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中国英雄は、誰一人として信長に及ばない

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 19:22:03 ID:kJcfJh6W0
武田信玄以下

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 19:30:54 ID:gVMCxFMQ0
武田インゲン豆

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 19:42:41 ID:rw8bAbx90
世界史板にも確かこんなこといってるアホが居たな

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 19:46:51 ID:N+998ljH0
万暦帝(支那最低クラス)>秀吉(日本最高クラス)
なんだが。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 19:55:51 ID:HObPaOaD0
中国の人物との比較はちょっと脇に置くとして、
日本で、織田信長はちょっと過大に評価され過ぎている気がするな。

破天荒な革命児みたいな印象で語られるわりに、
実際にやっていることは手堅いものが多いし。

豊臣秀吉が5とするなら、織田信長はよく見ても、
せいぜい6か7ぐらいなんじゃないかと。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/21(月) 20:37:26 ID:cvX0OAYn0
今度は信長かぁーーー!!
どっかの曹操マンセーといい、どうなってんだ!?

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/25(金) 02:38:52 ID:2gYCdDGP0
>>5
戦国板で主張したら、盛り上がりそうだなw

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/25(金) 03:11:50 ID:ZqjoHM/DO
>>5
信長の日本史上の功績は多いが、それを実現させたの秀吉や家康だしなぁ
秀吉や家康あっての信長だし(逆もしかり)、戦国三傑の中でで飛び抜けているとは言えないだろ

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/26(土) 07:15:39 ID:tGOaqfv0O
赫連勃勃>>>>>織田信長



勿論、アレな意味で

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/26(土) 23:54:57 ID:14tsxI030
>>8
結局のところ、統一を実現したのは秀吉なわけだしね。
信長が生きていれば統一した可能性もあれば、
統一できていない可能性もあるわけで。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 12:00:39 ID:3ijJAGyu0
戦国板まで飛んでけ〜!

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           ┏┛┗┻╋┛               \  i   
           ┗┓┏┓┃                ── + ─ >>1
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                   , '´  _,ハ }     ,. -‐ '´ヽ.〉,ノ
             / ̄`ァ--J.ニニ´ -┴く`'ャ'´ ̄-‐ '´/
            /´ 广゙ ヽノ─‐ ' "´  ̄',. ,!__,ノ-‐ ''"´
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        /`ヽノ´        ー '´
      {_/




12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 10:23:41 ID:+/xh5wLh0
戦国板の人も来てくれたら、いろいろ議論が盛り上がって、
面白そうなんだが。

信長や秀吉らと中国史人物の比較で。

武田信玄? 何それ?

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 11:01:40 ID:POU1jIqT0
>>12
戦国板に立ててみたら?

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 00:57:35 ID:cCVKdtPX0
>>13
三国志以外の人物を出すと、反応が悪いと言うか、
黙殺されてしまいそうな気がする・・・・・・

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 11:01:12 ID:6W68FWps0
>>4
さすがにあの万暦帝相手なら、秀吉の方が上な気がする。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 20:57:24 ID:0MztAcDj0
まあ結局、李舜臣が最強ということです。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/24(日) 22:44:58 ID:h30m2NiA0
あらら、結局それか・・・・・・

既存の権威の破壊者と言うなら、信長は朱温とも似ている気も・・・・・・

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 14:59:40 ID:++EMqu/D0
既存権威の破壊って言ったって、織田信長がそれほど特別な存在とは思わないなあ。
己の権力を伸ばそうとすれば、既存の権威とぶつかってしまうのは当然だし、
宗教勢力との抗争だって、他の大名も多かれ少なかれやっている場合が多い。
ただ、織田信長は大勢力となったので、それだけ規模も大きくなっただけで。
他の楽市楽座、鉄砲の活用なんかも同じ。


19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 19:06:11 ID:pCZUGecp0
中国の英雄?
ほとんど創作だろ!

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 22:44:31 ID:XKpKLUL30
創作の英雄でもいいと思うよ。
創作されたものだからこそ、史実より面白く、歴史上も人気を集めてきたんだから。
三国志にしたって、演義がなければあんなに人気がでるはずもないんだし。

だから別に神格化された天才信長もあっていいんだよ。
ただ、同時に無敵の武田信玄の騎馬軍団や、不敗の聖将上杉謙信も受け入れる、
度量が欲しいねえ。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 11:44:26 ID:KSFIgU820
中国の時代で、日本の戦国時代と比べやすいのって、
やっぱ三国志か五代かな?

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 14:47:03 ID:VVmutsFq0
春秋時代じゃね?
周という天皇家みたいな神聖不可侵な存在があった時だし・・・・

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 14:53:55 ID:xsBdLrxV0
信長って武士言葉ではなくて名古屋弁でみゃ〜みゃ〜言ってたらしいじゃん
大河ドラマでは武士言葉使ってるけどやめてほしい

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 15:55:23 ID:C+2ZYes90
>>22
たしかに、覇者というのが征夷大将軍に比定できるね。
中国が日本的になったのは、春秋戦国、後漢末、唐末というところか。


25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 19:29:00 ID:QlSMYgpP0
項羽に肩並べするほどの猛将は
日本にはいないよな


26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 22:38:04 ID:YY+wvqvC0
時代を限定しないと戦国武将では勝てそうにないのでとりあえず三国志で

信長 △―△ 曹操
秀吉 ○―× 劉備
家康 ×―○ 司馬懿
光秀 ○―× 孔明
元就 △―△ 陸遜
宗茂 ×―○ 呂蒙

まぁこんなもんだろ 比較対象がおかしいけどな

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 23:45:27 ID:yUsqo25Z0
うーん、何だか見てもよく分からん比較だな。


28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 17:45:58 ID:FOENQbBu0
戦国方の代表

織田信長(曹操に対抗できるのは日本史ではこいつだけ)
豊臣秀吉、徳川家康、明智光秀(説明不要 政治戦争謀略 全てが超一流)
北条氏康(政治能力は超一流 実は戦争も無茶苦茶強い 特に篭城が上手い)
毛利元就(謀略が超一流 戦争はこれ捏造だろ? っていうぐらい強い)
後は立花宗茂、本多忠勝、今川義元、尼子経久あたり

信玄謙信伊達あたりは晩年の孫権程度なので論外

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 18:30:59 ID:GD2SEWTc0
これはまた見事な安土桃山時代と三国時代しかしらない厨ですね。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 19:06:22 ID:Go+nSKgo0
>>29
三戦板からの難民も多いからな。
その代表格だろう。


31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 19:18:04 ID:5ZW5OD7a0
日本史オールスターと中国史オールスターを選出して比較してみたらどうなるかな?

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 22:06:28 ID:DCouB7tI0
信長は兎も角、勝海舟に匹敵する人物はいないね

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 23:22:45 ID:1lYcG/oc0
>>31
太祖皇帝朱元璋陛下なんかに出て来られると、日本側はちょっと辛いな。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 03:25:49 ID:kIfwUkTb0
信長、秀吉、家康が束になっても敵わないだろう。
まさにラスボス。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 12:40:48 ID:PSgAl7DL0
>>34
そんなことはない

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 14:15:18 ID:PbqXbdZ80
朱元璋の前に立ったら信長は尻ミソを漏らすことは必定

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 16:08:21 ID:4SNCN8Ok0
朱元璋のあまりの醜男っぷりに、美男子の信長はちびるということか…

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 19:44:34 ID:IVFqlG7c0
革命児のイメージが世間に流布しているけど、
織田信長なんて所詮は要領のいい秀才みたいなものだから。

朱元璋みたいな怪物とは桁が違うよ。
劉秀なんかの方がタイプとして近かったんじゃないかな?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 20:16:38 ID:aYeM9nFL0
小泉と江沢民ぐらいの差はある





小泉今日子と幸田未来

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 19:27:53 ID:kr6aF5uF0
洪武帝に近いのは日本だと秀吉か
秀吉は愛した子を家康に殺され天下を奪われたが洪武帝は愛した孫を永楽帝に殺されて天下を奪われてる

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 10:22:07 ID:zanCv03l0
中国で天下を取った奴はさすがに信長より上

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 17:15:52 ID:MkWSkuab0
秀吉はどちらかというと劉邦に近い。
項羽は・・・・木曽義仲か。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 20:35:55 ID:zanCv03l0
>>42
項羽に近いのは源為朝かな

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 23:02:55 ID:KkzdeTt60
まず、織田信長が日本で一番という見方に疑問があるな。
少なくとも、ぶっちぎりのトップではないだろう。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 23:30:21 ID:dF8OQnkD0
しかしそれを言うと日本にぶっちぎりのトップはいない気がする

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 23:38:08 ID:zanCv03l0
>>45
そこしれぬ大物感の漂う天武天皇とかは?

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/06(金) 23:32:40 ID:K75crwxK0
日本の歴史上、あまりぶっちぎりの英雄って少ない気がするな。
やっぱ和の精神なのか。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/07(土) 00:44:46 ID:08d9rMcI0
中国もぶっちぎりの英雄って少ないような気もするけど

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/07(土) 02:47:25 ID:St5bZaH20
>>48
いやいるでしょ
易姓革命かな、庶民からでも天下が取れる
中国人にとっての憧れであり英雄でしょ

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/07(土) 15:15:47 ID:4LF7PZ430
史書の書き方がスケールをでかく書くというのもあるけどね
というか中国の史家のほうが日本のそれよりも何倍も上ということか
秀吉も信長も十分スケールでかい英雄だとは思うけどな

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/17(火) 23:46:28 ID:g/mNcp0n0
曹操は所詮ローカルレベル
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1184667658/

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/17(火) 19:20:58 ID:/zvOKzgL0
バカが主張しているような優れた指導力も無く(そんなに優れた指導者なら三国鼎立なんかありえないつーの)
バカが主張しているような大規模な決戦での勝利も一回しかなく(最重要拠点をくれてやるような不様な敗北を隠蔽する始末w)
項羽のように大敵を打倒したとかそういうのは無く、唐太宗のような似非名君という訳でも無く。
日本ローカル英雄である織田信長以下だろ。

中国史ですらこれなのに(笑)
帝位に触れたことすら無かったかわいそうな孟徳。後の評価は自称通の過大評価だけ(笑)


52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 00:18:25 ID:1P+o5z5v0
そもそも中国に英雄がいるならとっくに先進国だっての(笑)

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/18(水) 08:08:49 ID:9wRJp70K0
>>52
近世以前を知らんと言うのか?
そして未来がどうなるかもまだわからない。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:36:00 ID:Pg8cw1kE0
シナの英雄なんて所詮、蒋介石とか毛沢東レベル。先進国じゃ使い物にならない。
精精やくざの中ボス

依然統制の厳しい中華捏造史、日本の方が古くからずっと自由な社会だってこと
が良く解るね

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 13:16:14 ID:SdW1pQaU0
宋までは良かった

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 16:19:55 ID:lBPOyODd0
つか近代以前で「自由な社会」ってほめ言葉じゃないジャンww

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 16:31:40 ID:6iwn+U/YO
信長は史記などの中国古典を勉強してあんな風になったから、誰一人として信長に及ばないというのは間違っている気がする。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 19:13:40 ID:rYUPEvek0
その理論だと新しい時代になるほど古い時代の人間はかなわないってことになるぞ
むしろ古い英雄を学んでさらにそれを超えるから天才
信長がどうかは知らんけど

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 20:46:44 ID:6iwn+U/YO
>>58
言われてみれば確かにそうだ、目から鱗だ。
過去のマネをしてるから偉くない、という考え方しか出来てなかったわ。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 23:36:12 ID:sPLD0G0Y0
織田信長は日本最高の過大評価2
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1184764790/

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 07:03:59 ID:vqO+YEb70
そもそも信長は無学でむしろ昔の権威を憎悪してた

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 10:57:58 ID:ZB2YQ9az0
いや織田信長は一般に言われているよりはかなり常識人だと思うよ。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 11:16:45 ID:vVdeXC/z0
http://post.baidu.com/f?kz=107635344
信長が90歳まで生きたら中国、韓国は日本語を話してたか?

www

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 11:19:01 ID:ZB2YQ9az0
>>63
日本国内で織田信長が過剰なまでに持ち上げられて神格化されて、
ゲームとかの影響でそれがあちらにも伝わっているんだなw

実際は豊臣秀吉がやった場合と大して結果が変わらんだろうに。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 11:33:29 ID:axhyE0kP0
>>63
向こうさんは何ていってるの?


66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 12:34:23 ID:adiWkqtz0
>>62
ちんこが書いてある衣装きててもか

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 14:49:07 ID:gY9snOme0
そもそも三国志と日本の戦国時代とでは、技術と文明の差が開きすぎている。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 14:51:08 ID:h9s/An7/0
要は、信長さんは本能寺の変に遭っちゃった時点で負け組ってこと。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 19:49:45 ID:QqSvgiSc0
比べようがないだろ・・と思いつつも一応1つ1つの能力で考えてみる

政治
・自分に権力を集中させ、自分で部下を駒のように自由に動かせれる組織を作ったところ
・困った時の朝廷頼み
・織田領内の治安はとにかく良かった
・楽市楽座をパクったところ
戦争(指揮)
・何倍もの兵力差を覆した戦いを何度もやってる(ただし、最大5倍)
・一応情報はかなり正確である(中国の英雄達に比べたら)
戦争(個人武勇)
・稲生の戦い(700対1700)で自分で相手の総大将格の武将をぶち殺した
知力
・武力で天下統一して自分が王になるというとんでもないことを考え、実行した
・地球儀を見て納得したらしい
・鉄鋼船作った
智謀
・謀略は面倒だったので部下の丹羽さん 途中からは光秀と秀吉に任せてました
魅力
・意外と部下にも領民にも慕われていた
・部下に何度か裏切られたが息子が親を裏切る(例:武田家)ことが平気であった時代なので特に酷くはない
野望
・日本だけじゃ飽きたらず世界にも出ようとしていた

これほどの人物は中国といえどなかなかいないと思う
1つ桁が違う中国に比べて兵力差などが比較的正確なのは信長に味方するか・・?

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 22:49:27 ID:uHSxEGSq0
ありふれた手段で市内を掌握した不良厨学生が
今後世界征服をすると思って部下に裏切られて若くして横死したら
高評化になったような感じだなw

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 23:38:40 ID:O5E8j6P60
中国の英雄って劉邦だの以外ほとんど教養人が多い。
騒いでる歴史問題でもそうだが、過去が第一で過去の模範を学ぶのがもっとも大事って感じ。
文化的に問題あったりしても、長所ならすぐ選ぶ信長なんかに比べると保守的。
日本があっという間に明治維新できたのと、中国や朝鮮が長い間停滞した違いの一つじゃね?

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 23:45:14 ID:axhyE0kP0
>>71
信長に比定される柴栄は、新興地主層から皇帝になっている。
教養は行商に出つつ詰め込んでいた。まぁ、まわりの環境もあったかもしれんけど。
お貴族没落の時代だったから、そういう人物でも皇帝に上り詰められた。
そういう下層出身者が多いのも特徴だった時代。
ちなみに、彼が生きた時代は唐宋変革の過渡期。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 23:47:49 ID:zXEQiW/L0
信長って苻堅とか柴栄とか、
戦乱の時代の最期に必要とされた徒花だろ。
時代の転換点に居た者達であって、統一者にはなれない。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 23:50:14 ID:5kgm+IvL0
>>69
知力のところは、鉄鋼船は実際のところ、どんなものだったかよく分からないらしいし、
天下統一後の構想も、幕府のようなものを想定していたんじゃないかという説も有力。
地球儀を見て納得っていう逸話も、傍からは判断しようがないし。

それと、知謀については、信長の意外に結構謀略も使っている感じだよ。
その点で信長は過小評価されている気もするな。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/27(金) 23:56:22 ID:zXEQiW/L0
なんだ、スレ読んでみたら苻堅も柴栄も全然語られてないじゃん。
よっぽど中国の戦乱時代を知らん奴らの集まりなんだな。

三国時代なんぞ五胡十六国の”兆し”でしかない、
細川と山名の争いみたいなもんでしか無いのに。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 00:01:23 ID:wZ65vmeV0
ID変わったかな?

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 13:21:39 ID:mQRrQUjJ0
柴栄はともかく苻堅なんて戦乱の最期でもないし徒花ってほどの活躍でもないし
君こそちょっと三国志以外の時代を覚えたから自慢したくてしょうがない奴なんだな
そういうのは社会出ると恥ずかしいからやめといたほうがいいよ

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 15:57:33 ID:WD2r/qAA0
だんだん日本がいいのか、中国がいいのかみたいな危険な流れになってきたな。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 18:38:39 ID:qTsjYnqF0
それにしても徒花呼ばわりは、あまりに物事知らなさ杉でないかい?

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 19:29:35 ID:Jao5sKkt0
徒花って言葉を使ってみたかったんだろw
夏休みだしw

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 23:23:16 ID:UFabgQR20
世界史板にも似たスレがなかったっけ?

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 12:48:17 ID:qjlgZlIF0
信長ほど多く、弟・部下・同盟者・配下に置いた有力者たちに叛かれた権力者は珍しい。
これに匹敵する中国史上の人物はいる?

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/24(金) 01:32:15 ID:TK5pHg6/0
国と国が争ってるときはそれこそ寝返りなんかたくさんあると思う
けど裏切られるってあまり名誉じゃないから明確に残さないんじゃないか?
有名な裏切りは官渡とか符堅の南征とか負けた側が裏切られるのばかりだし

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/24(金) 01:45:23 ID:wpKOBFlU0
項羽、晋の恵帝、隋の煬帝 ここらは良い勝負か?

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/24(水) 11:38:44 ID:gYLdrqjk0
晋の恵帝と並べたら、さすがに項羽や煬帝が可哀想

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/24(水) 23:02:20 ID:9sIHW2ni0
天才信長か。。。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/31(水) 22:55:07 ID:ZXOGPdRg0
信長人気はちょっと異常だなあ。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 06:47:18 ID:eAC6LxXq0
国内で見ても、一流は豊臣秀吉と徳川秀吉、
ランクが一つ落ちて、織田信長と三好長慶だな。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 06:52:17 ID:WlzY8L9xO
信長信者にお勧めな本
「二人の天魔王」 明石散人

信者だと発狂するかも知れない内容だがな

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 21:09:27 ID:TXEGFtWB0
織田信長は天下を取らない。
だから、中国を統一する者は織田より遥かに強い。

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/15(木) 11:22:39 ID:X5TvuRfL0
【世界史】第六天魔王・織田信長【最高の英雄】
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1179062226/

織田信長 vs 曹操 vs カエサル
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1181506549/

織田信長公が現代の日本政府を築いた
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1182171203/

中国英雄は、誰一人として信長に及ばない
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1179742923/

おまえらは信長に対して失礼すぎる
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1192939486/

信長帝国の統治体制に関する考察スレ
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1191511445/

【日本史上の】 信長革命 【大転換点】
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1191811194/

【宇宙最強の】織田信長総合スレ【天才】
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1194153414/

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/15(木) 15:59:46 ID:mtE+msr10
徳川秀吉

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/16(金) 20:06:40 ID:x1E92iDgO
■スラムダンクのオールスターメンバーを作ろう■

スラムダンクで皆さんが考える「最強オールスターメンバー」を教えて下さい。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/17(土) 15:36:56 ID:CwvPxt3M0
スラムダンクの登場人物なんて覚えてません

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/17(土) 18:26:57 ID:yn9AWvo9O
まずセンター三沢さんだな

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/18(日) 23:26:40 ID:+mu+ja6R0
>>91
熱烈信長ファンスゴスw

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/19(月) 05:01:20 ID:2H06JyJYO
>>89
確か理路整然と信長=天才を否定する本だったよな

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/20(火) 15:58:52 ID:tsHBiaEpO
>>1
中国史の中でも1流とは言えない曹操にすら信長は及ばない。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/20(火) 17:23:16 ID:5zE980Gr0
何がどう及ばないのか、その辺の説明はないのか?
歴史的役割ということでなら、織田信長はやはり転換点に必要な「個性」であった
と、まぁそう思うわけだ。
これは、その国の情勢なり背景なりの問題であって、どっちが上で下なんてものはない。
…と、やってしまうとスレがなりたちませんか。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/20(火) 19:44:53 ID:MG5ttSjU0
曹操が居なかったら、あの時代の主役は袁紹&袁術じゃまいか?
で、後漢がもう少し続いたかもな。

信長が居なかったら、三好VS今川になってたんでない?
秀吉は完全に出番無し。家康は謀反起こすだろうなw

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/20(火) 22:02:28 ID:A0F7zSai0
やはり、その科学的思考と知的探究心だろう
「地球は丸い」などと言われても、中国英雄達には理解できまい
というより、興味そのものがないだろうしな
また黒人を見ても、その肌がたしかに黒いかどうか、自ら確かめたりするようなこともあるまい
中国英雄達ならば、「ふ〜ん」で済ますだろう

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/20(火) 22:14:37 ID:5zE980Gr0
>>101
ネタの質も落ちたかな?

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/20(火) 23:16:34 ID:MG5ttSjU0
じゃあネタ

曹操が居なくても、後漢は滅びただろう。

信長が居なかった場合、室町幕府崩壊せずに、
今川が継ぐ可能性が有る。
今川には幕府を簡単に継げる、大義名分があるからね。

政権を破壊出来なかった曹操(実質、周の文王だが)
政権を破壊した信長って図式も出来るね。

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/20(火) 23:26:40 ID:H6XqnzJM0
>>100
三好は信長来る前から既に落ちぶれてただろ

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/20(火) 23:59:34 ID:MG5ttSjU0
>>104
落ちぶれていても、松永がいるさw

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/21(水) 01:21:27 ID:gxZV184I0
三好の絶頂期って長慶の頃じゃなくて之長の頃…と見るべきなのかのぅ。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/21(水) 15:34:22 ID:MjUbXGx30
之長は、孫堅っぽいんだよなぁ…
やっぱ長慶の若い頃が全盛期でしょ。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/21(水) 16:12:27 ID:gxZV184I0
ふむ。なんというか夏の夜の夢の如しで括られそうな栄華じゃのぅ。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/22(木) 05:33:45 ID:Kd7/dLgO0
信長は英雄豪傑の中でも異常者だよ、戦争の仕方など合理的な英雄なんか入るが
根本的な思想からして信長までの合理主義はなかなかいない

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/22(木) 12:36:47 ID:45xajQN20
>>109
信長より豊聡耳(聖徳太子)の方が上です。貴方、日本人?

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 08:19:12 ID:yy2essQx0
>>110
聖徳太子はちょっと、怪しいからな…その存在が…
まあ隋書によると、『それらしき人物』は居たみたいだが。
煬帝は高句麗の援軍として日本(この頃はまだ倭?それとも日の本?)
がきたらヤバイから、渋々、天皇僭称に目を瞑ったんだよね。

『それらしき人物』は信長以上かな。
隋と高句麗の動乱を読み切ったのだから。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 11:57:11 ID:29b+SPvw0
聖徳太子や豊臣秀吉、徳川家康らに比べれば、
織田信長は格が落ちる。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 12:32:39 ID:yy2essQx0
>>112
いや、信長あっての、秀吉。
秀吉あっての、家康。
三人合わせて、源頼朝と同じくらいじゃないかな?
頼朝は中華英雄ぽいよね、戦の天才政治馬鹿な弟をぶち殺しだからw

聖徳太子は存在が本当なら、まさに別格。
日本の周公旦って感じだね。並ぶ人は日本史の中なら居ないでしょう。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 18:13:00 ID:5Q+0um9i0
>>113
その源頼朝も、平清盛や平家らの失敗から学んだと言う点では
信長-秀吉-家康という三人分に匹敵するかといえば、そんな単純なことでもないと思う。

>>弟をぶち殺し
中華英雄は逆だ。兄貴ブチ殺しだw
弟ブチ殺しは日本でも、ままある。

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 20:46:40 ID:yy2essQx0
>>114
>その源頼朝も、平清盛や平家らの失敗から学んだと言う点では
信長-秀吉-家康という三人分に匹敵するかといえば、そんな単純なことでもないと思う。

幕府を発明したのは、頼朝です。
信長は、途中リタイア。
秀吉は、家康との戦争&政争の影響で、関白になっちゃった。
家康は、幕府を固める事にとては、何の役にもたっていない。
徳川幕府を固めたのは秀忠と家光。

頼朝が幕府を発明した時点で、戦国の三人は頼朝以下です。

平家は失敗では無く、重盛が早世したのが滅びた直接の原因ですよ。

中華英雄は兄殺しか…むぅ…思い当たる人が出てこない。
確かに弟殺しなら、信長、政宗とかが、殺ってますね。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 21:13:29 ID:5Q+0um9i0
>>115
まぁ中国史オンリーなので、日本史のことにとやかく言えないのだが…

鎌倉幕府も、早々に北条氏に実権握られてしまいましたがね。
日本の朝廷はどういうわけか、固有の武力を持とうとしなかった。
中国皇帝なら、禁衛軍の創設に血道を上げ、権臣に対抗しようとするのだけど。
そういうところが、幕府創設にいい方向に作用したのだろうか?
ともあれ、中華帝国でもよくある丞相の専権というかたちが、日本の幕府の先例となるでしょう。
日本は結局、当時先進国だった中国の情報には精通していましたから、
中国の事変や政策で、益するところがあれば、取り入れようとしたのではないだろうか。

源頼朝は武士の政治関与を定着させたのだから偉いわけですが、秦の始皇帝が中華帝国を
現出させたから、あとの皇帝どもは誰も始皇帝には敵わない、と言っているようなもんで
いくぶん、暴論のような気もしますがね。

>>中華英雄は兄殺しか…むぅ…思い当たる人が出てこない。
日本では、兄を助けてかいがいしく働く弟、というので新羅三郎がいるわけですが
兄を殺した、というような話は、探せばあるでしょうが、耳に親しくはないですね。
上杉謙信も、講談などでは兄を蹴落としてますが、実際には家督を譲られたに過ぎないですし。
武田信玄…とかw

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 22:13:43 ID:yy2essQx0
>>116
いや、天皇家&公家がある時点で中国を模範しただけでは、幕府は作れない。
>中華帝国でもよくある丞相の専権
日本で、天皇専権をしたら、中世なら失敗即死です。

清盛は後白河天皇を上手く(逆の可能性が多々有るが)操れるが、殺す事は絶対に出来ない。
それが平家の崩壊になるのが中世日本だからね。
源氏にしてもそう。後白河法皇と共に、平家を討ったのだから、
皇家を蔑ろに出来る訳が無い。
だから、幕府の発明は一線をなす物なのですよ。
天皇は飼い慣らせる物ではないのです。
この後も優秀な天皇は出てくる訳ですからね。

また、北条家は、源氏の呂氏と言っても過言では無いでしょう。

疑心に塗れた頼朝は、戦上手で忠誠を誓う、
異母弟の範頼を殺してしまったのは不味かった。
頼家の暗殺を、容易くしてしまったのだから。

それでも、一人の力で天下統一をしたのだから、
信長以下は無い。秀吉以下も無い。家康以下も無い。

秀吉は頼朝の像に、よう先輩と言ったとかって話はあるw


118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 22:32:24 ID:6Rio5wlc0
つまり日本人には呂氏に十数代にも渡って政権握られ続けるヘタレしかいなかったってことか

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 22:42:40 ID:yy2essQx0
>>118
意図が解らん。北条氏も日本人だが?
北条は元寇で救国の英雄になるから、
ヘタレ呂氏とはちょっと違う。

あと、朝廷も政権持ってる二重構造なのをお忘れ無く。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 23:55:24 ID:58SJGMld0
>>88
松永を配下にしているし、その謀反も鎮圧している。
信長が長慶と同ランクってーのは無理があるな。
少なくとも、一つ上だ。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 10:00:21 ID:ZXNkpBuW0
信長あってこその秀吉、家康とはよく言われるが、
本能寺の変の後で、秀吉、家康が上手く引き継いでくれなければ、
乱世に逆戻りして、
信長自体が、長慶と同じような扱いになっていただろう。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 11:42:49 ID:Ew2mXDIq0
日本の英雄は信長が一番と考えている時点で>>1は日本史を知らない。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 17:24:18 ID:QWqNOvws0
>>121
清洲会議が行なわれるならば、乱世に逆戻りなどあり得ない。
柴田でも織田の兵力&財力があれば、統一できるよ。
清洲会議はそれだけの意味のある会議だからね。

長慶と信長の違いは将軍を、裏から操るか、表から操るかの違い。
勿論表からの方が難しい。だから信長は失敗してるからね。
それで、幕府は滅んだけれど。

この時代には歴史所、日本最高の英雄と言える人物は存在しないかもな。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 17:37:44 ID:t4YBixU20
>>柴田でも織田の兵力&財力があれば、統一できるよ

そうできるちからと流れを作り上げただけでも、織田信長という才能は高く評価する必要がある。
あっちこっちに実力者とそれなりな大義名分があると、まとめあげるのに時間がかかるから。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 17:41:48 ID:QWqNOvws0
>>124
>織田信長という才能は高く評価する必要がある。
そりゃそうでしょう。別に信長の才を否定している訳じゃないし。
清洲会議が行なわれる状態まで行けば、
乱世に逆戻りなどあり得ないって、言いたいだけだから。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 22:18:13 ID:Ew2mXDIq0
蔡倫・始皇帝・司馬遷・孔子・孫子

に比肩する日本の英雄っている?
俺はいないと思うんだけど

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 23:22:31 ID:Ew2mXDIq0
信長なんて実際のところ、始皇帝にすら比肩しないだろ。
始皇帝が天下統一の大事業を完成させたのに対して
信長なんて部下に抹殺されるし。

また始皇帝が世界で始めての皇帝であるのに対して
信長なんて日本の一武将
格も違う

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 23:41:26 ID:QWqNOvws0
>>126
孫子と名前を出している時点で、中国史すら理解していないのが解る。
出すのなら、武将の孫武としなければならない。

>信長なんて日本の一武将
認識が甘い。その上に知識も無い。話にならない。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 23:43:59 ID:Xa5SCx7B0
でも正直、信長は統一を実現した秀吉、長期政権を創業した家康と比べると、
やっぱり一歩落ちるね。

本能寺で倒れたのはお気の毒だけど、やっぱり結果を残してなんぼだよ。


130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 23:57:54 ID:QWqNOvws0
>>129

戦才なら、
秀吉、信長、家康の順番になるけれどね。
家康は大軍を率いた戦いが下手くそ過ぎる。
大阪冬の陣とか、特にね。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 00:15:20 ID:Iyxmv8lB0
孫臏も孫子でおkなんだがなー。
まあ孫子って言われたら孫武か孫臏の事を言うんだよ。
だから孫武だけを引き合いに出すのは間違いかも。

でも最近の研究では所謂、孫子の兵法は孫武の物で
孫臏の兵法書は別にあるって研究が出てるから
あながち間違いでもないかな?

