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なんで劉備って天下を統一できなかったの?

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 12:02:56 ID:9eWNygUY0
関羽や孔明がいたのに中国を統一できないなんて
無能なん?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 12:27:42 ID:42X5u0BUO
2ゲット!!

やっぱさぁ、曹操みたいに信頼出来てバックアップもしてくれる親族がいないし、劉邦みたいに有能な仲間が最初からいないしね。



3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 12:50:31 ID:93G9qhSL0
まあ、スタート地点が、曹操に比べるとかなり下の方だったからね。
蜀を建てただけでも大したものだと思うよ。

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 13:02:57 ID:ToUlQUir0
常に間が悪すぎたね。
関羽は独力でも魏の領土に深く進攻し、領地を大幅にゲットするかに見えたが
外交を軽視したツケが回り、背後から呉に攻め立てられ昇天。
諸葛亮は絶妙なタイミングで幾度となく劉禅から呼び戻され、魏を滅ぼす機会を失う。
三国一の武将、知将がいながら天命の采配で天下取りの機を失ったのは残念なところだね。



5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 13:23:37 ID:0YIKLsZUO
>>1
曹操と同時代に生まれてしまったのが運の尽き

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 16:14:21 ID:Ttry1Ze7O
関羽じゃなくて魏延が荊州守ってればよかったのに

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 16:40:28 ID:DuG9GXXS0
秀吉のように曹操が死ぬまで下手に出て、それから勢力を丸々奪い取ればよかったんだよ

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 17:54:57 ID:Jg0/tttN0
劉備の耳がもう1cm長ければ天下統一できた。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 19:12:46 ID:v+/+bsvr0
君主:曹操
軍師:諸葛亮
大将軍:関羽

だったら天下統一なんて容易かったろうな。




10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 19:42:13 ID:D6+SBrCg0
将軍は周瑜だろ

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 19:45:10 ID:v+/+bsvr0
じゃあ、関羽の副将ってことで。


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 20:41:35 ID:42X5u0BUO
つか、劉備ってアンチ曹操が第一だったから、どうしても後手にまわってしまってるよね。

曹操が献帝を擁したから、劉備程度の血筋じゃ士大夫は集まらんし、必然的に天下取りプランを考えてくれる人が得にくい。

曹操に対する条件反射みたいな行動ばっかとらずに、最初から軍閥として割拠しあわよくば天下をと考えてたなら、もっとマシな展開もありえたかも。

呂布みたいな奴に徐州を乗っ取られた時点で、天下を狙う資格はないよなぁ〜


13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 20:52:18 ID:w9WX+uMI0
大義名分とか気にしすぎる

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 21:12:25 ID:Ttry1Ze7O
君主:曹操
軍事担当:芝居 郭嘉 カク 法正 満寵
内政担当:諸葛亮 陳グン 蒋エン 張昭 張紘 ジュンイク
将軍:関羽 魏延 張遼 周喩 陸孫 郭ワイ 高順 徐栄
親衛隊:趙雲 許緒 典イ 呂布

漢字変換めんどい
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15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 22:10:40 ID:em3Z8PBs0
このスレageてる奴が全員釣りレスしてる。
なんという奇跡

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 22:47:38 ID:rxYyjcJH0
>>13

むしろその大義名分こそ劉備の存在意義だったからね。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 23:09:54 ID:w9WX+uMI0
諸刃の剣だな!

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 23:37:37 ID:9eWNygUY0
張飛は必要ないな。
まだ呂布の方が使える。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 23:47:06 ID:e2aMhDh+0
曹操みたいに信頼出来てバックアップもしてくれる親族…劉禅・劉封・糜竺・糜芳
劉邦みたいに最初から有能な仲間…義弟2人

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/20(金) 23:53:44 ID:L3xnzqXiO
劉備くらい勢力を拡大した群雄はいない
元手も一族郎党も地位もないのに(劉氏であることは群雄としてはほとんど意味がない)、曲がりなりにも皇帝になったのだから

負けてばかりだと言われるが、敗走した筈なのに官位や名声はむしろ上昇しているのが劉備の恐ろしさ
自分を高く売りつけることに長けた策士でもあるし、当時貴重な騎兵を操る将としても有用であった
演義や蒼天やらのせいで一番誤解されている人物

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 00:00:18 ID:nJBWx0hn0
(  ;ハ;)イイハナシアルー

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 00:29:39 ID:9TucTnSm0
>>18
張飛は戦も上手いし、
内政も結構やれるんだぞ。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 01:17:13 ID:bh1Oif870
いまどき三戦でもこんな厨スレはないよな

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 02:11:04 ID:ppWLRS5HO
>>23
Q.おまえは三戦をなんだと思ってる?

A.正解!

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 09:48:24 ID:ffhAiQa/O
劉備、石勒、劉裕、竇建徳、朱全忠によるバトルロワイヤル

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 17:28:28 ID:Mqj2KH4w0
>>25
劉備じゃどうにもならないだろw

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 21:51:33 ID:NJpFq8Gk0
じゃあ副将を付けようぜ

劉備・関羽 vs 石勒・石虎 vs 劉裕・檀道済 vs 竇建徳・劉黒闥 vs 朱全忠・王彦章


ますますどうにもならねぇw

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 22:36:40 ID:6QlmAJUE0
>>20
爺さんが太守やってる時点で元手も地位も十分だし、だからこそ関羽や張飛などを得れた。
更に北方の雄・公孫サンと学友であり、黄巾の乱後はその配下として対袁紹戦などで実戦経験も積んでる。
そして援軍として徐州へ送り出され、ちゃっかり太守に居座ってもいる。

演義みたいに劉氏ってだけで勢力伸ばしたんじゃないよ。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 22:44:44 ID:8fYrEimMO
>>28
地位も金も曹操とは段違いに劣る状態からのスタートだからね
劉備の家が三公を買えるだけの資産家だったり、無位無官の二十歳がいきなり孝廉に挙げられるような権勢家だったらどれだけ登りつめていただろうか

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 23:21:53 ID:NJpFq8Gk0
下駄履かせたからって履いた分高くなるってもんでもない

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 01:00:54 ID:OvdDE1zg0
伏龍と鳳雛の両方得たのに統一出来なかった劉備って何なの?

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 13:31:48 ID:Dyt4U/+50
>>29
でも、その分人間的な苦労はしないよね。あの人柄は乱世の中で苦労して磨かれて
こそのものだと思う。順境に育ったら、人のよいおぼっちゃんで終わったんじゃない?

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 13:44:36 ID:69IhdvJmO
>>32
曹操が人の良いおぼっちゃんじゃなかったのと同じで、そんな単純な奴には思えないなあ

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 15:47:51 ID:KtebAxSG0
天下統一の可能性はあったと思う。
漢中を奪った時点での曹操の偶発的な急死(病死もしくは暗殺)という条件付きで
そうなったら、袁紹死後の曹操対袁一族みたいな構図になるかも知れないし
(曹植はそんな馬鹿なことをしないと言われるかも知れないが、曹丕に殺される
 危険が高いなら側近がかつぎあげる可能性は高い)
もしそうなら、天下取りはわずかな差だったかもね

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 20:52:26 ID:7BM+ZRaL0
>>31
戦は数もあるよ

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 21:25:32 ID:CDB1nMf+0
>>34
劉備がここまで表に出てこれたのはまさにラッキーとしかいえないだろう。
人生最大の幸運は周瑜の死だろうな、生きてたら益州は手に入らなかったからな。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/23(月) 01:39:12 ID:mJMitn2v0
都合よく人が死ぬのは暗殺と相場が…

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/23(月) 09:21:38 ID:K3fpI6sg0
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/23(月) 13:53:22 ID:liXtxE3IO
たしかに周喩暗殺説はある

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/23(月) 17:42:22 ID:k/d9UdiJ0
年齢を考えたら暗殺もありえるな
演義もあれも一種の暗殺だしw

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 09:49:54 ID:Z+HdjPBa0
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 12:26:11 ID:QEddoaxF0
呂蒙はどうなんだろう。急死してるし暗殺説とかはないのだろうか
演義の関羽の亡霊に殺されたというのは論外だが

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 19:56:57 ID:eFnnXmXW0
孫皎の死は不思議

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 22:10:47 ID:Ua8Fts090
44get

45 :名無し募集中。。。:2007/04/29(日) 20:08:17 ID:ET3G1+lPO
>>20
ホントよくやったよね
出世頭だよ
この上天下を統一だなんて望しょくどころじゃないよ

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 22:45:14 ID:W7C7Uym90
孫皎、呂蒙、張飛の不自然死は両国の報復作戦の結果だったのかもな。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 22:59:43 ID:WIcmfiXbO
素人めらが
人口百万弱で馬も牛も無い国がどうやって天下を狙おうってんだよ

だいたい孔明は戦争の駆け引きの専門家じゃねー

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 23:55:29 ID:oDM2Vz7tO
>>47
じゃあ君はひきこもりニートの専門家だねっ!

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 02:18:45 ID:ZtfT6nlS0
昭烈帝>洪武帝

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 23:37:17 ID:WWLahbRY0
劉備に天下を獲る意志はない

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/06(日) 23:01:48 ID:LHkkCq+SO
>>1
無能って…。

では何故、トウケン・エンショウ・劉表などの、
『曹ソウと敵対した群雄』
から助っ人として招かれたのか?


それは、劉備が曹ソウ軍の弱点…つまり、
『曹ソウ自身が戦場で指揮した時と、武将が指揮した時の勝率差(無論、曹ソウ自身の方が高勝率)』
この事をよく知っていた。


代表例を挙げると、劉備の漢中侵攻。
曹ソウが来るのをギリギリまで待って、夏候淵を撃破した。


52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/06(日) 23:08:17 ID:LHkkCq+SO
漢中侵攻の時は、同時に刑州の関羽軍団を北へ進発させて二面作戦をとっていた。
これにより、曹ソウ一人の対応力を超えたんだよね。


後は、呂布や曹ソウなどに何度となく破られても、
ついに死ななかったという、『見切りの良さ』かな。
彼を招いた群雄は、劉備の人徳ではなく、そういう軍事的な才能を見抜いていたのだと思う。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/09(水) 00:00:07 ID:zQfFJfpv0
国力数倍ある相手にニ正面作戦なんてしたの?
少ない力をさらに分散して勝ち目なんてあるの?
魏からしたらそれほどの問題でもないような

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 17:42:02 ID:64dfliyH0
>魏からしたらそれほどの問題でもないような

曹操が遷都を検討する状況が「それほどの問題でもない」とはとても思えないんだが。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 20:32:16 ID:LXxzI9QX0
晩年の曹操ってのはかなり衰えた感じがするよねえ。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 22:16:41 ID:Ig3YxvIJ0
良い参謀がいなくなってるからね

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 22:20:03 ID:+VfEoaPuO
>>55
守勢に回ると元からあんなものだったんじゃないかな
曹操は時には大博打さえいとわない大胆な戦略や策を成功させて大勢力を築いている
その博打で大失敗したのが赤壁で、堅実にやろうとして上手くいかなかったのが漢中

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 10:29:17 ID:borPs9GZO
歴代の統一者みたいに盗賊と農民の反乱に便乗して天下を盗む勇気がなかった

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 11:18:56 ID:21o75wr10
>>57
よく大胆と言われる英雄に限って、
実際には手堅くやっていることが多いしね。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 13:25:12 ID:ytVTQYFQ0
袁紹南下=袁紹陣営の仲間割れ
北伐=袁紹死後の御家騒動
南征=劉表死後の御家騒動
関羽北上=呉蜀同盟の仲間割れ

こうして見るとラッキーな男だ。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 13:26:24 ID:ytVTQYFQ0
馬超討伐=馬超陣営の仲間割れ

も付けとく。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 19:31:04 ID:d2dQRf/k0
>>53
漢中で劉備に大敗した直後に、関羽北上の報。
そして破竹の勢いで快進撃を続ける関羽軍。
この時点で、呉に背後を付かせなかったら、劉備&孔明軍と関羽軍に追い詰められて
魏滅亡の可能性さえあったんだよ?
曹操が遷都を考えるほど弱気になるのも無理はない。
ここでの司馬イの献策がなかったら、魏は滅んでたかもね。


63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 02:23:13 ID:4CTUivFM0
>>62
無い無いw

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 15:25:12 ID:tuo0KWDwO
官渡以来の曹操のピンチだったことはたしかだと思う

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 19:03:21 ID:3ijJAGyu0
魏滅亡の可能性はあったと思うよ。
曹操直属の軍が正面きって敗北した戦でもあったし
その負け戦の直後に劉備、関羽軍の二方面作戦で
押し上げてくるんだから、敗勢を立て直す暇さえなかったんじゃないかな。
司馬イのファインプレーがなかったら、滅亡までは行かなくても
魏は間違いなく大きく衰退して弱小国になってしまったはず。


66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 19:29:32 ID:MNuPGlJp0
劉備は漢中で止まってるがな。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/30(水) 06:21:02 ID:oKm8szr70
>>65
無いよ

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 23:43:00 ID:y2eKuzIw0
むしろ、関羽の北上が劉備本軍とは連携のとれていない単独プレーな気がする。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 09:49:18 ID:Yo9w1lE30
孔明に軍事の才能は無い
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1173010518/

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 18:32:20 ID:xiiDY43I0
優秀な部下が多かった曹操の時代にいたのが残念ですね
カコウトンとかテンイとか好きだな

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 22:56:18 ID:UFabgQR20
もっと早い段階、中原にいた段階で上手く立ち回れなかっただろうか?

