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【疑問】スレ立てるまでもない質問 2【戦国時代】

1 :人間七七四年:2007/11/20(火) 23:08:28 ID:YrKBAzRU
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【疑問】スレ立てるまでもない質問【戦国時代板】
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1150022967/

341 :人間七七四年:2008/08/18(月) 23:24:02 ID:lnIlshBU
あとさ、よく野戦は弓鉄砲投石で遠戦して、
相手が弱れば槍合わせすると言うけど、
相手が弱るってどういうことなんかね?

被害が増える、陣が乱れる、将が負傷するなどがありそうだけど、
そこへ好機とばかりに槍を進めてもすぐ立て直されたらダメじゃない?

342 :人間七七四年:2008/08/19(火) 06:39:39 ID:MwQF7Dm9
>>341
直ぐ立て直されないほどの損害を与えるか
立て直す前に迅速に敵陣に乗り込むか
要はスピードとタイミング

343 :人間七七四年:2008/08/19(火) 08:48:37 ID:ZPLXIcih
>>342
遠距離戦で「直ぐ立て直せないほどの損害を与える」まで圧倒できるのかが疑問。
結構な距離があるだろうに歩兵がわーっと鑓を前に突撃できるのかどうかわからない。
三段撃ちじゃないけれど、そう常にうまくは出来ないんじゃないか。
常用できる用兵術とは思えないんだよね。

344 :人間七七四年:2008/08/19(火) 09:31:46 ID:7nemmroc
当時の遠戦は大体、50〜100m程度なので、火力密度か下がれば突撃による突破は可能

345 :人間七七四年:2008/08/19(火) 09:59:49 ID:S8buBw0L
実害(死者による兵力の減少)もあるが、士気の低下による混乱というのもある
こっちは一度大きな混乱状態になったら簡単には修正が効かん
兵数で圧倒的に勝る軍が寡兵に打ち破られる例がいくつもあるが、
混乱で兵の統制が取れなくなって崩壊というのは少なくない

346 :人間七七四年:2008/08/19(火) 16:45:23 ID:bEJ77z3/
>>334
郎党を出すとは書いてはいませんが。
確かにまずい書き方をしているのは認めます、
郎党が軍役に入っていないような書き方ですから。

自分の部下の足軽の指揮権を委ねるのは、
岡本何某への着到状を見ていただければその一端はわかるはずです。
また名前は忘れましたが騎乗三名を除き他は全て鉄砲足軽という極端な動員例もあり、
彼は自分の出した兵力で鉄砲足軽隊的な位置にいたことがわかります。
また同じく北条の着到状には
知行を受ける本人だけではなく足軽の軍装(足軽用の長槍の長さは二間半に統一しろなどまで細かく指定して、
それを間違いなく用意して来いといっています。
これらのことから大名が一元的に足軽を出していたわけではなく、
中小武士達が動員してきた足軽たちも足軽隊として運用していたと考えられると思います。
また一万石の大名、といっても千石前後の家老を筆頭に陪臣を当然抱えているわけで、
それらの兵力を当てにしなければ足軽を揃えることは不可能かと。

もちろん幕府で言うところの町奉行所の同心や八王子千人同心といった足軽達を幕府が直々に抱えていたように、
大名が足軽を大量に直接抱えていたのはおっしゃるとおりで、異論の余地はありません。

347 :人間七七四年:2008/08/19(火) 21:10:30 ID:ZPLXIcih
340へのアンカーミスしてない?

348 :人間七七四年:2008/08/19(火) 23:01:34 ID:MwQF7Dm9
>>346
う〜ん、自分としては自分の家臣である足軽を貸し出すという構図が納得できないのです
そういう事は近世の備では行われず、陪臣は陪臣でそれぞれの侍に仕えるという形なのです
自分は備の成り立ちは旧来の武士団に大名が編制した足軽組を付属したのが始まりと
考えてるので、そういうそれぞれの武士からの供出には首を傾げているのです

旗の統一も部隊識別(合印)と考えれば直臣・陪臣の区別なしとなるでしょうし、現に井伊の
赤備は直臣・陪臣ともに赤で、直臣は名前書きで陪臣は主君の紋を入れるという区別だそうで