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 00:23:13 ID:4l1k2wrS0
>>126
李耳(老子)と荘周(荘子)も加えておくれ。

>>128
信長もそこそこの存在だが
さすがに始皇帝以上とは言いすぎだな。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 00:37:32 ID:Iyxmv8lB0
>>132
128は信長が始皇帝以上とは一言も言ってない件について
捏造はあかんですよー。
信長を一武将と言っている事に対しての反論(?)でしょ。
1581年の京都御馬揃えをおこなってる時点で一武将とは言えません。
中華でいうと覇に当るでしょう。

でも日本の一番の英雄は上宮之厩戸豊聡耳命(聖徳太子)でしょうね。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 06:32:07 ID:nD+ZZdUS0
日本史には特出した英雄なんていなくないか?
蔡倫をだされるとみんな全て負けちゃう

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 07:18:00 ID:2eWq7qBt0
>>133
統一という指標でしか見ていない人にはわからんかもしれんね。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 08:27:32 ID:xeHrJ3Uk0
統一しようがしまいが明智に反乱暗殺され、羽柴に主権を乗っ取られる時点で一段下がる。
息子がその遺産を相続してれば開祖として弁護の余地はあるだろうが・・・
ちょっと僅かな時間覇権を握っただけのやつがここまで過大評価されるのが日本史の薄いところ。
しかも自分のミスでそれを失ってるのだから救えない

ありもしない可能性で評価を水増しすることを「贔屓」と呼ぶ。
スレタイは『中国英雄は、(儲の贔屓のされ方で)誰一人として信長に及ばない』に変更汁

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 11:14:13 ID:4l1k2wrS0
>>133
聖徳太子は真の革命児だろうね。
冠位十二階の制定などに天皇擁護の反面、中国から仏教を輸入して
熱心に信仰、神仏二本立ての世になったのはこの人のおかげだからね。
それ以降の仏教に繁栄を見れば大偉業といってもいい。

信長は惜しい武将なんだよね〜。
部下のコントロールくらいはしっかりやっておかないと
というボロがでたからさ。
それでいて文化人としては後世に残せるものはほとんどない。
日本人特有の贔屓目線でもないと評価されない人かもね。



138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 11:24:16 ID:r+NB3Eyy0
信長が優れた武将であり、覇者なのは間違いないけど、
そもそもあまりに過大評価されすぎなんだよな。

政教分離 
 → 一向宗の既得権益を奪おうとしての普通の勢力争いで、そんな確固たる信念があった証拠はない。
中央集権 
 → むしろ逆な面も多く、実際に中央集権化を進めたのは豊臣秀吉。
楽市楽座 
 → 他の大名の政策を真似たもの。むしろ織田信長の場合は細かで弾力的な運用をしている面こそ注目。
能力主義 
 → 他の大名も多かれ少なかれ導入しているが、信長の場合は勢力が巨大となったのでより大規模に。
兵農分離 
 → 他の大名にも似た事例は多いが、信長の場合は勢力が巨大となったのでより大規模に。
鉄砲戦術
 → 長篠の戦いはむしろ城塞戦に近く、鉄砲の運用自体は雑賀衆や九州の大名の方が上っぽい。
鉄甲船
 → 巨大な船に火器を積んだのは事実のようだが、鉄甲船だったというはっきりした証拠はまだない。
国家構想
 → 何か考えていたのかも知れないが、本能寺で萌えちゃったので推測しかできない。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/15(土) 14:57:35 ID:Iyxmv8lB0
信長が英雄扱いされたのって、最近の話なんだけれどな
明治時代なんて、聖徳太子最強ですよ?
あとは、楠木正成とか新田義重とか…

蔡倫・始皇帝・司馬遷・孔子・孫武・孫臏・老子・荘子・etc
全ての人物が聖徳太子以下の評価です。明治(日本帝国って言った方がいい?)ではね。

時代により、評価は移りけりってねw

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/16(日) 02:09:11 ID:cNoy7RdGO
聖徳は隋の煬帝に
「西のおっさん、元気?」
と手紙を書いた男だからな...


141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/16(日) 20:26:20 ID:U57ukyFP0
なぜに徳川光圀が出て来ないの?
この人もいい仕事してますぜ?

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/16(日) 20:31:59 ID:p7QZGQ700
古中国影響世界の發明
(運河、スパゲッティ、ロケット、サッカー、チェス、犂、地動儀、紙、
指南針、印刷、造紙、造船術、馬蹬、等等等等等等等等等)
http://hk.youtube.com/watch?v=Z9sbV924Z6I
http://hk.youtube.com/watch?v=eqBEmmLgRsQ
http://hk.youtube.com/watch?v=KEQliKrEYYs
http://hk.youtube.com/watch?v=k-derIFLQfk
http://hk.youtube.com/watch?v=_Cwd_nG1ArQ

古中国影響世界の科技

(ロケット、小銃、大砲、手榴弾、地雷、照明彈、等等)

http://hk.youtube.com/watch?v=0bpOzW7gihw
http://hk.youtube.com/watch?v=H8QIFvW4d60
http://hk.youtube.com/watch?v=eZTJrs3_0b4
http://hk.youtube.com/watch?v=ZvK6Yb3MGVk
http://hk.youtube.com/watch?v=OS50_Cd9vog


143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 03:52:35 ID:8xHf23bq0
徳川光圀は盲点だったな…
近世への影響だったら、祖父の家康を簡単に超えるね。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 13:39:11 ID:Kvtbvk8TO
信長=トウタク
光秀=リョフ
秀吉=ソウソウ
家康=シバイ


145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 14:25:02 ID:dwEuZTuN0
信長にはまず国内予選を勝ち抜いてもらわないとな。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/18(火) 20:52:30 ID:yhac9zkX0
>>138
信長の過大評価のされかたって、信長至上主義みたいなものがよく目に付いたりするな。
その反動で信長批判方向に動くのだろうけど、ちょっと肯定的意見を出すと目を剥いたように
反論してくる姿勢もどうかと思うこともしばしば。

で、織田信長のすごいところというのは、ある時期に流れをある方向に向けていったことにあると思う。
つまり、歴史に対する役割というか、意義というか、そういう流れ。
こればっかりは、羽柴秀吉が徳川家康が、同じ時期の同じ立場でできたかというと、それはわからないけど
できないと考える。なぜか。個性が違うから。
政治的成果というものは、その副次的なもので、それは成功していく上で欠かせないものだけど
まずは織田信長ありき。から始まる。

なにが言いたいかというと、立場が違えば同じことができるとは限らない。
つまり中国に信長がいたとしても、同じ評価を得たとは思えないし、同じ日本であっても
織田信長と徳川家康の立場が反対だったらどうなっていたか…

というわけで、天才もしくは、日本随一とか世界に通じるとか、可能性はあったかもしれんけど
あくまであの時期に織田信長という個性が大きく日本を動かした、という結果しか残されていない。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 00:09:32 ID:E45DQngZ0
信長は上手い具合に本能寺で死んだことで可能性は残せた。

その可能性こそが、英雄願望を託すのに格好のものなんだよ。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 00:13:36 ID:sbR8NGeS0
可能性を残せたもなにもありもしない可能性だ。
柴栄とかオゴタイ汗、モンケ汗が長生きしてれば
どんだけ超巨大帝国を築くか分からんが、無いものを有る前提で語るマンセーは基本的に場違いだ。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 00:20:01 ID:xQ6vywC20
中華の英雄は中華を統一し自らを最上位とする世界を作った。
信長は日本を統一する事も出来ず、自らを最上位とする世界すら作れなかった。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 07:05:00 ID:AxNINza/0
>>149

京都御馬揃えの時点で、正親町天皇や公家は、信長の事を覇者と見ている。
秀吉や家康だって、更に言えば、源頼朝、足利尊氏なども、所詮は覇者に過ぎない。
自らを最上位にする事が、日本では英雄の条件ではないのだよ。
聖徳太子が良い例だね。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 17:57:56 ID:sbR8NGeS0
ほかの連中は戦乱を静めきれなかったたわけでも、
部下に裏切られて死んだわけでもない。
なぜ信長はその連中の列に入るのが当然とは言えず、
入れてくださいお願いしますという感じだろ。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 18:04:01 ID:ejcAt2Ot0
尊氏は鎮めきれてないやろ


153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 19:18:07 ID:AxNINza/0
うーん、わかんないかな?
日本で覇者になる条件は、朝廷に認めさせればOkなんだよ。
だから、尊氏もOK。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 19:32:27 ID:xQ6vywC20
>>150
>>153
その時点で中国の英雄と信長を比べるのが無理だと思うんだが。
中国と日本では覇者の条件が違うなら信長が中国以下にならない代わりに、
中国の英雄は信長以下にならない。

それこそ仮に日本はそれでも許されるとすれば、その時点で日本の尺度自体が中国に劣る。
何故なら中国の覇者は天下を統一し自らが最上位になる事が大原則。
混乱を収めきれなくとも皇帝に即位し子孫は全土を統一し最上になる。
それに対し日本は混乱を収めても天皇制度を廃止できず天皇に即位する事も出来ていない。
権威と象徴と権力を全てそろえるのが中華ならば、それを欠くのが日本。
この時点で勝負は決まっていると思うが。

そして統一も出来ず子孫が天皇にも天皇に代わる新たな制度を作る事もできなかった信長は、
日本の覇者ですらない

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 20:07:58 ID:AxNINza/0
>>154
春秋五覇とか知ってる?
つーか、覇者の条件とか、覇者そのもをを理解出来てる?

皇帝号は覇号じゃないよ?

>そして統一も出来ず子孫が天皇にも天皇に代わる新たな制度を作る事もできなかった信長は、
日本の覇者ですらない

朝廷を勉強してください…

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 20:18:27 ID:sbR8NGeS0
>>155
どっちにしたって統一皇帝>覇者なんだよ。
その統一皇帝の中でも出来不出来が存在する。
信長の実績では論外としか言えない。無理やり歴史的意義を水増ししてるけど、そんなやり方をしたら中国側は倍増してしまうわ。

日本の場合幕府を開くことが統一皇帝と比肩しうる唯一の条件だろう。
秀吉はまあ例外として扱うしかないが、信長はどう考えてもそれ以下。



157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 20:23:36 ID:sbR8NGeS0
そもそも歴史的に意義ある仕事をやったとしても
それを子孫に「自分のミスで」継承できなかった以上、
格下もいいところなんだなーこれが。
中道にしてくたばった創業者は過大評価されすぎ。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 20:25:11 ID:xQ6vywC20
>>155
なら信長は春秋の五覇クラスなんだな。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 20:31:24 ID:xQ6vywC20
>>155
お前の指摘と>>154の返信先である>>150>>153を考慮すると>>154の文は下のようになる。
これならお前も文句は無いだろ?

>>>150
>>>153
>その時点で中国の英雄と信長を比べるのが無理だと思うんだが。
>中国と日本では覇者の条件が違うなら信長が中国以下にならない代わりに、
>中国の英雄は信長以下にならない。
>
>それこそ仮に日本はそれでも許されるとすれば、その時点で日本の尺度自体が中国に劣る。
>何故なら中国の英雄は天下を統一し自らが最上位になる事が大原則。
>混乱を収めきれなくとも皇帝に即位し子孫は全土を統一し最上になる。
>それに対し日本は混乱を収めても天皇制度を廃止できず天皇に即位する事も出来ていない。
>権威と象徴と権力を全てそろえるのが中華ならば、それを欠くのが日本。
>この時点で勝負は決まっていると思うが。
>
>そして統一も出来ず子孫が天皇にも天皇に代わる新たな制度を作る事もできなかった信長は、
>日本の覇者ですらない

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 20:34:51 ID:AxNINza/0
>>156
俺的には信長は英雄だとは思うが、
上位の皇帝と戦えるか?と言ったら、無理だと思う人間だがね。

日本の本当の英雄は
聖徳太子
皇帝=天皇とさせた。
聖徳太子がしたわけじゃないけど、下準備は聖徳太子。

徳川光圀
天皇>皇帝とさせた。
これは朱子学をアレンジした水戸学からの発展だね。
清朝を、中華と認めなくしたのは、水戸学(朱子学もあるが)の影響だからね。

この二人は中華英雄に匹敵すると思うのだが、どうだろうか?

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 20:39:54 ID:xQ6vywC20
>>160
少なくとも信長にせよ秀吉にせよ聖徳太子にせよ英雄である事には違いないし、
それに批判する気はないよ。
ただ、英雄って比べあうものじゃないし個々が英雄だと思う。
そういう意味でスレタイに対して反発しただけなんだ。

信長は確かに英雄だが中華の英雄をしのぐほどかどうか。
そもそも比べるならその英雄の出現した国の中で比べるべきじゃないのか。
英雄とは皆同列で凄い人物を指すのではないのか。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 20:50:17 ID:sbR8NGeS0
椅子の価値が皇帝=天皇ないし皇帝<天皇としても
そこでどれだけの仕事をやったかが
本物の英雄と、椅子に座らされてるだけの匹夫の境目。
日本の天皇で明治天皇以上の大物は思いつかないのだが。
あとは知らなくても特に困りはしない存在。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 20:51:32 ID:sbR8NGeS0
>大物
世界史的な存在感という意味で頼むよ。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 21:02:20 ID:xQ6vywC20
わからんが、皇帝=英雄では無いと思う。
むしろ、裸一貫とまでは行かなくても自分の立場から新王朝を建設した創設した。
そういった創業者が凄いないしは英雄なんではないかな。
劉邦とか劉秀とか朱温とか趙匡胤とか。
そういう意味じゃ源頼朝や足利尊氏なんかも凄い。

あと皇帝は任免権を持つ側だけど将軍(征夷大将軍)は天皇から任命される側だしね。
自らが最上位となっているか、最上位の人物から任命される中間管理職ないし、
武家の棟梁かの違い。


165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 21:13:43 ID:YvXt6tEn0
>>157
歴史的な流れや継承といったものは、子孫にしか残せないものなのか?
子孫にそれを残せなかったものは、評価すらされないのか?
だとしたら、後周世宗の歴史的役割と業績は宋太祖・太宗以上とする自分の意見とは相容れないものとなるな。
継承させたから、とか統一したからすごいとか、そんな単純なもんじゃないと思うがな。
既存の流れから脱却して、新たな流れを組み立てていく過程で、どの方向に向けたかが重要になる。
織田信長のやったこととを、豊臣秀吉あるいは徳川家康が総否定して別の流れを作ったのなら、
織田信長のやったことは、歴史に反するものだったとは思うが。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 21:34:11 ID:sbR8NGeS0
>>165
「子孫の生殖活動の為に莫大なリソースとプレステージを保有し、
 自分の血統に都合のいい社会基盤を残すのが英雄」
というのが基本方針の俺とは受け入れあうはずもないだろうな。

しかし信長はトップ層に比べれば実績的に落ちるだけで、個人的なアビリティは十分に賞賛に値する。
指導力やキャパシティだけなら秀吉や家康以上に英雄的なのは俺も同意。
ただ人生五十年で終わってしまっては到底ベストの評価は付けられない。
世界史には彼より個性で劣っていても、
運と仲間に恵まれて集団で大きな仕事を成し遂げた人間も割と多いのでな。

信長が70まで生き、織田王朝なり織田幕府を開いていたならその時点で日本史トップだろう。
中国の統一皇帝のトップクラスとも満足に張り合える人物なはず。
その可能性は史実でも十分にあったが、可能性があるだけでは過大評価の弁護にはならんのだ。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 21:41:08 ID:xQ6vywC20
思うんだが。

英雄って一律同じ基準で見るのか?

正直、何か一点でも特質すべき事があったり、総合的に良かったりすれば構わないんじゃないだろうか。
それと『個人の英雄観』にすべては帰すと思う。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 21:56:27 ID:YvXt6tEn0
>>166
というか、歴史的遺産の継承というところで考えた場合、その限りではないのでしょ?
あくまでも、個人としての評価であって、その人が早世すると、その時点で評価できない
と、そういう考えなわけだ。
だが、織田信長あっての豊臣秀吉だろうし、徳川家康だと考えるわけだ、こっちは。
だから、後周世宗と宋太祖・太宗を持ち出したのだけどね。

当然ながら、時代や場所が変われば、やることも変るわけで、
>>1のスレタイなど論外もはなはだしいことは理解している。

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/21(金) 23:27:00 ID:1um7NRQt0
戦国板でこのスレを立てたらどうなるだろう
信長ファンは相当多いはず

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/22(土) 10:42:36 ID:llM9nify0
>>162
…おいおい…椅子の中身の話してどうするんだよ…

>>160は椅子を作った人の話をしているぞ?

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/22(土) 21:00:43 ID:0LJ9x5+b0
>>169
信長ファンというのは、なんら問題ないのだけど
公平に見れない人との議論ほど、無駄な時間はないのは事実。
願わくば、その信長ファンという人たちが、偏っていないモノの見方をしてくれること。
自分も柴栄好きだけど、欠点や言い訳できない失敗も、含めて好きなわけだし。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/22(土) 21:18:25 ID:KOOdcfuM0
このスレタイで立てるのは好ましくないだろうな。


173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/22(土) 21:46:08 ID:qg8MspWN0
アケメネス朝
セレウコス朝
パルティア
ササン朝
ウマイヤ朝
アッバース朝
ブワイフ朝
セルジューク朝
ホラズム朝
モンゴル支配
イルハン国
ティムール朝
サファヴィー朝
カージャール朝
パフレヴィー朝
イランイスラム共和国


174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/22(土) 22:40:47 ID:KG7eLt+r0
>>170
自分が座らない椅子の価値を云々しただけで、
徳川光圀や聖徳太子が日本の真の英雄に該当するかどうかは俺は興味ないし、
>>162でも論じてないんだけど。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 07:24:19 ID:ayUmHnL30
>>174
つ日本の天皇で明治天皇以上の大物は思いつかないのだが。


176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 13:24:41 ID:VXLwJLqf0
>>175
それが光圀や聖徳太子となんの関わりがあるのだろうか?
俺は別にそいつらが>>160にとって英雄だろうが否定も肯定もしない。
ただその理屈通り日本の天皇位が中国の皇帝位より互角以上の価値を持っているとしても、
余りにもお粗末な仕事内容だな、と言ってるだけだが。

>日本の天皇で明治天皇以上の大物は思いつかないのだが。
↑が間違った認識であるならそう指摘するべきだろう。
俺は日本史には疎いからその指摘が正しいと感じるなら修正はするさ。
言葉が足りなすぎて何が言いたいのか分からんよ。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 13:28:08 ID:8nzJ+pC5O
まぁ、単純に考えて
ここは島、向こうは大陸。
外敵も多い上に長年続いた内乱。
戦の数からして比較にならない気がする。
よって

【糸冬】

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 13:41:50 ID:ayUmHnL30
>>176
日本史には疎い?
なら信長を評価できないじゃんw


179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 13:53:28 ID:yxfa3GSV0
信長ってアレクサンドロス大王には叶わないだろうな

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 14:00:26 ID:ayUmHnL30
アレクサンドロス3世に匹敵する人物が世界史で見ても、殆どおらんわ。
でもスレ違い自重w

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 14:18:23 ID:VXLwJLqf0
>>177
世界史的に見て信長は秀吉家康ほどの実績も存在感もない。
長生きしてたら別だろうが、それはifに過ぎない。
秀吉家康のキャリアにとって信長の存在は大きいが、
それをもって彼らより高く評価することは出来ない。
項羽や董卓、爾朱栄のようなもの。
一時覇権的であったが、統一を為した訳でも統一政権を築いた訳でもない人間。
終わり。

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 14:26:23 ID:VXLwJLqf0
>>181はあんかミス。>>178
つーか何でそこでいきなり信長が出てくるのか?
・天皇と皇帝
・光圀と聖徳太子は英雄か

ということを論じてたんじゃないのか?
あんた論点がずれ過ぎなんだよ。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 14:30:13 ID:ayUmHnL30
>項羽や董卓、爾朱栄
日本なら全員朝敵だね。

信長と朝廷の繋がりとか理解してねーのなw

理解しているのなら、朝敵になる様な人物は持ってこない。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 14:36:07 ID:ayUmHnL30
>>182
スレタイ通りの話題をふっただけだけど?

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 15:06:27 ID:VXLwJLqf0
>>183
・上総介の爵位を勝手に僭称
・誠仁親王の元服式の献金にわざわざ悪銭を混ぜる
・正親町天皇に度々譲位を迫った(反対の説もあるが)
・馬揃えは単なる示威行動
・三職推任を拒否、簒奪の疑惑。

もちろん譲位について諸説あるし、日本史的な意味と中国史的な意味は異なる。
だが中国の古典に通じていた信長なら後者の意味でやったとしてもおかしくはない。
親父の信秀が勤皇派というなら分かるが、信長は微妙過ぎるだろう。
自分の強権政治の大義名分が欠けていたから朝廷を利用しただけで、
やってることはそいつらと大して変わらん。

俺は日本史はまだまだ勉強不足だが、あんたが通じているとはとても思えないんだが。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 15:14:41 ID:ayUmHnL30
>>185
うわ…軽視説と尊重説は、泥沼になるから出さないで居ただけなのに。
勝ち誇ってるw
しかも今調べていたみたいだし。そんなに悔しいの?

軽視説と尊重説これは泥沼になるから語らんけれど、
馬揃えの後正親町天皇めでたいめでたいと、言った資料とかあるぜい?

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 15:16:31 ID:ayUmHnL30
馬揃えの後に、正親町天皇がめでたいめでたいと、言った資料とかあるぜい?

に訂正。日本語が馬鹿でしたw

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 15:17:46 ID:VXLwJLqf0
>軽視説と尊重説は、泥沼になるから出さないで居ただけなのに。

語れ。

>馬揃えの後正親町天皇めでたいめでたいと、言った資料とかあるぜい?

社交辞令では?

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 15:21:28 ID:ayUmHnL30
>>188

>語れ。
やだw

>社交辞令では?
…本当に浅いなw



190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 15:27:19 ID:VXLwJLqf0
>語れ。
やだw

じゃあ語ってください。是非にお願い致します。m()m
両方語らなければ貴方の知識が深いかどうかはわからないのですから。

>>社交辞令では?
>…本当に浅いなw

まあそれは認めますが、
貧乏朝廷が好待遇を受けて喜ぶのはそれほどおかしなことでもないと思うのですが。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 15:48:34 ID:ayUmHnL30
>>ID:VXLwJLqf0
うーん語っても、
あなたとは喧嘩になって、荒らし行為になるだけだからやめとく。

ま、あなたが一度、命令形を使ってしまった時点で、
話し合いにならないっしょ。
やめましょう。

私も悪いが、あなたも悪いって事で。失礼しました。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 15:56:52 ID:73hX6KHf0
>>191
前に>>190氏と(たぶん)、意見の相違で語り合った者だが、
失礼だけど、>>191さんは、自身の見識を語らなければ、何にもなりませんよ。
それに聞きたいところでもある。
ま、時間を置いて冷静になったら、とりあえずご自身の見識をまず披露してみてくださいよ。


193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 16:59:20 ID:ayUmHnL30
>>192
では、
>・上総介の爵位を勝手に僭称
この問題について発言します。
信長が上総介を名乗ったのが天文十八年と言われております。
またこの僭称問題は明確ではないのも面白い所です。一般的には僭称した事になっていますが。
さて、なぜ上総介を僭称したのか。その理由は実は隣国にあります。
今川義元が上総介の官位を持っていたからです。
対抗の意識があったのでしょう。同クラスの大名だと見栄を張りたかった説が有力です。
また織田家は建前上は平家です。平家の始祖の高望王の最初の官位が上総介。
先祖に習って、名乗った説も有力です。
また僭称なら、尾張守も僭称していたりします。
正式な官位は永禄十一年の従五位下弾正少忠からと言われています。
この事から朝廷は信長を朝敵と見ていない事が解ります。

この時代の朝廷から見れば、信長の上総介僭称など小さな事です。
天文十八年の朝廷は毛利や本願寺などの献金により、
どうにか体制を保てる状態でしかなかったからです。
織田家からの献金の量はかなり多かった。またこの時代は簡単に官位が金で買えた時代です。
織田からの献金が止まるなら、僭称させておいた方がマシとでも思ったのでしょう。
朝廷からの苦情は無かった模様です。私の知る資料の中では。

上総介の僭称問題は以上です。

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 17:37:25 ID:3JZOmYuq0
でも、詐称には違いないんだな。
中華で同じ事をするのは反乱か反乱降伏組くらいだ。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 17:45:42 ID:1oufHO5zO
中華と大和で比較なんて無謀だろ。

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 18:00:12 ID:VXLwJLqf0
>>ID:ayUmHnL30
あんたが日本史に通じてるのは分かったが、分からないことが二つある。

・東亜での覇権を確立した明治天皇に匹敵する大物
これは本当に知らないのでご意見を拝聴したい。
日本は地理的な問題から潜在的な国力ほどに国際社会での存在感は薄かったと思うが。

・項羽や董卓、爾朱栄らが日本で朝敵
彼らが朝敵かどうかはともかく短命政権の棟梁として専横を振るった。
それがどうして信長と比すことが問題なのか、ということ。

畢竟、権力闘争の敗者が賊かどうかを決めるのは、その利権を継承した人間が決めることだ。
彼らと信長の違いは秀吉や家康といった賞賛する立場の人間が勝ったからに過ぎないと思われる。
光秀や毛利が天下を取った場合でも信長が朝敵とされなかったかどうかを聞きたい。

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 18:02:14 ID:ayUmHnL30
>>194
>でも、詐称には違いないんだな。
>中華で同じ事をするのは反乱か反乱降伏組くらいだ。

例が極端過ぎですよ。
ってか日本の官位と、中華の官位を一緒にしないでくだされw


上総介問題は信長の判断ではありません。
天文十八年はまだ、信長の父の信秀が当主です。
つまり信秀が、裏で朝廷から官位を買った可能性すらあるのです。
薄い線ですが…

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 18:32:06 ID:ayUmHnL30
>>ID:VXLwJLqf
長文メンドイから最後だけな。

>光秀や毛利が天下を取った場合でも信長が朝敵とされなかったかどうかを聞きたい。
光秀が天下を取る可能性は、陰謀説を含めて考えてもほぼ無い。
信長が配下として付けていた、筒井や細川が協力しなかったから。
秀吉でなくとも、大軍を率いる軍が近畿の近くに存在する。
四国討伐の織田信孝が存在する。
だが、光秀と戦うのは、秀吉より遅くなるだろう。
よって光秀は史実より多くの兵を集められるかもしれないが、
その頃には家康も迫ってきている。
織田信孝と家康等に、袋だたきにされて滅亡するだろう。

よって、光秀の天下は考えるだけ無駄だと思いますが…?

