。
それに清正は西軍挙兵の時は微妙な対応してるし、
伏見の時は三成と並んで確か利家派だったよな、
単に三成憎いだけでは動かないかもしれないよ。


292 :人間七七四年:2008/02/29(金) 17:09:22 ID:s4rRSwVX
>>288
>際限無く欲しがる者と呼んで嫌ってたって書いてあったよ
勘違いだったらすまんが、これって武功夜話の記述じゃなかったっけ
朝鮮出兵反対のときの

293 :人間七七四年:2008/03/01(土) 01:07:13 ID:SBECc4TL
>>289
家康に勝たせようとすると豊臣家臣団の分裂しかない訳だが、
史実で家康の天下獲りに貢献した黒田や藤堂なんかも
秀長が生きていれば裏切る訳ないし、
有力大名の毛利、前田、上杉、島津なんかも家康に付く道理もなし
家康に勝ち目があると思えない。


294 :人間七七四年:2008/03/01(土) 10:14:54 ID:e1VhdSAR
毛利が付くかは吉川の工作次第

295 :人間七七四年:2008/03/01(土) 13:56:12 ID:jap/Yxyw
秀長が強大な権力を有したまま秀吉臨終を迎えられるかは怪しいし、秀吉亡き後の豊臣政権を、自由に動かせるとも思えない。
秀長の活躍は本人の資質もあるが、実兄の秀吉が全幅の信頼をおいてくれていたからこそ。
秀頼の代になれば、秀長も一大名にすぎず、政権全体の運営に口を挟める余地は減少せざるをえない。

296 :人間七七四年:2008/03/01(土) 14:01:22 ID:IFFVrNlg
秀長存命なら五大老は秀長、家康、利家、輝元、秀家?
どう考えても五大老筆頭は秀長になっちゃうな

297 :人間七七四年:2008/03/01(土) 14:10:22 ID:LqbhMfWd
秀長存命なら五大老はないよ

298 :人間七七四年:2008/03/01(土) 14:58:37 ID:SBECc4TL
>>294
毛利は親家康だったことは一度もないわけだし、
吉川にしろ三成には加担しなくても秀長が大将なら変わると思われ。
>>295
豊臣政権を、自由に動かせるとも>ほかに誰がいるかな、秀吉死後の
利家よりはるかに上だと思うがどう。
秀長が存命なら秀頼の後見は決定だろ、五大老制も不要だから
家康の入る余地は無い、秀長の下に奉行という形だろう。
秀吉がとちクルッテ秀長を殺すとかこじつけなきゃ無理。

299 :人間七七四年:2008/03/01(土) 15:05:40 ID:e1VhdSAR
あくまで「秀長存命」がスレの条件だからね

高齢の秀長が耄碌でもしてくれば
家康にも実権簒奪と秀長閥引き剥がしの芽が出るかも知れんかな
まずは加藤や福島、浅野から

300 :人間七七四年:2008/03/01(土) 16:38:00 ID:jap/Yxyw
>>298
それだと秀長が死んだ途端に大きな混乱が生じるのは確実。
スレとしては秀長長命が前提だが、当事者たちはそんなこと知らないから、老齢の秀長がいつ死んでもちゃんと機能する政治システムに
ならざるをえない。

現実には大して機能しなかったとはいえ、五大老という枠組みの中に家康を押し込めていたからこそ、遺命に背いた家康を表立って
咎めることができた。危険な有力者を政権内に取り込むのは手段として有効だよ。

301 :人間七七四年:2008/03/01(土) 17:49:28 ID:GTtfU8E4
何故外様の家康と秀長を同一視するんだww


302 :人間七七四年:2008/03/01(土) 19:07:04 ID:VLlVoeaJ
秀長は、生きてさえいれば、それだけで五大老すべての上に立つ。
秀吉の代理だから。
だけど、>>300の言うとおり、それでは政権の欠点は
秀吉存命時と何一つ変わらないから、