それに軍装の統一も相手を威圧する為と軍役状に書いてあったと思います
自分としては封建制を壊す主従関係を飛び越えた人の供出(特に下から上)はあるとは考え
にくいのです

349 :人間七七四年:2008/08/20(水) 00:29:28 ID:lN/5ytWV
>>348
根拠を出せ、といわれたから出したまでです。
ミクロな寄親寄子制の例。
大名が武士に足軽隊をつけたことへの反論として、
軍役そのものが鉄砲隊という軍役の人員が衆の足軽隊として使われていた例。
そして大名が一手に足軽の武具(槍)を貸し出していたということへの反論。

封建制を壊すといわれますが、北条をはじめ一部の大名は直臣の封建制の一部を否定してますよ。
それは江戸時代に入るとより顕著になります、藩にもよりますが。
武士達の領主たるを保証するのは一通の安堵状と藩からもらえる給米くらいなもの。
自分の領地に行ったら処罰、勝手に領民にあったら処罰、
都市に住むことを強制され、必要なことは全部藩がまとめて代行、
これではとても封建領主とはいえません。
この走りは戦国中期頃から徐々に見られるようになってきていると思います。

>>347
ミスってます、申し訳ない。

350 :人間七七四年:2008/08/20(水) 01:32:08 ID:ngVSz8dO
なるほど。この議論は面白い。
そうすると謙信が自軍の中を馬で突っ切り、
青竹で「ここから右側の足軽は全部何某の、逆側は何某の指揮下に入って戦え」
と指揮した逸話もあながち出鱈目ではなく、
可能性として否定しきれないことになりそうでんな。


351 :人間七七四年:2008/08/20(水) 07:21:39 ID:Tva3DI5U
>>349
一応、私も議論の為の反論としてお受け下さい

果たして武士それぞれの軍役下にある足軽が足軽隊のとして抽出されたかが大きな問題と思います
私の感じる限りでは武器・装具の統一以外でその様な事を示す傍証は内容に思ってます
つまり、自身で動員した兵を差し出すということが一般的に行われたか否かで
これは主従関係を壊すことになりかねないと思います

同様の施策は幕末の幕府歩兵隊で一時行われていますが、あまりにも人材にばらつきがあるので
直ぐに金納に変更したという話もあるのです
なので、抽出はあまりないのではと考えています

後、大名から国人への武器供与はあくまで与えたという意味で、これは備を編制するのに経済力が
足りない国人に対する援助と考えています

352 :人間七七四年:2008/08/20(水) 13:25:42 ID:ngVSz8dO
>これは主従関係を壊すことになりかねないと思います

素人が横からですみません。
これについては戦国中期から解体がはじまっているのではないのかな?
足軽雑兵の類を供出する惣村の地侍は些細なことで領主をころころと変えられ、
一つの村を分割で支配されたり、複数近接する村が遠方の領主に飛び地としてあてがわれたりしている。
これではご領主様への忠誠心も何も育つわけではなく、ただ段銭を集めるように足軽を集めて、
奉行にこれを提出するがごとく動員をかけた大名に連れてきているのではないですかね?
これにより国人領主は合戦では自由に出来る直属の兵を多数抱える豪族ではなく、
一族郎党ほか小物などを引き連れた程度の一部将一家臣と化し、
あからさまな軍役拒否や独断的な軍事行動を取れなくなっていったと思うのですが。

353 :人間七七四年:2008/08/20(水) 20:20:29 ID:Tva3DI5U
>>352
足軽が農村からの徴集かどうかは疑問があると思います
小荷駄などの陣夫は地下人からの徴集なのは間違いないですが、
足軽や槍持といった戦闘要員もしくはそれに近い者達は自発的な参加と考えられています

この場合、彼らは雇い主と契約を交わしているので、そこで抽出されて足軽隊に編入となると
契約的にややこしくなるのです
寄親寄子制も同様の問題がありますが、この場合は知行安堵や恩賞は本来の主君によって
なされますが、足軽の場合はかなり問題がややこしいかと