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 02:48:44 ID:FXg1/uJq0
劉備は戦国の世では無能だと思うよ。
こういう時代は劉備よりも曹操の方が出るでしょ!
まあ、その性格が好かれて良い武将が集まったと思うけどね!
情に厚すぎるのも問題だよね!武も智も無いんだし・・・。
もう少し情よりも野心があればね!

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 03:27:09 ID:6mNka/4j0
ひどい釣りだな。演義だけ読んでてもそんな結論にはならんだろうに。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 12:33:45 ID:P474ABX3O
政府側に味方して農民を鎮圧したから。劉邦や劉秀と逆なことしてるから。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/31(火) 13:09:28 ID:FXg1/uJq0
蜀への進行時など、もし曹操なら一気に攻めてホウ統を死なせなかったと思う。
夷陵に関しても、曹操なら深入りしなかったんじゃない?
基本的に情で動きすぎなんだよ。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/01(水) 01:47:30 ID:kdMLoUQu0
蜀に関しては情ではなくて劉備の決断力や判断力の限界がでただけだと思う

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/01(水) 01:55:15 ID:lJTySKjb0
劉邦ならホウトウに丸ごと任せちゃうだろうね。
「上中下、君が一番いいと思う策でいきなさい」みたいに。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/01(水) 23:26:48 ID:n7dKJmdc0
>>77
ありえるwww


79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 01:07:39 ID:NMSSmoYU0
有能な部下って言っても関羽とか趙雲とか孔明とかの
超人ぶりは創作だろ

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 02:14:59 ID:3CjP14Xb0
演技のは創作だろ
正史はそこまでの嘘は書いてないだろ

81 ::2007/08/02(木) 09:40:20 ID:yAUYLBpMO
>>75
つ、釣られないんだからね!

82 :75:2007/08/02(木) 22:34:03 ID:ucYDFd8g0
>>81

wwww

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/10(金) 23:11:23 ID:3H7djL7K0
孔明の天下三文の計ってあるじゃない?
あれって結局うまくいかなったんだよね。

荊州をとられた後、孔明どうするつもりだったんだろう?


84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/14(火) 11:19:33 ID:pGDzMs180
>>79
孔明は行政官としては能力は高い人だが戦略家としては凡庸。


85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 11:23:23 ID:5YZjLQHH0
>>77
そのへん人物の器の差だろうな。
劉邦の器なら天下に足るけど、
劉備の器では蜀を押さえるのが精一杯。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/20(月) 10:15:13 ID:bJ1dMnfe0
>>1 無能=おめえ

劉備は天下取れなかったのは運よ、皆は運命には超えれなかった。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/20(月) 10:29:33 ID:bJ1dMnfe0
>>31  おめえは何なの??カス?

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/01(土) 19:13:41 ID:aNMfumcC0
劉邦ほど劉備は馬鹿じゃなかったからな

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 11:58:23 ID:wLAgJofu0
もし関羽以外の者が荊州を守っていたら?
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1189212296/

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 14:00:24 ID:49fsneDn0
根拠地を手に入れられたのが晩年だってのが大きい気がする
入蜀したころにはほとんどの領地が魏のものだったし、他陣営に比べて人材も少ないし
つまり早い内に参謀をゲット出来なかったのが痛い

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 14:40:04 ID:Q6oeraLcO
>>84
戦略は悪くない
戦術家としては凡庸

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 17:57:53 ID:iCl2Lrq8O
国語の先生が三国鼎立のことを三権分立と言ってた

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 19:12:29 ID:l0oaovcYO
テラモンテスキューwww

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 00:42:50 ID:LhS962oR0
軍師の諸葛亮孔明があほだから天下を取れなかったのです。劉邦に天下を取らせた張良に比べたら月とすっぽん。
諸葛亮孔明は見かけだおし。魏の軍師の司馬にも作戦負けしている。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 05:45:33 ID:tffPVz0HO
言いたいことは分かるが、諸葛亮か諸葛孔明かどっちかにしてくれ

厨房の頃、友達に諸葛孔明と言ったら、諸葛亮孔明だと間違った訂正をされたのがトラウマなんだよ

字は諱の代わりだから、続けて呼んだりしないから

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 05:45:44 ID:vUKsI4d+O
後漢末の混乱で人心は乱れ、曹操や孫権みたいな恥知らずのほうが得をする時代になっていた。
劉備の目指す漢朝の復興は盗人同然の大部分チャンコロにとっては邪魔なだけだった。
劉備が敗れ、鄭成功が敗れ、林則徐が殺されるような文化が根付いてしまっていたことが原因。
曹操は中華の文化を変革したと言われるが、勝つためにチャンコロ文化を根付かせた意味では天才であろう。
以来、中華は国作りに大切な真の英雄をいたずらに失う不幸な国になってしまった。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 07:02:37 ID:Rj9NWPvlO
劉備は漢の復興なんて目指してないだろ

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 11:30:47 ID:8wdVXveP0
諸葛亮を得てから劉備が大飛翔して流浪の亡将から皇帝にまでなり
しかも超弱小国の蜀が超大国の魏と渡り合えた

諸葛亮の能力舐めすぎだろ

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 15:17:44 ID:ObelS2x70
>>98
諸葛亮は政治家としては一流だが軍師としては三流


100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 15:50:00 ID:x9bxjNbq0
三流は言い過ぎ、せいぜい一流半ってとこ

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 16:25:45 ID:QEx8hjBcO
いや、二流だね

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 16:32:13 ID:yL6pW3BD0
1を10にすることも、0.1を1にすることもどっちも偉業。
208年の時点から統一など出来たら、一流とかそういう次元を越えるわ。
ろくな本拠もない劉備をあそこまで割拠させることが出来ただけで十分一流。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 22:32:41 ID:Gu8SREP20
>>96
劉備は巡察に来た督郵を鞭打ちするような人物ですよwww

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 23:47:52 ID:tNCtVGPI0
ぶっちゃけ劉備は梟雄
ただ冷徹になり切れない

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/17(月) 00:09:48 ID:J9WFCI2G0
運が良かっただけだよ

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/17(月) 14:02:18 ID:5zvH6QCAO
社会を牛耳ってた豪族と下層の反乱農民のどちらにも支持ないから大勢力になれる要素がない。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/17(月) 14:24:34 ID:TGouezC80
劉備が公孫サン配下のままだったら、袁紹すら倒せてたかもね。

>>100
政治家・軍司令官としての実績はあるが、軍師としては小説の中でしか実績無いだろ。

>>102
劉備に蜀や漢中獲らせたのは法正の手腕だよ。
孔明はその間本拠地で事務処理してた。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/17(月) 15:36:29 ID:uBYOoll50
>>107
赤壁時の同盟締結と荊南四郡接収のことを言ってるんだが。
入蜀や漢中戦はそれを前提にしたものだろう。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/18(火) 01:19:02 ID:zXr7662h0
>>107はもうどうしようもないな

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 00:15:39 ID:bYXsYH6Y0
>>1
天命ってやつじゃない?

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 08:06:16 ID:dKKemJ880
>>107
仮に何らかの形で、劉備が河北に割拠するようになった場合、
どうなるだろう?

諸葛亮と出会うことはなくなるな。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 18:54:21 ID:J3QCKgIs0
うんまあ、諸葛亮に一番欠けているのは軍師の能力ではあろうけどね

国家戦略家としては劉備に三分の計を進言し、
法務・行政官として蜀漢王朝の行政機構を一から立ち上げ(た一人)、
それに準じて軍政官としても卓抜した能力持って北伐を統率し、
野戦の強さを司馬懿らに警戒され、第一次北伐以外は
大敗を経験せずしばしば魏軍を破った。

一方軍事戦略家としては荊州失陥を予測できず(法正もだが)、
北伐を繰り返すもついに勝利を得られなかった。

荀ケのような広域の軍事戦略と人物批評眼を持つ人間が219年の蜀に
いたら、それこそ歴史は変わったかもしれない

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/25(火) 02:47:35 ID:yrM6iGGR0
劉備に必要だったのは軍事参謀だったわけか。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/26(水) 23:50:39 ID:plNSx5TM0
やっぱり辺境部に拠ったら、天下厳しいんじゃないかな。
河北か、徐州を乗っ取るなりして、
直接中原の覇権争いに打ち勝たないと。

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/27(木) 02:10:20 ID:ANeaoZGrO
エン紹配下で力をのばせなかったかな?
エン紹の死を機に河北四州をまとめる。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/27(木) 22:53:26 ID:upzcf2ny0
>>114
諸葛亮に出会うまではずっと劉備はそれを狙っていた。
…それを狙って7年も新野で不遇を囲っちゃったわけだが。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/07(月) 08:25:32 ID:FGeU2wjt0
諸葛亮を得るのが遅かったの一言に尽きる
曹操と劉備を分けたのは参謀・軍師の差が大きい

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/07(月) 12:21:05 ID:zFGQHzyG0
ゲーム脳乙

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 16:54:10 ID:T0RIycOO0
>>91
戦略は当代一流
戦術家としては当時最強
内政面ではやはり一流だが王商など有能なスタッフに支えられての事
発明も蒲元などの優秀なスタッフのお陰

主な戦績
張コウを蜂の巣にして殺す
司馬イとの直接対決では負け知らず
他本人の直接指揮する野戦一切負け無し

ただし戦争指導者としては欠陥となる「ケチ」さがあった

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 17:42:25 ID:5O5Iuvzu0
荊州奪還に失敗した時点でアウトだと思う

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 18:24:08 ID:C4dPJSKx0
>>119
そうしてみると、従来、諸葛孔明個人の力量は「政治家>軍人」
という見方が主流だと思うが
軍人・政策秘書>官僚>政治家(宰相)
という見方もできるわけか。
異論は山程あるだろうけど、面白いかもしれない

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 18:38:22 ID:SCB56ET80
>>115
警戒されまくりで
汝南行くまで兵権なんて与えられなかったでしょ。
そんな中で何をしますの。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 19:14:08 ID:cpYUbPkO0
>>1
天命でございます。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 19:14:27 ID:KlUASRL/0
文醜と出陣して負けてるじゃない。
でもまあ、趙雲が駆け回って兵力整えてやったくらいだから
厚遇はされても重用はされなかったのかな。
袁譚を孝廉に推挙したのって、徐州牧になってちゃっかり袁紹にご挨拶した前後なのかね?
孔融を青州刺史に推挙したり、なかなか名士扱いされてる。
盧植の教え子って肩書きも役に立っただろうか。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 20:50:51 ID:SCB56ET80
英雄を庇護して厚遇→他勢力に対するアピール、だしねえ。

あの辺の時期の劉備って、色んな所に恩を売ってるよな。
どう転ぶか分からないから、保険をかけていたのだろうけど。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 21:06:53 ID:+dY9L19L0
演義と史実をわけんとなかなか実像って出てこないよね。
その辺が劉備(に限らず三国志全般だけど)の一筋縄でいかないとこだね。

個人的には演義の方のネタで、まったりはなしたいけどなあ。


127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 22:11:24 ID:AazUjb+q0
>>124
袁譚を孝廉に推挙したのは、豫州刺史になってすぐくらいじゃない?
豫州人の袁譚を孝廉に推挙できるのは豫州の牧か刺史だけだ
支持の御礼代わりといったところだろう