・秀頼が成人まで鎌倉幕府の執権・連署みたいな制度を作っておいて、
その下に五大老的な外様大名を置く。

・家康死後まで秀長が生き延びるなら、当然のように徳川家は分割相続。
秀忠100万石、秀康50万石、その他の子に2−30万石でのちのち潰して行く。

・役に立たない中老は廃止し、豊臣家の相続権がない御三家のようなものを作り、これに変える。
秀家、秀康、金吾。

これで秀長死後でも一世代分くらいは政権が生き延びれるんじゃないかな。

303 :人間七七四年:2008/03/01(土) 23:16:06 ID:Bb4TFdg7
徳川家を割るには最低限、秀忠より優れた政治能力を持った奴が必要だな。
そこまで行って今更武力でってのもきついだろうし。
いくら主君だからって無理矢理250万石の大名を咎もなく割れる訳は無い、
前田家だって本来徳川家はあのまま残したくはなかったと思うが、残さざるを得なかったわけだし。
割られた奴は結局運が悪かったってのが大きいが、政治的な能力に欠けてたというのも事実。

その点で家康死後の秀忠って政治面では結構優れた能力見せてるだけに対抗できる
該当者が今ひとつ見当たらない。
秀長は家康より年上だからさすがにきついだろうし、まぁ天海大僧正みたいになってるかもしれんけど。

304 :人間七七四年:2008/03/02(日) 01:03:50 ID:XrrzwVUF
>>300
政権は別に五大老だけではない。
家康は普通に豊臣政権に組み込まれた存在。仮に家康が五大老に入れられていなくても、
遺命に背いていれば表立って咎められる。

ただ、史実では秀吉死後に五大老という政権中枢に入ったが、このスレの前提である秀長
生存の場合、まず家康が政権中枢に入れられるかどうかからして不明。
もちろん、入れられなくても遺命に背けば糾弾される。

305 :人間七七四年:2008/03/02(日) 16:23:01 ID:p8YqyI6+
>>303
250マン石は徳川家の家臣団も含めての石高だろ

306 :人間七七四年:2008/03/02(日) 16:36:59 ID:IuIM64IY
>>305
それがどうした?
家臣の石高に触れてはいけないルールでもある?

307 :人間七七四年:2008/03/02(日) 17:50:30 ID:7ibaGZdU
>>302
>秀吉の代理だから。

秀吉の代理的なポジションになるかな?
それだと、ワンポイントであっても一時的に正統な後継者となって秀頼との上下関係が曖昧になってしまい、
そのような体制を晩年の秀吉が許すとは思えないが。

他の大名は秀頼が死んだところで即、自分の天下になるわけではないが、秀長の場合は違う。
弟を信じたいだろうが、おそらく信用しきれないかと。なぜなら、自分自身が主家に対し手の平返しているから。

308 :人間七七四年:2008/03/02(日) 19:23:47 ID:6Tz7pk5M
史実では名代ではあったんだが。

309 :人間七七四年:2008/03/03(月) 00:21:02 ID:KwcHm+0K
秀吉健在なら、その名代を誰がしても上に秀吉がいるから問題ないだろ。

310 :人間七七四年:2008/03/03(月) 00:50:45 ID:uHefmT8f
秀吉が死ぬ前に最大の大名である家康を秀頼の内政面の名代にする一方、
豊臣家、秀頼の後見を利家にした。
本当は利家に頼るつもりだったが権力の集中を防ぐために政治を外様の家康に頼った。
織田直系の利家と違って外様の家康なら豊臣家は乗っ取る危険性は少ないと判断したんだろう。

もし秀長みたいに実子の居ない頼れる譜代親族がいれば外様の家康は任命されず
秀長を後見にして利家を家康のポジションにするだろう。

311 :人間七七四年:2008/03/03(月) 02:44:12 ID:gceVr5ow
>>310
利家に秀頼を任せたのは一番信用していたからで
家康に政治を任せたのは外様で一番の実力者だったからだろう。

秀長がいた場合、利家の代わりに後見をというところまではわかるけど
利家が政治を仕切れる理由も実力も無い。

312 :人間七七四年:2008/03/03(月) 05:20:51 ID:DD+Ayjqz
利家は遺言に織田家のことは書いても
豊臣に関しては特に書いてないらしいな
室・息子もあんなんだし、ただの派閥争いとして家康と対峙したということ以上の
豊臣への忠らしきものをどこまでもってたんだろうねえ

313 :人間七七四年:2008/03/03(月) 09:22:47 ID:pKI2mAZo
危険な有力者を政権内に取り込むのは手段として有効>そこを逆手に取るのが家康クオリティー