何より寄親寄子制はその資料が豊富であるのに対し、武士の足軽を主君に供出するという
資料は私は見たことがないので、どうも疑問に感じています

近世では備の足軽隊とその足軽は全て大名の直臣なので、なおさらそう感じてしまうのです

354 :人間七七四年:2008/08/20(水) 20:47:58 ID:tfFp4krb
「自発的」の意味がよくわからないのですが、別に村や寺社が供出=地下人の供出とは言ってませんよ。
彼らが雇用するなりなんなりして、農産物を換金して納税するように、軍役を提供したのではと仮定しただけです。
契約云々はよくわからないのですが、
工事現場に口利きが人足を出すように、
大してややこしくはないんじゃないでしょうか。

ただ、大名に供出するという表現は僕もおかしいと思いました。
換言すれば、軍役に従って人数を連れてくる武士は、
それを自らのものではなく、親の統制下に入ることがある事を前提に連行しているのではないかと。
しかし、これにしても鉄砲隊や騎馬隊の指揮官はどのように選抜されるのかよくわかりませんね。
本当に謎です。

355 :人間七七四年:2008/08/20(水) 20:54:44 ID:lN/5ytWV
片棒担いでいるので強くは言いませんが、
そろそろスレ違いでしょう。

あと主君に供出するとは書いていません。
寄子は足軽ともども寄親の指揮下に入る、
その際、寄子の足軽は寄親の指揮下に置かれると言っています。
その例に付いては既に挙げ、一切の反論もないので言を重ねません。

356 :人間七七四年:2008/08/20(水) 22:18:43 ID:tfFp4krb
いや、あなたは書いていませんよ。
僕が納税を例にそのように取られる話にしてしまったとしただけです。
丁寧にご説を下さるのはありがたいのですが、
もう少し相手の話を理解してから返答するよう努めたほうがよろしいかと存じます。

357 :人間七七四年:2008/08/20(水) 22:31:46 ID:Tva3DI5U
>>354
つまり
領主に対する後方任務の陣夫提供は地下人の義務ですが、
足軽という戦闘任務は各々の自由意志によるものなのです

一応、非常時には地下人の戦闘任務への動員もありますが、
これは本当の非常時で、食料賃金支給、恩賞あり、出身地勤務
とかなり気を使ってます

そして口利き方式は上が雇い、下に預ける形(江戸時代の武家
奉公人がこの形)ですが、逆に下が雇ったものを上に預けるか?
こういった例が資料であれば即解決なんですけどね

一応、手詰まりと思うのでここまでにします
ありがとうございました

358 :人間七七四年:2008/08/20(水) 23:22:30 ID:tfFp4krb
いろいろありがとうございました。

359 :人間七七四年:2008/08/22(金) 17:38:11 ID:eRuwQIm1
519 名前:世界@名無史さん 投稿日:2008/08/22(金) 17:34:43 0
>>480
教科書に載ってるかどうかは知らないけど
秀吉の家は清州織田家の織田達勝に仕えていたということが最近の定説らしい
もともと中村一帯の広大な土地を所有する豪農で
いくさになると足軽たちを動員し指揮を執る格式的にそれなりの在地武士
ここ数年で親父さんの名前で織田信秀の村方相談役になってる資料も見つかって
神社にも親父さんが代表者として記録されてる資料が出たとかで有力な名主クラスだったことは間違いないみたい
大政所も百姓じゃなくて(階級は低いものの)武士の娘だということが判明したそうだ

だから極貧の最下層貧農の出ってのは少なくとも嘘っぱちもいいところなんだと

びっくりだね。立身には幼少期からそれなりのバックはいるってことか



これマジなん?ずっと水飲みの貧農の出で
実力だけで家柄やバックもなしに超出世した凄い人だと思ってたんだが騙されてたのか?

360 :人間七七四年:2008/08/22(金) 18:01:18 ID:vStky/Df
水呑の豪商ってのもいるしなぁ

361 :人間七七四年:2008/08/23(土) 00:06:11 ID:eTdmRa9R
>>359
だいたいそんなもんだよ。俺もそこまでは知らんかったが、
ただの貧農が武将にはなれんわ、やっぱ。

362 :人間七七四年:2008/08/23(土) 00:39:22 ID:gBYxVndw
戦国時代は石高イコール動員力みたいだけど
米さえあれば、OKなんて信じられないのですが。