光秀の天下の取り方が解りません。筒井と細川を支配下に置く策を教えて下さい。

毛利の天下の取り方も教えて下さい。
天正10年時点では、もはや不可能だと思いますが…
何か策でもありますか?
その策が解らないと、信長をどう朝敵にするのか解りません。


策を提示出来ないのなら、信長が朝敵どうこう考えるのは私には無理です。
状況が解らないから。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 18:51:08 ID:3JZOmYuq0
>>195
>>197

>>183とそれに対しての>>185の流れに対して振ったんだがな。
もしも中華で成り立たないとすれば>>183の意見も不成立になる気がするが。

200 :199:2007/12/23(日) 19:04:00 ID:3JZOmYuq0
何度と無く繰り返しているからアレだが。

中華と日本でそもそも比べるべきじゃない。

と思う・・・
董卓や爾朱栄やその甥の爾朱兆が英雄かどうかはさておいて、中華と日本じゃ国も思想も基準も違う。
信長の事を論じるなら日本国内における同時代やその他の時代の人物を比較相手に持ってこない限り無理がある。
逆に中華もしかり。
董卓や爾朱氏を論じるなら他の時代や同時代の中華の群雄や武将を比較対象にするべきで日本人を出すべきじゃない。

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 19:29:53 ID:VXLwJLqf0
基本的に本能寺の変⇒大返し⇒山崎の戦の流れだとどうやっても勝てない。
斎藤利三の意見に従ったところで自害するまでの時間が延びるだけでどうにもならんだろう。
だから明智が天下を取るには、体制が整うまで近畿圏に他の方面軍を入れないことに尽きる。
対毛利の羽柴、対上杉の柴田、対四国の信孝&丹羽、対北条の滝川
それぞれに敵がいたのだからその敵と結んで足止めしてもらうしかない。
敵の敵は味方というやつだ。
家康はそのまま自害させるか伊賀越えで土民に討ち取らせとけ。
そうなっても不思議ではなかったし。

また毛利ら大諸侯が天下を取らないまでも割拠し続けるには、
旧織田勢力の一元的な統一は断固として阻止しなければならない都合が存在する。
万事都合よく設定すれば「状況が想像出来ない」などということはないだろう。

>細川、筒井の言うことを聞かせる方法
どこの家にも不満分子はいるものだ。
その中でモノになりそうなのを炊きつけて入れ替えればいいが、まあ現実的ではない。
史実のように明智が勝つという見込みがないうちは従わないの当然。

そもそも、大事なのは主殺しをした人間が天下を取った際にどのように自己正当化するかということだ。
信長が権力闘争の敗者ということは事実なので突っ込まれなかったようだ。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 20:26:20 ID:7OOyWUojO
北海道医療大学歯学部\(^O^)/

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 20:44:53 ID:VXLwJLqf0
俺 162「日本の天皇は明治天皇以外しょぼい」
H 170「>>160は光圀や聖徳太子の話をしてる」
俺 174「>>162>>160の返答じゃない」
H 175 意味不明なコピペ。「つ日本の天皇で明治天皇以上の大物は思いつかないのだが」
俺 176「>>162に文句があるなら反例を挙げろ」

H 178「日本史を知らないおまえに信長は評価できない」
俺 181「世界史的に見て信長は項羽、董卓、爾朱栄の輩」
H 183「おまえは日本史を知らない。項羽、董卓、爾朱栄は朝敵、信長は朝敵じゃない」
俺 182「つーか162-176のやり取りはどこへ?」
H 184「スレタイ通りの話題に立ち返っただけ」
俺 185「信長は朝廷を軽視してたので朝敵じゃねーの?」
H 186「軽視説と尊重説は泥沼になるから言わないでおいてやったのだw」
H 193「信長が『今川と対峙してた時』は朝廷は朝敵とみなしていなかった」
俺 196「ふーん」
     「明治天皇と同程度の存在感を発揮した天皇を挙げろ」
     「光秀、その他が天下取ってたら奸臣信長は自己正当化の為に朝敵扱いだ」
H 198「長文になるから面倒」
     「天下取れないやつに朝敵扱いなんかできねー。天下取れるというなら策を出せ」
俺 201「毛利、上杉、北条らが織田の分裂の為に動いて、家康が伊賀越えで死ねば有り得るかもなー」

とここまで流れをまとめてみた。HってのはHorse。
つまり「馬揃えを持って朝廷が信長を覇者と認めたとする人」の意。
彼の「幕府を開かなくても、統一しなくても、朝廷が認めさえすれば覇者」
という定義自体間違ってるんじゃないだろうか。

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 21:44:31 ID:73hX6KHf0
織田信長を董卓や項羽と同類にみることには反対。
歴史的意義からみて、項羽、董卓はアンチテーゼの対象であって、
その政策や流れを継承されるべき存在ではなかった。
また、対立者はそれらの反抗勢力という名分を掲げることによって、大義を得ることができる。

織田信長のあとに続いて天下統一とやらを成したものは、織田信長的なものを否定することを
旗印としたかどうか。その辺は、より詳しい人に答えて欲しい。
そこをはっきりさせると、織田信長のやったことが、ただ彼一人だけのものなのか
後々引き継がれていった大いなる意思なのかが見えてくるんじゃないか?
当然、前者なら>>203氏の信長は小物、だろうし後者なら、そうではないと、すくなくとも
自分は考える。

>>193
返答ありがとう。啓蒙というのは、語らなければ始まらないものですよ。
気になるうちはしゃべっていたほうがいいと思います。


205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 00:26:34 ID:mF/GSUjM0
>>181がたとえに、項羽や董卓、爾朱栄を持ち出したのはまずかったけど、
でも世界史的に見て云々の部分はその通りだろう。

206 :198:2007/12/24(月) 01:47:43 ID:bxOIFCIH0
>>204
全然話しになりませんでした…結局…

>>203
うわは…だから語るのやだったんだよな
…自分に都合の良い様に纏めてるしw

>家康が伊賀越えで死ねば有り得るかもな
これ策じゃねーじゃん…不可だ。不可w

ってか、信孝は史実でも四国を捨てて救援に出てる。
長宗我部は侵略された地域を、奪い返すだけの力しか残っていない。
つまり信孝は、どうやっても明智討伐を開始してしまう。
この場合、信孝に大義を手に入れる事が出来る。

だから無理。

毛利が動いても、朝廷が信長に付いている限り無理。
信長は史実の包囲網の中でも、勅命を仰ぎ朝倉とかと和睦した事例がある。
天正10年以前だと、信長に依存している朝廷は彼を助けるだろう。
だから無理。

毛利が朝廷を見限るのなら対立は可能だろうが、
その場合、朝敵になるのは毛利。
逆に大友その他に袋だたきにされますなw

もう少し現実的なの頼むよ。



マメ知識
信孝暗君説はどうやら創作の様です。
史実では、方面軍を任されるだけの器量があります。
丹羽が副将についているとしても、
信孝で、信長は四国を討伐出来ると見ている様です。

兄の信雄の方が、本当の暗君の様です。
生涯で、方面軍で任される事が無かった。
また、小牧・長久手の戦いの単独講和は、
秀吉討伐の大義名分を全部捨てる、とても愚かな行為だったりします。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 01:54:22 ID:frQbo5Ff0

韓国は中国の文化財を盗み取りますの原因 ------------ 驚かせます!!!

(朝鮮日報)
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2007/05/23/2007052300065.html
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2007/05/24/2007052400077.html
この解説者は言います:『これが中国が奪い去るのです』
http://kid.chosun.com/site/data/html_dir/2007/07/27/2007072700917.html
韓国の子供はきっと自分の国家がとても偉大だと思っています
http://kid.chosun.com/site/data/html_dir/2007/05/23/2007052300884.html
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2007/05/25/2007052500119.html
彼はこれが韓国の文化財だと思っています
http://kid.chosun.com/site/data/html_dir/2007/07/08/2007070800431.html
“高句麗は私達のです..........”
http://kid.chosun.com/site/data/html_dir/2007/06/01/2007060100772.html
韓国人の表情 (私はこれまで見たことがありません)
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2007/06/30/2007063000056.html
“偉大の韓国!!!”
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2007/05/28/2007052800656.html



208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 04:39:31 ID:bxOIFCIH0
>>205=ID:VXLwJLqf0?違ったら失礼。

世界史的に見て?
比べるのは中華、他はスレ違いですよ〜。

まあそれでも世界史的に見たいのなら、
ルイス・フロイスの日本史位は読んでいますよね?
いくらなんでも。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 06:46:23 ID:bxOIFCIH0
>>204
じゃ秀吉から。

天正10年6月27日の清洲会議により、三法師を後継者と認めさせて、
その後見人となった。これにより織田家臣団は、
不穏な動きをする者が出てくる。

天正10年10月(本能寺変は6月2日)
この時期に家老筆頭だった勝家が、弾劾状を諸大名にばらまく。
ここで秀吉は窮地に立たさせるが、羽柴秀勝を喪主とさせ、
信長の葬儀を執り行い、窮地から脱出する。
この後、賤ヶ岳とか戦争系は省く。長くなるから。

安土城は天下統一事業を象徴する城郭として建築された。
大阪城は、それを模範した形と言われている。

さて、ここで右大臣について語る。
信長、秀吉、家康、全てのものが一度は右大臣となっている。
特に秀吉は、右大臣になる事により、
信長の後継者であると、朝廷に認めさせた。
この事から、信長が覇者であったと推測出来る。
話が逸れるが、徳川幕府では右大臣から将軍になった者も多い。

秀吉の政策面は、織田信長の政策をアレンジして踏襲している。
朝廷に対する態度も、信長と同じ形をアレンジして踏襲している。
(信長は朝廷尊重論から考えるものとする)

大阪城と右大臣、織田信長の政策踏襲。朝廷の対応。
この四つを組み合わせると、秀吉は信長の後継者として、
天下統一をしたものとなる。


上の事から、秀吉は信長が作ったレールの上を、
上手く走った電車と言った感じだろうか?(信長は脱線しているw)

だが、秀吉も黒田孝高を冷遇したり、
小早川の小僧や、蒲生の息子を冷遇した事で、
豊臣家崩壊の時限爆弾を作ってしまった。

以上の事から、秀吉は、信長の的な物を利用して、
天下を統一した人間と言えるだろう。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 11:15:07 ID:WPZFRAYe0
真面目な話、
マトモな隊列も組めない戦国の軍隊って、
10世紀以上前の武将である韓信を相手にして勝てただろうか。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 17:47:41 ID:0tqvJo6E0
ID:ayUmHnL30は逃げ回ってるだけだ。
光秀が天下を取れる状況を一応は提示したのに、
その場合の光秀の自己正当化による信長のアンチテーゼ化の可能性には言及しない。
光秀が天下を取る現実性のなさを語って勝ち誇ってるだけでは返答したとは到底言えない。
これは不誠実な態度だろう。
そもそも絡み方が明らかにおかしいし、絡んだ部分は無視して自分の話したいことだけを話している。
歴史ヲタにありがちなコミュニケーション障害なのか?
その割に結論にいたるまでのプロセスの説明を怠っているのだから、話にならないのはこいつの方だ。
戦国厨は巣に帰れ

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 18:04:33 ID:ZMTw4tCx0
>>211
>>光秀の自己正当化による信長のアンチテーゼ化の可能性

それは違う。
すでに、織田信孝の存在を>>198氏は指摘している。
それは、たとえ明智光秀が反織田信長として勢力を維持しようとも、織田信孝は
織田信長の継承と、それを破壊した反明智というふたつの大義名分を得る存在なので
明智光秀の権勢が長くは続くであろう可能性が、極めて低いだろうことを言っている(と思う)。

統一や新しい制度の確立という事業を成したものは、むろん英雄だが、その過程で斃れた者の
その方向性や歴史に作用した役割というものを軽視するわけにはいかない。
自分の結論としては、織田信長は小物ではない、と言いたい。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 18:22:00 ID:bxOIFCIH0
ID:VXLwJLqf0は、自己の考えしか認めない人間なのだな。

>光秀が天下を取れる状況を一応は提示した
あなたが提示した状況が厳しすぎる。しかも家康の殺し方が既に、
議論にならない、不可能な提案である点が問題なのだな。
不可能な事を提示して、批判する事こそ不誠実だ。

>そもそも絡み方が明らかにおかしいし、絡んだ部分は無視して自分の話したいことだけを話している。
>歴史ヲタにありがちなコミュニケーション障害なのか?
あなた自身はどうなのだ?

>その割に結論にいたるまでのプロセスの説明を怠っているのだから、話にならないのはこいつの方だ。

>>203から
>つまり「馬揃えを持って朝廷が信長を覇者と認めたとする人」の意。
>彼の「幕府を開かなくても、統一しなくても、朝廷が認めさえすれば覇者」
>という定義自体間違ってるんじゃないだろうか。

209で説明済みだな。

戦国厨?なんで?>>185を出したのはあなただが…?

言葉が乱暴ですね。頭冷やしな〜。

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 23:16:45 ID:bxOIFCIH0
>>ID:VXLwJLqf0へ
間違いを指摘します。

>対四国の信孝&丹羽で足止め。
コレ無理だから。
史実での山崎の戦いの総大将は織田信孝(飾りだけれど)。
ちなみに信孝の兵も戦いに出ている。

>家康はそのまま自害させるか伊賀越えで土民に討ち取らせとけ。
>そうなっても不思議ではなかったし。

これが、不可能な提案。策にすらなってない。
IFでは策にはならんのだよ?

>また毛利ら大諸侯が天下を取らないまでも割拠し続けるには、
>旧織田勢力の一元的な統一は断固として阻止しなければならない都合が存在する。
>万事都合よく設定すれば「状況が想像出来ない」などということはないだろう。

私が天正10年以前の話していたのに、あなたは天正10年以後の話をしているのは何故だ?
理解出来ていないのか?
それとも毛利の天下統一が無理と気が付いたから、話題逸らしをしたのか?

>そもそも、大事なのは主殺しをした人間が天下を取った際にどのように自己正当化するかということだ。
>信長が権力闘争の敗者ということは事実なので突っ込まれなかったようだ。

信長を殺して、天下(天下統一と言った方がいいな)を取った人物は居ない。
IFで光秀を押したい様だが、史実で無理だった。

IFにしろ、細川藤孝に協力を求めるのは不可能。
史実で、藤孝は再三の協力要請を拒否している。縁戚であるにも関わらずだ。

筒井順慶も縁戚だが、こちらは日和見。史実では秀吉についた。
筒井に関しては、有利な方に協力するかもしれない。

だが、家康が向かってくるのなら、光秀は終わりだ。
この当時、家康の動員兵力は2万近い。
これに信孝の兵と大義名分が加わると、
中川清秀・池田恒興・高山右近・信忠の残党、などが支配下に入る。
この時点で連合軍は5万近くなる。

光秀に筒井が付いても、2万程度だろう。2倍以上の相手に勝てる訳など無い。相手に古狸が居る以上、ヘタな策略は効かない。

光秀に勝利の可能性など、殆ど無いと言っていいだろう。

ま、あきらめろ。



信長が権力闘争の敗者?誰に負けたのだ?
もしかして…明智光秀と言いたいのか?
だとしたら、あなたの馬鹿が確定してしまうぞ。
暗殺に近い謀反で死ぬのと、権力闘争で戦って死ぬのは別だぞ?


ま、反論はここまでにしといてやるよ。

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 23:34:08 ID:t1TGnqPD0
>>204
>項羽、董卓、爾朱栄はアンチテーゼ。信長は歴史の流れを作った男。

項羽がアンチテーゼとされるのは、『たまたま劉邦が勝ったから』に尽きる。
項羽と違って、劉邦に大帝国への構想やスーパーな人望があったからじゃない。
彼の論功行賞が著しくバランス感覚を欠いたもので諸侯も彼の部下からも離反者が続出したからだ。
劉邦にしても覇権を握った後は諸侯の反乱を招いている。
それをまがりなりにも鎮圧出来たかどうかの違いしかない。
第一、司馬遷が項羽を完全なアンチテーゼとするなら本紀には書かないだろう。

董卓の場合、彼は政権発足時は改革者として望んだし、清流派名士に対して非常に協調的な姿勢だった。
強圧的な態度に変わるのは袁紹と曹操が逃亡してから。
そもそも反董卓連合のメンバーの大半は自分で任命した連中。
反逆後も使者を派遣して衝突をさけようと努力してたのも董卓のサイド。
この場合、アンチテーゼとされるのは治まるべきところで訳のわからん理由で決起した袁紹や袁術らだろう。
そのサイドに最終的な勝ち組みである曹操がいたから董卓が断罪されるだけのこと。

爾朱栄の場合、彼がアンチテーゼだというなら高歓もアンチテーゼだね。
孝荘帝は爾朱栄を殺したが、孝武帝はそれが出来なかったので宇文泰の元に逃げ出しただけ。
禅譲ゲームに失敗した敗者が爾朱栄、勝者が高歓というだけのことだ。
これは論じる必要もなかったかも知れないが一応。

曹操や高歓が忠臣だったから朝敵扱いされなかったのではない。
信長とて状況次第で董卓や爾朱栄のように朝敵扱いされうる。朝廷との関係が力と金でどうにかなるなら尚更な。
その状況自体がありえない、としか言わないが、そんなのは単なる結果論だ。
仮に大いなる意思とやらの存在があったとしても、
彼の後継者である秀吉(つーか簒奪者)が「信長的」とされるものをやっただけでその証明になるのは理屈として変だろう。
そんな大そうなものがあるなら何故信長を飛躍させたのに、後一歩で転げ落としたのか。
それが一時的に秀吉を天下人にして、その後に徳川家による長期政権を作る為だったとか?
そんなものは信長の意思を一顧だにしていると言えまい。

>ID:ayUmHnL30
先ず、勝手に勘違いして絡んできたのを謝りもしないふざけた輩は貴方だということをお忘れなく。

そもそも「統一構想や大局観があったから勝った」とか、「それを引き継いだから勝った」なんてのは歴史家たちの後付け。
「本能寺の変〜清洲会議で一番得をしたのが秀吉だったから、信長暗殺の黒幕は秀吉」、そう言ってるのと同レベルの妄言だ。
そんなものを嬉々として語る前に、
何度も質問している「明治天皇以外の天皇はしょぼい」の反証を挙げるべきでしょう。自分が「誠実」であるというならね。
なぜそこだけ明言を避け無視しているのかさっぱり分かりませんな。
それとも戦国以外のことには無知なのですか?

自分の反対意見は全て自演に見えるのは精神科に行ったほうがいいでしょう。
自分の意見しか認めないのは貴方のほうでは?
貴方の方こそ頭を冷やし冷静になってください。

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 23:35:41 ID:6rG58zVp0
>>204
>項羽、董卓、爾朱栄はアンチテーゼ。信長は歴史の流れを作った男。

項羽がアンチテーゼとされるのは、『たまたま劉邦が勝ったから』に尽きる。
項羽と違って、劉邦に大帝国への構想やスーパーな人望があったからじゃない。
彼の論功行賞が著しくバランス感覚を欠いたもので諸侯も彼の部下からも離反者が続出したからだ。
劉邦にしても覇権を握った後は諸侯の反乱を招いている。
それをまがりなりにも鎮圧出来たかどうかの違いしかない。
第一、司馬遷が項羽を完全なアンチテーゼとするなら本紀には書かないだろう。

董卓の場合、彼は政権発足時は改革者として望んだし、清流派名士に対して非常に協調的な姿勢だった。
強圧的な態度に変わるのは袁紹と曹操が逃亡してから。
そもそも反董卓連合のメンバーの大半は自分で任命した連中。
反逆後も使者を派遣して衝突をさけようと努力してたのも董卓のサイド。
この場合、アンチテーゼとされるのは治まるべきところで訳のわからん理由で決起した袁紹や袁術らだろう。
そのサイドに最終的な勝ち組みである曹操がいたから董卓が断罪されるだけのこと。

爾朱栄の場合、彼がアンチテーゼだというなら高歓もアンチテーゼだね。
孝荘帝は爾朱栄を殺したが、孝武帝はそれが出来なかったので宇文泰の元に逃げ出しただけ。
禅譲ゲームに失敗した敗者が爾朱栄、勝者が高歓というだけのことだ。
これは論じる必要もなかったかも知れないが一応。

曹操や高歓が忠臣だったから朝敵扱いされなかったのではない。
信長とて状況次第で董卓や爾朱栄のように朝敵扱いされうる。朝廷との関係が力と金でどうにかなるなら尚更な。
その状況自体がありえない、としか言わないが、そんなのは単なる結果論だ。
仮に大いなる意思とやらの存在があったとしても、
彼の後継者である秀吉(つーか簒奪者)が「信長的」とされるものをやっただけでその証明になるのは理屈として変だろう。
そんな大そうなものがあるなら何故信長を飛躍させたのに、後一歩で転げ落としたのか。
それが一時的に秀吉を天下人にして、その後に徳川家による長期政権を作る為だったとか?
そんなものは信長の意思を一顧だにしていると言えまい。

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 23:46:23 ID:bxOIFCIH0
>>216
>自分の反対意見は全て自演に見えるのは精神科に行ったほうがいいでしょう。
人格攻撃ですかw
品性を疑いますw

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 23:49:34 ID:6q716+aP0

中国のアニメ映画『西遊記-----悟空大戦二郎神』 、アジア太平洋映画賞の
最優秀アニメーション賞
http://jp.youtube.com/watch?v=Jz5G9gIpMKM

中国のアニメ映画『秦時明月-----夜盡天明』 、ヨーロッパ金鷹映画賞の
次優秀アニメーション賞
http://www.qinsmoon.com/CHS/trailer2_640.html
http://www.qinsmoon.com/CHS/yjtmlong_high.html

中国のアニメ映画『秦時明月-----百歩飛剣』 、ヨーロッパ金鷹映画賞の
次優秀アニメーション賞
http://www.qinsmoon.com/CHS/trailer1_640.html



219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 23:51:48 ID:6rG58zVp0
>ま、反論はここまでにしといてやるよ。
なんかやたら勝ち誇って嬉しそうにしてるけど横死したのは事実でしょうが。
権力闘争とは内と外だけでなく上と下にもあります。信長は後者の敗者です。
蛸壺知識しかない貴方にはわからなかったのでしょうがね。

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 23:55:50 ID:bxOIFCIH0
スレを見直したが…
>何度も質問している「明治天皇以外の天皇はしょぼい」の反証を挙げるべきでしょう
これに該当する人って一人しか居ないんだぜ?
また、文体と、連発するアンチテーゼ発言が某人物とソックリ…馬鹿ですなw

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 23:59:56 ID:bxOIFCIH0
215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 23:34:08 ID:t1TGnqPD0
>>204
>項羽、董卓、爾朱栄はアンチテーゼ。信長は歴史の流れを作った男。

項羽がアンチテーゼとされるのは、『たまたま劉邦が勝ったから』に尽きる。
項羽と違って、劉邦に大帝国への構想やスーパーな人望があったからじゃない。
彼の論功行賞が著しくバランス感覚を欠いたもので諸侯も彼の部下からも離反者が続出したからだ。
劉邦にしても覇権を握った後は諸侯の反乱を招いている。
それをまがりなりにも鎮圧出来たかどうかの違いしかない。
第一、司馬遷が項羽を完全なアンチテーゼとするなら本紀には書かないだろう。

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/24(月) 23:35:41 ID:6rG58zVp0
>>204
>項羽、董卓、爾朱栄はアンチテーゼ。信長は歴史の流れを作った男。

項羽がアンチテーゼとされるのは、『たまたま劉邦が勝ったから』に尽きる。
項羽と違って、劉邦に大帝国への構想やスーパーな人望があったからじゃない。
彼の論功行賞が著しくバランス感覚を欠いたもので諸侯も彼の部下からも離反者が続出したからだ。
劉邦にしても覇権を握った後は諸侯の反乱を招いている。
それをまがりなりにも鎮圧出来たかどうかの違いしかない。
第一、司馬遷が項羽を完全なアンチテーゼとするなら本紀には書かないだろう。


…思い居っきりID変えじゃねえかwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

詩んどけw

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/25(火) 00:10:53 ID:92TmyaMJ0
>>何度も質問している「明治天皇以外の天皇はしょぼい」の反証を挙げるべきでしょう
>これに該当する人って一人しか居ないんだぜ?

私と貴方以外誰が論争してるんですか?
さっさとあげてください。はやく

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/25(火) 00:20:43 ID:mgyrnFqP0
>>222=ID:92TmyaMJ0

ID変え失敗のお馬鹿さんw


あのな、人を罠ではめようとする馬鹿とは討論にならん。
気が付かんのか?

で、どれがお前さんだったんだい?wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

取りあえず、
ID:VXLwJLqf0=ID:0tqvJo6E0=ID:t1TGnqPD0=ID:6rG58zVp0=ID:92TmyaMJ0
って所か。他にも居るのかな?

IDを変えて、別人を装って、人をコケにしようとする馬鹿。話にならん。
ぶっちゃけ、全員が敵(お前)に見えるよw

ああ精神病だな、お前がw

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/25(火) 00:28:57 ID:mgyrnFqP0
>自分の反対意見は全て自演に見えるのは精神科に行ったほうがいいでしょう。
自演だったんだぜ…どうするよw

じゃ明日お前は精神科に入院してきてねw

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/25(火) 00:56:04 ID:mgyrnFqP0
>>222
>項羽がアンチテーゼとされるのは、『たまたま劉邦が勝ったから』に尽きる。
>項羽と違って、劉邦に大帝国への構想やスーパーな人望があったからじゃない。
>彼の論功行賞が著しくバランス感覚を欠いたもので諸侯も彼の部下からも離反者が続出したからだ。


項籍が懐王(義帝)を殺している時点でアンチテーゼ確定なんだが…。

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/25(火) 03:58:50 ID:mgyrnFqP0
>>222
眠れないから、自作自演さんの質問に答えてみる。

では一番知りたがっていた事から始めようか。
>明治天皇以外の天皇はしょぼい
これね。でも、問題が出てくるんだよ。
>日本の天皇で明治天皇以上の大物は思いつかないのだが
あれれ?始めと内容が変わってるよ?
これじゃ、正解も変わっくるよね。
変自作自演さん、真面目にして下さいな。

後白河天皇が、かなり優れているって答えで良いかな?
どう優れていたか、それは自分で調べてね。
それをやる人みたいだし。自作自演さんはw

で、今度は董卓。皇帝を勝手に廃位して、さらに殺して遷都までしている。
信長は、室町幕府の将軍も殺していない。追放しただけ。
董卓じゃ、信長の比較対象にならないね。
ね、自作自演さん?