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 22:29:00 ID:KlUASRL/0
あ、そうか。袁家は豫州かー。ありがとう

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 22:57:10 ID:AazUjb+q0
許があるのは豫州
頴川郡は豫州
袁氏の汝南郡も豫州
曹氏の沛国も豫州

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/01(金) 20:16:47 ID:dvRySg6F0
ホウトウ「上中下、どれにする?」
劉邦「まかせた」
李世民「上」
劉備「中」
楊玄感「下」
項羽「うるせえ」
性格でるな〜

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/01(金) 21:57:22 ID:vorVk8CR0
いいねw

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/05(火) 09:33:55 ID:+opa822zO
>>1
これは、痛烈なお戯れを・・・

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/05(火) 23:08:20 ID:7iTcvUfq0
主人公として書かれるとイマイチだけど、好敵手として描かれると面白い人物なんじゃないかな。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/06(水) 00:26:23 ID:e7roPRdK0
項羽に比べると曹操はバランスがとれていた。
劉秀に比べると劉備は器が小さかった。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/06(水) 00:52:43 ID:ZL6DiQ540
項羽と曹操、劉秀と劉備って比較するような人物じゃないと思うがw

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/06(水) 22:40:25 ID:e7roPRdK0
こんなに早くレスがつくとは思わなかったw
すまん。

>>135
まあ、そうなんだけどw
ちょっとかっこつけたかったのと、
物事を単純化すると、そういう側面もあるかなあ、と。
群雄の中で抜群筆頭を追い抜いて統一を果たすなら、敵失によらなきゃ
ならないけど、曹操はなんだかんだいって項羽みたいに致命的なほど
失敗しない。じゃあ自分の能力で他を圧倒したりできるか、といわれると、
確かに劉備も有能で人望もあるようだけど、他を圧倒したりできるほど
才能があるわけでない。
結局、落ち着くところに落ち着いてたのが、有能なブレーンを得て
望外のところまで勢力を拡大できた、ってところだなあ、と。
決して無能では無いとも思うけどね。


137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/06(水) 23:19:43 ID:ZL6DiQ540
それにしても比較する相手が的外れだよw
曹操が敗死したわけでもないのに項羽を持ってきても意味が無い。
能力もさることながら「人によく力を尽くさせる」とまず評される劉備と
万能名君の劉秀を比べてるのも不適当。
劉備と劉邦(定番)
曹操と劉秀(度量のある天才型)
なら解るけど。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 12:39:29 ID:rurmuIL40
むしろ曹操は自分が秀才タイプなのを分かっていて
天才タイプの劉秀を演じていたと思うが

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 21:31:11 ID:wqcgI9Lj0
その心は?
っていうかこういう場合、天才秀才の意味比べって言葉遊びだからなー

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 04:05:37 ID:qip303Xi0
なんで劉備が中国統一ができなかったっていうと
雲長が一番強い
孔明が一番賢い
ということにしても曹操陣営には
こいつらに結構近い実力の人材がたくさんいたからであろう

劉備の場合は、
乱世に任侠を掲げた結果、人が大してあつまらなかったんだよ
強烈な人たちが数人集まったから蜀を得るまで行ったが、
やっぱり集まる人が足りないんだよ
しかも、任侠に生きるからといって有能とは限らないからね

もっと冷静に考えてみよう
近所に八百屋の織田さんって人がいたとするだろ
その息子が「俺は信長の末裔だから魔王となって日本を統治すべき」
と言ってるところにどれだけの人が集まるかって事だ

そういうこと

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/15(金) 01:37:09 ID:pAaSRJLw0
劉備が統一できなかったのは、純粋に劉備と曹操の差なんじゃないかね。
スタートラインがかなり違うし、劉備は親戚縁者の助けを得てないけど、
でも劉備が曹操以上の傑物だったら、
そのアドバンテージをひっくり返すことができただろうと思うし。
まあ運が悪かった部分もあるだろうけどさ。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/15(金) 13:12:46 ID:/4/OCrPr0
徐州牧までは曹操に匹敵する出世速度なんだけどな。
劉備が寒門出身で、同時期に曹操は呂布にエン州を獲られて
前半生最大の窮地を迎えていたことを考えれば、この時点では曹操を超えてる。
その後、呂布の危険を放置して袁術に向かったのが劉備の前半生最大の失敗。
その年に曹操は献帝を迎えた。ここが明暗の分かれ道。
曹操がエン州を、劉備が徐州、袁術が汝南、袁紹が河北を抑えた状態が
もう少し続いていれば、三国時代は無かっただろうな。

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/15(金) 13:13:47 ID:/4/OCrPr0
袁術は汝南じゃないや、淮南

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/16(土) 14:27:55 ID:F33De/tq0
統一する気などなかったんだよ


145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/18(月) 07:04:48 ID:YybT1PuO0
やられないためには大きくなるしかない、的な感じか。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/18(月) 13:18:07 ID:fS0mUwQY0
幼い日、近所のガキと遊んでいたときに「俺は劉勝の末裔だぜ」って
言ってしまったんだよ
そしたら、噂が一人歩きしてしまった。
噂を聞いて集まってくるゴロツキの話し相手をしなければならなくなった。

噂に負けまいとチンピラのような人間になった
ゴロツキたちに見くびられたら最後。斬られるだろう。
いつの間にか変な義弟が2人できた。
ほかにも手下がたくさんできて、困った。
所帯が広がり過ぎている。
どうにか処分しなくてはならない。

黄巾の乱が起きた。
ちょうどいい。部下たちを篩にかけて処分できる。
変な義弟2人はやたら強いから、死ぬことはなかろう。

義弟2人が強いのは観察済みだったが、
どうやら、随分強いようだ。
これには気づかなかった。
彼らのために、我々一派の名が随分あがってしまった。
落ち着いた所帯も、また広がってきた。
頃合を見て、篩にかけなければ・・・。

もう何度戦ったんだろうか。
篩にかけても、キリがない。
面倒なことを誰かに託したい・・・そうだ
荊州に引きこもってる奴がいたな。あいつに任せよう。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/18(月) 18:21:18 ID:SYNoNP820
小説の冒頭としては悪くな…でもないか。
桑の木の話までならまだしも、
皇族の末裔とか勝手に吹聴する危険な子供に
学資を出す親族はいないって。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/19(火) 09:42:21 ID:nER3Ozzn0
選択肢
1.暴れん坊をなんとか真人間に戻すため、ロショクに託す
2.マジで末裔なら、化けるはずと考えて、ロショクに託す

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/19(火) 15:09:04 ID:eY6gW0om0
無理なもんは無理。
魏と蜀は朝廷と蝦夷くらいの差はあった。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/19(火) 15:53:15 ID:OJfzf0DOO
>>146
その後ろ向き加減、さてはSWEET劉備か?w

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/19(火) 19:46:50 ID:ucMgi+ua0
三国鼎立の時代はどこも動くに動けなかったからねえ。
劉禅みたいな生粋のアホが居てくれたおかげで時代が動いたんだよ。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/19(火) 19:54:02 ID:9KX4gZWI0
奸臣と跳梁と消火がいれば魏なんて瞬殺だった

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/19(火) 22:19:04 ID:SFivgykk0
劉備は仮に曹操がいなくても天下は取れなかったと思う。
だが、曹操に匹敵する勢力がもう1つあったとしても生き残った気がする。


154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 09:20:52 ID:fvho7MlW0
無能ではないのは確実

負け戦の数の割には長く生きている
→ 生命力が異常

領地が蜀方面しかないのに正統派を宣言
→ 妄想がが異常

大物ゴッコが得意
→ 配下ごと自己陶酔


155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 18:45:08 ID:Ykv5M4Za0
>>154
曹操にもそのまま当て嵌まるなw

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/27(水) 08:37:26 ID:e5JPRUmU0
劉備は本気じゃなかったんだよ
本気だったら曹操と一緒のときにもうね

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/27(水) 20:54:23 ID:15f1U1pV0
戦術眼は当代一級と言えたからな。
荊州にあって曹操の南下を迎えた時に荊州獲りの戦略を退けたのも
恭順派豪族を粛清して荊州を纏めてからというハンデ付きで曹操軍団と
戦う事に勝機を見出さなかったからだろうし、その辺の霊感じみた
生存本能は凄い。
魯粛から声がかからなかったらどうなってたのかはアレだが。
そういう戦術はできるけど戦略はない、死なないけど勝てない男と
諸葛亮以下の荊州人士がガッチリ組み合って大いに飛躍した訳で。
徐州時代に諸葛亮級の軍師を迎え入れていたらまた面白い結果に
なったかもしれない。
最もその頃の劉備は陳羣も使えない様な人の話聞かない男だったから
結局荊州で歳を重ねて頭冷やしてからじゃないとダメだったのかも。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/28(木) 20:58:19 ID:Txgp28E50
○月×日
俺は威張るのが大好きだが、天下なんて考えられない。
小さな所帯で威張り散らすだけで満足なのだ。
ところが張飛がとんでもないことをした。
旅商人を脅して、我々に資金を貸し付けさせた。
踏み倒すのを前提にしているのである。
どうも義弟2人は本気で天下を目指しているようだ。
もうどうなっても知らん。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/22(土) 17:05:52 ID:gWJPU+6u0
関羽は自分が認めた相手には下手に出るけど
一回格下と思った人間はとことん見下す
自惚れ方の人間だから土地の領主を任せるのはダメ

張飛は部下をいじめまくるし


こういうのしか始めからいなかったからダメなんじゃないの

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 03:00:41 ID:IroHa8pp0
おいおい
そんな劇画みたいな単純な世界じゃないよ

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 13:17:47 ID:z6QXd9z80
>>154

その「異常」「陶酔」を30年間以上やり通すってのは並大抵のことじゃないね

162 :名無しの権瓶:2008/04/25(金) 21:52:44 ID:ZqGMrBRi0
劉備はそのまま曹操の配下のままでいて、彼の軍門で一代勢力を築いておく。
そして忠義をモットーに曹操や民衆の信頼をマックスにまであげておく。
曹操の死後、国を譲渡といった形で乗っ取る。

宋の初代皇帝はそうやって国を作った。
いわゆる豊臣秀吉方式ってやつ。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/25(金) 23:47:42 ID:SAOxv+LBO
劉備ってあれで結構プライド高そうなとこあるからな
曹操の下でずっと居るってのは難しそうだな

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 13:41:24 ID:SwYilhwZ0
「打倒曹操」のスローガンがなけりゃあんなに支持されなかったろうし
豊臣秀吉方式にしても曹操死んだ数年後には劉備もしんじゃうしなあ。そもそも普通に曹ヒが継ぐだろうし
クーデター起こすにも曹操は劉備を早くから警戒してたみたいだから劉備を野放しにしないだろうし

やっぱ外から倒すしか…でもそれが一番ムリな話だし
困った

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/26(土) 18:26:45 ID:aJQuPuMbO
>>162
主君が志し半ばで倒れ、後継者が幼少――そんな状況にならないと無理では?