314 :人間七七四年:2008/03/03(月) 09:53:57 ID:uHefmT8f
>>311
石高だけが実力なら毛利一族も家康とほぼ同格だろう。
それに、家康の能力はどうなのかは別として、
秀吉と利家が存命中、家康が利家より格上ということは一度もなかった。
それでも利家一本に絞らなかったのは権力の集中を防ぐために外様の家康を入れて、
利家けん制に使った。
もし秀長が生きていれば秀長への集中を防ぐために秀長と対抗しうる大名を立てるだろう。
で、秀吉死去直前直前の豊臣政権を見れば利家が家臣のトップだから選ばれる可能性は高い。

家康の実力云々というのは関ヶ原に勝ってから評価されたもの。
利家死去まではがんばってNo2程度の人。

315 :人間七七四年:2008/03/03(月) 15:11:20 ID:S6nY+2aS
一応秀頼の後見として秀長だろ。元服までは、秀長が代理トップって感じかな。

でも、ホントこの人が家康と同じくらい生きてたら日本史は大きく変わってたんだろうな。

316 :人間七七四年:2008/03/03(月) 19:05:56 ID:qpum/X1G
>>314
利家が家康よりも常に格上だったというのはどの資料に基づくもの?
官位でいえば家康:内大臣、利家:大納言だが。
息子達が中納言に就任したのも、秀忠:1592年、利長:1599年だけど。

317 :人間七七四年:2008/03/03(月) 19:24:04 ID:yJW+h/P+
官位で格を決めるのなら家康が秀長より格上になるぞ。
秀吉から利家より上の官位を貰っても現実では利家と衝突した時家康が負けを認め伏見から退去した。

318 :人間七七四年:2008/03/03(月) 19:40:09 ID:YS8u9Hht
秀長生存時は従2位権大納言で同格でないかな。

319 :人間七七四年:2008/03/03(月) 20:47:08 ID:J41/IP2d
>>314
明の接待役は正使が家康、副使が利家

320 :人間七七四年:2008/03/03(月) 21:05:38 ID:qpum/X1G
家康と秀長が大納言に就任したのは同じ1587年8月8日。位階も同じ従二位。
二人同時に就任させたのは徳川家を重要視していたことの証左では?
家康が内大臣に就任するのは1596年で、秀長の死後。
ちなみに1587年当時の利家は、従四位下左近衛少将。

もちろん官位は指標のひとつでしかないわけだが。

321 :人間七七四年:2008/03/04(火) 01:03:10 ID:UNf5OFL9
一門扱いして取り込もうと必死だったからじゃね、
妹を正室に押し込んでるし

322 :人間七七四年:2008/03/04(火) 16:41:28 ID:VBtyIdGn
>>321
政略結婚は珍しく無いしな、
まあ家康を信じられると思った時点で負けてたかもな。

323 :人間七七四年:2008/03/04(火) 17:47:37 ID:hYug1DEk
正二位大納言が徳川家康
従二位大納言が豊臣秀長だった気が。

324 :人間七七四年:2008/03/04(火) 18:11:14 ID:Ok++EWET
秀長存命時は秀長と家康はまさに同年同日に同官位に叙せられていた。大納言まで。
バランス取ってたんだろう。
なので秀長が秀吉没後まで永らえていれば、内大臣以上にまで昇任してた可能性が高い。

>>323
家康が正二位になるのは、内大臣と同時だったと思うが。

325 :人間七七四年:2008/03/04(火) 23:45:27 ID:81tiVqyX


326 :人間七七四年:2008/03/05(水) 13:57:27 ID:FNFlHc1l
だいなんご

327 :人間七七四年:2008/03/06(木) 01:53:28 ID:hAY8NhUT
>>312
利家という人物はとにかく現実的な視点で時代を見ることの出来る人物だったんだと思う。
賤ヶ岳でのこれ以上無いタイミングでの裏切りを見ても日和見というのとはまた意味が違う。
あの詰問状に関してもそう、本気で家康に対抗する気なんかとてもあるようには見えないが
(あるなら家康を許す必要が無い)
かといって存在感はアピールできる最高の政治的パフォーマンス。

だがそれだけにあの後も斜陽の豊臣家にいつまでもついたとは考えられない。

328 :人間七七四年:2008/03/06(木) 10:14:42 ID:H49vchH8
>>327
前半は同意、後半は微妙。
本気で家康に対抗する気>重病になってみれば解るよ、
重病人が戦の指揮なんて出来ないし、倅はへたれだし
それに前田家が威張ってられるのは豊臣の威光があってのこと
そこら辺は利家は解ってたと思うよ