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/25(火) 05:16:03 ID:mgyrnFqP0
>>222
>なんかやたら勝ち誇って嬉しそうにしてるけど横死したのは事実でしょうが。
横死したのは事実ですが? それが何か?
>権力闘争とは内と外だけでなく上と下にもあります。信長は後者の敗者です。
意味が解らない。
本能寺変は、戦国時代、最悪の謀反と言われています。約100対13000の闇討ち。
この行為は、下克上の中でも、最も卑劣な行為とされています。
江戸時代では、逆賊の行為とまで言われています。
これでは、権力闘争で敗れたとは、とても言えません。
その時代の人もその認識の様です。
特に殺されかけた、家康とかはかなり怨んだ模様ですねw

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/25(火) 05:36:53 ID:mgyrnFqP0
>>222

最後に謝罪を要求します。

>自分の反対意見は全て自演に見えるのは精神科に行ったほうがいいでしょう。
すっごい侮辱発言ですねw
で、自作自演をしていたのだから、まず貴方が謝れ。完璧な謝罪を要求します。
白旗でも良いですよw

>自分の意見しか認めないのは貴方のほうでは?
いや、だって、間違ってる所を、指摘してこないし…例えば、コレ
>馬揃えの後に、正親町天皇がめでたいめでたいと、言った資料とかあるぜい?
馬揃えの後に「めでたいめでたい」と言ったのは、
確かに資料に残っていますが…これは、退位の希望が信長に伝えられ、
それが叶ったと思った時の、ぬか喜びの発言だったりします。
馬揃えの喜びの発言ではないのですよw
ちなみに退位の話は、後に一転中止になったそうです。

>貴方の方こそ頭を冷やし冷静になってください。
難しいなぁ、これは。貴方からの謝罪が必要ですねw

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/25(火) 09:37:01 ID:+cnVx43w0
>>228
…すまん。こんな荒れ模様になるとは(前に語り要請しました)。
ここまで話にならないのも久しぶりに見た。
それにしても、>>215には、各陣営にはそれぞれの「正義」があるのは
当然理解しているだろう?
であれば、項羽や董卓にだって、相手を打倒するべき名分は持っている。
しかし、それが社会的に後押しされて、混乱の鎮定や「天下統一」に至るかは
嘗めて、その内容が多くのものに支持されるかどうかによって決まる。
支持されない大義名分は、長くは続かないし、それを利用する者も少ない。

>>220
自分は大義名分論をはっていたんですが。
どうも、個人の資質だけで世の中が動いていくように錯覚している人もいるようで。
たしかに、そのとき発揮される個人の才能やセンスはかなり作用しますが
言葉や目に見えない、集団の意思みたいなものは、それだけで覆すことは困難なわけで。
であるから、一旦分裂抗争で落ち着いてしまった状況からの脱却をはかり
その後の流れの母体となった人物は、高く評価されていいと思うのですよね…
相手の人は、どうもそう思われないようで。

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/25(火) 17:40:58 ID:mgyrnFqP0
>>229
正直な話、229氏に語ってくれと要請されたとき、
多分、お互いの主張を認め合わないだろうから、
少し荒れるだろうなとは思いました。

でもまさか、ID変えの人格攻撃が来るとは思いませんでしたね。
ただの人格攻撃だけなら、いらつくだけで、ぶち切れなかったんですけれど…
ID変えで、本体を安全な所に置いてからの人格攻撃が、判明した時点で、
ブチって切れました。

221からキレっぱなしでしたね…
私も煽りに弱いものです。(ID変えは煽って認識でOK?)

結果、荒らしになってしまった事は、深く反省しなければなりません。
申し訳ありませんでした。

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/25(火) 19:07:02 ID:BOCuqA7a0
それで結局、信長如きが諸子百家の名士達を超えられるという結果は出たの?

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/25(火) 20:59:01 ID:+cnVx43w0
>>231
まさか。
そもそも比べられないというのだけは、あるいはそのことを論じるだけムダ
というのは、皆の意見が一致するところ。
途中からスレタイとは関わりなく話が進んでいただけ。


233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 01:15:00 ID:Py3y5W0K0
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/computer/39435/1198489198/
9 :おねがいいたします:2007/12/24(月) 20:25:14 
【板名】中国英雄板(仮)@2ch掲示板 
【スレ名】中国英雄は、誰一人として信長に及ばない 
>>204 
>項羽、董卓、爾朱栄はアンチテーゼ。信長は歴史の流れを作った男。 
(以下略 
11 :おねがいいたします:2007/12/24(月) 23:31:08 
>>9 
の依頼は破棄します。 
12 :名無しさん:2007/12/24(月) 23:32:37 
>>9,10 
行きます 
13 :名無しさん:2007/12/24(月) 23:40:09 
>>9 
すみませんリロードのタイミングが悪くて書いちゃいました 
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1179742923/215

http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/operatex/1197862390/l50
556 :動け動けウゴウゴ2ちゃんねる :07/12/24 17:45 ID:vHGHKSd6 
【板名】中国英雄板(仮)@2ch掲示板 
【スレ名】中国英雄は、誰一人として信長に及ばない 
ID:ayUmHnL30は逃げ回ってるだけだ。 
(以下略 
557 :動け動けウゴウゴ2ちゃんねる :07/12/24 17:47 ID:4.YXT6LY 
>>556 
特別にノ 
558 :動け動けウゴウゴ2ちゃんねる :07/12/24 17:48 ID:4.YXT6LY 
>>556 
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1179742923/211 
590 :動け動けウゴウゴ2ちゃんねる :07/12/24 23:32 ID:vHGHKSd6 
【板名】中国英雄板(仮)@2ch掲示板 
【スレ名】中国英雄は、誰一人として信長に及ばない 
>>204 
>項羽、董卓、爾朱栄はアンチテーゼ。信長は歴史の流れを作った男。 
(以下略 
593 :動け動けウゴウゴ2ちゃんねる :07/12/24 23:37 ID:vHGHKSd6 
>ID:ayUmHnL30 
自分の反対意見は全て自演に見える貴方は精神科に行ったほうがいいでしょう。 
先ず、勝手に勘違いして絡んできたのを謝りもしないふざけた輩は貴方だということをお忘れなく。 
597 :動け動けウゴウゴ2ちゃんねる :07/12/24 23:49 ID:vHGHKSd6 
598 :( ・∀・)y━・~~~ ◆Vixen30im2 :07/12/24 23:50 ID:fwPw9Rec 
602 :動け動けウゴウゴ2ちゃんねる :07/12/24 23:54 ID:vHGHKSd6 
>( ・∀・)y━・~~~ ◆Vixen30im2 様 
ありがとうございます! 
論争中につき、しばらくお付き合い願います。 
603 :動け動けウゴウゴ2ちゃんねる :07/12/24 23:59 ID:vHGHKSd6 
604 :( ・∀・)y━・~~~ ◆Vixen30im2 :07/12/25 00:10 ID:scbohA7c 
>>603 
(・∀・)ノ あまり熱くなり杉ないように。 
605 :( ・∀・)y━・~~~ ◆Vixen30im2 :07/12/25 00:11 ID:scbohA7c 


234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 01:15:50 ID:Py3y5W0K0

なんか大騒ぎしてぬか喜びしてるなあ。 
規制されてたから代理に頼んだだけですが。 
あんまり熱くなると記憶力と理解力が弱くなりますよ。 
その証拠に自分が馬鹿と罵った回数も数えられず、自分だけ架空の卑劣な陰謀劇の被害者ヅラしてる訳だから。 
仮にID替えをしてたとしても私が論者として失格なだけで、それが貴方の方の論の正しさには直結しないのは自明の理ですよね。 
持論の証明に逃げ回って俺理論の屁理屈をこねてるだけからそんな誤謬を犯すのです。 

まあ私は貴方よりよっぽどお利口で論敵に対して親切で寛大で、持論の証明にリスペクトに値するほど熱心で、 
クリスマスの深夜に火病を起こさないような立派な学歴と職歴をもった方々との討論の経験を誇りに思ってるので、 
貴方の知ったかぶりも許してあげます。 
お互いに納得いくまであくまでクール&フェアーに頑張りましょう。 
少なくとも貴方は私よりマシかもしれませんが馬鹿の範疇を出ていません。 
勝ち目はあると勝ってに思っております。 

>謝罪の要求。 
規制が解けるまで院政がいかに日本の国際的なプレステージを高めたのか頑張って論じてください。 
それが私があげるクリスマスプレゼントです。 

>横死したのは事実ですが? それが何か? 
信長が貴方が思うような人間なら謀反されませんし、させません。 
信長が貴方が思うような人間なら謀反されても鎮圧します。 
信長が貴方が思うような人間なら謀反されて鎮圧出来なくても、ブザマに横死しません。 

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 02:04:58 ID:OWmwJ3LF0
あと項羽、董卓について語りたいなら史記、後漢書を読んでないと話になりませんよ。 
馬の人に賛同してる人もです。 
項羽も董卓も最初から人望が無かった訳でなく、反秦、反濁流のメンバーの一人で、 
最終的な覇者の劉邦や曹操らのスタッフの一部もかれらに参与していたのです。 
歴史的な期待感が皆無だった、などと言えるはずがないでしょう。 
信長同様彼らも勝ちゲームを落とした人間なのです。 
懐王を殺した項羽がアンチテーゼで、義明を殺さなかったから信長は歴史の正しい流れというのは暴論の類です。 

馬の人は自分の蛸壺知識を元に『無理』『無理』を連呼しますけど、 
人の権力闘争ごときの可能性に『不可能』はないと思います。

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 02:32:15 ID:1ksiqdei0
なーんだ。本物か…話になんねーじゃん。
荒らしている自覚無いのかな?

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 03:14:10 ID:1ksiqdei0
>>ID:VXLwJLqf0
じゃ眠いから最後の仕事しとく。
「明治天皇以外の天皇はしょぼい」
お前が自レスで答え言ってるんだよ。
だから俺は答えなかったんだw

理解してないよな。それに執着してたみたいだし。

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 03:43:09 ID:1ksiqdei0
あ、俺これで消えるから。
荒らしを続けるのは良くないからな。

それと俺の中華の専攻は秦末から三國志までだ。
言いたい事、解るよな?史記、後漢書なら読んでいるって事だ。

で、日本史は源平から近代まで。

>秀吉(つーか簒奪者)
日本における簒奪者の言葉の意味位、知っとけよ。自称中華マニア。

討論中に規制を食らって、代理を頼むのなら
代理が来る事を伝えるのがマナーだ。

>自分だけ架空の卑劣な陰謀劇の被害者ヅラしてる訳だから

こちらは変わった事を知らない訳だ。正直ID変えより、悪質だぞ?
多数から叩かれる事になる訳だからな。不誠実な対応だ。

で、俺の論に反論出来ていない。話にならない。議論にならない。
もうお前との討論は無駄なのだ。

お前は、ただの荒らしをする『馬鹿』だ。
お前に知識があろうが・・・『馬鹿』だ。
お前は『馬鹿』だ。

強調しておく。
お前はただの『馬鹿』だ。

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 08:47:57 ID:OWmwJ3LF0
>討論中に規制を食らって、代理を頼むのなら、代理が来る事を伝えるのがマナーだ。 

単純に知らなかった。 
それに↓を先に言え。俺の質問の方がはるかに先着。今までのはほとんど無意味な罵りあいだ。 
おまえに不信感を持ってたし、無礼者(ではなかったようだが)扱いしてたから、かなり煽りのレベルを高くしていたのだ。 
人に突っ込む時、コピペだけ張るな。 
あと精神病患者発言も撤回する。おまえはただの口下手。m()m 

>「明治天皇以外の天皇はしょぼい」 
>お前が自レスで答え言ってるんだよ。 
>だから俺は答えなかったんだw 
>理解してないよな。それに執着してたみたいだし。 

おまえが内容が非難しているのか、椅子を作った人と椅子に座る人の話を引きずったまま勘違いしていたか分からんかった。 
光圀や聖徳太子の話なんてしていないという弁解レスにリンクを張るから意味不明な問責に見えた。 
その質問への返答にもう少し分かり易いレスをしていれば、 
こちらも理不尽な理由で罵倒をするような真似もしなかった。 
まあこれも一応謝っておこう。 m()m 

>お前は、ただの荒らしをする『馬鹿』だ。 
(中略) 
>お前はただの『馬鹿』だ。 

おまえが手間を惜しんでいなければ、ここまでファビョらせることもなかっただろうなー。一応スマヌと謝っておく。 
だが歴史を学ぶ者にしては余りにも詩藻に欠けたお粗末な捨て台詞。 
これでは聖夜にさびしい煩悶とした夜を送るのも当然だ。 

>もうお前との討論は無駄なのだ。 
>で、俺の論に反論出来ていない。話にならない。議論にならない。 

はあ? 
話にならないと感じるのはおまえが自分の発言が正確に受け取られているという憶測ばかりで思考しているからだ。 
議論にならないと感じるのは俺への罵倒以外の努力をまるで欠いたからだろう。 
そして反論出来てないと言うが、第二の議論の原因となった>>181は、仔細をつつくだけで全く論破してない。 
天下の未統一、長期政権の未確立、横死の共通項は開き直りやがった。 
また、おまえは↓のように言った。 

>で、今度は董卓。皇帝を勝手に廃位して、さらに殺して遷都までしている。 
>信長は、室町幕府の将軍も殺していない。追放しただけ。 
>董卓じゃ、信長の比較対象にならないね。 

で、俺はこう返してる。 

>項羽も董卓も最初から人望が無かった訳でなく、反秦、反濁流のメンバーの一人で、 
>最終的な覇者の劉邦や曹操らのスタッフの一部もかれらに参与していたのです。 
>歴史的な期待感が皆無だった、などと言えるはずがないでしょう。 
>信長同様彼らも勝ちゲームを落とした人間なのです。 
>懐王を殺した項羽がアンチテーゼで、義明を殺さなかったから信長は歴史の正しい流れというのは暴論の類です。 

議論になってるだろーが。 
お互いの歴史観の相違である以上もうどうでもいいが、 
罵倒合戦を1000まで続けるならやってやるよ。 
公約通り書き込まないなら、これで終わりだ。 

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 10:07:36 ID:B+Ooos2J0
>>239
お主かなり最低の頭脳(道徳的な)の持ち主だな

突っ込み入れてみるか
>懐王を殺した項羽がアンチテーゼで、義明を殺さなかったから信長は歴史の正しい流れというのは暴論の類です。

足利義明なる将軍は存在せん。古河公方家に足利義明は存在するがな。足利義昭の間違えだろうが…日の本では、一字間違えると別の人物になる事が多い。気をつけなされ


懐王を殺す。つまり天子を殺す行いになるな。足利義昭は天子では無い。その下の存在になる。引き居合いに出したければ正親町天皇を殺さなければ対等条件にはならない




241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 10:13:55 ID:hhw86VoN0
殷代
春秋代
「臥薪嘗胆」
http://tw.youtube.com/watch?v=oKQ4m4rH53o&feature=related
漢代
「大漢風(項羽と劉邦)」
http://www.youtube.com/watch?v=t8nQOcueTzY
「漢武大帝」
http://www.youtube.com/watch?v=K--7Xdisy9s
唐代
「貞観長歌」
http://www.youtube.com/watch?v=0-OkVPt9W0I
「貞観之治」
http://www.youtube.com/watch?v=ROfLzDHyvhk
「大唐芙蓉園」
http://www.youtube.com/watch?v=f5AU-bNJlnw
宋代
「天龍八部」
http://www.tudou.com/programs/view/kn-G5PecXTk/
「射G英雄伝」
http://tw.youtube.com/watch?v=irxWrQWNVh8
「神雕侠侶」
http://tw.youtube.com/watch?v=ZubjFzofuwg


242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 11:54:10 ID:uDX51AVD0
>>240
いや、楚懐王と足利義昭の、そのときの役割というか影響というか、象徴的なものとしては
似た存在といえる。
日本の場合、朝廷とは別の政治機構として幕府があるけど、だからといって中国の皇帝とともに
引き合いに出せないかと言えば、そうでもないと言える。
なぜか。政治をしているから。
「皇帝」だの「将軍」だのの肩書きよりも、誰がより政治的に影響力をもっているかが、人間社会では
重要になってくる。
このとき、楚の遺臣糾合のため、楚懐王を奉じる。
足利幕府の権威を借りて、分裂を収束に導く。
前者はその象徴を殺し、後者は殺してないとすれば、世間的にその評判はどうだろうか?
項羽が自ら反抗勢力を生み、相手にかっこうの名分を与えたといえる。
天下の乱収束に向うに、個人の資質も重要だが、それに加えて、多くの人の意思、支持
その他の要素が深く関わっていることを忘れてはいけない。
天下を統一したからエライ、では短慮とさえいえるのではないだろうか?

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 13:56:00 ID:B+Ooos2J0
>>242
ふむ。なるほど

>いや、楚懐王と足利義昭の、そのときの役割というか影響というか、象徴的なものとしては
似た存在といえる。

楚懐王と、足利義昭は似た存在とは言えない。特に、信長が天下布武を旗印とし上洛した後、
正親町天皇に忠誠を誓った時点だ。理由は簡単で幕府より上の朝廷も政治を行なっているからだ。
大名が、幕府と朝廷どちらの命令に従うか、これは朝廷に従うのだ。
幕府に従わなかった、三好(主殺し、つまり将軍殺し)、朝倉(朝廷の勅命により信長と講和)、毛利(幕府立て直しの拒否)
を見れば解るだろう。管領レベルで義理堅くなければ(上杉謙信等)幕府には従わない。

信長で考えるなら春秋の周の王と覇者とを、比べるべきではないだろうか?

>天下の乱収束に向うに、個人の資質も重要だが、それに加えて、多くの人の意思、支持
>その他の要素が深く関わっていることを忘れてはいけない。
>天下を統一したからエライ、では短慮とさえいえるのではないだろうか?

私も同意見だ。
だが(天下統一等)時勢を読み取る人間が出てくる事も忘れてはいけないだろう。
時勢を読み取る人間はかなり重要である。 このような存在が居なければ、
統一は出来ない。全ての要素の真ん中に、時勢を読み取る人間が存在する事を軽視してはいけない。




244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 14:19:42 ID:B+Ooos2J0
243の続き。書き込みエラーが出た。これから語る話題を削ったら着込めた。

懐王と、義昭の問題も深く考える事にする。
懐王は項梁により、王位につくことが出来た。
しかし、続々集まる、旧楚国の家臣団が存在するので、
完全な傀儡にはならなかった。項梁はどう思っていたか解らないが、
大義名分の為に必要な存在だったのは確かだ。
だが、項羽に殺される時に誰も助けに来なかったのは、
忠誠を集める事が出来なかったからだろう。



義昭は、放浪の末、信長が拾った。しかし扱いは傀儡であった。
信長は室町幕府の利点だけにしか興味が無かったのは有名な話だ。使い潰すつもりであったのも確かだ。

義昭の苦悩を調べれば、解るだろう。その境遇から脱出しようとして信長包囲網を築く。
だが、勅命もあって和睦してしまう事もあった。(この事からも、幕府は朝廷の下と言える)
最終的には追放されてしまう。が、かなりの策士であったのは事実であろう。


…義昭の方が優秀だな…

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 17:17:28 ID:uDX51AVD0
>>244
>>…義昭の方が優秀だな…

人の能力の良し悪しは、いかに能動的に動いたか、に尽きると思う。
そう、いかに項羽がアンチの対象となっても、その個の能力は、そういったことで測ることができる。
英雄というのはちょっと違って、まぁこれは人によって定義が違ってくるかもしらんが…
やはり、個に執着するのではなく、大衆を動かした、その方向性に拠ると思う。
「歴史を変えた」「時代を動かした」あるいは「加速させた」「地ならしした」などなど。
よく見る言葉を使うと、そういうことになる。

>>特に、信長が天下布武を旗印とし上洛した後、
正親町天皇に忠誠を誓った時点だ。

まぁ、中国とは仕組みが多少違うので、それは了解。
しかし、名分を得て政治的に優位にたつため利用されたと言う点で、
両者の存在にそれほど差はないと思うのだ。

>>信長で考えるなら春秋の周の王と覇者とを、比べるべきではないだろうか?

それか、唐末の唐朝廷と地方藩鎮勢力。
このあたりは、対比として出しやすいと思う。
まぁ、こちらは早々に唐皇帝をぶっ殺して全時代の破壊者が称帝してしまい
そこからは、似た比較というのはできませんが。
だいたい朱温は自ら大義名分を棄て、かわりに晋が唐を奉じる名分を得て勝ちましたからね。
そういった象徴を棄てるにも、時期というのがあって、朱温はそれに失敗したと言えるわけです。

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 18:21:32 ID:OWmwJ3LF0
A:懐王 少帝 正親町天皇 ←御輿
B:宋義 袁隗 義昭 ←名目上の権力者
C:項羽 董卓 信長 ←実質的な権力者

項羽が殺したのはその二人が自分の実力を掣肘する存在だから。
先見性やバランス感覚が欠けていても実力さえあれば覇権は取れる。長続きしないだけで。
楚兵が26騎にまで減ったのは懐王を殺したのに義憤を感じたからではなく、
項羽の人事のマズさが戦略の無軌道さにつながり兵站が破綻したから。
また、ライバルの劉邦の講和成立後の背撃がろくに非難されないのは、
成功しきってしまえば、負けた相手をアンチテーゼ化出来る証拠だろう。
本能寺の変同様、やられるやつの自業自得。
信長が項羽のようにならなかったのは、光秀がさらに秀吉に負けたからというだけ。
「信長に勝ったから光秀は覇者」とはまったく思わないが、
長期的な展望にまるで欠けた謀反を起こされる信長の対人的なバランス感覚には疑問。

董卓の場合、当時の朝廷には官爵による上下関係と清流派士大夫内の縁故による親疎関係の二重構造が存在した。
室町幕府に対応するのは朝廷ではなく、袁氏による門生故吏の一党だろう。董卓は両方とも利用しようとはした。
袁氏が室町幕府のように滅ぼされなかったのは単に勢力の多寡の問題。

また、少帝は旧何進系の皇帝で、その廃立にはメリットデメリットが両方とも存在するだろうから、どうとも言えない。
殺されたのも袁紹の反逆後で仕方がないように思うが。
その自称忠臣袁紹にしても早期に天子を押さえて実権を握れば、
党閥と兵力を背景に天子の座を窺ったであろうことは容易に想像出来る。
後付けで「失敗」「不忠」とされることは多いが、そんなの結果論では?

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 18:55:01 ID:bD6mqwT70
もう項羽VS信長スレにでもしたまえ。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 19:12:55 ID:B+Ooos2J0
>>246
代理レス君。
名前を代理にしておけ。
私は君に良い感情を持っていない事を伝えておく。
239を見れば普通にそう思うのが人間だ。

>また、ライバルの劉邦の講和成立後の背撃がろくに非難されないのは、
>成功しきってしまえば、負けた相手をアンチテーゼ化出来る証拠だろう。
ならば、信陵君の行為の行為はどう説明するのかな?
彼は英雄だが、晋鄙将軍を殺している。信陵君も避難されない側の人間だ。
やっている事は劉邦とさほど変わらない。その辺りはどう考える?


>本能寺の変同様、やられるやつの自業自得。
>信長が項羽のようにならなかったのは、光秀がさらに秀吉に負けたからというだけ。
過去レスを見させてもらったが、君は本能寺の変が好きだな。
では、神戸信孝、丹羽長秀、細川幽斎、徳川家康の行動を説明してみたまえ。
彼等の行動を資料から読み取れば、光秀では、
信長のアンチテーゼにはならない事が理解出来る。秀吉を外してもだ。

董卓の洛陽での振る舞いは山賊そのもの。
新と後漢初期の長安を襲う赤眉と同じ様なものだ。
董卓の洛陽統治には、政治的な物が欠落している事が伺える。
なぜこの話題を君が出さないのか、私には理解しかねる。

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 19:17:27 ID:B+Ooos2J0
訂正
ならば、信陵君の行為はどう説明するのかな?

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 20:16:10 ID:DuVKgnhk0
チューヤンよりは上

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 20:20:55 ID:uDX51AVD0
>>長期的な展望にまるで欠けた謀反を起こされる信長の対人的なバランス感覚には疑問。

これが織田信長のマイナスポイントとなる理由はなんだろう?
謀叛というのは、追い込まれたり激発したりの帰結であり
そこに、長期展望を有した、いわば優良な謀叛と言う場合、
その時点で、謀叛された側は大義を失っている。
あるいは人望や信望といったものを失っている。
となれば、後に来る政治のやり方は、前者をあまり踏襲する例はないと思うのだが。

まぁ、中国の場合、後唐末帝に追い込まれた、後晋高祖の例があるが、
あれは強大な外国の後ろ盾をもってしたので、それがなければ
後晋高祖は後唐の討伐軍にすり潰されていたのは、間違いなさそうだ。

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 22:17:23 ID:uDX51AVD0
>>251
なんかわかりにくいな。

謀叛を起こされ、討ち死にしたことは、織田信長の詰めの甘さを顕してはいるが
ならば、単純に「謀叛を起こされることに備えなかった」ことをマイナスにするのであって
「長期的な展望にまるで欠けた謀反」を起こされたことは、織田信長の責任となりえるのか?
と、いう感じ… か。
相手の展望や政略のことにまで、信長が知るかよw と、思うのだが。

あと、例に出した五代騒乱は、後世の歴史家・欧陽脩が、なんとかその事象を大義名分で
説明しようと、結構無茶な表現をしている。
その時代には、明確な大義名分はもはやなく、誰もが行動によって自己の正義を体現していた。
その混乱の時代の間、勢力同士の「どつきあい」が日常化していたけど、それを統一の方向に
多くの人々の意識を向けさせたのが、織田信長に比定される後周世宗なんだ。
ここでようやく、天下統一という大義名分が出て、欧陽脩もそれはそれはべた褒めするという。

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/29(土) 16:06:04 ID:sXIQm4ka0
>>213
>ID:VXLwJLqf0は、自己の考えしか認めない人間なのだな。

いやどう考えてもお前だからw

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/29(土) 19:32:35 ID:eomuW0qZ0
また自演か。自己レス乙

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/04(金) 18:03:45 ID:tPyit1Dp0
age

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 05:17:30 ID:wQIDsCTW0
光武帝>>>(超えられない壁)>>>ノブナガ

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 18:11:32 ID:XoptUfl/0
運だけで皇帝になった昆布帝と比べるなら足利良教だろ

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/07(月) 20:17:58 ID:9FKm5CVp0
>>253
自演乙
この板って自演する奴多いんだよな…
指摘がなければ、自演し続けたんだろ?

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/07(月) 21:06:34 ID:qIJknGp60
ID:VXLwJLqf0=253だろ。
そういう意味の自演乙だ

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/07(月) 21:36:55 ID:9FKm5CVp0
>>215>>216の違いを見る限り、ID:VXLwJLqf0が敗者だな。
かなりファビョってる。
>>214への反論が出来なかったのかな?