人の心理って微妙で、些細なことから人間関係にヒビが入る。
すべての君主が、優秀な家臣を優遇し、猜疑心を抱かず、周りも煽ったりしない。
統治者は優秀な人物がなるべきであって、血縁なんて関係ありません。禅譲バンザイ
って曹操の配下のすべてが思っていたら、可能かもしれない。

166 :名無しの権瓶:2008/04/27(日) 01:13:48 ID:PTMlQ83n0
表では曹操の靴の底をなめるぐらいして、忠義をしめし信頼を得え、曹操を油断させる。
裏では謀略を使いまくり曹ヒをはじめとする有能な子供を落とし入れ抹殺。
ある時点で曹操を暗殺。曹操の子供と、家臣を謀略で争わせ、弱体化した時点で乗っ取り。

かなり無理な話だが、実現したら歴史上もっとも嫌いな皇帝になるだろう。


167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 01:15:51 ID:rkV4YTo40
>>166
表では袁紹の靴の底をなめるぐらいして、忠義をしめし信頼を得え、袁紹を油断させる。
裏では謀略を使いまくり袁譚をはじめとする有能な子供を落とし入れ抹殺。
ある時点で袁紹を暗殺。曹操の子供と、家臣を謀略で争わせ、弱体化した時点で乗っ取り。

まんま曹操だ

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 02:31:59 ID:bTu9aDEdO
>>166
曹操には劉備以外にも家臣がいるんだよね?
その家臣たちの誰からも、疑われず、恨みを買わず、警戒されずに根回しをする。
後継者が夭折していながら、その死に全く疑問を持たせない。
その才器は、曹操を凌駕してるよ。そんな悠長な事しなくても、天下を穫れたと思う。

169 :名無しの権瓶:2008/04/27(日) 03:05:31 ID:PTMlQ83n0
>>167
曹操は袁紹に忠義を示していないが?
>>168
乗っ取りは有能な家臣団との派閥争いでもある。秀吉は嫌われていたが疑われいなかった。
”その才器は、曹操を凌駕してるよ。そんな悠長な事しなくても、天下を穫れたと思う”
軍事才能とは違う才能だから、そうとは言えない。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 09:21:21 ID:bTu9aDEdO
>>169

> 乗っ取りは有能な家臣団との派閥争いでもある。秀吉は嫌われていたが疑われいなかった。


確かに。
権力者の警戒心、猜疑心を考えたら、なるべく敵は作らない方が良い。
でも、猜疑心を上回る信頼や、寵愛があれば可能かもしれない。
確かに、それが絶対条件じゃないね。


> ”その才器は、曹操を凌駕してるよ。そんな悠長な事しなくても、天下を穫れたと思う”
> 軍事才能とは違う才能だから、そうとは言えない。


だから、家臣はいるんだよね?
漢高祖も、唐高祖も、当時、一番の軍事的才能の持ち主だったとは言えないよね?
優秀な家臣がいれば良いだけの話。


基本的に主家乗っ取りなんて、軍事的裏付けがなければ成功しない。
その人物が一番の戦上手じゃなくても最低限、
誰も排除できないだけの軍事力を有してる。
可能だと思うよ。



よく考えたら『劉備が曹操の後継者として統一する条件』であって、
主家乗っ取りを成功させ、統一するための条件じゃないじゃん。


となると修正。

劉備は曹操のもとにいたとき、曹操配下の人物が曹操に、何度か警戒するよう進言している。

曹操は能力が高いからといって、無条件で信頼したりしない。
自分の意にそぐわなければ、有能であろうとも、冷遇したり、死を与えたりしている。


人は自分ひとりが思っているだけなら、それほどではないが、
周りも同じ意見だと、その思いは強まる。
なるべく曹操のブレーンたちからは、反感を買わない方が良い。


乗っ取るタイミング。
いつの時期に乗っ取るのか?
赤壁の戦いは成功させるのか?

この2点が鍵じゃないだろうか?

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 09:29:28 ID:rkV4YTo40
>>169
曹操は当初明らかに袁紹の下に入っているよ
反抗的なエピソードばかり目立つけれど、袁紹から見れば一の子分という感じだったはずだよ

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 12:39:46 ID:WoQRNia+O
中国人留学生に対する日本政府の思いやりです。
中国マフィアの利権にもなっています。偽留学生もたくさんいます。
そして、日本政府は中国人留学生を百万人まで増やそうとしています。

1)奨学金/月額142,500円(年171万円)
2)授業料/国立大学は免除、公立・私立大学は文部省が負担(年52万800円:現時点)
3)渡航旅費/航空券支給 東京-北京 (111,100円)
4)帰国旅費/奨学金支給期間終了後所定の期日までに帰国する場合は航空券を支給 (111,100円)
5)渡日一時金/25,000円
6)宿舎費補助/月額9,000円または12,000円 (年144万円)
7)医療費補助/実費の80%
上記 1)+2)+3)+4)+5)=380万円!年に380万円。 しかも返還不要。

全て血税です。しかも支援・支給額です。返さなくていい。
貸与の奨学金すらもらえない日本人が多いのに。中国人韓国人留学生は当たり前の支給と思っている。
繰り返し、言います。年に262万円ですよ。4年いたら、1051万円ですよ。税金ですよ。
経済的事情で大学や大学院への進学を断念する日本人が多くいる中で。しかも、10万人。
なんと2620億円です。
なんで怒らないの?血税ですよ。
*** 以下資料 *******************************
大使館推薦による日本政府奨学金募集要項
ttp://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/boshu/08031212/001.pdf
入学検定料、入学金、授業料は日本持ち
宿舎は日本が用意
奨学金(生活費?)として月額134,000円支給(返還義務なし)
往復航空券支給 国費留学生制度の詳細
ttp://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/007/030101/3-2.htm
平成19年度外国人留学生在籍状況調査結果
ttp://www.jasso.go.jp/statistics/intl_student/data07.html
留学生数(平成18年5月1日現在の数)中国 74,292人 63.0% 韓国 15,974人 13.5%

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 15:44:30 ID:hHAyk0vh0
曹操って投降した軍閥は厚遇はしても重いポストは与えないはず

劉備だって半ば飼い殺しにされて終わるか、叛乱の末に族滅って末路が
関の山かもって想像してしまう

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 16:50:45 ID:HRdlEGyA0
>>171
後々正面きって直接戦って勝ったところが違う
モチロン最初の頃は袁紹も曹操のことはパシリ位にしか思ってなかったろうが

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 18:17:12 ID:L6UQONQE0
赤壁の戦いで関羽が曹操を討っていれば劉備が天下統一してた


よって関羽が悪い

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 18:50:57 ID:HRdlEGyA0
関羽が曹操を見逃したのは演義のフィクション
まあ荊州とられて北への侵攻が絶望的になったコト考えりゃ確かに関羽のせいかも

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 19:35:33 ID:86QD2xBA0
またまたご冗談を

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 19:46:44 ID:g++vlN4T0
>>175
あのエピソードは義将関羽を際立たせるための美談だからな。
仮にあそこで曹操を討ったとしても、その後がトントン拍子にいくとは
限らないと思う。
曹操だって結局、蜀呉とは比べ物にならないほどの領土、兵力を持っていたにも
関わらず終生三すくみのまま終わったしね。
まあ、天下統一にはなんらかの運も必要なんじゃない?

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/27(日) 20:15:40 ID:HRdlEGyA0
>>177
もちろんご冗談だ。ちょっと言ってみただけだよ
実際あの状況だったら誰がやっても大差なかっただろうしな

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 10:18:12 ID:L1kn/XhjO
つまり漢中で劉備が曹操を捕えていればよかった、と。

つまり曹操にフライドチキン食わした魏軍料理長が悪の元凶。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 12:57:26 ID:wQ2PQ0hs0
スタートで大幅に出遅れたのに地方に割拠出来ただけ凄いよなぁ。

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 13:58:17 ID:pZ9gp0a40
>まあ荊州とられて北への侵攻が絶望的になったコト考えりゃ確かに関羽のせいかも

これはあながち間違ってもいないと思うが…

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 17:23:38 ID:8IdvFku60
どこが?

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 19:20:05 ID:WZZ8oBKV0
>>182
そんなこといったら
挑戦して失敗したという結果をすべてあーだこーだ言うのか?


185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/28(月) 20:58:07 ID:aL83SWvw0
早々が劉備の立場だったら天下統一していただろう

186 :名無しの権瓶:2008/04/28(月) 21:44:01 ID:9wJNMyPG0
とにかく早いうちのに勢力を作れなかったのは敗因。
呂布に国を乗っ取られたのは痛い。
よって、流浪の呂布を信頼し、国にまねいた劉備が悪い。

もっともあの状況から、劉備が曹操に対抗できる勢力を作ることが可能かは別

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/29(火) 00:05:54 ID:L1TeVCD70
義というものを本当に軽んじるんだなあ。
今の日本人は。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/29(火) 16:32:12 ID:7y9BXR420
>まあ荊州とられて北への侵攻が絶望的になったコト考えりゃ確かに関羽のせいかも

そもそも兵力的に寡兵なのに荊州と漢中っていう連絡の取りにくい場所二つに分けて戦やろうって時点で困難なプラン
おまけに特に孫権との外交に気を使ってた形跡がない。
だから別に関羽じゃなくても状況が劇的に変わったわけじゃないと思う。誰がやってもそんなに変わらん。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/03(土) 18:12:04 ID:Vd5hhLQQO
>>187
道徳心のない支那より増しだと思う。

190 :名無しの権瓶:2008/05/04(日) 00:02:47 ID:2GxIvaWV0
曹操が天下統一できなかったぐらいだから、
劉備では不可能じゃないかな。

三国とも軍事的、政治的には団結して、強固であった時期だし。

劉備が天下を取るのであれば、長生きして、呉、魏の政治的な混乱とかの要素がないと。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/04(日) 00:50:04 ID:fi9ZdP+X0
曹操の能力に劉備の地盤があれば天下統一できた

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/05(月) 20:47:39 ID:dpNLgGN00
劉備の地盤は守るのは簡単だが攻めるのは物凄く難しいという地盤

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/10(土) 23:08:13 ID:1SWFtTxmO
途中で死んだから。本人も他人も

194 :_:2008/05/19(月) 13:33:39 ID:oGrbTSRg0
簡単なことだ。劉備の政策は本人のカリスマに頼るだけのものであった。
だから、彼が死んだらすべてが終わり。武将の層もほとんど替えが利かない
武将たちばかりだった。秀吉も本人のカリスマに頼る政策だったせいで、
本人が死んだら、家康に滅ぼされただろう。一方家康は、将軍が代わっても
政治ができるよう磐石で緻密だった。この差は大きいね。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 20:45:03 ID:BBgXY8K20
やはり子供は早めにたくさん作っとくに限るな。

196 :!stock:2008/06/26(木) 21:02:17 ID:0BPn7y+f0
なんかここの株を手に入れたみたいなんだが。。。ダムよりひどいw
テスト

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 23:27:44 ID:1rlGFDAX0
>>194
まあ、豊臣→徳川の時は、秀吉が先に全国統一の基盤を作ってくれていたのが大きいな。
大名の移封や改易なんかに伴って、地侍の反乱なんかがかなりの数起こっているけど、
秀吉の代に鎮圧していて、ある程度一つの国としてまとまった状態になったところを、
家康は受け継ぐ形になった。

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 02:58:09 ID:Z4mHrBVYO
答え
ホウ統が死んだから。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 11:40:37 ID:1JbKAdUy0
>>1
そんな力はそもそもない。運が強かっただけだ

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/29(日) 23:42:30 ID:ekf/AAZwO
短パンマン

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/30(月) 13:15:17 ID:h3GycdG20
蜀パンマン

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/01(火) 11:50:23 ID:jJWseydz0
陳舜臣は三国時代は誰も統一できない、英雄不在の時代としてるね。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/01(火) 22:20:47 ID:5xZAjZsYO
荊州を抜かれ関羽が敗死するのが大打撃ではあるが、中原への橋頭堡を失い、軍師が孔明は痛い。
せめて徐庶はいてほしかった。
馬良では吏僚すぎる。
戦術展開が小さく、関羽を活かせない。
法正の死も痛い。
雷同・呉蘭程度の武将がもう二人はほしかった。

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/01(火) 22:35:09 ID:lJUsUsw+0
>>202
レベルが高すぎて誰も統一できなかったとも言える。

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/01(火) 23:03:10 ID:fvZ8xtpgO
>>203
徐庶がいかほどの能力があるか分からない。
さほど功績がない人物には過度の期待はできない。

統一をはたした政権は配下に、自身の代わりに全軍を率いて遠征できるような
信頼と、才能がある人材がたいていいる。
曹操が最大の勢力を築きながら統一できなかった要因は、そういった面もある。

やはり人材不足や、レベル云々をいわれると、否定できない部分はある。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/02(水) 00:36:08 ID:dFbb8oG9O
205>徐庶ダメかなぁ?
自分好きなんだけど。
局地戦の参軍として活躍できそうな人物だと思うんだけどな。
馬謖より手堅く感じるし。小物な感じだけどね。
劉備の彗眼と孔明の人事だと、布陣がきついよね。
黄忠のヒットや趙雲の仕事ぶり、馬超の参戦は嬉しい悲鳴だったろうな。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/02(水) 18:45:40 ID:QZ/cjQ+W0
>雷同・呉蘭程度の武将がもう二人はほしかった。

徐庶以上に能力も実績も怪しい

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/02(水) 21:27:38 ID:Z0/ZU0qj0
>>203
反三国志読んでないならお勧めだぞ

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/02(水) 22:40:29 ID:dFbb8oG9O
208>どんな感じ?

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/02(水) 22:51:48 ID:Z0/ZU0qj0
徐庶が魏に行かないところから物語が始まる

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/02(水) 22:58:24 ID:dFbb8oG9O
207>ダメかな?
雷同好きなんだけどな?
張飛の下で働いて、雷同が死んだら泣くんだよ!
で、がんばるんだよ!
張飛が!