329 :人間七七四年:2008/03/06(木) 17:35:59 ID:mozkAUIQ
利家ならがちで殴りあうんじゃ…(健康ならね)
 秀吉政権で一大勢力として君臨した以上、徳川政権になれば…と普通は考えないかな?
 逆に言えばヘタレの息子(一応ね)のおかげで徳川政権でも無事お国あったわけで
 ただ長命なら秀長よりも人望、国力、実績?ともに旗印として相応しいかな?

330 :人間七七四年:2008/03/06(木) 18:29:41 ID:56oNzots
秀長に加えて利家まで長命となると・・・・
西軍の大将に担ぎ上げられそうなのは利家の方か。
あくまで私戦だし、秀長は秀頼と同じく中立を余儀なくされそうだ。

ただスレとしては秀長総大将が前提だから・・・秀頼と仲違いでもしてもらうしかないか。

331 :人間七七四年:2008/03/06(木) 18:43:23 ID:DK6ve4jw
信長も柴田の下に前田、佐々
秀吉の下に秀長だからな

332 :人間七七四年:2008/03/06(木) 19:41:46 ID:bRPECncb
>>330
普通に総大将は秀長だと思うぞ
私選といっても東軍が勝てばどうなるかくらい秀長だって分かってるんだから
参戦すると思う

333 :人間七七四年:2008/03/06(木) 19:50:23 ID:mozkAUIQ
>>330
利家なら敢えて秀長をたてそうな所が好きなんだけどね
 秀長が対家康を考えたら、三成も前にでず済ませただろうし←これは三成に対する主観で異論はあると思うけど
 なにより秀長対家康なら、豊臣対徳川の構図にしか…
 あの世の秀長に死んだ後関ケ原で西軍負けたけど… 生きてたらどう?って聞きたいお!

334 :人間七七四年:2008/03/06(木) 20:21:06 ID:56oNzots
う〜ん、家康としては、いきなり豊臣対徳川の構図になるのは避けたかったはずから(そのための関ヶ原だし)、
秀長が豊臣を代表して出てくるなら、逆に家康が出てこないと思う。
だからスレタイ通り、両者が関ヶ原で対決するとすれば、あくまで一大名の秀長と家康の戦いで、秀頼は中立の立場、
て構図にならないと実現しにくいんじゃないかな。それには秀頼と秀長が不仲である必要があるね。

335 :人間七七四年:2008/03/06(木) 20:42:40 ID:4BinvcrK
結局のところ
秀長VS家康で関ヶ原は難しいように思うなあ

336 :人間七七四年:2008/03/06(木) 20:55:12 ID:qH6q8Mcg
秀長のほうが格は上だけど似たような立場の人達だし
自分がどう動いたら他人がどうなるかは共通するところが多い上に
好き嫌いは別にして当人同士が相手を良く知ってるでしょ

337 :人間七七四年:2008/03/06(木) 21:02:01 ID:8+6X0cJf
豊臣政権の派閥分けでは分権派ということで秀長派に分類されてるな。
家康が行っていた東方外交に関して秀長にその意向を伺ったり、あるいはその了解をもっておこなってるという
旨が記されてる文書も残ってるし。

338 :人間七七四年:2008/03/06(木) 23:14:54 ID:bRPECncb
秀長がいきてる間は家康は動かないだろうね

339 :人間七七四年:2008/03/07(金) 22:00:33 ID:+24pXAgR
>>332
東軍
家康
福島・加藤(過去に秀長の非難)
伊達・浅野・前田・大谷・蜂須賀・山内・織田・筒井・京極


西軍
秀長(老衰/精神疾患/痴呆で極度に弱体化)・秀家・秀秋
藤堂・黒田・真田・長束


日和見
三成
毛利・島津・長宗我部・上杉

340 :人間七七四年:2008/03/07(金) 22:15:58 ID:JeyRAFBZ
>>339
秀長が参戦していて
前田や福島が東軍につくとはとても思えないんだが