214もかなり間違ってる気がするけれど…

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/07(月) 22:09:22 ID:qIJknGp60
ID:ayUmHnL30=馬鹿
ID:VXLwJLqf0=救いようのない馬鹿

ということでFA

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/08(火) 02:03:15 ID:2gtJFpdy0
両方とも荒らしで敗者。
脆弱な自我を守るために必死なもんよw

つーわけで恥晒しどもを晒しage

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/08(火) 03:36:24 ID:735yplDu0
>>262
いや、違うな。ID:73hX6KHf0が元凶だろう。
ID:ayUmHnL30は、初期から荒らしになるから討論したくないと言っている。
これは評価すべき点だ。

で、信孝が有能ってマジなの?信忠有能説は聞いた事あるが…

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/08(火) 07:14:07 ID:9ce2Jklj0
今の流れこそスルーしる

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/09(水) 03:51:37 ID:8EJbGdWe0
中国英雄って、岳飛とか文天祥とかの事言うんじゃないのかな?
統一だけで英雄決めてもしかたないし。
日本なら、源義経とかだろ。

信長は政治家だな。

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/09(水) 07:52:00 ID:gQ60I9Id0
荒らしたくないが荒らす人間は、
盗みたくないが盗み、殺したくないが殺す輩になりかねない。
評価などという甘やかしをすればID:ayUmHnL30は末は盗人か殺人犯になるだろう。

荒らし行為には動機の如何に関わらず厳しい視線を向けることがこの板にとってメリットとなる。

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/09(水) 09:24:50 ID:8EJbGdWe0
>>266
折角、戻そうとしてるのに。

お前はそこで、渇いて逝け…

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/09(水) 09:41:27 ID:gQ60I9Id0
>>267
犯罪を助長するならお前もID:ayUmHnL30、ID:VXLwJLqf0、ID:73hX6KHf0と同罪だ。
荒らしを甘やかす屑は荒らしを行う屑のともがらである。

俺はこの板の不正と戦っている!のだが、それが何か?

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/09(水) 11:02:13 ID:8EJbGdWe0
>>266=268=ID:VXLwJLqf0
自演乙

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/09(水) 11:17:33 ID:gQ60I9Id0
254と259が俺だが。
ID:VXLwJLqf0ではない。

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/09(水) 12:37:59 ID:RAGETQlC0
自演はさすがに笑ったが、あの程度は荒らしとは呼べん。
それなりに自説をもった「意見」だ。程度はあれど。

>>俺はこの板の不正と戦っている!のだが、それが何か?

信長にかすりもしてないレスしててか?


272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/09(水) 18:50:50 ID:juOs8S0w0
>>268
・・・そりゃ不正じゃなくてお前個人の不満だな。
そういうものを大局と結び付けてはイカンよ。


273 :現代に顕われた織田信長の霊:2008/02/02(土) 12:13:00 ID:H22sUzmj0
http://www14.atwiki.jp/415mattari/
篩いの目は日毎、確実に大きくなっている。私から民衆に知らせられるのも、この形が精一杯。
今の世界に蔓延する仕掛けをあらゆる論争の中に仕込んだ。皆々御苦労であった。全て保存しなさい。
小さな一言にも意味がこもっている。各自で読み解いてもらうしかない。
私はミノオワリの魂。ミノオワリは美濃尾張ではない。
言霊を読み解きなさい。一人でも多く。この者はイチリンの仕組。

皆よく聞きなさい。この星は自浄作用に動き出し始めている。
風邪もひき始めならば軽い養生で治せるが、病状が進むとどうなるか考えてみなさい。
発熱や悪寒はなぜ出るのか考えてみなさい。
無駄に恐れおののいている場合ではない。もう目を覚ましなさい。次元上昇などと寝ぼけたことを言っている場合ではない。
人が思っているような神など存在しない。よく現実に目を向けて、人間としてできる事をいますぐ実行しなさい。
祝詞だ祈りだ瞑想だと非現実的な事ばかりに目を向けるのはもう止めなさい。

現実に今を生きて動いて、とにかく有効手段として自然環境を蘇らせるしか道が無い事に気付きなさい。
人間が自然にしたことが人間に返ってくるだけなのだから、天変地異などと呼んで自分ばかり生き残りたがっている場合ではないぞ。
人間が人間の為だけにした事によって、人間以外の獣、草木、虫達、みんな道連れになるのだぞ。

不思議ぶったまやかしの霊的世界から離れなさい。
神はお前達が思っているような霊的存在ではない。神と呼ぶものは生命の摂理、自然や宇宙の法則そのものを指す。
人が思っているような神は霊、それも大半はまともではない霊だ。今降りている神示も殆どまやかし。マコトは一部だぞ。
火水、艮はマコト。だが艮の器はおかげをおとしたぞ。ハナサクモノは偽物だぞ。日月地は鏡だぞ。片方は虚、うつし間違えるなよ。
私は神霊の一人。クニトコタチ、スサナルの直下、アマカケルタケイサオ。人であった最後の名は織田信長。
人が幻想を抱いてきた、無い神も無い霊も本当に無くなる時がやってきた。

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/02(土) 14:01:10 ID:fonnFq380
信長はよく柴栄に喩えられるが、李克用が近いような気もする。

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/02(土) 15:16:20 ID:/TXjxiN+0
>>274
信長ハンは大酒のみの酔っ払いなりか?

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/04(月) 11:05:30 ID:Gf2PSfJW0
>>274
柴栄→趙匡胤→趙匡義 の流れが
信長→秀吉→家康 の流れに似ているからじゃないですかね?

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 11:25:22 ID:+MrNKUOU0
でも、結局はみんな李克用が興した山西軍閥の系統だろう。

河南軍閥の朱温は三好長慶に該当かな。

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 07:45:24 ID:s5QLQuSC0
東郷平八郎>>>周愉

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/17(木) 17:02:21 ID:JzB+5bKY0
信長が本能寺で死んでも評価を落とす必要は実は無いんだよね。
だって信忠が生きていれば良かっただけの話なんだから。
本能寺の段階で織田家の家督は信忠。死んだ信忠が悪いだけ。
家の考えとか日本と中華じ根本が違うから比較出来ないが正解。


280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/18(金) 12:23:34 ID:2FJ/xAJY0
ゴルゴ13とパンチェン・ラマ11世
http://tibet.turigane.com/golgopanchen.html

ダライ・ラマ法王から直々に依頼されたゴルゴは
パンチェン・ラマを救出、ヒマラヤを越えようとするが、
人民解放軍山岳部隊の執拗な追撃を受ける。
ゴルゴと死闘を繰り広げた山岳部隊指揮官の一言に
チベット問題のすべてが集約されている。

「ふふふ、共産党は仏より上にあるのさ。死ねっ!!」


281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/18(金) 14:08:08 ID:VarIV69U0
 ★ 星野仙一氏 はサムスン選出聖火ランナー ★
★ 中国のチベット弾圧に抗議してボイコット・発言を!★

『言うべきことはいわなきゃだめですよ。
もう本当日本人、中国に対しても韓国に対しても本当に腰が引けてるね。』
と言ったのは星野さんあなたです。jp.youtube.com/watch?v=SWot8◆GKCfN0 (◆を除く)

<星野氏 抗議先>
メール: info アットマーク tigersfanclub.jp 本社内にあるファンクラブ事務局
    (@を付けて下さい)
電話: 0 7 9 8 −4 6−1 5 1 5  阪神タイガース本社
ファックス:0 7 9 8 −4 6−3 5 5 5  阪神タイガース本社
郵送:〒 6 6 3-8 1 5 2 兵庫県西宮市甲子園町1番4 7号阪神甲子園球場内 

<日本サムスン 抗議先>
広報問合せフォーム(◆を除く):
ttp://erms.samsu◆ngelectronics.com/customer/form/formmail/SEJ/input_jp.jsp?S◆ITE_ID=52&PROD_ID=7
電話:0 3−6 2 3 4−2 0 4 7 広報担当(月-金9時-17時)


282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/18(金) 21:14:19 ID:PcAZmxFZ0
三好長慶が幕府を弱体化させ、織田信長が幕府を滅ぼし、
豊臣秀吉が天下を統一、徳川家康が長期政権を樹立。

この流れの中でこその織田信長だわな。

もし本能寺の変の後、足利義昭が復権して幕府を再興するような展開になっていたら、
織田信長は三好長慶とあまり変わらない扱いになっていただろう。

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/19(土) 05:13:54 ID:Hylbyx0W0
>>282
IFの話してどうするよwしかも三好長慶ってw

信長は天正10に従一位太政大臣。
明治後期と大正で再評価されて、正一位。
現実の評価を見るときなさい。

284 :名無しの権瓶:2008/04/25(金) 22:12:14 ID:ZqGMrBRi0
中国の英雄が誰一人、信長に勝てないと言うのは言い過ぎだと思うが、
信長が日本の歴史においては、ユニークすぎる英雄なのは間違いない。

必要であれば、いかなる殺戮をも躊躇なくやって見せた凄まじさは、
大儀は非道にも似たりと言っていた武田信玄すら真似できない。

あれほど徹底した殺戮をしなければ、神社仏閣、色々な権威とかでややこしくなっていた
戦国時代を解決できなかった。

豊臣、徳川が天下を取れたのは、織田信長の革新と、冷酷無情な実行力がなければ不可能であった。

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 06:56:01 ID:EGRcKH6F0
光武帝に勝てる日本人は有史でも5人もいないと思う

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 14:38:21 ID:sbPnx3tz0
そういう言い方をするから信者って言われんのよ
光武帝が日本に生まれたわけじゃないでしょ

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/17(土) 20:30:50 ID:keGZRO8M0
でも光武帝にくらべたら信長とかしょぼい

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/17(土) 23:11:47 ID:edK3ExwZ0
>>284
織田信長の業績あってこその、豊臣政権、徳川幕府だろうけど、
織田信長のやったことも、幕府が弱体化していればこそなのだから、
それ以前の三好長慶や細川氏らの存在あってこそでもある。
結局は、みんな歴史の流れに乗っているのさ。
織田〜徳川の部分だけを切り取って見ても仕方がない。

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/25(日) 19:51:59 ID:CxOviu1V0
歴史の流れっつーか偶然の積み重ねだろ。
そういうものを信じたいと思うような連中が今も昔もいるだけ。

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 00:03:35 ID:C4nP5tuU0
>>69
信長と曹操は比較が難しいけど、トータル的には曹操のが上だと思う

>鉄鋼船作った

ただし、信長が世界史的にもスバ抜けてるところは、企画力、グランドデザイン力といった部分であり、
こういう理系的なセンスも侮れない
他にも、野戦築城する近代戦的なセンス(墨俣、長篠)も理系的センスといえる
三国志で理系的センスがあったのは、孔明くらいだと思うし
(弓やらの兵器開発、兵站充実のための輸送兵器開発等)

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 08:48:37 ID:C4nP5tuU0
信長には商業的センス、文化的センスもある
この辺の企画・演出力には独特のセンスを感じる、企画・演出力自体は後継の秀吉も得意
あの時代に、茶器を広めブームを作り、茶器のミニバブルを起こした
(当然、部下の勲功の報償に使うという実用的な側面もあったが、
 自身が茶器が好きでハマッていたっぽい)
そういう今の時代のアート市場を先取りするかのような雰囲気がある
おそらく統一したなら、日本絵師にもバブル化の流れを作ったかもしれない
そういうセンス持ってるからな
後継の秀吉が信長のお抱えの千利休を重用して
茶会文化が根付いた、安土桃山文化で締めくくられる
その後、茶器ブームが廃れたのは家康の政策だ、家康は残念ながら、根っからの軍人だから

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 16:32:40 ID:dXtI7qoM0
信長が世界史的にスバ抜けてるってwww
それ本気で言ってるの?ww

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 16:33:32 ID:dXtI7qoM0
信長なんて世界史的に見たらどうでもいい存在だよwww


294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 16:49:32 ID:vUfbiT3r0
日本史厨の事大主義には笑止wwwww

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 19:31:26 ID:LX8oo2oR0
そないに必死に否定せんでもwww

296 :290:2008/05/31(土) 01:02:22 ID:IjCS9XQd0
まぁ、それは言える
日本も中国も未だ世界の文明を引っ張ったことはないのは事実
しかし、日本が近代、曲がりなりにも世界と伍して
世界の5強に入れたのは信長のおかげだといっていい
逆に、中国が中世で停滞してグルグル無駄な歴史を重ね、
イギリスにもアヘン戦争等でいいようにやられてるのも信長みたいな人間が出てこなかったからだ
歴史が証明している

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 01:12:58 ID:IjCS9XQd0
ナポレオンが世界1位

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 01:45:20 ID:YjKW3pUY0
総批判の馬鹿は『日本史』読んでねーんじゃねーか?(笑)

>>292
なら曹操は中華ではゴミじゃねえかw
皇帝じゃねーし、政治もボロボロだし。近い時代なら石勒の方が上手だな。

信長は秀吉の毛利への手紙のラストの方で、
相国で記載されてるのがある。

自国の歴史位勉強してから批判せい。三国人w

信長以上の改革者は、鎌倉&室町を併せてもいねーよw。
石山本願寺を分裂させ、政治に介入させずらくしたのは信長。
西欧じゃ考えられねえ事だぜ。
中東は…まあ…あれだがな…

>>293
何故、明治維新に成功したのかを西欧で調べたら、
信長に突き当たったらしいぜ?

>>294
自虐史観必死ですなw中共にでも行ってこい。
鄭成功が、何所に援軍を求めたか調べてみろよ。

ま、家康が全部台無しにしたんだがねw

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 01:47:45 ID:YjKW3pUY0
>>297
軍人としては有能。皇帝としては無能。
それがボナパルトw

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 07:06:46 ID:td3HWMCo0
>>296
>>中国も未だ世界の文明を引っ張ったことはないのは事実

お〜い…

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 10:10:30 ID:IjCS9XQd0
>>300
黄河文明は局所的な文明、世界を引っ張っては到底ない
日本も漢字を輸入したが、別に中国が近かったからで
他のでも代替可能
世界を引っ張るとはギリシャ文明みたいなのを云う

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 10:19:03 ID:LL3cXfSv0
信長信者が必死ww

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 11:02:59 ID:IjCS9XQd0
家康の異常な中世回帰型思考は、実は信長へのコンプレックスからだと
見た方が良いのではないかと思ってる
家康は過大評価されている、調整型政治家タイプの軍人としては優れているが
言葉は悪いが、ただそれだけ・・・
何よりも、信長の先進性を傍で見ながら、信玄を持ち上げ、過大評価する有様、
下手したら、信長の先進性の歴史における重要性すら理解できていなかったんじゃないかと思えてくる
人間のつまらぬ欲望で、ゴチャゴチャにかき混ぜられた天下を最終的に治める役回りが回ってきただけな感じがする、
人間を統治する能力は超優秀であるにしても・・・
家康は突飛な天才型に多い感性で時代に鋭敏にセンスを発揮する信長に対して
理解が及んでないところもあるし、自分が絶対かなわないことを自覚していた
彼はマニュアル通り学んで、調整型政治家として生きることはできると思っていたが
信長のセンスは真似できない
よく言われている、信玄にコテンパンにのされ、信奉者になったというのは
確かに相手が強いと思ったからでもあるだろう
しかし、同時に信玄は理解の及ぶ、自分と同じ路線、延長線上にある人物だから真似できると
踏んだのではないかと思う、実際信玄は「孫子の兵法」というマニュアル研究者なのだから
今の時代、徳川史観で信玄が最強だとか、だからボロ負けしたという風に
話ができあがってしまっているが、
私は実際に信長と信玄がぶつかれば(史実では信玄が病死して白黒ハッキリせずに残念なことになったわけだが)
やれば最終的に、先進性を発揮する信長が勝利したことは間違いないと思っている
確かに、信長包囲網には苦しめられていたが、近畿の経済圏を押さえており
(当時でもGNPは商業のが高い)、兵農分離もできてる軍隊と
半農の兵士で持久戦すらできない軍隊では、常識的に勝負にならないのでは?とも思う
信玄も騎馬を編成したり工夫して軍は強いが、古典的な軍制では時代の流れに取り残される
信玄はマニュアル型の秀才、家康もマニュアル型で愚直な武人、
そして、どちらも先進性がない、古典的な中世人・・・
人間の欲望が3回の荒療治を行わないと収まらないくらい、荒れ放題に荒れた天下を
最終的に治めた中世回帰型、古典的天下人、それが家康・・・
中世に信長がいなければと思うと、確かにぞっとする

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 12:14:50 ID:YjKW3pUY0
>>302
アンチ必死だなw
日本学や、日本人論位は専攻してるんだよな?
偉そうな態度でレスするのならw

煽るだけの馬鹿は無理かw

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 12:17:05 ID:IjCS9XQd0
話は変わるが
信長なら円周率を3などというホラー現象は認めないし
授業で執り行わないことだけは確か
これはナポレオンでもそうだ

306 :305:2008/05/31(土) 12:23:25 ID:IjCS9XQd0
為政者として、そういう時代と逆行するような精神の教育を行うとは思えないからね
ゆとりと銘打ってるだけで、愚民化政策の一環だろう
元が誰の入れ知恵か興味はあるけど

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 12:44:47 ID:YjKW3pUY0
>>303
家康は戦争が下手くそだからな。政治や調略は狸だったみたいだがw

関ヶ原(小早川の裏切りがなければ負けていた)
大阪の冬の陣。もー駄目駄目、殺されかけるしw
大阪の夏の陣。堀を埋めてどうにか勝つレベル。

軍才の有る息子、秀康、忠輝を上手く扱えなかった時点で、たかが知れてる。
秀康を若死にさせたのは人格破綻した、息子を愛せない家康に非があると私は思う。

>徳川史観
徳川史観から見た信玄は軍神ですからね。負けたからの後付設定w
本当は籠城していればいいものを、三方原でボロ負け。
出陣しなければ、本当に信長の部下になっていた可能性は高い。
独立を守ための出撃。でも、家康は軍才無さ過ぎw

一個人で比べるなら、家康は、源頼朝の劣化版って感じだね。

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 12:54:16 ID:nUejQfgm0
>ID:YjKW3pUY0

この低脳生意気だな。死ね。

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 13:01:49 ID:YjKW3pUY0
>ID:nUejQfgm0

この低脳生意気だな。死ね。
雑魚でも言えるセリフだよなーw

日本学的に反論してみたまへw
日本史でも良いぞw

無理か?馬鹿だもんなーw

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 13:18:29 ID:nUejQfgm0
信長が多少えらかろうとおまえはゴミだ。
低脳のしゃべり方しか出来ていないのだからそれは自明。

ID:YjKW3pUY0 = ”虎威借糞”

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 13:20:40 ID:YjKW3pUY0
曹操ってアホだよねー。あの荒廃した後漢末の時代に、
自分の親類を軍権の有る王(公)にしていないんだから。
司馬(他の姦臣)に乗っ取ってくれって言っているようなもんだよw
後漢初期とは情勢が違うのに、光武帝の真似なんかするからw

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 13:25:09 ID:YjKW3pUY0
批判も出来ないアホが居るねw
そんなに曹操様が好きか?
あんな皇帝のなり損ないが?(笑)
馬鹿じゃね?

ID:nUejQfgm0= ”罵詈雑言”しか出来ない馬鹿。

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 13:28:13 ID:nUejQfgm0
>>311
禅譲されたのは曹操じゃなくて曹ヒだろ低脳。
えらそうな知ったか野郎のくせに直ぐにボロを出しやがったwww

お得意なのは教授の受け売りのJapanologyだけか?プゲラ
信長に自己投影してんじゃねえよキモヲタ!
やはり、人の意見を盾に理論武装してるだけの虎威借糞だということを確信した。
自分で考える力というのを身に付けろゆとり野郎。

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 13:33:13 ID:nUejQfgm0
知ったかロクに出来ないアホが居るねw
そんなに信長様が好きか?
あんな天下人のなり損ないが?(笑)
馬鹿じゃね?

ID:YjKW3pUY0= ”信長と同一化してその卑屈な自尊心を止揚させる”ことしか出来ない馬鹿。

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 13:39:49 ID:YjKW3pUY0
>>313
なにこれ、突っ込んで欲しいのか?
>禅譲されたのは曹操じゃなくて曹ヒだろ低脳
簒奪だヴォケw
丕の字も漢字で出せないって、どんだけゆとりなんだよw

それと、曹操が漢の丞相の頃は、王も公も勝手に決められる立場だ。
我は文王あれば良いって、曹操の言葉があるだろ(笑)
あれは次の世代で、簒奪しますよーって言ってんだよw
馬鹿じゃねw

ゆとり以前にお前は、大好きチュチュの曹操すら理解出来ていない事が解った。
それなのに曹操に自己投影w
そうてんこうろ(笑)はお好きですか?(笑)

>ID:nUejQfgm0=そうてんこうろ(笑)が好きな、ただの馬鹿結論w

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 13:47:47 ID:YjKW3pUY0
>>314
>あんな天下人のなり損ないが?(笑)
清洲会議とかしらねーのか、お前?
信長のおかげで天下統一会議に等しい清洲会議が出来たんだぞ?
その程度が批判?

日本学や、日本人論、日本史はお前には難しいみたいだから、
信長公記を読んでから批判しろ。

その様子だと、後漢書や、三國志もまともに読んだ事ねーだろ?(笑)

本物のゆとりはすげーやw

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 14:00:48 ID:nUejQfgm0
〜した、なら簒奪でいいだろうが、〜された、なら禅譲だろ。
日本語も分からないYUTORIが日本史を語るとかいいピエロだぜーw

おまえみたいなカスとの議論に辞書登録されてもいない字を必死こいて書くかよ。ボケ
魏王でしかない曹操がなぜ禅譲されたわけでもないのに、
自分と伍する王も公を勝手に決められるのだろうか?
にほんしがそんなに好きな割に日本語の勉強は適当なようで?プゲラ

おまえみたいなカスが夢中になって読んだであろう”そうてんこうろ”とやらは読んでないし、
俺が「曹操が好き」だなんて一言も言ってないのに勝手に決め付けるアホっぷり。
キモヲタの妄想回路は活発でいいなあw

>信長のおかげで天下統一会議に等しい清洲会議が出来た
清洲会議≒天下統一会議であっても清洲会議=天下統一会議ではないな。
しかも自身は主導してないwドコニイタノ?
やはりゆとりのキモヲタの脳みそにはお花畑が咲いてるようだw

信長も曹操も別にどうでもいいが、
おまえらのような歴史上の偉人に自己投影するキモヲタは死ね。

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 14:09:29 ID:YjKW3pUY0
ID:nUejQfgm0=そうてんこうろ(笑)が好きな、ただの馬鹿さんへw

三國志から近い時代で、簒奪ではなく本当に禅譲しようとしたのは前漢哀帝。
簒奪と、禅譲の違い位理解しとけよなw
五帝とか勉強しとけ、坊主w

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 14:14:42 ID:YjKW3pUY0
>>317
あら、長文書いたみたいだけれど、
>>318(禅譲と簒奪の違い)を理解してないみたいだから、お前はただの馬鹿だなw
後漢書も三國志も読んでいない事は理解できたw

ID:nUejQfgm0、黙れよ。おもしれーからwもっとやれーw

自分が正義が?知識も無いのに?馬鹿じゃね(笑)
ま、がんばりたまへw

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 14:21:08 ID:YjKW3pUY0
>317
>〜した、なら簒奪でいいだろうが、〜された、なら禅譲だろ。

あはははは(笑)
漢は続いてるよ、三國志時代は。蜀の正式名称は漢。解るか?劉備から見れば、簒奪なんだ。

それに献帝だって暗殺を企んでみるし。
無理矢理、の禅譲、これを簒奪と言う。解ったかな?お馬鹿ちーんw


321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 14:25:49 ID:uqXyRrZ+0
ギョーザの具から基準4万倍のメタミドホス…兵庫・高砂 5月29日18時6分配信 読売新聞

 中国製冷凍ギョーザによる中毒事件で、兵庫県警捜査1課は29日、同県高砂市の家族が食べて中毒を起こしたギョーザのトレーに付着していた具から約1万3200ppmの有機リン系殺虫剤「メタミドホス」が検出された、と発表した。
 ニラの残留基準値(0・3ppm)の約4万4000倍で、県警は製造段階で意図的に混入された可能性が高いとみている。
 ジェイティフーズの「中華deごちそう ひとくち餃子(ギョーザ)」で、警察庁科学警察研究所が、トレーに付着していた具0・952グラムを鑑定。これまでに包装袋内側やトレー、家族の胃の洗浄液からも検出されている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080529-00000042-yom-soci

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 14:29:54 ID:YjKW3pUY0
喧嘩売ってきたのは>ID:nUejQfgm0お前からだから。
だて、オレの最初のレスした相手は前の日の人だから、
ID変わってるからな。
お前が前日のIDを明かすのなら、話しは別だがね。

いきなり横から殴りつけてきたお前はゴミ一号w(笑)
つまりキモオタはお前なんだよw横槍楽しいか?(笑)
批判して優越感に浸りたい屑か?(笑)
早く消えた方がイイんじゃないか?(笑)

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 14:30:37 ID:nUejQfgm0
>禅譲と簒奪
劉協は「放伐」されたわけではないし、譲位後はのうのうと生きている。
どうであれ曹ヒの自己満足に形式的に従った。無理矢理だったかどうか。
簒奪としたいのは僻地で正統を自称する蜀の連中だけ。

>劉備から見れば簒奪
劉協が生きてるのに僭称した人に簒奪言われてもな。
信長儲であるだけでなく蜀儲でもあったと……実に臭い脳みそをしているようだ。

やはり死ね。

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 14:36:18 ID:nUejQfgm0
>お前が前日のIDを明かすのなら、話しは別だがね。
やだね。
別に相手がまともな一般人ならば教えたってどうでもいいが、
相手がオマエのようなキモヲタともなると絶対にやる意味がない。死ね

オマエのようなキモヲタが横から殴りつけられるのは当然。
批判して優越感に浸ってるのはオマエ。
早く消える所か末世にいたるまで地獄で魑魅魍魎に陵遅三千刀にされた方がいいのはオマエ。やはり死ね

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 14:52:48 ID:YjKW3pUY0
あはははははは、ここまで荒唐無稽だとは思わなかったw
劉協は皇帝の立場を捨てた。つまり太廟を捨てたんだぞ?
捨てた時点で、自決するべきだったんだよ。先祖に申し訳無いってな。

皇帝でない時点で、先祖の太廟を取り返す態度を見せている劉備の方が劉協より上になる。
漢を続ける為に劉備は漢の皇帝になったんだよ。太廟を取り返す為にな。

お前本当に愚かだな。

それに蜀漢正統論って物もあってな…って、シラネエか、お前如きじゃw

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 14:56:26 ID:YjKW3pUY0
>>324
一人で悶々と変態行為で悦に浸る変態。
それがお前。
鏡見やがれ。

あ、割れちゃったか?
御免御免。お前の醜い顔じゃ、鏡が耐えられないよなw

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 15:00:55 ID:YjKW3pUY0
>>324
蜀儲?なにそれ?腐女子用語?

蜀漢正統論は無視ですか?このやろうw
お前は全世界に詫びて死ね。

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 15:14:29 ID:nUejQfgm0
>>326>>327
オマエモナー
自分だけマトモと思ってるなら俺より程度が低いw
気色悪いナルシズムが貴様の文章には漂ってることは自分では気づかないのだろうが。

>蜀漢正統論
そんなもん朱子学者の後付けだろ。
どうであれ、変態臭いキモヲタのオマエがアカデミックなことを語って自慢気にしてるのは滑稽。
程度の低いオマエに合わせて知識をくれてやってる教授がえらいのであって
オマエ自身は全然えらくないということを知らねばならんだろう。
リスペクトに値しないゴミが調子こいてると叩きたくなるのは人間として自然の心理(藁

とにかく死ね。

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 15:32:08 ID:YjKW3pUY0
>オマエモナー
古いな〜w
お前いい年したオヤジだろ?
35超えて結婚もでき無い魔法使いか?(笑)

>そんなもん朱子学者の後付けだろ。

習鑿歯も知らん馬鹿が居た(笑)

しかもそれで攻撃してきた(笑)

どれだけ知識ねーんだよ(笑)

>程度の低いオマエ
自分の事言って楽しいか?