頭悪いな。この文章。
張飛の部下の中では、名前がある人物ではあっても、確かに活動期間短いからね。
生きてても北伐で敗将になるのが、オチかな?
孫呉征伐くらいまでかな?
張南、フ習、フトウどまりかな?
リョウ化くらいまで、いけないかな?

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/02(水) 23:00:11 ID:dFbb8oG9O
210>時間あったら読むよ。
サンキューな。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 00:01:10 ID:a5GfFkDl0
>>202
英傑自体が各地に散らばってたのも問題だったのかもね。
曹操、関羽、諸葛亮、周喩あたりはそれぞれの得意分野で一流と言えるほどだったとも思える。

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 02:18:48 ID:FlXk1Rf/O
もう少し三国志を勉強してからスレたてろ

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 11:47:17 ID:LOs4FF/Z0
スレタイが変だよな
なんで劉備が じゃなくて なんで曹操が が妥当

麻雀だと曹操80000点、孫権12000点、劉璋7000点、劉備1000点でオーラス 親は曹操
曹操は上がり放棄で適当に流すつもりが手なり4順目でピンフドラ1テンパイの147ソー3面待ち
だまでテンパイしつつも上がる必要も無いので臭い牌掴んだら即降りの予定
7順目ひいてきたのは場に1枚出てた西
何気にきるとそれロンの声が2人
孫権 ホンイツドラ3
劉備 四暗刻単騎待ち

ちょwwwなにこの事故wwwwみたいなもんだ

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 14:41:33 ID:oGe0e73xO
実はホモだったからさ!by関羽

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 16:29:58 ID:ayugkjqc0
ホントに赤壁の敗戦は事故としか言いようの無い負けっぷり。
なんで官渡の大逆転や烏丸征伐を成功させたほどの曹操があんな雑把な戦したんだろう?
もうちょっと慎重でもよかった気がするが。まあ曹操の戦いって結構強引なのが多いけど、あれはさすがに何で?ってかんじ

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 19:58:30 ID:3YP76ZSi0
>>215
関羽=アカギ

という切り札参上

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 20:38:37 ID:ayugkjqc0
むしろアカギ=周喩でわ?天でもいいけど

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 21:43:27 ID:KYSDht7A0
>>217
長坂で劉備を追っかけたのに捕らえられなかったのでムキになった説

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 22:53:13 ID:Go/LuCZZ0
普通に周瑜が凄かった
不利な陣地に布陣を敷かざる得ない時点で撤退を考えなければならなかったんだろうが
官渡の時も、漢中の時も、曹操は引き際を見極めるのが凄い苦手な人に見える

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 23:10:29 ID:ayugkjqc0
それにしたっていくらなんでも病気流行った時点で普通なら退くよなあ?
曹操くらいベテランの軍人がなんであーゆー素人目にもムリな戦をしたのかわからん



223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 23:11:37 ID:jvBWgg2Z0
カクカやジュンイクなど参謀が抜けると曹操は凡人になる

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 23:14:41 ID:KYSDht7A0
>>222
徐州といい官渡といい烏丸といい曹操は無理目な戦多いよ
勝ちが多いからかあまり指摘されないが、221の言うように引き際についてどうも強気すぎる
この後も馬超との戦いでも命落としかけてる
「ベテラン軍人だから分かるはず」ってのが通用しないレベルなのかもしれん

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 23:18:02 ID:ayugkjqc0
エン州が取られた時はジュンイクが劣勢だった所を一気に取って返して全部奪い返したけどな


と釣られてみる

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 23:30:39 ID:TVqG61Fg0
>>217
蒼天では、曹操の長江巡航途中で呉が奇襲・・・・・だったな。
その後、逃げ延びた船団が烏林で陣を立てるという。
この漫画でも言ってるが、確かに赤壁は三国時代で重要な戦いにも
関わらず、色んな意味で「?」があるなぁ。
曹操の視点から見ると、特に感じる。

赤壁の映画が上映されるらしいが、久しぶりに観たい映画だ。

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 23:36:53 ID:KYSDht7A0
>>226
多分ね、官渡や烏丸との戦いの時に曹操陣営が「孫策や劉備は動かない」と見切って全力投球したように、
赤壁の時も「孫権は動かない」と見切っちゃったんだと思うんだよね
完全な判断ミスだから誰の伝にも書かれないけれど、程イクが孫権・劉備の合力を指摘したというエピソードからは、
そういう指摘が程イク独自のものだった、つまり他の謀臣や曹操はそう思ってなかったということが分かる
劉備だけなら楽勝で倒せる、孫権が来ることは無い、そう判断して進軍しちゃったんだね

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/04(金) 02:26:12 ID:5E6kzrlT0
曹操は赤壁など退くべき時に退かないし
官渡や漢中など退いちゃいけないときに退く

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/04(金) 08:00:22 ID:BoPzR6clO
>>222
孔明と同じく貧乏性で、息子が頼りないから焦っていたのもあると思う。
曹丕は夷陵での劉備の敗戦を予想したことが評価されてるけど、曹操や曹
叡に較べると明らかに戦機の見極めが下手。


>>227
カクをお忘れか?

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/04(金) 17:47:31 ID:VmRpinNJ0
まあ曹操ほどの軍事の能力を期待するほうが間違いなのかもしれないけどな

あんなギャンブルみたいなことやってんのに勝ち続けるほうがおかしい。
なんか「百戦危うからず」じゃなくて「十中八九負ける」って戦でいっつも最初の一回目に勝ちの目を出してるような感じだからな。
ここらへんが行き当たりばったりって言われる所以かもしれんが

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/04(金) 18:53:38 ID:n7FffivV0
曹操の快進撃は袁紹倒した時点で打ち止めになっちゃてるしな。
南征を行なうのに対して、あの水軍力の低さは致命的。
孫呉が海戦のプロだったのも相手が悪かったのかな。
荊州争奪戦では関羽水軍に于禁、ホウ徳も軽々とやられてしまい
トコトン水軍の弱さが目立つよね。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/04(金) 20:53:29 ID:JRZy5gCx0
荊州の水兵と艦隊がそのまま手に入ったのに水軍力云々というのはおかしくないか?
呉軍との遭遇戦で簡単に敗走したのは病気の蔓延によるもの。

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/04(金) 20:57:24 ID:RcCSatNr0
まあ、江陵を出発した時点でカクの進言を無視した失策だったから、敗走の理由は大した問題じゃあないよ

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/04(金) 22:01:27 ID:VmRpinNJ0
荊州支配してからどれくらい経って呉に侵攻したんだっけ?

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/04(金) 23:22:40 ID:32VDsa9Y0
>>230
曹操って孫子編纂したり注釈付けたりしてるのに
結構孫子無視したことやってるよね

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/04(金) 23:59:20 ID:n7FffivV0
>>232
それだけ北の人間は南の環境に耐えられなったことを
考えても、その場に留まっての長期戦もキツかったんじゃないか?

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 01:06:50 ID:cRP0aEyq0
>>232
まだ曹操軍に組み込まれて間もないし、将兵の中には劉g派も少なからずいただろうから
士気はあんまり高くなかったんでないの。
幹部はろくに舟戦を知らない北方の人間ばかりだし、弘安の役の時の元軍みたいなもんだ。

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 14:31:50 ID:R7Tm/+7R0
>>231
あれは関羽は水軍用意してたけど于禁たち援軍は用意してなかっただけ。


239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 17:38:27 ID:RgiSMqyu0
荊州で1〜2年じっくり足場固めして水軍中心の戦に備えてから
呉に攻め込んでも遅くはなかったと思うんだが
何であんなに性急に仕掛けたんだろう?

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 18:26:36 ID:dYLoAizv0
実は曹操は呉までたどりつけてもいない
本当に呉に攻め込むつもりだったのかも良く分からない

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 18:39:16 ID:/apF9bjf0
>>239
単なる慢心じゃないか?
曹操に限らず、初心を忘れて失敗してしまう三国志の大物は結構居るし。

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 18:42:33 ID:20jy4XBy0
>>236
そうだったろうね。その後曹操軍の後退の記録を見てもひどい環境だった事が伺える。
簡単にを黄蓋の放火を許したのも短期決戦を望む曹操の心中が感じられる。
やはり早期の東進そのものが結果的には失敗だったんでしょう

何でかって言うと、やっぱり劉jの降伏の様を見ても軍を進めていけばやがては孫権も降伏してくると踏んだんじゃ?
俺は数の誇張と赤壁への着陣、そして黄蓋の投稿を信用したところからも曹操は内部から崩壊を煽っていくスタンスだったと思ってる
結果的に遭遇戦にいたったもののその時点での戦闘は意図したものではなかったのかもしれない
仮に決戦に及ぶにしても当時曹操の指揮下の軍は強行軍5000+接収した兵のみであったのだから、後詰めとの合流を待ってから会戦と考えていたのだと思う。

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 19:23:02 ID:dYLoAizv0
>>242
致命的な読み違えだな
官渡での許ユウ、張コウの投降や荊州降伏といった成功体験からかシビアな戦略眼が失われていたのかもしれん
周瑜が指摘したように、あの時の曹操は兵法での禁忌を山ほど犯しており、「孫子読みの孫子知らず」なんていわれても言い返せないレベルだ
最善を尽くして戦場で激突して負けたのなら勝敗は兵家の常と言えるけど、赤壁は曹操の大局観、基本戦略といった点の欠陥を浮き彫りにした言い逃れようの無い敗北だよな

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 20:03:48 ID:/apF9bjf0
至弱を持って至強を制す

官渡の曹操の勝利はこの言葉の通り
痺れるほどにカッコよかった。
しかし、赤壁では反対の立場になっちまうんだよな・・・。

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 20:44:58 ID:o7Ne27oM0
曹操て、信頼性低いよな
安定感がないというか、どう見ても無理目な取り引き先から契約取って来たかと思うと
安牌な取り引き先でトラブル起こす、上司としては使いにくいタイプの部下に思える
たまたま、曹操自身が経営者になったから良かったとして、
上に立たなかったら、こいつの人生どうなっていたことやら

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/05(土) 20:54:45 ID:dYLoAizv0
>>245
袁紹は「河北制圧して南下するよ」と言った
曹操は「どこでもいいよ。どこだってやってやるよ俺は」と言った
これは曹操の自信や器の大きさを示しているが、同時に定見の無さ、計画性の欠如でもある
実は曹操は軍事面では長嶋茂雄タイプ

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 21:40:24 ID:yEDV8wT80
実は項羽タイプなのかもな…

相手をやりこめたり直接戦うには滅法強いけどあんまり深い事考えてない。なんか感覚で動くタイプ
「不利?でも勝てんじゃん?俺いるし」みたいな

それでも水準の高い政治が出来たのは孫子だったり儒教だったり勉強頑張ってしてたのと、ジュンイクみたいな有能なアドバイザーがいたおかげだろうな

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/06(日) 23:21:50 ID:E77Mk7XS0
蒼天の読みすぎ

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 17:34:39 ID:ioXDOTnFO
赤壁って曹操側明らかに武官不足だよね。
校尉とかはいるけど。
劉備のショク平定戦みたいな荊州人士による武官底上げのような、戦だったのかな?
功を積ませないといけないわけだし。
どーなんだろ?

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 18:49:36 ID:Gn2hd4kh0
どういった場合であっても軍が存在すれば指揮官はその数に比例して存在する。
ただ名前が書いてないだけ。

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 19:14:38 ID:swTggbb90
うーん。あんま言いたくないけど、関羽さんいらないよね。彼、蜀の滅亡早めたと思うわー
あ、張飛は違うよ。実際あんな脳筋じゃなかっただろうしね

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 22:48:53 ID:YLlC786P0
まあ荊州無くしちゃったしね。

ただ別に関羽じゃなくても、例えば張飛でも孔明でも維持できなかったと思うよ。あの状況わ

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 19:37:18 ID:0YY/x+xY0
三国状態になった時点で既に詰み手っぽかったしな

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 20:10:33 ID:FqwHJ+3N0
諸葛亮なら少なくとも呉を怒らせて荊州失陥はありえない

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 23:28:08 ID:8omqPUVY0
>>254
しかし最初の荊州侵攻時に呉怒らせたのは諸葛亮が側にいたはずの劉備だよ

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 23:34:02 ID:pu/RV6uL0
基本的に感情論で軍事行動は説明できない。

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/09(水) 23:54:31 ID:0YY/x+xY0
しかし、関羽ほど攻められるかまでは微妙じゃ・・・
蜀は明らかな弱小勢力であるのに
魏呉が連合してまで関羽に当たらなければならなかった
攻めに関羽、守りに諸葛亮が居れば万全だった・・・かな?