363 :奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM :2008/08/23(土) 00:48:30 ID:7Edjv6q/
>>359の説を全肯定するつもりはない。
でも前田利家と仲がいいと言われているだけで、なんとなく納得できるな。

364 :人間七七四年:2008/08/23(土) 00:58:22 ID:eTdmRa9R
>>362
武家に与えられる知行地は収入の高低を示す。
主君から収入を多く与えられている武家はそれだけ大きな責任があり、
たくさん兵を連れてくる義務がある。
米があるからたくさん兵数を連れてこられるんじゃなくて、
それだけ実入りが大きいから兵を連れてこなくちゃいけないわけです。

>>363
でもどのみち低身の出身であるのには変わりないから、
秀吉のイメージが根本から変わるわけじゃないよね。
つかこの説って大河の秀吉でもある程度は再現されていたよな。

365 :人間七七四年:2008/08/23(土) 00:59:09 ID:qEHHHbUT
天皇がいる限り天下統一なんて有り得ないよね?

366 :奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM :2008/08/23(土) 01:02:51 ID:7Edjv6q/
>>364
士農工商に振り回される観念がまずいんだよ。
戦国時代の身分制度なんて曖昧なものなんだし。

367 :人間七七四年:2008/08/23(土) 01:05:18 ID:eTdmRa9R
>>366
だあね。
しかしこの場合、秀吉がそれを分けた張本人であるのは面白いw

368 :人間七七四年:2008/08/23(土) 04:12:58 ID:h7wt9dmF
>>364
>武家に与えられる知行地は収入の高低を示す。

つまり、米が通貨ですか?
何で、米ごときが。

369 :人間七七四年:2008/08/23(土) 07:39:51 ID:8gCDVcdi
>>398
それがないと死ぬから
主食舐めるなよ

370 :人間七七四年:2008/08/23(土) 08:07:20 ID:aWHRV5tW
つまり、米さえあれば生きてゆけると?

371 :人間七七四年:2008/08/23(土) 08:21:58 ID:8gCDVcdi
>>370
後、味噌があればいくつかのビタミンなど除けば生きていける
衣食住の食は基本的にこれで充足される

米の栄養価の高さを舐めてはいけない

372 :人間七七四年:2008/08/23(土) 09:32:34 ID:aWHRV5tW
脚気になると思う。

373 :人間七七四年:2008/08/23(土) 09:36:11 ID:8gCDVcdi
>>372
精米してなきゃならない

374 :人間七七四年:2008/08/23(土) 09:59:22 ID:gJDYt8iy
ID:aWHRV5tW

ここでの回答がそんなに納得いかんなら、納得いくまで自分で調べたら?

375 :人間七七四年:2008/08/23(土) 11:01:45 ID:11u92mQi
実際問題として、白米を食う江戸では脚気はかなり流行ったんだけどね。
それでも、社会を構成していた要素として米は欠かせないだろう

376 :人間七七四年:2008/08/23(土) 11:04:27 ID:cBN4may8
戦国時代の食事4膳目のスレでは
米=主食説は少数派だけどな。

377 :人間七七四年:2008/08/23(土) 11:21:31 ID:eTdmRa9R
>>370 >>372
米は通貨の代わりだったの。
江戸時代が近づくまで年貢はお米じゃなくてお金だった。
納税者はこれをお金に換えてから納めていた。
でもこの当時、良質の金銭があまり流通していないから、
一部領主は「いくらかは現物(農作物や工芸品などの生産物)のまま納税してもいいぞ」
となり、いろいろあって江戸時代には農民は米だけを納めるようになって、
換金は武士がやるようになった。
だからお米だけで生きていけるとかそういうもんではないですよ。

378 :人間七七四年:2008/08/23(土) 15:23:07 ID:qEHHHbUT
>>365
天皇がいなかったら、たとえば戦国時代は内戦ではなく、諸外国の戦いとなり、
織田領と毛利領はそれぞれ「別の国家」となっていたことになり、天下統一はありえない。
なぜならば「天下」という概念がないからってね。
中国みたいに王朝を破壊して、皇帝になろうとしない武将がいないだけで、国の秩序維持の「義理」高さがあったよね。

379 :人間七七四年:2008/08/23(土) 15:39:24 ID:WXXQC586
足軽についての俺のイメージなんですが、俺のなかでは足軽というと二通りあって
「笠と胴丸をつけて槍でつつきあってる」のと「派手な飾りはないけど甲冑である程度かためてる」

の二通りがあるんですが前者は雑兵、後者はある程度の士分ってことでいいんですか?