お前、知識も無いのにナルシるのキモイぞ?

もう少し勉強しようやw
情けないw

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 15:38:31 ID:YjKW3pUY0
>>328=ID:nUejQfgm0
漢晋春秋も知らないで、批判されたら正直たまらん。
馬鹿の相手は楽しいけれど疲れる。

踊ってろ、一人で死ぬまで。アデュー(笑)

もう少し討論出来るレベルの知識を身につけてね。
そうすれば普通に喋るさ。
お前はそのLVじゃないんだよ。

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 15:54:15 ID:nUejQfgm0
習鑿歯の漢晋春秋を言わなかったら「知らなかった」で断定とかありえねー馬鹿だな。
てめーみたいなアホの弾劾など片手間以上にやる訳ねーだろ。
何、この掲示板で自己主張するのに全身全霊賭けてるのオマエ?
みっともない馬鹿だな。同情するよオマエの両親に。

オマエごときのゴミと討論するつもりなどないし、してもらうような立派な人間には到底思えないなー。
魏が正統だろうが蜀が正統だろうがどうでもいい。
オマエが攻撃されるのはただ生理的にキモいから。
知識があろうがなかろうがキモいやつは攻撃される宿命なんだよ。
オマエが既婚者ならその妻子は非常に不幸な人間といわざるを得ないだろうな……

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 15:59:17 ID:nUejQfgm0
ところで勘違いしてるようだが
「知識があればナルシれる」とでも思ってんじゃないのか?
ナルシー野郎の貴様は。
どっちにしてもキモヲタの思考だわ、それ。

俺が踊ってるのは認めてやるが、俺の1レスに対して2〜3レスも返すオマエは何だというのだ?
十分すぎるほど踊り狂ってるね〜。一人でw
まあ、そのままとっとと死ねや。

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 16:05:21 ID:YjKW3pUY0
>>331
負け犬w
キモイのはお前。実際、オレが習鑿歯を出す前…


328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 15:14:29 ID:nUejQfgm0
>>326>>327
オマエモナー
自分だけマトモと思ってるなら俺より程度が低いw
気色悪いナルシズムが貴様の文章には漂ってることは自分では気づかないのだろうが。

>蜀漢正統論
そんなもん朱子学者の後付けだろ。
どうであれ、変態臭いキモヲタのオマエがアカデミックなことを語って自慢気にしてるのは滑稽。
程度の低いオマエに合わせて知識をくれてやってる教授がえらいのであって
オマエ自身は全然えらくないということを知らねばならんだろう。
リスペクトに値しないゴミが調子こいてると叩きたくなるのは人間として自然の心理(藁

とにかく死ね。



どう見ても、蜀漢正統論=朱子学者の後付け設定。と認識していますね。
習鑿歯の存在すら知らなかったんだろうなw

死ねよマジで。


お前、いくら何でも、自己愛が強すぎるぞ。
自分の無知を肯定して、自分の妄言を否定しろ!
習鑿歯も漢晋春秋も知らなかった分際でなんだかな…

でもやっぱり死ねよ。

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 16:07:59 ID:YjKW3pUY0
>>332
知識がねーなら黙れ。キ印野郎。

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 16:30:06 ID:XydKAWaH0
ロム専だけれど一言

ID:YjKW3pUY0
釣られ過ぎ
言葉悪すぎ

ID:nUejQfgm0
知識無さ過ぎ
煽り過ぎ

他人から見れば二人ともキモオタにしか見えないよ
若干、史料を読んでいない>>ID:nUejQfgm0の方が印象が悪い

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 23:50:18 ID:gaTm+RsB0
このスレ、今日はやたらと進んでいるなw

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 23:56:57 ID:XydKAWaH0
>>336
これが爆弾ですね〜。釣りかな?
いきなり死ねとか、正直駄目だと思う。


>>308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/31(土) 12:54:16 ID:nUejQfgm0
>ID:YjKW3pUY0

この低脳生意気だな。死ね。

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 00:18:09 ID:cTv12Kso0
とりあえず信長さん、
曹操や劉備あたりと競り合っているうちは、
なかなか先へ進めないねえ

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 00:20:56 ID:W9Xfgn+p0
三國志を理解していない奴が信長を否定している時点で、
比較など出来る訳ない。


340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 01:36:42 ID:2J4qO1GI0
なんだこの頭悪いスレ・・

341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 08:56:05 ID:IZFd6TCRO
>>340
劉邦並みの教養と項羽並みの理性を兼有した紀元前の知識人達が互いを罵りあう場所

342 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 18:23:36 ID:kA9ErxMe0
ID:YjKW3pUY0=知性をアピールする割に人間性がお粗末な人。
ID:nUejQfgm0=ただの狂人。

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 18:41:13 ID:Qr6UGopg0
ID:YjKW3pUY0
ID:nUejQfgm0

この両名には老子、荘子をオススメしたい。

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/02(月) 03:07:08 ID:NUc83xuv0
ID:YjKW3pUY0=信長狂信者。信長を貶されて壊れた。知識は、まあまあ有りそう。
ID:nUejQfgm0=完全な馬鹿。

345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/02(月) 12:04:10 ID:rVAXRfg+0
>>292-294
討論を始めに放棄したのはアンチ信長になるね、これだと。

ID:YjKW3pUY0は、マトモな討論をしたかたんじゃないかな?
でも>>292-294こいつらは罵倒しているだけ、それに頭に来たって事じゃないかな。




346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/02(月) 13:01:58 ID:F/Q3lNqj0
<ディスカッションのタブー>
1 一言も発言しない。論外。
2 意見をコロコロ変える。
3 オウム返し。
4 感情的になる。
5 他人の意見を馬鹿にする。

ID:nUejQfgm0は論外なのは当然として、
奇形じみた馬鹿のID:YjKW3pUY0にもマトモな討論は無理だろ。

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/02(月) 22:47:09 ID:AQG1tyNu0
↓このスレが別にあるんだから、ここでは織田信長と、李世民や柴栄、朱元璋なんかを比べようや

■■  信長と曹操ってどっちが偉大かな?  ■■
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1175083072/

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/02(月) 23:21:20 ID:vhIrN+WCO
>>1
だが、呂后・武則天・西太后を上回る日本女はいない。

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/03(火) 00:15:56 ID:lL2me6c00
>>348
武照タンの悪行の数々は後世の捏造らしいぞ?

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/03(火) 00:23:50 ID:ZzxmJ9sw0
神功皇后、北条政子、日野富子

351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/03(火) 05:21:52 ID:ZRtbfGYz0
>>346=ID:nUejQfgm0
普通嵌められた愚か者を、
奇形じみた馬鹿なんて酷い言葉で言わない。

お前、ID:nUejQfgm0=ID:VXLwJLqf0じゃね?

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/03(火) 14:44:02 ID:ZzxmJ9sw0
どっちもキモいだろjk

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/03(火) 21:10:33 ID:ouH7BEpz0
>>347
むお! 信長と柴栄の比較ですと。
さぁ何を語って欲しい?

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/03(火) 23:25:29 ID:g99vroFy0
織田信長と柴栄、まずはどちらの生まれが恵まれているか?
それぞれ、どれだけのものを受け継ぐことができたか?

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/03(火) 23:41:58 ID:ouH7BEpz0
信長はそれに詳しい人にタッチ(いきなりかい)。
柴栄さんの場合。
恵まれている… というのが、なんの努力もなく地位や名誉や財産、さらには将兵
臣下の忠誠心、信望をある程度得ていることを指すのであれば、柴栄はとても
恵まれてはいない。
出発点、というか生まれは恵まれていると言える。
まず、生家。当時の農民は相次ぐ戦乱の中で、過度な徴発に耐えかねて、国から与えられた
土地を手放してでも逃げなければ、生きていくことすらできない状態だった。
逃げた人らは、より財力と広い土地を持った、いわば地主的農民のもとに転がり込み
そこで労働力として生計をたてることになる。
恵まれない人らというのは、まさにこのような人らで、柴栄の実家はそういう人らを
雇う側であったから、恵まれている(あくまで柴栄がそれを背景にすれば、だけど)。

さて、ここで奇縁がある。
柴家の令嬢は時の皇帝の後宮に入っており、令息もまた官位を得ていた。
しかし皇帝の後宮にいた柴家の令嬢は、皇帝交替のとき実家に帰された。
ここで、宮廷へのつながりが途切れ、彼女は勘当半分で下級兵士と婚姻することになる。
柴栄は、朝廷の名誉職とはいえ、官位にあった柴家の令息の息子なのに、どういうわけか
その下級兵士の家に養子となった。
下級兵士だけに俸給は少なく、子供だった柴栄は大商人に連れられて各地に行商の旅に出たり
街で商いなどをして、生活費の足しを捻出した。

つづく。

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/04(水) 00:04:24 ID:zeFVEwjF0
その養父がのち、後周太祖となる郭威なのだが、郭威とて最初から皇帝の座が
約束されていたわけではない。
郭威が下級兵士といううだつのあがらない地位から、飛躍の階段に足を踏み入れるきっかけは
当時の権臣だった楊光遠の直属に入るのを拒み、劉知遠の部下になることを望んだことによる。
もし楊光遠の部下に収まっていたら、お先真っ暗だった。彼は後に謀叛し討伐されたから。
そういった奇縁の中で、郭威は実力で高い位をつかみ、徐々にまわりの信頼を得ていたので
この人が悪政の王朝を打倒するために兵士らに擁立されたのは、ある意味よくわかる構図である。

さて、その養子たる柴栄は?
まず郭威の息子らが、後漢の皇帝に皆殺しにされたことが、ひとつ幸いしている。
不謹慎な話だが、やはり実子と養子であれば、立場が違うだろう…
とはいえ、その郭威の子らもまだ青年には届かない年齢ではあったが。
いわゆる「親の七光り」で要衝の統治を任された柴栄。その統治手腕は、そこだけ盗賊の類が姿を消した
と言われるほど厳粛かつ平穏だったという。
しかししょせんは単なる養子。郭威が皇帝になってからも、都入りも許されず地方統治のままだった。
あるとき都入りを必死に嘆願するも、当時権臣だった王峻などに邪魔され、うまくいかなかった。
ついに郭威は王峻を左遷させ、柴栄を呼び寄せたものの、寿命が尽きていた。
柴栄は都入りして程なく、後継者として二代目皇帝に即位したわけだけど、ポッと出の若者に
朝野はすこぶる不安な顔色を見せた。

柴栄が郭威から受け継いだのは、中国の北半にも及ぶほど広大な領土と、いまだ貧困にあえぐ領民
徐々に民政が落ち着いていく方向になった世の中の動きと、従順でない武人たちと枯渇した人的資源
彼の王朝を不倶戴天の敵とみなし、契丹の後ろ盾を得ている北漢という敵、また華南に乱立する諸所
の王朝たちであった。

受け継ぎ、把握し管理するには、大きすぎる遺産ではなかったか。
領土の広さをもって恵まれていると言うなら、そうかもしれないが、それが彼のつよさに直結
するものではないということは、この時点で明白なのだ。



357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/04(水) 08:06:31 ID:Eh+OgG6H0
信長やるよ〜w

親の信秀の勢力圏は、秩序が定まらない時代だけに、確定することは難しい。
当初は海東郡の勝幡城を本拠とし、その後に愛智郡を制圧し、
春日井郡の一部、知多郡、三河西部までが信秀の勢力圏(直轄領)。
ただし、知多郡と三河西部は今川家に侵食されつつあった。石高でいうと、20万石弱。
勝幡城は水陸の交通の要衝であり、港町の津島に隣接していたからことから、単に税収面のみならず、
情報収集の面でも何かと有利であった様子。
実際、信秀の朝廷への献金額(4000貫文)は同時代の他大名と比較して群を抜いており、
信秀の経済力の高さが窺われる。この件が朝廷に忠義ある臣下と見られた原因かもしれない。

さて、信秀が死ぬと尾張も内紛状態になる。信秀の主筋にあたる、織田信友や、犬山織田家はそもまま対立。
信秀の統治方法は信玄にソックリ。この時代の大名はこのやり方が普通なんだけれど…
だから力の有る当主が死ぬと家が崩壊する事がまま有る。

信長や信行が受け継げた領土はこれの20万石全てでは無い。忠誠を誓わない臣下や野心のある親類は離れていった。
稲生原の戦いを見ると、信長軍700人、信行軍1700人とある。
家臣の軍勢が流動的な時代だから、信長軍700人、信行軍1700人をどう見るか、実際の所は解りませんが。

信秀死去直後の時代、清洲三奉行家弾正家(信長&信行)の領地はやはり20万石(ただし直轄領では無い)
つまり、20万石全てを信長が相続したわけではない。信行や親族と分けちゃったから。犬山織田家とか織田信光とか…
この事から、信長の直轄領地は5〜10万石程度しか、受け継げなかったのではないかと思われます。
しかし信長の背後に斉藤道三が居てくれた事は、大きかったかもしれませんw

ぶっちゃけ、尾張を統一出来ただけで、かなりの大物なんだけど
…中華英雄と比べると、その先も考えないとあかんよな…

…パ〜ス(丸投げw)

358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/04(水) 18:42:09 ID:5at6cq7q0
信長信者と曹操信者は混ぜるな危険、だな。

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/04(水) 19:03:21 ID:Eh+OgG6H0
曹操はアンチ信長が、曹操の方がスゲーって拾ってきただけのような…
スレ的には曹操は関係無いしね。共通点も殆ど無い。

曹操と比較するなら、柴栄の方が近いよね。

稲生原の戦いは最近の研究で、信行軍は信長軍の5倍であったって説も出てきてる。
そうなると…700対3500、とても素敵な数字が出てくる。
勿論この時点の信行に、尾張の情勢的に考えてそんな大軍を出せる訳がない。
となると、信長軍を減らすのが一番妥当か?
400対2000、これならまだ情勢的に可能だろう。
これで信長が勝ったとなると、信長はかなり戦術も優れている事になる。

360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/04(水) 19:58:36 ID:r5DoIboW0
というよりこのスレ自体が板違いだろと思うのだが。

361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/04(水) 20:11:31 ID:zeFVEwjF0
>>357
うん、やっぱ信長のことはあんまりきちんと把握してないから、投げて正解だった。
相続時の背景など、全然知らなかったから…
織田信長と柴栄の共通点は、その時代背景ともっていった方向性によるんだろう。
あと、段階的な統一過程というやつが大きいか。

ところで、その時代背景というやつが曲者で、唐末五代の背景は実に日本の戦国時代に
似ている。似てはいるが、同じではないことも念頭に置くとして。
節度使体制というものが、この時代にはあった。これが他の時代と相違するところで
これが把握できないと、この時代の行動原理も理解できない。
唐の末期、州県制による中央集権が崩れて、辺境を主に節度使という一種の独立した
武力集団を配置した。これは唐に隷属したものではあるけど、管轄地の税収と人材登用の
権限を有しており、地に密接した独立国の様相を呈していた。
朝廷に従順な節度使を順地といい、反抗的なのを反側といった。
反側の代表格は幽州、鎮州(恒州)、魏州の河朔三鎮。
それら節度使は、任された管轄地では小皇帝のように振る舞い、立身するなら節度使
というひとつの目標となった。一国一城の主か、大名か、というところに相当するだろう。

そうであるから、節度使は「皇帝といえども我らに恐れをなして辞を低くしなければならないのだ
我らがこぞって否やと言えば、皇帝といえども何もできまい」
そういう意識が根底にあったといえるだろう。
つまり、表向きは中央政府を仰いでいるが、面従腹背が常態となり、強気な発言も平気でするし
軍備の増強に遠慮もなければ、支配住民の苛斂誅求に躊躇もない。
また、一時乱が遠のくとすぐに乱を望み、戦争を利用してさらに立身することを渇望する。

そういう節度使が、唐末では全国で30前後だったのが、五代時代では華北だけで35〜40近い
数に増えており、ひとつの藩鎮が3〜5州ほどを管轄するので、中央政府の直轄というものは
ほとんどなかったといってよいと思う。

しかし日本の大名と違い、まだ救いようがあるのは、唐末から五代初期をのぞいて
世襲というものが、わりあいに少ないということと、頻繁な任地交替が制度化されていたこと。
むろん、世襲が許された藩鎮もあるが、通常すぐに違うところに配置換えされる。
それに従順なものは交替するが、そうでないものも存在し、なかなか統御に腐心する。

これは「節度使」という外にだされた軍閥の脅威の一端だ。
しかしこの時代、まだ内なる脅威が残されている。それは禁軍だ。
それはまた後ほど。

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/04(水) 20:12:52 ID:voZbX0BT0
織田信長の父親の織田信秀って、
越前の朝倉氏と組んで美濃に攻め入ったり、
三河に攻め込んで今川氏と争ったり、
かなり派手にやっているな。

加納口の戦いで負けた時に五千人余りが死んだそうだけど、
これは一万数千人は動員できた、ってことか。

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/04(水) 20:13:43 ID:Eh+OgG6H0
中華英雄と信長(その他日本の英雄とかも)を比較するスレと考えれば、いいんじゃないかな?
似た業績の人を探したりとか。

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/04(水) 20:32:52 ID:Eh+OgG6H0
>>361
私は唐末五代を勉強し直さなければいけない様子。
時代背景は少ししか勉強してなかたからね…

>>362
加納口の戦いは史料でまちまち。
1547年9月の美濃侵攻野戦とするのか、連続して攻勢したその後も含まれるのか、
史料によって全然違う。織田信秀の全動員兵力が1万だったりするのもあるしね。

尾張全体の動員出来る総兵力が1万と言われているから、
同盟国や、他国の自領が無いと、1万5千の兵力を集めるのは不可能らしい。

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/04(水) 21:45:14 ID:zeFVEwjF0
ちょっと冗長だけど、五代時代の禁軍のありようについても言及。
禁軍とは皇帝親衛軍のことで、皇帝に直結した武力集団ということになり
皇帝の価値が暴落しているとはいえ、曲がりなりにも皇帝の直近だから
藩鎮軍よりも優位性があった。
そもそも禁軍は、反側の藩鎮や群盗らに対抗するために皇帝が意のままに
動かすことができるよう強化された組織なのだ。

唐末で皇帝が弱化して、その禁軍すらも藩鎮の武力に対抗できなくなったとき
世の中は日本の戦国時代そのままに、近隣藩鎮同士が武力をもって領土の
切り取りをしはじめた。
世の流れの主体は割拠する藩鎮の動向となり、やがて唐皇帝は抹殺される。
藩鎮の武力の根底は、節度使に密接する元従武人たちによる。
元従武人とは、私的な関係で結びついた武力集団で、これが節度使の旗本=牙軍
となり、軍団の中核を担った。李克用の鴉軍などが有名である。
つまりそれらが、節度使個人の「親衛軍」であり、私的な関係が強く、制度的な主従関係の
意識は薄い。
節度使が抗争を勝ち抜き、自称にせよ皇帝を名乗り、百官を置き朝廷を開く体裁を整えると
そういった私的な関係の強い「親衛軍」が、皇帝直属の禁軍となる。
この時代、皇帝といえども意識的には「おれたちの親分」程度ではなかったか。

つまり禁軍兵士らにも、「おれたちがいなければ皇帝にはなれなかったんだぜ。
おれたちに高い俸給を与えるのは当然なんだ。与えないヤツは主でもなんでもない
与えてくれるのがおれたちの主君なんだ」
という驕慢な意識が強かった。実力第一の考え方の果てにある、主と従の逆転。
いかに節度使が有能でも、彼ら牙兵らをないがしろにすると追い出される。
そして兵士の中で有名な、あるいは勇猛な、信頼の高い者が勝手に節度使となる。
皇帝であってもそう。禁軍兵士は軍中に信望の高い者を擁立して現政権を打倒する。
節度使と禁軍兵士の驕溢ぶりはかくのごとく。
皇帝といえども、制を出しただけでは動かしにくい性格のものだった。
しかも解任しようものなら蜂起してしまうので、数は五朝交替に伴って増えていった。

このあたりが柴栄が即位する前後の主だった時代背景となる。
節度使の跋扈は、比較的反抗的でない者を、その任にあてることで
徐々に収まりつつあった。郭威が即位した直後の反乱を最後に、大きな動きはみとめられない。
さすがに皆の意識も変わりつつあったのだろうか…
ただ、後周は後漢を簒奪したので、河東節度使の劉崇は反乱ではなく独立して、後周を
不倶戴天の敵とみなし、契丹の後ろ盾を得た。
これは石敬瑭のときの構図と似ていて、その結果を考えるに非常に危険な存在だった。

366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/04(水) 22:19:50 ID:zeFVEwjF0
じゃあ、そんな柴栄がどうやって時代をひっぱっていったか。
皆の興味が強いであろう細かい戦いはすっ飛ばして、「改革」に重点を置いて
書いてみるので、同じように日本の時代を変革させた信長と比べてみよう。

まず、即位した直後、それを好機とみた北漢の侵攻があった。
これに対し、和解を望むのではなく、粉砕することに決めた柴栄は、自ら禁軍を
率いて迎撃する。
即位早々の皇帝親征。
しかしこの時期の皇帝とはいっても、長く続いた帝国の皇帝とは、一線を画していたの
ではないかと思う。皆の意識の中に、皇帝をありがたがる部分は少なかったに違いない。
柴栄はだから、皇帝であろうと困難には自ら手を下す必要がある、とわかっていたのではないか。
形式的に即位早々の皇帝の親征など認めないと、朝廷は反対するが、それを押し切っての出征。

そしてこれも単なる親征に留まらなかった。
禁軍将軍が敵前逃亡したからだ。その禁軍将軍は自分らの裏切りで敵が勝てば、自分を高く
売り込めると打算した結果だったと言われる。
実際その意思もあったろうが、北漢の攻勢が尋常でなかったこともある。
軍が空中分解する危機において柴栄は、兵士らの前に立つことによって、士気を鼓舞した。
皇帝の価値が暴落している時代ではあっても、皇帝は皇帝なのだ。
偉そうに奥でふんぞり返り危険は他人任せで、なぜかありがたがられる存在、というのが
皇帝なのである(笑)。
それが今や自分たちの前にいる。それでやる気を出した後周禁軍は、北漢軍を撃破した。

このとき、後周軍の崩れをみて北漢皇帝は勝利を確信し、本営で側近とともに祝杯をあげていた。
そこに柴栄が自ら供回り50騎を引きつれ乗り込んで、思う様に暴れまわったという。

一方、逃げた禁軍将軍は、味方の勝利を聞きつけ、のうのうと復命に戻ってきた。
それは、禁軍兵士がいなければ戦いはできないのだから、皇帝でもおれたちを罰する
ことはできないのさ、などという嘗めた発想に近いものを持っていたに違いない。
しかし柴栄はこれまでの皇帝とは違っていた。
戻ってきた70余名の禁軍将校の罪を弾劾して残らず処刑したのだった。
さらに禁軍内部にあるそういった風潮を一新する必要があると考えた柴栄は
これまでの皇帝が為しえなかった、禁軍組織の改革を断行する。
「兵とは精強であることが重要で、ただ数が多いというのでは意味がない。今では農家100戸
でも兵士一人を養えないほど俸給が高いうえに多い。どうして民の血税で無用の者を養う必要
があろうか!」
と説明し、冗員の大幅削減を行った。
たぶん、そんなに人員を削減したら有事の際に困るに違いない、と皮肉めいたことを思った者も
多かったろう。
さらに、趙匡胤に命じて、支配領域全土から腕に覚えのあるものを募集し、選考にかけ
より勇猛なものを厳選して、それをもって新設の一軍とした。
後周禁軍の主砲である殿前軍の一新であった。

この少数精鋭主義は、大陸的な動員兵数に比べれば、非常に矮小な軍団なのだけど
史書には「近代無比」と称されるほどの、強力な武力集団となる。

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/05(木) 21:49:42 ID:Kak9Gqo50
柴栄の高平の戦いは、信長の桶狭間の合戦に対応する、大きくなるきっかけの
戦いと位置づけられている。
実力のわからない親の七光りだけで要衝を任されていた青二才が、先陣で実力を
見せ付ければ、たいていの人らは評価基準を変える。
そういう意味では、長宗我部元親にも似ていると言えるかな?
それが柴栄をこれまでの二代目とは隔絶されて評価されるところでもある。

あと、詳しく知らないのだけど、聞きかじったところでは、信長の金ヶ崎の退却
これは味方の裏切りということもあって、退却の原因が信長のミスにあったか
どうかは知らないが、その後退と態勢を整える速度がすごいと思ったことがある。

柴栄にもある。
高平の戦いで、野戦で北漢を破った柴栄はそのまま追撃して北漢の都、太原に迫った。
各地を攻略し、太原を丸裸にしていく柴栄。
しかし契丹が北漢の援軍に急行し、そのため前線で大敗を喫すると、戦況が一転する。
補給の段取りで余分を見込んでいなかった柴栄は、激しい抵抗のために予定より
大幅な帯陣を余儀なくされ、ために糧食が欠乏した。
現地住民から急遽徴発するが、各部隊に行き渡らず兵たちは略奪を開始した。
民の支援を得られなくなり、また各戦線でも撤退が続き、撤兵を求める声を無視して
太原への総攻撃を命じた。
城壁に肉薄し、趙匡胤などは城門を破壊して突入したものの、敵兵に狙撃されて腕を
負傷するというほど、敵の抗戦は激しかった。
さすがに柴栄は趙匡胤をおし留め、ついに撤退を決意した。

殿を申し出たのは薬元福という五代時代を通じての宿将だった。
柴栄は物資を焼き捨てさせ、方陣を組んで退却した。
北漢軍は追撃をしかけたが、それは薬元福の働きによってうまくかわされてしまった。
その間に柴栄は出陣拠点である上党に戻ったのだった。
その退却行の速度は、出陣時、太原まで7日かかったのに対し、3日で戻ったとのこと。
むろんこのとき、後周軍を構成していた兵士らの多くは落伍してしまったことは言うまでもない。

しかしこの無残な撤退であっても、柴栄をなお侮るものは表立ってはいなくなっていた。
皇帝権力の強化を推し進める必要がある柴栄としては、まったくの失敗ではなかった。
子飼い的な立場にある趙匡胤の大奮闘や、血縁者で、禁軍の別部隊を統率するもの
たちの活躍などが、柴栄を強化する要因となっていた。
また五代時代を通じて名将の誉れ高い符彦卿の娘を皇后としていたことも、このときは
プラスに働いた。
侵攻作戦の失敗というマイナスより、諸所のプラスが勝った、という感じか。
なので、柴栄は禁軍の綱紀を改め、すぐさま立ち直ることができたのだった。

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 18:29:51 ID:q1SIV7yH0
>>362
>>これは一万数千人は動員できた、ってことか。

尾張一国でそれだけの数が集められたのなら、それはすごいと思う。
中国といっても、五代十国時代で藩鎮が動員した兵数というのが、せいぜい数万規模。
大鎮である鎮州の安重栄が挙兵したとき2万だったし、襄州の安従進は1万強だった。
臨時徴発できる地域住民が激減していたせいもあり、大陸的な壮挙である100万の大動員
なんていうものは、妄想事でしかない。
柴栄の改変した禁軍の総数も、明記はなされていなかったと思うが、総勢でも10万あったかどうか。
趙匡胤の所属した殿前司などはもっと少数だろう。
(実際に趙匡胤が実質の副将として殿前司の一部隊を率いたときは2千だった)

ちょっと時代を遡って、後晋期に契丹が攻めたときは先鋒5万とされ、耶律徳光が到来したとき
鉄騎34万をもってしたとされているけど、これはホントかウソか。
北漢軍が高平に襲来した兵力は3万。契丹の援軍が1万のあわせて4万。
後蜀が天水に王師を派遣したときは、渾身の6万。
南唐が後周を迎撃するとき、劉彦貞の率いた兵力が3万、皇甫暉・姚鳳が3万。
斉王・李景達が第一次攻撃のとき率いたのが2万。別働隊の陸孟俊が1万。
さらに寿州の劉仁贍が約1万強で篭城。
さらに第二次攻撃のとき、李景達はおよそ10万を統率しており、紫金山に拠った主力が5万。