258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 01:12:55 ID:/UCknKLr0
荊州奪取は、呉にとって当然と言えば当然の戦略。
関羽のミスは、呂蒙と陸遜の策にハマった点だろう。
そして、関羽を荊州に孤立させ過ぎたのは、蜀全体のミス。
こればかりは、人材不足で仕方ないと思うが・・・・。

中原から劉備を支持して来た関張に代表される義侠勢力に対して、
荊州益州で獲得した勢力が台頭して来たのかも知れない。
そうなると、関羽としても大きな武功を立てておきたくなる。
樊城攻めは本格的な北伐に関する軍事行動では無く、ちょっとした
領地拡大の局地戦とも言われるし、関羽は生き延びても非常に苦しい
立場になった事は間違いない。

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 06:39:17 ID:WG+OfskMO
ホウトクはなぜ馬超を裏切ったのか、これがしりたい

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 11:25:41 ID:9T5qWuZFO
>>258
宮城谷さんが興味深い解釈してるよね。
その頃劉備と關羽の関係に亀裂があった、と。
關羽は孤立していた、と。

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 17:02:15 ID:K/PS9AFX0
少なくとも地理的には孤立していたのは事実だね。

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 18:50:54 ID:TvHWMl000
抗議メールにご協力ください。
永住外国人地方選挙権(参政権)付与法案に賛成し、法案可決を図る議員(推進派)の一部です。
http://www.geocities.com/hinomarukimigayo2004/index.htm

http://www.geocities.jp/sanseiken_hantai/

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

外国人材交流推進議員連盟は自民党国会議員80名で構成する議連。平成17年12月13日設立総会。
約一千万人の移民受け入れを目指す提言案などが明らかになって居る。

・中川秀直(衆 広島4区 町村派)会長 ・杉浦正健(衆 愛知12区 町村派)副会長
・中村博彦(参 徳島比例区)事務局長 ・森喜朗(衆議院 石川2区) ・岡本芳郎(衆議員 四国比例区)総務大臣政務官
・松本文明(衆議院 東京7区) ・亀岡偉民(衆議員 福島1区)(亀岡よしたみ)
・菅原一秀(衆議員 東京9区) ・丸川珠代(参議院 東京都選挙区) ・山中あき子(衆議院 千葉2区)
・鶴保庸介(参議院 和歌山県選挙区) ・衛藤征士郎(衆議院 大分2区) ・西村康稔(衆議院 兵庫9区)
・木挽司(衆議院 兵庫6区) ・大前繁雄(衆議員 兵庫7区) ・松本純(衆議院 神奈川1区)
・関芳弘(衆議院 兵庫3区) ・二之湯智(参議院 京都府選挙区) ・塚田一郎(参議院 新潟県選挙区)
・土井亨(衆議院 宮城1区) ・清水鴻一郎(衆議員 近畿比例区)(清水こういちろう) ・宮路和明(衆議員 鹿児島3区)


263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 19:36:55 ID:SFmndWws0
せめて諸葛亮も荊州に留まっていてくれれば。
万人敵の関羽に前線で大いに暴れてもらい、外交や補給などの
後方の面倒を預かってもらえば・・・といつも考えてしまう
関羽好きな俺の永遠の浪漫。

敵わなかったからこそ、もしもを考えたくなる
そこが最大の魅力なのかもしれん。

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 21:03:44 ID:3DNxHAlO0
個人的に、荊州と益州をあわせるという諸葛亮の基本戦略に無理があったんじゃないかと思う>地理的に孤立。

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 21:44:50 ID:K/PS9AFX0
基本的に外交の責任を地方司令官に求めるのは筋違い。

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 23:09:21 ID:Kt2iYsWxO
でも関羽が呉の兵糧庫を襲ったのは完全な失策だったでしょ。

後からしてみればこの時呉が荊州ではなく徐州に進出しなかったのは
致命的なミスだったんだよな。
孫権が曹丕をたぶらかしたりしているから余裕がある感じがするが
これで呉は座して滅亡を待つだけになってしまった。

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/10(木) 23:11:39 ID:FQlJBUHe0
諸葛亮まで荊州にいっちゃうと本国どうすんの?ってことになるからな。ジレンマ

おれも荊州と益州から攻めるってのに無理があったと思う。ただでさえ寡兵なのに。連携も出来ない土地同士に分割してどうすんだ、と。

まああのまま現状維持でも魏がじわじわ南下してきてジリ貧になってしまうけど…
事実曹ヒが死ぬ直前の時は呉の勢力を長江の最南端まで押し込んでたからな。もう五年長生きすれば渡ってたかもしれない。

だからあそこで攻めた事自体は正解なのかも

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 00:03:17 ID:aVtfhR6v0
三国時代の話って地方政権三すくみの時代に過ぎないはずなのに
どうしてこんなに面白いんだろうな?

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 08:01:20 ID:DtwzizUBO
三すくみだから面白いのであれば朝鮮半島の三国時代も面白い筈だが実際は…

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 08:09:33 ID:9ebYWWrh0
>>260-261
精神的にも孤立してたと想像できるな>関羽@荊州

「劉備も張飛も趙雲も諸葛亮も益州に行っちゃって俺様一人ぼっち」

馬超に関する逸話に現れるような「子供っぽさ」が悪い方向に出たとすれば、
こんな精神状態に陥るのも想像しうるかも。

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 18:27:38 ID:SfBtCsF80
いい大人がかあ〜?

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 19:06:13 ID:z9mgkDSX0
いい大人のクセに、なんてのは今の日本ですら見かけられる光景だが

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 01:04:31 ID:uDIpcbo10
いや、荊州には昔馴染みの部下も結構いただろ。
関羽としては、むしろ責任感の方が強かった気がする。
しかし、この人の対呉外交は無茶苦茶にしか思えんなぁ・・・・
敵を作るような真似をしたのは、呉がでっち上げた荊州貸与論に
相当キレたのだろうか。

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 01:10:18 ID:i/emgPKeO
というか諸葛瑾がわざわざ益州の劉備のところまで行ったというのに
なんで魯粛は関羽に荊州に関して交渉したのだろうか。

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 07:53:56 ID:XbmtgxSYO
対呉だけではなく麋方、士仁、孟達との関係を破壊したのも致命的。
孟達が大規模な援軍を送るのは無理があったとしても、麋方、士仁が一緒
に抵抗してくれればカッコはついたはず。
それがあんな無様な死に方をする羽目になったのは正に陳寿の言うとおり
自業自得。
劉備の人選ミスとも言える。関羽こそ口だけの男だからな。

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 11:34:54 ID:LWeC/OmM0
しかし、曹仁を早々に篭城へと追い込み
于禁、ホウ徳を撃破。
その後、曹操は関羽の武威に震え上がり遷都を思案。
そして魏呉の勢力が関羽討つためだけに一時的で結束。

これだけの武将は三国志上に2人と居るか探すのも難しいけどな。
まるで君主を討ち取るような戦の規模じゃないの。
しかも、蜀は小勢力でしかないのに。

結果だけに拘りすぎてないか?

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 12:01:09 ID:KAEHcavF0
これであと100は伸びるなクソスレとして。

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 12:05:00 ID:59+g7fBY0
IDあるからそんなに伸びない

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 12:05:02 ID:Zq7vlfO+0
軍を伴っての降伏の責任は確かに都督である関羽に行くだろうが
その要因は関羽個人との確執に求めるべきではない。

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 12:11:47 ID:LWeC/OmM0
関羽は人気者でもあるしなあ。
その反動で誹謗中傷も一際なのがファンとして辛い。
荊州争奪時には失態だけを何もそこまで言わなくても・・・と思っちゃうよ。

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 12:55:35 ID:bKSN47pO0
でも、麋方や士仁は有名だけど、実際には彼らだけでなく荊州のほとんどが呉に降っているんだよな。
城に篭って抵抗したり、関羽に状況を知らせようとした者が一人もいない。
それだけ呉の侵攻が手際よかったのかもしれないが、呉に対して少しでも抵抗しようとかいう動きが
全くなかったというのもすごい。

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 13:12:45 ID:KAEHcavF0
>呉に対して少しでも抵抗しようとかいう動きが全くなかったというのもすごい。

誰かの伝で麋方や士仁が降伏して直後、
江陵城内で城外の呉軍を奇襲しようとかいう陰謀はあったはず。
呂蒙に虞翻あたりが進言してことなきを得たとか。

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 17:51:04 ID:1Bl2XHgPO
>>276
要は電撃戦ってことなんだろ。
河川の氾濫も味方したし。
で、電撃戦ゆえに後方との連携とれず敗北。
その結果を無視して評価するなら、誰もが無茶な外征をやりはじめるだろうな。

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 22:07:43 ID:XOdr5ne80
劉備を無能というやつがいるけどそうじゃないんじゃないか?
実際?にはサジとか言う爺さんに器認められてるわけだし


285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 22:18:05 ID:p3TPivG30
セックス上手いってだけのジジイに褒められてもしゃーないだろ

でも実際関羽より戦上手かったような気はしないでもないけどね。


286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 22:26:30 ID:kUG4siF70
劉備ってこんなヤツ

劉元起 「一門の人間の中で並みの子供ではないからだ」(先主伝)
麋竺 「劉備でなければ徐州を治めることが出来ない」(先主伝)
袁紹 「劉備は度量が広く立派な信義のある人物だ。劉備が徐州を治めることは私の希望に沿ったものでもある」(先主伝注)
呂布配下諸将 「劉備はしばしば態度を変えるしてなづけるのは不可能。始末するべき」(先主伝注)
程c・郭嘉 「ずば抜けた才能を持ち人心もつかんでる。最後まで人の下にいる人物ではない。始末するにしくはない」(武帝紀、程c伝、郭嘉伝注)
呂布 「この男が一番信用できんぞ」(呂布伝)*
曹操 「今、天下に英雄と言えるのは君と余だ。袁紹などは問題にならん」(先主伝)
程c・郭嘉 「劉備を自由にしてはいけない」(武帝紀、程c伝、郭嘉伝注)
董昭 「劉備は勇敢にして大きな野望を持ち関張がその羽翼となっているので信頼してはいけない」(董昭伝)
曹操・郭嘉 「劉備は人傑であり今攻撃しないと後の災いとなろう。袁紹は機を見るに敏でなく行動を起こさないだろう」(武帝紀、郭嘉伝注)
張遼他 「北方討伐の隙を突き劉表に説いて許を襲撃するに違いない」(武帝紀、張遼伝注)
傅巽 「劉備では曹操に対抗できない。仮に対抗できるとしたらいつまでも劉jの下位にはいないだろう」(劉表伝)
程c 「劉備は英名があり関張の武は万人に相当する。孫権は彼らと協力し我らに抵抗するだろう。それはやがて分裂するだろうが、その時にはもう劉備を殺すことは出来ないであろう」(程c伝)
曹操 「劉備はわしと同等だが、計略を考え付くのが少し遅い」(武帝期注)
劉巴 「劉備は英雄で受け入れれば必ず害をなすので断るべき」(劉巴伝)
黄権 「劉備は勇名を馳せており、部下として遇することは出来ず、賓客として扱えば二君を認める形になる。国境を閉鎖して入国させてはならない」(黄権伝)
劉巴 「劉備に張魯を討たせることは虎を野に放つのと同じことだ」(劉巴伝)
趙戩 「用兵は稚拙で逃走にあけくれてる。一方、蜀は小国と言えど堅固な地である。併合は不可能だろう」(先主伝注)
傅幹 「劉備は度量があり部下に力をふりしぼらせる事が出来る。また政治・戦略に優れた諸葛亮が大臣となり、勇敢で万人を相手に出来る関張が将軍となっている。成功しないことがあろうか?」(先主伝注)
張魯 「曹操の奴隷となっても劉備の上客にはならん」(文帝紀注)
劉曄 「劉備は人傑で度量もあるが行動は遅い。今蜀を手に入れたばかりでまだ治まってないので今これに付けこんで押しつぶすべき。さもないと政の諸葛亮、武の関張らを用い要害を利用して防備し再び犯すことは不可能となろう」(劉曄伝)
曹操 「玄徳がこのような策を考えつくわけがない。誰かの入れ知恵に違いない」(法正伝)
龐徳 「劉備は小物に過ぎない。わしは国家の鬼となっても、賊の将にはならん」(龐徳伝)
賈詡 「劉備は優れた才略を有し群臣にこれに匹敵するものがいない」(賈ク伝)
劉曄 「劉備と関羽の関係は道義では君臣だが恩愛では父子。小国といえども必ず報復の軍を起こすだろう」(劉曄伝)
曹丕 「劉備は戦争を理解していない」(文帝紀)
陳登 「傑出した雄姿を持ち王覇の才略を備えている点で劉玄徳を尊敬している」(陳矯伝)
裴潜 「中原にいれば乱を齎すことは出来るが太平を招くことは出来ない。しかし要害の地を占めれば一方面のあるじとなるだけの器量はある」(裴潜伝)
彭羕 「劉備は老いぼれて話にならん」(彭羕伝)*
(*付きは悔し紛れの罵詈雑言なので除外してもいいかな?)