なんか日本語も変ですみません

380 :人間七七四年:2008/08/23(土) 20:50:24 ID:dcRzMhHl
377を現代に例えると、
ある警備会社の支社が多大な年商をあげていた。
それをみて本社が「大規模な短期警備の契約が来た。支社全部から人を貸して欲しい。供出人数は年商で決める」とか言い出した。
仕方ないので年商の割に人数の少ない支社は新規登用をしなくてはならなかった。
こんな関係が石高と軍役の実態、だと思う。

381 :人間七七四年:2008/08/24(日) 22:39:32 ID:bQx7JVXK
戦国時代じゃないんですけど江戸時代に改易されそうになって
家康の感状幕府に出して(もう徳川幕府も何代目か)今回だけは許すとなった藩の祖(感状貰った人)分かりますか?

神君 感状 改易 免除
あたりでググッても分かりませんでした。

382 :人間七七四年:2008/08/25(月) 02:45:21 ID:2EhXlxtq
>>381
感状かどうかは知らんが、榊原家に似たようなエピソードがある。
あと、改易されるところを「先祖の功績をもってとくに・・・」と家存続を許されるケースも
ある

383 :人間七七四年:2008/08/25(月) 07:06:10 ID:z8caIPac
黒田家じゃない?
黒田騒動の顛末そのままだと思ったけど。

384 :人間七七四年:2008/08/25(月) 08:41:36 ID:2+uAR//x
>>381です>>382-383さんありがとうございます。
神君の書付をもって改易今回は許してやるっての結構多いみたいですね
時代劇で下賜された扇子が盗まれて大騒動とかそんなのが幕府に知られた日には(((( ; ゚Д゚)))ガクガクブルブル

黒田家ググリました、黒田騒動でよく取り潰されなかったもんだ…

385 :人間七七四年:2008/08/25(月) 08:45:00 ID:2+uAR//x
あ、すみません件の用件は榊原家でした、喉のつかえが取れました。
ありがとうございます。

386 :人間七七四年:2008/08/26(火) 12:29:25 ID:sPVRH2nr
信長公記は色々な出版社から出ているのに、太閤様軍記之中と太田和泉守記がほとんど書籍化されていないのは何故?

387 :人間七七四年:2008/08/27(水) 13:48:56 ID:WpZrE5MP
>>386
太閤様軍記は原本も写本も残っていないし、「中」も全体通して秀吉への論評だから面白くないんだろ。
太田和泉守記は「関が原軍記」として書籍化されている。
大きな図書館に行けばあるだろ。

388 :人間七七四年:2008/08/27(水) 14:33:12 ID:HH2N0/Gm
>>387
ありがとう
後者は名前違ったのか

389 :人間七七四年:2008/08/27(水) 17:17:55 ID:io16Hf3l
質問です。長尾晴景は定説では永正九年生まれとされますが、
異説に大永七年生まれもあります。
後者は実隆公記で同年六月十日に為景に男児が生まれたので
太刀などを贈ったという記述があることが根拠となっています。
たしかにいくら羽振りのいい大名でも守護代風情でしかも次男相手に
柿本人麻呂の和歌に賛を施し、香炉、祝いの太刀、宸筆、緞子まで
贈呈するのはなかなかないように思います。
だからこれは長男への祝賀で、晴景の誕生と見るということになっています。
しかし同年、晴景こと童名道一宛ての書状で、
将軍足利義晴より晴の一字を名乗ることが許されているとともに、
弥六郎の通名を名乗るようされています。
まだ生まれて半年もならない赤子に一字拝領などあるのかどうか疑問です。
実際、こういうことはありうるのでしょうか?
お分かりになる方、お考えのある方がおられれば教えてください。

390 :人間七七四年:2008/08/28(木) 09:51:25 ID:dN3ZDmAy
>>386
>太閤様軍記之中
「たいかうさまくんきのうち」のこと?
それなら翻刻版が『戦国史料叢書』に載っている。
大学の図書館で閲覧した。


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