対して柴栄は数万規模の禁軍を中核に、近隣の州から鬼の召集礼状を発して、寿州城下に
30万規模の兵を徴兵した。
訓練されていない農民兵だから期待される戦力にはならないが、寿州のような要衝を孤立
させるためには、これくらい必要だったのかもしれない。
寿州の守備兵は1万強と思われるが(開城したときに、1万ほど残存していたというから)
劉仁贍はよく守り通した。
ひとつエピソードがある。
餅屋の餅が(ry
南唐が休戦を申し込むとき、この寿州の引渡しが条件に入っていた。
そこで柴栄は、使者としてきた南唐の宰臣・孫晟に、「なら降伏するよう説得しろ」と要求した。
しかし孫晟は劉仁贍に、「門を開いて敵に屈してはならぬ」と叫んだのでした。
長篠を髣髴とさせるエピソードでした。こういう例は多いようだけど。

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 21:05:38 ID:TLwS4dZ80
>>368
戦国時代は、兵の動員力で同時代のヨーロッパより上だよ。
安土桃山時代まで下るとレパントの海戦やワーテルローの戦いより動員力は大きい。
まごうことなく、日本が世界一の強さを競った時期だと思う。

スレタイは挑発的だが、議論の甲斐はあると思う。
ある意味、日本の潜在能力を問うことも出来る。中国のもね。


柴栄の話面白いね。
栄光なき天才たちの話は中国は広いから、幾らもあるだろうね。
なぜか、日本では古代中国に人気が集中するけど。っていうか、ほとんど三個のみかな。

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 21:07:51 ID:TLwS4dZ80
三国志の変換ミス

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 21:53:08 ID:q1SIV7yH0
>>369
なるほど。そういう話は小耳に挟んではいました。詳しくは知ろうとしなかったけど。
日本や中国の潜在能力もだけど、より現実的な解釈のしかた、というのが
議論というかそれぞれの時代背景の説明から、理解できるといいですね。
どうしても、過度な表現や、軍事ロマンチズムに酔いしれてしまう傾向がでてきますからね。
まぁ自分がですが。

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 23:21:28 ID:v8s8zFQW0
>>368
尾張は五十万石余りなので、一万石当たり三百人動員とすると、
一万五千人ぐらいは動員できたことになるね。

ただ、日本の戦国時代の場合、
軍勢の数には徴集された兵站要員の百姓など、非戦闘員をかなりの数含んでいることが多いようなので、
そのまま中国の軍勢と数字を単純に比較することはできないと思う。

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 08:54:55 ID:049bS2Go0
ハッキリ言って、中国は歴史的に失敗作の地域だよ、人類としても失敗の文明だ
あれほどの人口を擁しながら、地球を引っ張るような文明でもない
それどころか、年々時代が下るに連れて、
混沌としていってカオスの色合いを濃くしていく、
グルグル同じツマラナイ歴史を繰り返し進歩がない、
先進性が皆無
冷厳に言えば、地球に中国しかなかったらハッキリ言って神は人類を滅ぼしに掛かるだろうね、
それくらい三国志以降、歴史として見るところがない、酷い
その後の中国の個人的な人物の武勇伝なんて歴史の流れからいえば意味がない
信長クラスに劇的に歴史に影響を与えない限りね

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 08:59:14 ID:sAHFV6LWO
釣り乙
以下スルーで↓

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 09:14:07 ID:049bS2Go0
ギリシャ・ローマ・欧米の流れが事実として、
科学においても、優れた政治思想においても人類の主体としての流れだよ
日本も中国みたいな、存在に意味がないくせに中華思想でプライドだけが異常に高い地域より、
もっとヨーロッパに地理的に近かった方が良かった
そうすれば、もっと早い時期に議会制民主主義になじんで
戦前の、天皇制の名を借りた軍部独裁を防げたかもしれない
少なくとも、その当時の日本には、議会よりも軍部の独裁を許す下地があったのだから
そして、早く先進的な西欧文明に触れて、その一翼を担う存在であれば
もっと日本のためにもなった

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 12:45:03 ID:n2B3KS4i0
織田信秀は尾張一国を支配した事は無い。従属させた事ならある。
完全な支配をしたのは信長だね。しかも桶狭間の後になる。

浮野の戦い&岩倉城攻略。時代的に1559春。これで内の敵は殲滅。残党は残るが
1年後に桶狭間。1年間で尾張を完全統治する事は不可能だから、
信長の総兵力は5千って所だね。
今川本陣に突撃したのは2千ってなってるけど(これは浮野の戦いの信長軍と同じ人数)

桶狭間も諸説入り乱れちゃうけれど…
雨の奇襲だったり、霧の奇襲だったり、信長の突撃がクリティカルしただけだったり。
信長の戦術(実力のみ)で混乱した所を普通にざっくりだったり…


石高問題だと、1615年の尾張藩で61万9千石だそうだ。

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 13:31:09 ID:tjHPb/cj0
>>376
戦国史ってフリーのSLGをやると、よく分かる。
清洲と岩倉を他の織田氏が持っていて、一方で犬山の織田氏を服属させている。

確かに尾張は豊かだが、北の斎藤と東の今川に挟まって、難しい状況なのが分かる。

ゲーム的には斎藤との不戦条約、織田軍団の優秀さで何とかなるが、今川の恐ろしさが良く分かる。


378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 14:26:07 ID:n2B3KS4i0
>>377
>確かに尾張は豊かだが、北の斎藤と東の今川に挟まって、難しい状況なのが分かる。
そうだね、対今川戦だと、岩倉攻めの前の年、1558年に品野での戦で敗れてる。
斉藤は道三が生きてる頃は仲が良かった様子。
まあ、隙あらば殺そうとしていたのは、聖徳寺の会見で解るけれどw

家督相続の時、信長って実は恵まれてないんだよね。

信秀死去直後の情勢だと、
末森城に織田信行が入り、その下に重臣の柴田、佐久間、林。
守山城の織田信光は独立。
両者共に、敵対とまではいかないかないけれど、従っている訳じゃないからね。
同盟者って関係が近いかな?信光は信長の事を、かなり気に入っていたみたいだけれど。

水野信元は元々同盟者みたいな者。
兄の信広も途中で裏切ってみたりするしw

信秀重臣で、信長に完全に従ったのは平手政秀くらいかも…

信長は若手の育成&起用は上手かったみたいだね。
丹羽、前田、木下、滝川、ETC

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 17:52:51 ID:Eds8tVNm0
大文字でETCと書かれると料金所思い出す。

さて、こちらは柴栄を性懲りもなく。
一応、中国史で信長に比定されているのは柴栄だからいいでしょ。
及ぶか及ばないかは別にしても、ホントやってることが似ている。

歴史に果たした役割という点でもいろいろ似ている。
上で三国時代と飛んで近現代史しか知らなさそうなのが、毒電波を吐いていますが
三国時代から発展した貴族社会の支配体制が、その最高潮に達したとき
唐という帝国が、東アジア一帯を覆った。
一応わたし、宋を近世、唐を中世と捉えていることを前述しておきます。
貴族社会の崩壊に一役買っている節度使体制、崩壊後の武人政治と新興地主層の台頭。
支配層が門閥貴族から、一般庶民に近い立場の人らへの移行。
いわゆる唐宋変革の過渡期に皇帝やったのが、柴栄さんです。

やったことを一言でいうと、政治を担っていた武人たちの意識改革、ということになりますか。
まぁ、それだけのわけはないのですが、これが一番の重要事ということで。
そのためには、天下に主はただひとり、というのを思い出させるために、柴栄は万機親裁の
態度を崩さず、おれについて来い的な統率を行ったのです。
この頃ではまだ独裁君主という体制はできておらず、ただ柴栄の才覚によってのみ、それに
類似する支配体制となったのですが、制度として確立するのが、趙匡胤、趙光義と段階を置いて
ということになり、それが信長〜秀吉〜家康に似ている、と言われるゆえん。
そのときの支配層は、新興地主層出身者となり、家格によって高位を得る、というような例は
少なくなったのです… が、やはり支配層というのは権力を固定したがりますから、やがて
準貴族的な家系もでてきたりしますが、そういうのを支配層の腐敗と言いますね。
それはここでは関係ありません。

柴栄は武人のみに限らず、いろいろなところの意識改革もしました。
ひとつには、地主層。ひとつには僧尼など。
その意識改革を効果的にやってのけるには、彼らの当時拠っていた既得権益を公平化
することがもっともよかったのです。
課税の適正化なんて、それまであいまいな法によって守られていた富裕層など
目を三角にして怒り狂うようなことですし、仏寺の特権規制と大整理も、仏敵と言われるほど
非難ごうごうなことでしたが、そんな連中をあざ笑うかのごとく、後周領内の経済事情は
良い方向へと向かうのです。
今でいえば、経団連や創価学会を大整理、公正化するってことですかね。
非難がすごいので誰もそんなことやりませんが、やっちゃったんですよ、この人は。

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 18:33:34 ID:n2B3KS4i0
>>379
>今でいえば、経団連や創価学会を大整理、公正化するってことですかね。
>非難がすごいので誰もそんなことやりませんが、やっちゃったんですよ、この人は。
信長で言うと、延暦寺焼き討ち、将軍追放みたいなものですかね?
この後戦国では、一向一揆、信長包囲網が無くなっていきますから。

柴栄の初陣って何歳なんですか?
信長は14の時、平手政秀を補佐に付けて初陣を飾ってますね。

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 19:23:02 ID:tqGeUZvB0
>>379
なるほど、信長は中世の死刑執行人、近世近代の扉を開いた男と言われますから、似ていますね。

ただ、日本の近世である江戸時代が近代への橋渡し的な時代で平和であるのに対して、大陸はその後の波乱万丈が大きいのが違いますね。

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 19:46:53 ID:Eds8tVNm0
>>380
>>柴栄の初陣って何歳なんですか?

正直言って、記録がありません。
柴栄は地主層の御曹司として生まれましたが、前述したように、うだつのあがらない
下級兵士の家に養子となり、そこで元後宮の妃であった叔母から、学問、歴史、騎射
兵法などを学んだそうですが、若い頃のまとまった記録を見ていません。
あるのかどうかも知りませんw
世宗本紀第一では、漢初に郭威が枢密副使となったとき、それをよく補佐したという
あたりが記録されてますが、どこそこの戦いに赴いたとかいうのがない。
そんな若造がいきなり高平でみせた奮戦ぶり。
郭威存命の頃は、無口で控えめで目立たないのが、いきなりの豹変ですから…
なんか片鱗くらい残していればいいのだけど。

父親とセットで従軍するのがデフォだったと思いますから、初陣の可能性があるとすれば
石敬瑭の太原起義のとき?
いきなり苦境からのスタートですが、そのときが16歳だし、養父に従って太原にいたかどうかも
わからない。洛陽にいたかもしれないし、まだ行商にでていたかもしれない。

では後晋期、劉知遠がやはり太原で節度使をやっていたときか?
そのときなら、契丹の小部隊との戦闘ででたことはありそうだ。あくまで郭威に従って。
また、契丹軍が大挙侵攻してきたときなら、契丹偉王との戦いもある。
それにしても、当時を代表する名将の指揮振りを間近にできたことは、柴栄にとって
ものすごく幸運だったのではなかろうか…(劉知遠にしろ郭威にしろ)
つまりは、郭威のおまけ程度でしかなかったのかもしれない。

しかし勤勉な柴栄は、郭威の留守などをまもり、治安出動的な群盗鎮圧くらいは
何度も経験していそうだ。特に記録はないけど、後周がたって澶淵を任された柴栄は
そこでは盗賊の類が姿を消したと言われるほどの統治能力を発揮している。
ところで、このとき柴栄のもとに、郭威から王朴や曹彬が吏として遣わされている。
曹彬はこの頃、茶や酒の管理をしていたそうだ。
趙匡胤が曹彬に、公庫に保管されている酒を無心したエピソードが、ちょうどその頃らしい。
だから趙匡胤も、このときは柴栄のもとにいた(他への赴任が決まっていたけど、柴栄が引き止めた
そうだ)。

383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 22:05:17 ID:Eds8tVNm0
考えてみれば、柴栄は信長と違い、父、養父ですが、に非常に愛されて育った。
だから変な奇行に走ることもなく、グレることもなく、謹厳に成長したという…
なら、物分りの悪いおぼっちゃんになるかというと、そうではなく、それは柴栄が
郭家の生活費を捻出するため、労苦を分かち合ってきたから、わがままになる
ヒマなどなかったと思う。
柴栄が後、皇帝となって、一時代の舵を方向付けるようなほど統率力のある人物にした
その背景はなんだったのか。
時代がそうさせた? 世の乱れを憂いての義憤? 自分ならやれると思った過信?
いろいろ理由はあると思うが、その中に、個人的な恨みというのが、その社会全体に向けられた
ということはないだろうか。
柴栄は後漢時代、自分の家族を皆殺しにされている。
まだ20代前半だった妻と、幼子ふたり。当然、郭威の家族も一緒に殺されている。
いや、郭威の家族と一緒に柴栄の家族も殺されたとするべきだろう。
後漢皇帝は郭威の功績を恐れて、暗殺を企てる一方で、都にいる彼らの家族を抹殺した。
武人、文人の対立と、現皇帝と先代以来の重臣との軋轢の果てに顕れた事象。
柴栄は皇帝になってから「朕はいっときの感情だけで功臣を処罰したりはしない」と
述懐した心底はなんだったのか。
それに結びつけるのはベタですかねぇ…(いや、物語の題材として、ですが)

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 23:25:42 ID:6aEj59+v0
信長も一応嫡男として遇され、家督を継いだわけだから、
愛されていたというほどでないにせよ、そんなに冷遇されていたとは思えないな。

それと、家督を継いだ後の混乱、弟の謀反なんかは、
信長自身の言動が招いてしまった部分もあるように思える。


385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/08(日) 23:50:13 ID:Do6UYy+K0
土田御前が、織田信行の方を可愛がっているので
家督相続の件には土田御前の意志も働いている。

土田御前は信長を手元で育てられなかったが、信行は手元で育てることが出来た。
愛情の格差もある。
信長がグレちゃったのは、母親の愛を受けられなかったからって説が有力視されている。

父には可愛がられた上に、期待されていた。
2才で名古屋城城主、後見役に林秀貞、教育係に平手政秀。
時代的に待遇が良すぎるよ。

386 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 11:03:13 ID:gJTYzOI10
信長のことは柴栄ほど詳しく知らないのでアレなんですが、信長の奇天烈っぷり
というのは彼の個性として、それを生み出した土壌というのが、親の愛に乏しかった
からと思っていた。
しかし、2歳で城主とかなら、あるいは厳しく育てられたことへの反発、とかいうのも。
厳しくされて、伸びる個性と反発する個性と萎縮する個性などが、あると思いますが
信長は反発したケースになるのかな(一種、親の愛が足りない、に分類されるか)。
反発した心が、合理的なものの考え方を生み出し、成長させ、彼の行動原理のひとつ
を形作った、とか…(ほとんど心理学みたいなもんだな)

チラ裏だが、ここに参加してから興味出たので戦国時代板の信長スレ読んでいると
非常に烈風伝やりたくなったので今ひさしぶりに遊んでいる。

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/09(月) 13:27:16 ID:8nTPAiS30
信秀は信長を跡継ぎとして遇していたよね。
信秀ほどの男が信長と信行の才能の差に気付かないはずがない。
有名な葬式での奇矯な行動は信長の愛が思春期らしく出たというのが通常の見方だね。
平手政秀ですら信長を理解できていたかどうか。
ただ一人の理解者の死が信長にどんな化学変化を起こしたか、興味深い。

388 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 20:58:41 ID:GPFUhJ240


   日本の戦国時代よりも支那の戦国時代の方が面白いよな




389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/11(水) 21:47:54 ID:Sbu8wMGj0
>>388
人それぞれ

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 19:41:48 ID:Ctp7KNWj0
中国英雄は、誰一人として信長に及ばない

っていうのなら
信長の認知度や実績が世界史基準でどれほどの評価を得られてるかにもよるな。

391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 20:35:50 ID:J3Auej090
>>390
世界史基準で見ればね。
日本史基準から見ると、評価出来る中国の英雄は少なくなる。
岳飛とかは日本でも高評価だろうけれどさ。

日本史を重く用いる人は、世界史の観点からは考えない。
だから、中国の英雄を軽く扱うんじゃないかな?

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 20:44:33 ID:J3Auej090
追加

信長は日本史から考証すると、日本のターニングポイントを作り上げた一人。
だから、日本史学的な見地から考える人は高評価しちゃうんじゃないかな?
江戸時代の文化でも、評価が高いから尚更か。

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 23:29:48 ID:eon8zeed0
>>391
欧米人は、少し学のある人でも、アジアの英雄についてはジンギスカンやティムール
ぐらいしか知らない

394 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 23:31:58 ID:7nFBS/Lj0
世界史的観点から見たら、信長よりも、
実際に全国統一を果たして関白政権を樹立した秀吉や、
その後幕府を開いて長期政権を創業した家康の方が格段に存在感があるな。

そもそも日本でも、昔は秀吉や家康の方が評価高かったし、
信長の評価が高まったというか、やたらと持ち上げられるようになったのはわりと最近のこと。


395 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 23:50:17 ID:J3Auej090
>>394
>そもそも日本でも、昔は秀吉や家康の方が評価高かったし

徳川幕府初期、家康の息子の松平忠輝が信長信者。
ちなみに水戸学者が信長論を書いたけれど、
信長がいなければ、徳川幕府は無いって評価ですよ。

396 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 23:53:28 ID:Ctp7KNWj0
>>393
欧米人は漢字が難しいみたいだしな。
アジア圏なら恐らく一番有名なのは関羽かもな。

397 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/12(木) 23:56:34 ID:J3Auej090
>>393
欧米は、自国の歴史程度しか勉強しませんからね。
日本史と世界史が義務教育のカリキュラムにある、日本が異常なんですよ

398 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 00:10:16 ID:5Gd3iYdJ0
でも、日本は古来から中国文化に影響受けまくりなんだよね。

399 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 00:17:30 ID:7jF9i/iR0
信長の野望が余りに好きで日本にきたスペイン人の留学生がいたな。こんな面白いゲームを作る国は素晴らしい国に違いないって言って。
光栄のゲームは日本のと同じグラだから、信長、謙信、信玄辺りがサムライしてて好かれるだろう。

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 00:27:29 ID:5Gd3iYdJ0
メディアが日本文化の浸透に一役買ってるのなら
あのゲルマン忍者もニンジャの派生として広く知れ渡ってしまうかもしれない。


401 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 00:33:16 ID:8D4pfDG30
スターウォーズに狂いすぎて、原点探して日本に来て、伊達政宗を尊敬してる奴ならMMOの知り合いに居る。
ちなみにそいつの神は黒澤明。ジョージ・ルーカスは黒澤明の子分だそうだ。
だが三國志と信長の野望の区別は付かないらしい。
中国って日本と一緒だろ?と尋ねられたw

402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 09:35:33 ID:3GCeOvHQ0
>>395
明治〜昭和前期にかけての一般世論的な評価のことだよ。
当時、秀吉、家康の方が人気が高くて、信長は若干低い感じだった。
特に秀吉人気は、当時の政府の政策的な理由もあったし。

昭和後半ぐらいから、秀吉の海外進出が否定されるようになったのと相まって、
信長天才論みたいなのが台頭して、信長人気が特に伸びた感じ。

今では、三人の天下人の中じゃ、信長ファンが一番多いだろう。

403 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 11:23:49 ID:KAM0LiQX0
歴史上好きな人物を聞いたら、1位がダントツで信長、2位が坂本龍馬の2トップが変わらず、聖徳太子が入って次ぐらいが秀吉、数人置いて家康ってパターンが多いな。

404 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 19:17:32 ID:Mf8bFII80
人気があるのと、歴史的意義に対する評価が高いというのとは違うでしょ。
信長ってやっぱり破壊者的なイメージが当時からでもあったのかな。

>>秀吉人気は、当時の政府の政策的な理由
なんか聞いた気もするけど、秀吉を持ち上げて宣伝する主な理由はなんだったんだろう。
今はコーエーのゲームや大河等で信長の人気や知名度は結構なものだよな。
思うに… 人気が出れば出るほど、正しい評価からは外れていく気がする…

405 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 19:37:02 ID:5Gd3iYdJ0
中国とは価値観が違うんでしょ。
関羽や岳飛、文天祥は中国では国に忠義を尽くした英雄として
今なお人気も高い。
今の日本人には愛国心、宗教なんてもんが希薄だから
信長のような実力本意でのし上がっていくような人物に理想を感じるんだと思う。

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 20:13:13 ID:/FPE9EaE0
愛国心が強い人は、坂本龍馬や西郷隆盛、高杉晋作等の幕末の英雄が好きになると思う。
これらの人物はまさに中国的な価値観で図れない日本的な英雄だが。

宗教心の強い人は、空海、日蓮、親鸞等が好きに……ってないか。
個人的にはこの辺りの人物も天才だと思うから、もっと注目して欲しいんだが…

407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/13(金) 21:17:22 ID:0DeHUxnA0
信長が一躍トップに躍り出たのは、津本陽の『下天は夢か』が大ベストセラー
になってから
それまでは、司馬遼太郎の影響で幕末が大人気。

408 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 03:41:00 ID:Rb8BbKCz0
信長と言えば、革命児みたいなイメージだけど、
実際に行われた政策を見たら、秀吉や家康の方がずっと革新的じゃないかと思える

まあ、信長も全国統一を果たして政権を樹立すれば、
それなりのことはやったかも知れないけど、
現実には本能寺で倒れちゃったしなぁ

どっかにマニフェストを細かく書いて残していてくれたらよかったんだけどw

409 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 03:56:58 ID:LkRu+HHK0
中国英雄は、誰一人として信長の過大評価に及ばない

410 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 17:03:20 ID:15gpdDZw0
>>409
あ、そりゃ無いわ
華僑が住む、アジア圏内なら関羽には絶対に勝てない
関平にすら勝てない

411 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 19:53:41 ID:LkRu+HHK0
確かに

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/14(土) 23:54:09 ID:FgRaQmYv0
中国の英雄の方が過大評価が多くて、戦国武将の方が、世界的に過小評価だと思うけどなあ。
統一事業はある程度進んだら、後はルーティンだし。

安土桃山時代には世界の半分の鉄砲があったっていうから、戦争の規模も大きいし、張良や諸葛亮、楽器より竹中半辺衛や黒田如水の方が怖い。

413 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 00:18:14 ID:JvKkMbZ80
世界的な評価基準ならば、史実の人間が神になって崇められていることを
くだらない俗信と言い捨てるようなことはNGなんだよ。
俺達日本人はまずそこらへんから理解しないといけないのかもな。

414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 00:26:04 ID:gN+M+CKb0
>>412
>張良や諸葛亮、楽器より竹中半辺衛や黒田如水の方が怖い。
おいおい…

竹中重治(竹中半辺衛)は過大評価だと思うよ。割を食ったのは蜂須賀正勝。
正直、蜂須賀正勝がいなければ秀吉の躍進は無いでしょ。

415 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 00:43:09 ID:Ru8wF+7P0
  |   |  | |   |    |  | |   |   |   || | |
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 _ ム::::(l|l゚Д゚)| …うわぁ
ヽツ.(ノ::::::::::.:::::.:..|)
  ヾソ:::::::::::::::::.:ノ
   ` ー U'"U'

416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 00:44:52 ID:Ru8wF+7P0
>>415>>412ね。>>414ではないから。

417 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 07:10:57 ID:R7ReW5Md0
>>412
おいしそうな釣りの餌。
>>統一事業はある程度進んだら、後はルーティンだし。

ここ最近目にした中では最強のゲーム脳だね。


418 :412:2008/06/15(日) 12:17:25 ID:9hsE2AqD0
みんな、つられすぎだなあ。
409に対してエサを播いたのに。
張良、孔明出したり、ゲームを意識した言動で分かり易いと思うが。
皮肉なんだよ。凡人が天才を評価する時点で。
アガってるから、通りすがりかな?

ただ、本当に大変なのは、弱小からひとかどの勢力になるまでで、日本にも中国にも英雄予備軍はたくさんいて、後は運とケアレスミスの少なさのような気もする。

419 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 16:14:14 ID:gCkjsour0
信長の政治力を100とするなら、始皇帝が90、朱元璋が105、趙匡胤が120ってところか

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 17:43:59 ID:R7ReW5Md0
>>419
なんつうか… もっとこう歴史の流れとか、社会的背景とか
そういうのを考えることできないのかな…
趙匡胤の政治力120とか信長の政治力100とか、どんな基準ですか。

いやしかし。
ゲームに新登録するための能力値化なら、話に乗らんこともない。
それにしても唐突な数値化だよ。
絶対評価で趙匡胤が信長の二割り増しとか、すげー違和感あるわw

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 18:15:38 ID:29f/eWVl0
つうか始皇帝より信長のほうが政治高いなんておかしい

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 19:07:11 ID:5VtQ2UI00
信長が趙匡胤の立場だったら粛清の嵐で後漢は崩壊してたな

423 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 19:19:30 ID:R7ReW5Md0
趙匡胤が信長の立場だったら、親父に勘当されたまま帰ってこず
家督すら継げなかったと思うぞ?
と、それくらい無意味な論争になるんだよな、こういうの。

424 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 22:53:28 ID:Ru8wF+7P0
>>418
釣り宣言とかイタイやつだな。馬鹿?