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 23:02:55 ID:i/emgPKeO
劉備は関羽に較べると引き際を弁えていたと思う
それこそ彼の人生の大半において、軍団こそが死活問題だったわけだから。
そんな劉備が夷陵で大敗喫して国力が減退した、というのは歴史の皮肉か。

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 00:05:32 ID:PMgW3azA0
左慈は劉備とは面識がなかったはずだが?

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 05:11:25 ID:XkprK73pO
関羽は部下には優しいが、士大夫に対しては傲慢だった 張飛は目上の者に対してはペコペコするが、部下には厳しかった それぞれの長短がそれぞれの運命を辿ったんだろう まあ、副軍師のほう統が生きてれば分からなかったな

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 17:53:29 ID:zgL5aKmO0
まあもし養子の劉封が関羽を助けて生きていれば少しは違ったかも・・・
天下取れるというわけじゃないけど

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 22:12:25 ID:7T5jx2/zO
そーゆー問題じゃない。
蜀盆地に逼塞する以前に攻勢に出るべきだった。
關羽が行動した時点で(事情はともあれ)全力決戦を挑むべきだった。
国策の間違い。つまり諸葛亮の戦略ミス。

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 23:02:11 ID:hcG5sSlW0
統一出来ると考えられる方が不思議な思考だw

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/13(日) 23:30:17 ID:eICYwVhs0
ゲームじゃないんだから劉備があれ以上戦い続けるのは無理
まあ荊州単独で戦わせたのと呉との外交なんかは劉備側のミスだな

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 00:12:08 ID:BlSEX4NZ0
守勢側なら凄まじく有利だけどな、蜀は。
結果論だが、おとなしく290年ほどまで待ち
曹操が討伐した鳥丸程度とは比べ物にならないほど精強になった
北方異民族の南下に連携する形をとるのがベストかと。

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 03:20:14 ID:3VDP4tLG0
新撰組みたいな存在だったのか。劉備は

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 05:05:28 ID:xiFM6kunO
>>295
あんな木っ端と一緒にするな。

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 08:19:13 ID:YDk2voHAO
天下三分の計、確かに凄い戦略だけど、自分の都合で荊州を持とうったって無理。呉にも荊州が欲しい理由があるわけだし、ちょっとご都合主義過ぎた

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 10:44:11 ID:B6a121zuO
呉との連携が肝なのに、外交面で稚拙だった関羽の責任が大だろ。
呉にしたって、地方政権に満足するんじゃなく本気で魏を打倒したいんなら、
蜀とは干戈を交えるべきではなかった。
そういう意味で魯粛は貴重。

もし三国鼎立のまま時代が下っていたら、逆に北の異民族の南下は厳しかったかもしれない。
魏(あるいは晋)ももう少し緊張を保っただろうし。

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 12:03:40 ID:htJfJBin0
関羽にそうした権利は与えられていない。

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 16:19:06 ID:xiFM6kunO
>>299
孫権の息子と自分の娘の縁談を断ったり、呉の兵糧庫を襲ったのは関羽。

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 16:21:35 ID:NJJ8ofnD0
>>294
そんなのは後だしだから言えることで
実際に異民族の情勢をそこまで見切れるわけが無い。

あと晋の場合北が精強になったというよりは中央が軍備縮小で弱体化した格好だから戦争続けながらだとおそらく中央に取り込まれたまま
というかモタモタしてるとすぐに滅ぼされてしまうかと

>>298
呉が全面協力したとしても魏を倒す所までいけるかは微妙だし、万が一勝ったりしたら今度は蜀が不気味な存在になってくるのでやっぱり呉としても手放しで協力は出来ないだろう。
荊州を取るだけならともかく魏と本格的に戦争しようっていうことになるからやっぱり呉からしたらあの場面で蜀につくのは一つの賭けだよ。

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 16:42:25 ID:ni2orTML0
>>300
関羽は当時前将軍、董督荊州事、仮節鉞にあった。
外交の権利は伺えない。また、それらの例はそうした権利の証明にはならないと思う。

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 18:37:20 ID:BlSEX4NZ0
>>298
しかし、待ってたら全くのジリ貧になってたぞ。
劉備が漢中の勝利に乗っかってる時の、関羽北上はなかなか
時宜にかなった見事な戦略だったんじゃないのかな。
惜しいのはやはり呉との外交交渉に尽きるが。
これさえしっかりしていれば、荊州の完全制圧はかなったと思うよ。

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 19:47:20 ID:yiKiu4GG0
曹操も冷静に考えれば、盤石というほどじゃない。
意外な敗北も多いし、強力な基盤、政治拘束力も特にない。
たった一度の敗北で味方に殺されたり、思わぬ遊軍にあたって死ぬ可能性も捨てきれない
項羽対劉邦
袁紹対曹操
苻堅対東晋
朱全忠対李存勗
建文帝対永楽帝

優勢な側が滅亡に至るなど、ほとんどの人が予想できなかった
国力に差があっても呉や蜀が守勢ばかりでなかったことが、
三国が、国境線上の戦争においては、それほど国力差がなかったことを物語っている

劉備や関羽、諸葛亮の能力の限界はあるだろうが、はじめから不可能という論理はとても与し得ない
それほど、軍事や政治は予想がつかない。むしろ、ゲーム以上に流動的なものだろう

答え:色々あるが、要は運がなかった

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 20:02:51 ID:zxBS1FtS0
>>302
外交の権限は無いけど魯粛や呂蒙が普段は対立を起こさないように
気を使っていたのを考えると関羽ももう少しうまいやり方はあったと思う。
元はといえば劉備のミスだろうけどね。

>>303
自然災害がなければ于禁に相当手間取っただろうから
もし最初から樊城・襄陽を落とすつもりだったなら稚拙な戦略だと思うよ。
劉備も劉封に上庸を落とさせた程度で本人は蜀に帰っちゃってるし。

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 21:57:41 ID:YDk2voHAO
やっぱり人材不足だな

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 22:33:01 ID:NJJ8ofnD0
>>304
国境線上においてはったって全体の国力差は物凄いだろ。人口だって違うし。
特に河北は曹操がかつて袁紹死後の勢力の制圧にかなり時間をかけたようにかなり強大だぞ。
中原は流通の中心地だしな。
逆に蜀や呉が荊州以外はあまり展望の望めない土地であることを考えると魏(ないし晋)を滅ぼすのはかなり根気のいる計画じゃないか?

まあこう書くと「中原は戦火で痩せている」って言われそうだが。言われるほど痩せてたらあんなに人間集まんないだろうしなあ。
漢水以北をほぼ完全に掌握してる勢力を向こうに回すのはどーもアカン気がする。防衛はともかく倒すとなれば。
そりゃ0%ではないが…運に左右されるなんて言っちゃったら戦争も経済もつまるところ全部そうだし。
>>305
洪水で足が鈍った所を一気に攻めたから凄いって言われてるんじゃないの?

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 22:46:00 ID:BYyo1vw50
>>307
凄いって言われてるって誰に?

ハン城の包囲が凄いってのは曹操が言ってたけど・・・

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 00:05:24 ID:uej4EdwB0
>>303
しかし、あのタイミングしかなったと思うよ。
魏が完全に体勢を立て直したら、それこそ三国鼎立のまま終焉してしまう。
樊城はとれずとも名将于禁、ホウ徳を討てればそれはそれでもうけもの。
でもいいと思うけどね。
曹仁は早々と城に篭ったみたいだから野戦はあんまり得意じゃなさそうだし。
それに大洪水に乗じて于禁、ホウ徳軍を丸ごと打ち倒せたのなら
大幅に兵力を温存できたあの時期にこそ兵力で劣る蜀に好機があったんじゃないかな。



310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 00:18:50 ID:m1jSWfTh0
当時の劉備軍本隊の疲弊って視点がないのが。

そもそも諸葛亮の三分計も刑益両方向からの同時進行(プラス、理想としては
呉も加えて三方向から)というもの。

なのに劉備軍が漢中で曹操と戦っていたときは荊州の関羽は動かず。劉備が
漢中を獲って動きが停まったときに、関羽が単独で突出。

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 00:40:33 ID:e5rl38o60
>>308
いわゆる関羽信者の皆さん
あれほど荊州戦をプッシュするにはこれくらいしか要因が浮かばん

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 00:53:41 ID:nPmvs7ppO
>>310
戦には勢いも必要。
漢中を制圧した劉備は荊州に急行すべきだった。
そうしてこそ魏に対して強烈な圧力を与えられた。
それを実行できなかった劉備の鈍重さと、
その下準備を出来なかった諸葛亮の無能さが原因。

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 03:40:14 ID:E7NuVtTo0
人材的には劉備死後以降、傑出した武将出てこないしね。キョウイが該当
すのかもだけど。五虎将レベルと比べたらどうだろう?
関羽、張飛死後、劉備が私怨で呉征伐、イリョウの戦いをしたのがダメ
だったと個人的には思う。曹操が父を殺されて私怨で戦をして失敗だとか
あったわけだし。それに晋の時代だっけ?誰か言ったよね。関羽は自尊心が
高く。人を見下すところがある。張飛は思慮が浅く、この二人は名将と
いわれるが、否である。みたいなさ。魏延もだけど蜀の武将は扱いにくい
人が多かったんじゃないのかな?

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 08:12:44 ID:Wj+lQh+LO
>>308
曹操は関羽に対して弱腰すぎだよ
そんなに警戒すべき人かな?

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 09:58:36 ID:W4WTsGjgO
>>314
曹操配下の「劉備危険人物説」には必ず関羽、張飛が出てくる。
曹操本人がよく知っている人物でもあり、警戒に値する人物であったのだろう。

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 13:06:29 ID:lwccEcQw0
実際、関羽のせいで荊州一度落ちてるからな。
曹仁伝参照

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 14:17:42 ID:WsnGANwc0
関羽以外の者が荊州を守っていたら?スレや孔明に軍事の才能はないスレから話題がずっとループしてるな
ループ進行のスレを取得してるおれ自身の行動もループなんだけどな

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 14:44:11 ID:FDUe0AzI0
>>310
漢中にしろ曹操によって住民の多くが強制移住させられた直後だし、
入蜀から漢中の併呑、漢中王即位で急速に拡大した組織の整備は急務だろうな

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 17:40:12 ID:0NBJOGw10
>>312 ゲームじゃ無いんだから、当時の状況をもうちょっと勉強したら


320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 18:10:38 ID:e5rl38o60
>>312
漢中の軍勢が一気に荊州に向かうのは飛行機でもない限り不可能だよw

長安狙いで関中平野に出て行くのもかなり難儀だが、プレッシャーをかけるのならそっちのがまだ現実的。
どっちにしろ速攻は不可能に近いが

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/15(火) 18:58:32 ID:uej4EdwB0
>>317
それだけ深いテーマ性があるということじゃないか?
関羽が于禁、ホウ徳を破った時その異名が中原を震撼させ
曹操も遷都を考えた、とは十八略史にも明記されている。

そこをあれこれ考えるのが楽しいんだろうね。
完全に成功していないだけあって、「もしも」を考えると
様々な意見が飛び交っているので極度に荒れなければ面白いテーマだよ。

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 11:23:08 ID:xPra+1uFO
呂布のパシリのくせに劉章や劉表の土地を盗んだから

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 12:07:06 ID:H08FZBPrO
北京辺りが出生したから不運だな 益州辺りからスタートしてたら天下はうかがえたに違いない 関羽は自分に自信過剰過ぎたのが命とりになった

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 18:13:42 ID:WPDspDXb0
>>322 前提から間違ってるなww

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 21:53:19 ID:D/mxRY8A0
>>323
益州辺りからスタートしてたらヒキコモリで終わってたぞい

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/16(水) 23:58:03 ID:F4xs6cgIO
>>325
それ、なんて劉璋?