341 :人間七七四年:2008/03/07(金) 22:21:06 ID:J5weUBPP
>>339
この組み合わせは秀長が豊臣家と縁を切るのが前提。
豊臣秀長として出陣したら浅野、加藤、前田、山内、蜂須賀、石田は全部西軍。

342 :人間七七四年:2008/03/07(金) 22:37:05 ID:4OFfe71m
浅学の俺には豊臣と縁切ったら秀家は東軍か日和見かであって、秀長に付く事は無いんじゃないかと思うんだが。
秀秋にしたって秀長を助ける必要も義理もないんじゃないか?
豊臣秀長としての出陣なら、両者共に秀長側に付くだろうってのは解るんだが。

343 :人間七七四年:2008/03/07(金) 22:37:29 ID:eEvQn3pf
>>341
豊臣家と縁を切って家康と対峙っておま
味方する軍勢居るとは思えんが

ていうか秀長の家臣団はなかなか優秀なようだから
老衰・痴呆状態になってるならそんな馬鹿な戦はさせるはずが…
うーん、ちょっとリアリティがないな

344 :人間七七四年:2008/03/07(金) 22:38:41 ID:eEvQn3pf
おおっと
東軍と西軍を読み違えるというすさまじい凡ミスをやってしまったぜ
失礼しました

345 :人間七七四年:2008/03/07(金) 22:54:57 ID:xOl6xufX
しかし豊臣秀長として出てくるようなら、今度は家康が出てこなくなる可能性大で、ここは秀長と豊臣家の絶縁が不可欠だろう。
秀頼が本当に秀吉の子か疑念をもった秀長が秀頼に歯向かい、ちゃっかり秀頼支援についた家康と対決する、て感じか。

346 :人間七七四年:2008/03/07(金) 22:58:56 ID:JeyRAFBZ
秀長がいる間はどうしても家康は出てこないだろうね
強引に出てきたとしても家康につく大名はどれくらいいるのだろうか?


347 :人間七七四年:2008/03/07(金) 23:08:45 ID:CyHpZ/kB
せめて秀頼が二十歳を迎えるまでは秀長には生きていてもらわねば…

348 :人間七七四年:2008/03/07(金) 23:19:51 ID:t6oatlQq
>>346
東海道筋の福島生駒中村堀尾山内は無いな
中山道筋の浅野真田も無いだろう
北には佐竹と上杉
関東から出るだけでも一苦労

349 :人間七七四年:2008/03/07(金) 23:23:40 ID:xOl6xufX
勝ち目がない戦さへ強引に撃って出るというのは、家康の性格上考えにくい。
両者が関ヶ原で対決することを前提に考えるなら、秀頼―秀長間の不和に家康がつけ込んだ展開が
もっともあり得そうじゃないかな。

秀頼及びその周辺をたきつけるのはさほど難しくないだろうし。

350 :人間七七四年:2008/03/07(金) 23:29:44 ID:fzddtZ9s
>>347
長生きしすぎだろw
種の弱さも似てるし、弟も長く生きたらボケたりしてね

351 :人間七七四年:2008/03/08(土) 01:16:20 ID:fIgQlr78
秀吉って本当にボケたのかな、老耄ていうのは誰にでもあるからな。
痴呆までは逝ってナインじゃないの。

352 :人間七七四年:2008/03/08(土) 15:43:03 ID:YvmT6G0k
秀長が生きていたら、朝鮮侵攻の総大将になって、朝鮮を攻め滅ぼしたんじゃないか?

353 :人間七七四年:2008/03/08(土) 19:12:25 ID:NvLOFH+o
>>339

>福島・加藤(過去に秀長の非難)

kwsk

354 :人間七七四年:2008/03/08(土) 22:04:20 ID:4/zZKBAm
>>352
攻め滅ぼせたかどうかはわからんけど
戦後処理で豊臣恩顧がゴタゴタするのが少しはましになっただろう

355 :人間七七四年:2008/03/19(水) 04:04:46 ID:vRTSPC1m
秀長は朝鮮に亡命

356 :人間七七四年:2008/04/02(水) 10:49:43 ID:4QiuDNZj
>>355
秀長でも、あそこは無理

357 :人間七七四年:2008/04/03(木) 00:21:29 ID:l2wXHXB3
秀長が生存して清のドルゴンの様に王朝最高実力者でありながら帝位を奪わなかった事が理想。豊家信者の俺の個人的で妄想スマソ

358 :人間七七四年