425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 23:02:24 ID:Ru8wF+7P0
>>422-423
自分の置かれた情勢に合わせた対応を二人ともある程度は取ったと思うが。
二人とも決断力も判断力も間違いなくある方だし。

創業と守成のいずれが難しいかは分からんけど、
趙匡胤が信長の立場なら死んでるとか、信長が趙匡胤の立場なら粛清してるとかいうのは
後付けが過ぎて意味のない仮定だと思う。

426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/15(日) 23:19:34 ID:OEbnTKKT0
織田信長と趙匡胤で比較するとしたら、軍閥の武装解除かな。

趙匡胤は皇帝となった後、節度使の武力を解体する方向へ持って行くことができたけど、
織田信長は仮に全国的な政権を樹立したとして、大名の武力を解体することができたかどうか。


427 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/16(月) 00:55:18 ID:eGNdJT8X0
+粛清せずに全国政権を維持できたか も加えてくれ。
信長の性格上、功臣の粛清は多かれ少なかれやっただろうけどな。

428 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/16(月) 08:31:53 ID:pfod+LdX0
>>425
趙匡胤が少年-青年だった後漢の禁軍将家のときと、信長が少年-青年だった
尾張半国の家と、情勢の違いはそりゃあるよ。
しかし、幼くして城主にされた趙匡胤が、どういう行動とるなんて、いったい誰がわかる?
趙匡胤の生い立ちからして、幼くして学問の修行に出されたとき、趙匡胤は逃げ出している。
逃げ出し、方々を彷徨い、ある地方軍に仕官しようとして断られ、郭威の募集に応じて
兵士になる道を掴み、地方官に抜擢されたのを、柴栄が引きとめ側に置いたから
中央軍の将としての道が開けたんだ。
このように、趙匡胤の人生でさえ、多様な「もし」があるというのに、情勢にあわせた
判断力の検討をどう導き出す?
つまり「誰かの立場なら」を考えるなら、やったことに則していくのが、まずは妥当でないかい?
(それも複雑を極めるし、主観や贔屓がはいるから、無意味と言ったんだけど)

それと政策などは、それこそ社会情勢が多大に影響するのだから、「杯酒釈兵権」をそのまま
やるかどうかは、その経緯によって違う。
付け加え。>>426 (細かいが重要なので)軍閥の武装解除は趙匡義(弟)のときで、
趙匡胤は禁軍将らの兵権取り上げまで。

429 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/16(月) 13:57:16 ID:vZnZHEuM0
信長の武装解除は家康よりえげつないと思う。
警戒能力は、
信玄や謙信との戦争能力比較により、存命中はへりくだって、長篠合戦で武田を滅亡させる辺りは芸術的で、
三方ケ原に突っ込んだ家康より上。

近くの秀吉が信長に領土的野心を見せなかった様子からすると、統一後を双方警戒してたと考えられる。

結論:
英雄同士の切磋琢磨により信長、秀吉の政治能力は向上したと思われる。
反乱後の青写真を描けなかった光秀が空気を読めなかっただけで、
信長存命の折りの権力闘争は素晴らしいものになったと推察される。

430 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/24(火) 12:38:51 ID:hWaxTPpy0
最強はセキロク様wただ、政治が駄目っぽいね。

431 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 12:10:07 ID:1JbKAdUy0
中国英雄なら小日本ぐらい楽に統一出来るだろ

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 15:10:37 ID:F8iluV5L0
石ロクは曹操にすら劣るくらい領土が狭いが

433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 17:10:54 ID:RfAfWxnp0
>>431
フビライでもできなかったじゃねーかw

>>432
奴隷から皇帝になった石勒様。
大金持ちから漢丞相にしかなれなかった曹操。
魏王と漢丞相なら漢丞相の方が位的には上。曹操はやっぱ駄目だな。
石勒から見れば、匹夫でしかない。

434 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 18:10:30 ID:ATjlxJjD0
>>433
ゲーム脳乙

435 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 18:50:08 ID:RfAfWxnp0
>>434
三國志信者乙

436 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 19:02:07 ID:s350PffA0
>>434
必死だな、三国志信者

437 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 19:06:57 ID:QB7xTdDf0
>>433
ゲーム脳乙

438 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 19:43:34 ID:RfAfWxnp0
>>437
中国英雄が何時、小日本なる架空の国を支配出来たのか詳しく

曹操は皇帝ではないので、曹操はあくまでも漢の臣下。
曹操の領土=漢(献帝の領土)

石勒は皇帝
石勒の領土=後趙(石勒の領土)

439 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 20:30:55 ID:ATjlxJjD0
>>435 >>436
いや、おれ三国志信者なないっすよ。
どっちかというと、あきれている方。
専門は唐とか宋とか。

440 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 20:37:03 ID:QB7xTdDf0
>>438
俺にそんな空想の解説を振るなよ。>>431に言ってくれや。

441 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 21:20:03 ID:WK/qvUxH0
>>439
三国志信者じゃないことは分かったが、ゲーム脳という言い方もないと思う

信長と中国英雄の比較は暴論に近いが、
曹操と石勒の比較は時代も近いし、普通にありだと。
曹操は漢の臣下に過ぎないという視点はあまり語られないのでこういう評価もいいんじゃないか?


442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 21:32:13 ID:ATjlxJjD0
>>441
いやそうじゃなく、金持ちなのに漢の丞相(王)止まりで
奴隷から身を起こした石勒なら、その立場にあればもっと
上に行ったんだぞ、と思わせるセリフをゲーム脳と言った。
世間のしがらみなどを考慮にいれてないんでしょ?

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 21:43:20 ID:F8iluV5L0
>>438
それはいくらなんでも強引な理屈じゃないの?自分が一から回復させた領土なのに。少なくとも献帝は何もしてないよ?


444 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 23:34:46 ID:s350PffA0
>>443
そうじゃない、何も出来なかったのさ。
どこかの悪党が漢帝国に忠義を尽くすことをまっとうしなかったためにね。
国を立て直すための名臣としての道を歩く事も出来たはずだよ。
寧ろ、曹操はそうなっていたら後世では恐らく関帝レベルの称えられようになってたんじゃないかな。

445 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 23:55:49 ID:QB7xTdDf0
霍光に倣ったところで曹操本人はともかく曹氏は後に族滅を食らうな。

446 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 00:02:57 ID:dQJVLoBU0
>>444
そうなっていたら、少なくとも劉備の台頭はありえなかったね。
対抗勢力にかっこうの大義名分を与えているのに、あぶりだして
叩き潰すことができなかったのは、突き詰めていえば国力の限界か。
三国の国力比率をよく語られてはいるが、華南を飲み込むほど
曹操のときの華北勢力はまだちから不足だったんだろうと思う。

447 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 00:15:53 ID:iEQeYZ4B0
>>444
そりゃそうだ。
劉備してみれば、黄巾党が討伐された時点で国がしっかりしていれば
元の生活に戻りたかったはず。
曹操が董卓、袁術の後を次ぐ漢朝の簒奪者と成り果ててしまったがために
漢の威光を立て直そうと必死になってただけだよ。
曹操が立派な忠臣ならば、その手の無用な事態は起きなかった。
曹操が董卓や袁術のように欲一辺倒の人物でなかったが故に、その手の不義は本当に惜しいな。

448 :447:2008/06/30(月) 00:28:26 ID:iEQeYZ4B0
すまね、>>446向けね。

449 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 00:33:47 ID:47cfgYp10
曹操が皇帝を擁立していたのは、漢国復興の意思?単なる手段?
何にせよ、曹操の処方が斬新過ぎて、そこに隔たりが出来たんだと思う。
その隔たりが劉備を台頭させ、後世までの悪名に結び付けた。

450 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 22:45:24 ID:4VWfOpLW0
ていうか簒奪者だの悪党だのといってるがな
こいつ等にしてみたら自分があくせくして手に入れた絶大な富と名声と力の全てををなんで血筋だけで上に立ってる凡人にポンとやらなきゃならねーんだ、ってのが人情じゃねーかな。
儒教でも本来なら「今いる皇帝が役立たずなら有能なyouが皇帝になっちゃいなよ」って考えかただし。本来ならね。この時代の思想は「旧来の権威」にあまりにも囚われていた気がする。

大体劉備にしたって曹操が漢を乗っ取る前から各地で傭兵みたいな事やりながら覇権を狙ってた「乱世の人間」だし
結局献帝が生存してるのが発覚した後々まで皇帝を名乗ってるわけだしね。

国が壊れてんのにその死んだ王朝に対する忠義もクソもないような気がすんだよね。
忠臣ってのはやっぱ関羽や夏侯惇みたいな人間を言うんであって曹操や劉備はアタマだろ。旧王朝への忠義なんてのは頭の固い知識人が掲げる建前だよ。

451 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 22:52:50 ID:4VWfOpLW0
付け加えるなら曹操が帝を保護した時点で実権をそいつに渡したとしても滅ぼされるだけで
漢を復活させたいならどっちにしろ他を倒して領土を回復させなきゃならないわけで、そのためには自分が権力者になるしかない。
曹操にしろ董卓しろ実情はどうあれ最後まで皇帝にはならなかったわけだし、後世に口汚く罵られるほどの逆賊かねェ、と思ったりもする。

そもそも「天下は漢の元に」なんて考え方がまかり通るなら乱世になんてならないんだよね。

452 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/01(火) 00:00:57 ID:ovnszJs50
>>450
曹操や劉備も漢の臣ですが何か?

453 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/01(火) 00:08:44 ID:n8Btbq3h0
だからそれは建前だって

実質的には自分等が一勢力の指導者で、漢に帰依しようなんて思想は無かったろ

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/01(火) 00:38:31 ID:ovnszJs50
建前だと言い切れる根拠はどこに?
劉備のスローガンは「漢朝再興」だぞ。

455 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/01(火) 00:46:40 ID:28blMGVg0
なんで中国なんだ?イギリスとかフランスくらいの国の奴と比べた方がいいのではないのか?

456 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/01(火) 17:38:09 ID:n8Btbq3h0
>>454
劉備が覇権を握るには中央を握ってるやつを倒さなきゃならん
そのためにはアンチ曹操、ひいては漢朝再興のスローガンが都合がいいってわけだよ。
漢朝を牛耳る逆賊を排除して正しい姿に戻そうぜって大義名分でね

まあ建前を置くのは別に劉備だけじゃなくて曹操は俺らが官軍だ!っていうし
袁紹とかはトウタクの立てた皇帝なんか偽帝だ!認めんって言って劉虞を皇帝に立てようとしたわな

457 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/01(火) 21:26:27 ID:VTxYx+QO0
>>433
五胡十六国時代は、卑賤から皇帝に成り上がったのは

石勒
劉裕
陳覇先
が居る。
疎の外も三国の連中よりも濃い奴が一杯いるのに、何故か人気無いな

458 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/01(火) 21:46:05 ID:ys76oEii0
朱全忠も半奴隷から身を起こしたんだぜ。
乱に身を投じたから、その後の道筋を得たが、
これが貴族生まれなら、乱に身を投じることは
到底できなかったろうな…
その場合の朱全忠は、単なる反骨屋としてパージされていた
可能性がものすごく強いw

459 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/01(火) 22:00:02 ID:n8Btbq3h0
逆に三国の時代は家柄だったり金だったり土地だったり、何かしらバックアップがないとダメだからなあ
まあそれだけ名士や王朝の権威が大きかったってことなんだろうけど

460 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 01:46:23 ID:y2AqMRc70
孫堅は、後ろ盾あったけか?

461 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 01:55:15 ID:zJ1K3ykB0
信長なんかただの魔人
他の日本武将もすべてちっぽけな島国でちっぽけな領土を争い合うガキども
中国の広大な土地で中原を争う英雄たちとは比べられないほどにレベルが低い

462 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 02:00:49 ID:gI+rPezU0
中国は古代が最高鋒で、歴史が下るほど劣化する。
モンゴルとか女真とか優秀な異民族がいる時代もあるが、それでもベトナム、日本、フランスなどの小国に敗れた。

463 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 06:35:51 ID:JsEfpxd0O
出たw宋を知らないやつw

464 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 09:02:21 ID:MhU3WEdw0
>>462のようなレスをたまに見かけるが、これってなんかテンプレ化してるの?
誰かエライ学者さんの学説?
それともあふぉなコピペ?
はたまたあるいは、現中国を貶めようとする、なんらかの意思が働いているのか。


465 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 10:27:10 ID:8vShgeF00
三国志を持ち出すと、変な流れになるな。

次は古代に遡って、趙の武霊王と織田信長は比べてみたらどうだ?
信長に似てるとか言っている人もいるようだし。

466 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 11:35:21 ID:zi0dkvL50
宋は南宋の情けなさが悪影響で評価と知名度が低いと思う。
少し詳しい人でも徽宋帝の文人振りや水滸伝の知識ぐらいしかないし。
不思議と古代ローマのマルクス=アウレリウス=アントヌスには文武両道のイメージがあるのとは違う。

467 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 13:12:41 ID:JkcNqRJj0
俺は近世中国までは好きだが、近代現代中国政権の統治能力の低さは弁解の余地なし。
中国史好きはひいきの引き倒しで現政権を擁護することのないようにして欲しい。

468 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 15:07:35 ID:y2AqMRc70
Wikipediaから

五代末から宋初にかけて、世宗が敷いた路線を太祖が受け継ぎ太宗がそれを完成させたといえる。
宮崎市定はこの三者をそれぞれ織田信長・豊臣秀吉・徳川家康になぞらえている。

なるほどね。
で、宮崎市定氏の学説って今現在、どの位『覆されたの?』
モンゴルスーギーとかは馬鹿にしてるんだけか?

469 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 16:35:19 ID:ayugkjqc0
>>460
孫堅はなんだかんだで袁術の子分のまま死んでる。さらに周家をはじめとする地元の有力豪族のバックアップがあった。
孫策にはそれに加えて軍人としての親父が遺してくれた名声と、孫権には兄貴が立ててくれた呉の勢力体制の基礎があった。


470 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 17:24:41 ID:MhU3WEdw0
>>467
いくらなんでも、ひいきで擁護するようなヤツはいないだろ…
そんなのはスルーで結構。
見るべきところと、批判すべきところを弁えていてこその論評だから。
逆に嫌いという理由だけで貶めようとするヤツの言説もスルーで。

>>468
覆されてるの?
まじで〜。自分、かなり宋代近世論派なんだが…

471 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 19:19:19 ID:y2AqMRc70
>>470
>覆されてるの?
>まじで〜。自分、かなり宋代近世論派なんだが…

杉山正明の著書から見ると、覆されてるように自分は見えた。
かなり偏っているのは事実だが、最近読んだから結構影響されているw


杉山正明氏は、宮崎市定氏がまとめた旧版『世界の歴史、宋と元』の通説をかなり無視して、
杉山正明氏がまとめた新版の『世界の歴史、宋と元』は、殆ど別物になっている。
新版のは、宋の事がかなり批判的に書かれてる。

杉山正明氏って、宮崎市定氏の弟子筋の人だよね?確か。

472 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 21:12:48 ID:emSBEIiy0
>>465
胡服騎射の導入と火縄銃の導入
最期が悲劇
武霊王と無礼者

473 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 13:01:16 ID:R7Tm/+7R0
信長って日本すら統一できなかった男だろ?

474 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 13:06:27 ID:3ovAqPSX0
日本って誰か特定のひとりの絶対権力で統一されたことってないだろ?

475 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 23:36:09 ID:d7mcLdIl0
結果論だけで批判するのはよくないね

本能寺は必然だけど

476 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 06:20:38 ID:UdoQ9WvW0
安国寺慧恵か…
最期を見ると、評論家の典型のような気もするが。
ただ、あの場面での必然性はあるだろうか?
光秀に勝算が無さ過ぎる。

477 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 15:26:13 ID:EdaPcNnr0
織田信長は結局、本能寺で倒れたものだから、
どういうことをやろうとしていたかよく分からない部分が多いしな。

最近じゃ、豊臣秀吉の政策は全て信長のやろうとしていたことのパクリみたいな言われ方までするけど、
調べてもはっきりとした根拠が分からなかったりするし。

478 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 17:46:58 ID:AEyr6Rdn0
>>471

杉山先生が京大に入ったときには宮崎先生は既に退任している。
杉山先生が直接誰に講義を受けたかは知らんけど、心の師匠は本田実信先生。

それとモンゴルにかけては杉山先生は頭5つくらい抜けた権威だけど、宋代史(というか中国史全般)に対する言説は極端すぎるから信用しないほうがいい。
現在でも宋代史での宮崎先生の名は非常に重みがある。無論全部が全部信頼できる訳じゃないけど、否定されたってのは言い過ぎ。少なくとも宋代研究をしようとする場合に宮崎先生を参照しないやつは皆無。
ただ世宗=信長・・・ってのは先生の宋代以降近世説を日本の中世・近世の移り変わりとを引き付けて説明しようとしたものなので、先生がそこまで真面目に主張したものかどうか怪しく思える。単に俺の感想だが。

479 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 19:14:19 ID:rsLeTh+x0
>>478
>>宋代以降近世説を日本の中世・近世の移り変わりとを

それぞれの役割と完成までの推移が似ている、というのであって
人格やら能力やらまでひきあいには出していない様子ではあったけど
竺沙雅章氏の著作の中で、「なにやら個性まで似通っている」などと書かれる
ように、引き比べてみると世宗と信長は、やったことがよく似ている。
小島先生の著作では、趙匡義は家康ではなく、豊臣秀長だと書いているのも
個性や立ち居地に焦点をあてた場合の比定でしょうし。

信長も天才児とか言われているが、内藤湖南氏が世宗をして「真の天才」として
いるのは、彼の立ち上げた唐宋変革を語る上で、世宗の役割と資質と個人的な
能力は無視できないものだからだろう。
つまり、この唐宋変革論が覆され、中国にそんな大きな社会変化はなかったと
されれば、世宗も太祖も太宗も、なにやら平均化された評価しかうけなくなり
そうではある。
しかしキターイ好きの杉さまも、世宗についてはいくつか言及したがってるみたいだし
それはそれで読んでみたい。


480 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 20:29:15 ID:AEyr6Rdn0
唐宋変革論が覆されるということはまず無いと思われ。中国の学界でもほぼ定説化している様子。個々の分野での程度の違いはあれ。

481 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 23:38:11 ID:CxIIrYLR0
そもそも信長って過大評価されまくりで、言われるほどの天才でもないだろう。

戦前とかは、過小評価だったかも知れないけど、
今は持ち上げられすぎだわ。

482 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 04:13:27 ID:MWIRgLsA0
お前よりは間違いなく天才。
大久保利通辺りがそう言ってたら考え直す。

483 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 07:01:14 ID:qj5Mi1bk0
信長並に一代で領土を広げた戦国大名ってあんまり居ない。
明治時代、信長が尾張を相続した時の領土を研究した結果、
12万石から〜17万石って言われてる。
で、西に今川、北に斉藤。尾張は内乱。身内に獅子身中の虫。
ここからのし上がるのって結構大変だと思う。

484 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 08:53:47 ID:7hFt8wCX0
>>481
こういう内容のレス、定期的に入るような気がするね。
流れ的に宋の話で続くかと思ってたけど…

>>483
領土とかもそりゃ評価のうちであるけど、もっとこう社会的、政治的に
果たしたもののほうが、信長とか他の英雄の、評価をするときには
大事なことだと思うけどな。

485 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 11:43:03 ID:HJEwptz00
織田信長は武田信玄とか、上杉謙信とかよりは間違いなく上
でも、豊臣秀吉、徳川家康に比べるとやっぱり劣るよ

最近じゃ、三大天下人の中でも筆頭の扱いにされているけど、
結局、全国政権樹立前に倒れているし、室町幕府を滅ぼしたのも結果論であって、将軍追放は前例もある
代わりの将軍を擁立しなかったのは目新しいけど、
その前段階として、三好長慶が幕府を無視した直接の権力行使を試みていて、
その次の段階へ進んだという感が強い

一向宗との戦いも政教分離とかそういう次元ではなく、権力闘争の延長線上にあったもの
規模こそ違え同じようなことは他の大名の多くもやっている

究極のところ、織田信長は本当の意味での天下人となる前に死んじゃったわけで、
その意味で豊臣秀吉、徳川家康とは同列にならないと思うよ

486 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 11:44:51 ID:HJEwptz00
それと五代期ならば、織田信長に相当する人物は、
朱温になるんじゃないかと思うよ

旧体制を破壊した点において

487 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 11:50:14 ID:8Cz67eCq0
結果論としてはそうなんだけど、秀吉はともかく、家康に戦国時代に終止符を打てる力があったかと言うと、俺は疑問なんだよなあ。
旧秩序でも、安穏と生活してそうな気もする。
竹千代時代にほとばしるエピソードがあれば別なんだが。

488 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 12:35:27 ID:7hFt8wCX0
>>487
>>旧秩序でも、安穏と生活してそうな気もする

そう、それ。周りの状況によって、そのときの行動が変わる。
環境が不遇だからこそ向上心を得る者もいれば、急転直下でやらないと
生き残れない、と奮起する者もいるだろうし、財産を背景に自己の理想のために
邁進するようなのもいるだろう。
結局、おこった事象でしか評価できないわけで、能力的なことを上だの下だの
一概には断定できないわけでして。

>>486
いやぁ、その点だけでいうなら該当者は割合増えると思うよ。曹操なんかも
そういう点では似ているわけだし。
しかしながら、世宗の場合それもやっているんだよ。
その辺、近世への道筋を作ったなどという意味でも、信長に比せられている。
朱温の場合、破壊はしたけど新秩序の構築なり、その構想なりを残さぬまま
旧体制に隷属していた勢力(晋-後唐)に滅ぼされ、否定されてしまったから
信長足り得ない。
例えて言えば、天下統一目前だった織田信長が、武田勝頼に数度も野戦で
ボロ負けして、最終的に「我が子は豚か犬だ」と嘆いて子に殺されたとし、
その後の武田が、旧室町的なものを復古せしめた感じといえる。

489 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 13:47:12 ID:o5MjZJxL0
海外ではほぼ結果しか見ないから、家康の知名度が高いが、
歴史絵巻として今川、武田のくびきから信長により解放され、信長秀吉の勝ち取った平和の果実を得ていることを知っている日本人としては、評価が低めになるのは仕方ないかと。

信長没後の秀吉とのやり取りには凄みを感じるが、乞食並みの出自の秀吉の立ち回りの上手さが勝る。

そう考えると、日本人の自分の知らない中国英雄も隠れているのかも知れない。

490 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 16:56:24 ID:uwMXxFuj0
そもそも信長が、実際にどういう政権を構想していたのかはっきりとしないからなあ。

天皇を廃して自ら皇帝になろうとしていたという極端な説もあれば、
征夷大将軍になって、室町幕府を真似た政権を構想していたという説までいろいろある。


491 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 18:12:58 ID:0kgQtKfv0
安土城が残っていれば、信長の統一後の思想も垣間見えたかもね。
天皇用の部屋もあったって言うから。
宣教師の安土城の感想は賛嘆で溢れているし、大阪城の巨大さにも驚いているから、安土桃山時代の匂いの消えたその後の日本は小さくこじんまりとした印象がある。


492 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 19:00:02 ID:uwMXxFuj0
宣教師の記録は、その背景や思想もいろいろと考えないといかんしなあ。

まあ、普通に織田幕府の可能性が高いんじゃないかな。
信長の実際の行跡は、革新的な天才と言うよりも、堅実な秀才に見えるから。

将軍就任要請を蹴ったというのも嘘っぽいし。

493 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 19:52:10 ID:82p9IuZ/0
>>483
それもそうだけど、斉藤、今川、延暦寺、近畿勢力、朝倉、浅井、室町幕府、毛利、上杉、武田この辺りを敵に回して戦い続けてたのが大きいと思う。
これは運だけで何とか出来るレベルではない。

494 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/07(月) 21:02:08 ID:qj5Mi1bk0
毛利に送った秀吉の書状の中に大相国=信長で送った手紙が実在する。
本能寺の後の手紙だけれど。

この時代で相国は、従一位太政大臣になるね。
実際、死後に従一位太政大臣を貰っているから、
やぱり太政大臣に就任する気はあったんじゃないかな?
それとも就任は既に内定していたのか。

三職推任問題って資料が少ないんだよね…


あと、今川は東だった。すみませぬ。

495 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 01:29:56 ID:Tw7gQzCA0
資料が少ない上に、研究者によって解釈が正反対に分かれていたりするし

496 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 12:04:50 ID:jPxLJF1+0
一行リレーで乙女ゲーのシナリオを作ろう! 4本目
http://game14.2ch.net/test/read.cgi/ggirl/1191645774/
より
そりゃそうだろ。三国志は日本の戦国時代に関する文献が基になってるんだから。日本での人気の方が高くて当然なんだよ。
戦後の中国人ともなるとほとんどその価値を解かる者がいないみたいだね。
特に類似した記述が多いのが太閤記で、あれだけの巨人を一人の人物として描く事はよほど難しかったらしく秀吉の様々な要素が曹操・劉備・孔明に分配されている。
呉の孫堅・孫策は秀吉ではなく織田信長・信忠父子が基ではないかと言われるがもしそうならかなり誤った描写も多い。
まあこれは例によってお得意の劣化コピーって奴だろう。
関羽なんか稀に韓国でも神のように崇めてる奴がいるそうだがモデルが誰なのか知ったらどうなっちゃうんだろうね。
きっと火病で卒倒してそのまま絶命しちゃうんじゃないかな。

497 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 12:17:05 ID:kq3WmSmtO
三國志て三國演義のことか?
日本の戦国時代って十四世紀のころだっけ?

498 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 16:45:14 ID:hiuxb/dX0
>>496
これ、ネタじゃなく、本気で思っているのか?
戦国時代や太閤記の記述をそんなに正確に漢語に訳して輸出するメリットは?
確かに三国志平話は元代、三国志演義の完成は清代だから不可能ではないが。

学者も日本の戦国時代の講談の方が、三国志演義の影響をうけていると言っているのに、
もし、なにもなく、こんなことを言っているのなら、
文化の根源を捏造およびコピーし、全て自国のものと言っている国家となんら変わらない
恥ずかしいからやめて欲しい

499 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 20:22:40 ID:UBvsB2W20
三国時代なんてなかった、あれは只の架空戦記だ。

…ですかね。
それをもって、中国の歴史に対する態度をバカにしているつもりかもしれんけど。
最近の嫌中派の中には、中国の歴史を知らずに貶めているようなのがいるが。
>>496の引用先の人がそうかは知らんけど。

500 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 20:14:00 ID:0BV5e/lM0
現在の中国人は中華の歴史の範囲外だろ?
だって自国の歴史を批判しちゃったんだし。

501 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 22:37:17 ID:NJJ8ofnD0
別にいいんじゃないの?批判くらい

502 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 21:54:08 ID:gR6oKkMS0
>>499

侯景の乱の時に建康で大虐殺が起きた・・・南京大虐殺はそれをモデルにした作り話だとか述べてるバカがいるな。
こういうのに限って原典には絶対当たろうとしない。仮に原典を元として批判されると「捏造だ!!」で逃れようとする。

503 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 22:50:01 ID:oCWk98Xx0
日本最大の偉人は明治大帝。
トルコはケマル=パシャ。
タイではラーマ5世。

分かるな?

504 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 23:43:35 ID:dN4MH2Ie0
>>502
そんな古くまで遡らんでも、太平天国の乱もあるのにw

505 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 22:36:00 ID:ZFC451zz0
毛沢東の戦略性は信長よりも凄いのでは?

506 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/08(金) 09:23:54 ID:Dl+xu/hl0
毛沢東も、文革はあれだけど、
覇権を獲るまではかなり凄いよな

思想面でも海外にそこそこの影響与えているし

507 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/09(土) 05:53:59 ID:WB4Fx2l20
万歩譲ってもヌルハチ>信長&秀吉

508 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/09(土) 14:09:54 ID:npW60HLh0
同意
サルフの戦いは芸術

509 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/10(日) 09:24:10 ID:A7Oxb/Ge0
ハゲた袁崇カンにレイプされたヌルハチ

510 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 02:18:45 ID:iVy6W6q10
ヌルハチの遺伝子は有能すぎる

511 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 12:59:45 ID:BwEFB8Af0
織田信長 長篠の戦い

ヌルハチ サルフの戦い

512 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 13:25:51 ID:CmeVG6NY0
どっちも戦史に残る戦いですよね。

513 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/17(日) 00:56:35 ID:+b1CNgJW0
『信長記』は桶狭間の信長が進軍するようすを
「十高祖、百張良が怒りを発せし勢いも是れにいかで勝るべき」
と良くわからんが凄そうな描写であらわしてるから
江戸初期の人にとっても信長は中国英雄より上の存在だったんだろう

というか姉川合戦で信長が家康に出した感状にも十高祖百張良が出てくるから
戦国末期には強い奴を表わす便利な常套句扱いだったかも知れん

514 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/17(日) 01:04:52 ID:VsSUNs570
>>十高祖百張良

大げさだな… 韓国ですか?

515 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/18(月) 12:51:21 ID:R4lNISDx0
>>510
遺伝子なら
ヌルハチの遺伝子>>>>>>越えられない壁>>>>>>>>信長の遺伝子




516 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/22(金) 00:10:15 ID:HvHxsuRs0
遺伝子なら島津ぐらいが対抗できるかな

517 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/24(日) 01:06:56 ID:MBTKRtto0
いや、無理だろ

愛新覚羅>>島津>徳川>皇室>平氏>織田>足利>源氏

こんなとこだろ。愛新覚羅は結局1人の無能者も出してないし。

518 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/24(日) 17:17:53 ID:5hcK5SWN0


つ愛新覚羅不義、不潔

島津の血筋の方が現代に至るまで軒並み優秀な気がする。

519 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/31(日) 05:56:14 ID:cCag4FTp0
性格では、秦の始皇帝と信長は似てる気がする。やった事績は全然違うが。

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