327 :松風:2008/07/17(木) 01:20:25 ID:yMHCByor0
>>239
いまさらだが当時の平均年齢から考えていつお迎えがくるかわからなかったから
あせってたんじゃないか?

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 20:54:57 ID:i1+8uYuBO
曹丕じゃ劉備や孫権に翻弄されて、相手にならないだろうし、馬超たち
関中十部にも勝てたかわからないしな。

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 21:11:47 ID:UjkxYfTH0
いや、よくそう言われるんだが曹丕は呉にかなり積極的に仕掛けていってジワジワと南下してた。
実際死ぬ間際には長江のすぐ近くまで来てたしな。ヘタしたら長江を渡られてたかもしれない。

というかあれだけの国力差があれば時間さえかければよっぽどのバカでない限り勝てるんだよ。
事実ゴタゴタがあったのも関わらず結局晋が勝ったんだから。晋は頭がすげ変わっただけで胴体は魏だし。しかも頭が司馬炎なのに。
まあ魏の場合曹丕、曹叡と早いうちに死んじゃったから体制を整えるだけの時間が無かったのかもしれないが。統治期間が短すぎるもんなあ。

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 21:20:09 ID:JJS18O/p0
でもそれは蜀が黙ってたから出来た
結局、牙を研いでいた諸葛亮が出てきたら征呉は簡単に頓挫したはずだし、広陵側は元々が魏の勢力圏だったはずだから、魏が押し込んだというのとはちょっとちがうんじゃないかな
蜀が元気な時には呉が襄陽を占拠するのも放置して漁夫の利を狙い、蜀が黙って初めて呉を攻める、という、魏も絶妙なバランスの上でしか攻められない
時間をかければ勝てる、は事実だけど、そのためにかかる時間は丸2世代分くらいということだから、曹丕の代ではまだ早いよ、たとえ長生きしても

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/17(木) 21:45:07 ID:UjkxYfTH0
>>330
曹操が死んだ時点からみれば徐々にではあるが押してきてるよ。
まだ研いでる途中の牙を剥けて勝てるのか。むしろそれは自滅の道だろう。
五度の北伐がことごとく失敗したように、魏は蜀の対処自体はそれほど難しくなかったんじゃないかな。毎回攻めてくるルートは決まってるんだから。だからこそ一回目の諸葛亮の作戦は秀逸だったわけだが…
拮抗してるように見えるのは荊州付近だけで、全体からみれば力の差は歴然だよ。
荊州の軍勢の対処さえしっかりしていれば、もう10年くらい曹丕の政権が安定していればもしかしたら建業までいけたかもしれない。
攻めきれなくても、曹叡がいい歳になってその周りに信頼できる臣下を置いたりして引継ぎ体制が安定するまで統治できればあまり問題は無かっただろう。

まあ河や湿地のまともに戦えないような所での戦だから、親父の代からぐずつく傾向があるから実際攻めきれたかはわかんないけどね。
諸葛亮が長安を取れなかったのも同じような理由だし。条件は魏よりもっと悪いしな。時間かけるとやられるんだから。


332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 00:10:52 ID:iWcZLBGbO
曹操が荊州を抑えた時点で引退したとして、豊富な実戦体験があるにも
関わらず、ハリボテに騙され、撤退の備えもろくに出来ず高寿に殺され
かけ、兵法書の引用しかできなかった曹丕が荒くれ揃いが割拠する関中を
制圧することが出来たかな?

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 20:52:57 ID:s9W0vS8y0
孔明の戦略上、益州との連携なしでの関羽北上は有り得ない。
関羽の勇み足じゃないとすれば、樊城攻め自体が荊州領の拡大と北征への
足掛かりの確保だったと思う。

漢中戦で魏軍が疲弊したタイミングでの軍事行動は、悪くはなかった。
ただ、関羽の判断以上に、そのタイミングを見計らった呂蒙の計略が見事。
呉蜀にとっての不幸は、呂蒙にしても関羽にしても、軍事的才能はあったが
魏に対する長期戦略という面で考えが乏しかった点だと思う。
そういう意味でも、魯粛の死は非常に惜しまれる。
荊州陥落を許したのは、関羽自身の対人関係も大きな要因かも知れない。
で、劉備が天下統一できなかった理由だが、呉と同盟した時点で領土問題を
適当に処理した感が強い。
互いの思惑は感じていたにしても、荊州について何らかの決着を着けておく
べきだった。

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 21:55:33 ID:Iwn0WrFG0
確かに…
荊州の替地として雲南、交州を引き渡すくらいのことはして、
領土問題をきちんと解決しておくべきだった

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 22:13:38 ID:YmJm08nK0
>>334
それでは間違いなく解決できない
劉備は適当に処理したんじゃなく、出来る限り長く荊州での武力衝突を避けようとしたんだと思う
とにかく硬軟織り交ぜて呉との衝突を避けつつ、曹操のほころびを突いて関中に攻め込む
呉と全面対決してしまっても曹操に勝てなくなるし、荊州を明け渡しても弱体化して勝てなくなる
無理のある戦略だけど、それでも漢中取りまでは上手く行っていた
関羽に対し下手に出て、曹操への臣従さえ選んだ呉の作戦勝ちではあるけど、劉備の選択自体は間違いとは思わないな

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 22:49:11 ID:ZA6Irrnd0
>>332
出来るだろ。荊州を時間をかけてしっかりと統治し、万全の状態で南を片してから関中、蜀に向かえばいいんだよ。
慎重に事を進めればあとは物量がモノを言う。別に曹丕が前線に出る必要はないし。だれかベテランの軍人を派遣すればいい。
益州だって荊州を押さえた時点では帰順の意志を示していたしな。こいつ等を使ってもいい。
よっぽど運が無いか雑な事をしない限り、あんな山ばっかりの猫の額みたいなトコに引っ込んでる奴等に負ける要素がねーよ。ただ戦闘が強いだけじゃどうにもならん。キョウ族が絡んできても知れたもんだし、問題ないだろう。

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 22:51:21 ID:YmJm08nK0
>>336
それは赤壁前の曹操なら出来たが、江陵から先の長江南岸を全て制圧されている魏には至難の業

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 23:20:17 ID:hMPXAG6R0
長期的に魏と渡り合うなら短期に長江流域を取るか、
短期に函谷関以西を取るかのどちらかしかあり得ない。
それでも魏より国力に劣るが、守りやすさのおかげで対抗が可能。
いずれ統一を望むなら函谷関以西がベスト。
同盟は所詮、二国合わせても魏より国力が弱い上、同盟国とはいえあくまでも他国なので、
いずれ各個撃破される…史実のように
劉備も同盟は時間稼ぎの手段で、出来るだけ早期に関中を取り、函谷関以西を押さえ、
旧秦の版図をもって対等に魏と渡り合い、呉に対して優位に立つつもりだったと思う。
関中、漢中に四川に江陵を領有していれば、もう揚州一州ではかないっこないからね。


339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 23:35:10 ID:ZA6Irrnd0
>>337
上を見てくれ、>>曹操が荊州を抑えた時点で引退したとして の設定だから

ただ赤壁以降でもじっくり南下していけばたいした問題は無いよ。無理に一代で統一する必要はないし

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 23:40:22 ID:YmJm08nK0
>>339
そうか、失礼した
最初の前提からIFだったか

でも、「じっくり南下」はそんな簡単じゃないって
やっぱ長江で壁にぶちあたるよ

341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/18(金) 23:48:05 ID:hMPXAG6R0
裴松之が賈クの江陵で威圧する策を思いっきり批判してるけど、
実際の所あれ採用されてたら劉備も孫権も詰んでたと思うけどなぁ
南朝人のくせに江陵の意義が分からんとは、
裴松之にはパワーバランスや地政学は門外だったのだろうな

342 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 00:31:28 ID:VKR1jLSJO
>>336
曹丕が前線に出る必要はないけど、前線に出る男なんだよ。曹丕は。
それでことごとく敗れている。
馬超は曹操みたいな綱渡りな戦争の仕方はしない。戦機のつかみ方は曹操以上。
リョウ興も徐晃に敗れたとはいえ無茶な戦はしていない。
韓遂も同じ。
倍の兵力差とはいえ曹丕にどれだけの勝算があったか?

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 00:33:55 ID:Ls2YZJ3d0
>>340
確かに簡単じゃねえな。俺も上で書いたがあの一帯は大小の川と湿地が入り組んでてどうしてもぐずつくし

ただ呉が万全なのは長江の両岸を押さえてるからで魏側の片方を取られると向こうも補給が利くようになるから一気に渡河される可能性が増す。
で、曹丕が死んだ時点ではここの防衛ラインがギリギリまで後退してたんだよ。
結局曹丕が急死したんで持ち直したが、もし攻め続ける事が出来たなら長江を渡られる可能性も十分あったと思うよ。長江を越えられるとあとは物量がモノを言うしな。

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 00:45:31 ID:Ls2YZJ3d0
>>342
多大にあるよ。実際二倍って言ったら正面衝突で考えたら大勢は決まってるような兵力差だしな。そして関中と魏の兵力差は二倍じゃきかねーよ。

辺境でしか戦った事の無い馬超を過大評価しすぎな気がするが、仮に曹操以上の軍人だとしてもこの勢力差はどうしようもねーよ。関中平野まで出て行くのは険しいがそれでも長江や蜀のような要害ではないし、数でやられる。ずっと同じ兵が戦い続けられるわけじゃないし
個々の戦闘が強いだけじゃどうしようもねーよ。曹操と袁紹の勢力差よりもずっと大きい。秦と六国くらいの差があるからな。涼州の軍隊は強いから局地戦はともかく戦争のくくりで見たらはっきりいって問題にならん。

345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 01:16:27 ID:VKR1jLSJO
>>344
馬超が曹操以上の軍人というより、馬超はくだらない面子にこだわること
なく軍事の常識をわきまえていて、曹操が人並み外れて無謀なだけ。

多を以て少を撃つことができないというのは英雄の資格がないとしか
言いようがない。
兵力差はシ童関の戦いを参考にした。
関中十部は定見がなかったから、魏が攻め込んでこない限り動かない
だろう。
つまり曹丕が乗り込んで関中で戦ったら…の話。
曹叡ならまた別だが。

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 05:16:25 ID:i1/64uSEO
刺史殺して州からソッポ向かれたこと考えても、
馬超は長く勢力は保てなかったと思うけどな。

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 07:01:24 ID:8yNLPNq+0
>>345
馬超を過大評価しすぎ

曹叡ならまた別とは?

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 13:02:18 ID:VKR1jLSJO
>>346
211年と213年では状況が全く別。
確認できる馬超の軍勢の数は十万のうち一万でしかない。
つまり馬超本人の求心力はともかく、211年の時点では他に反曹操派の
軍閥が他に九つもあった。

>>347
曹丕と曹叡では格が違う。はっきり言って曹丕は曹操の不肖の息子。

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 18:32:31 ID:LtjNRPA8O
映画館にポニョ見に行った時、隣の7歳くらいの女児が映画始まる直前に
チキンナゲット食い始めた。腹が減りまくっていた俺はガマン出来ず、1つくれと頼んだが
「ヤダ!!」と言って睨まれた。空腹のせいもあってかむちゃくちゃイライラしたので
女児が映画に集中してる間に残ってたチキンナゲット(5つくらい)全部食べてやった
そしたらそいつ途中でチキンナゲットがなくなってるのに気付いたのか泣き始めた
俺の怒りは頂点に達し「ちょっと!!この子の親御さんは普段どんな教育してるんですか?」
と叫んだら後ろから母親がやって来て「すみません。さえちゃん、どうしたの?」と聞いたら、女児が
「(空の容器指差して)わたしの・・なくなったの〜」といって更に激しく泣き始めた。
親は女児に「あんたが全部食べたんでしょうが」と言って周りにペコペコ謝りながら
その子と一緒に劇場から出ていった。

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 18:38:33 ID:MdVBCIuY0
>>348
曹叡ってそこまで凄いか?



351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 20:56:03 ID:Ls2YZJ3d0
>>348
涼州軍閥が一枚岩なワケじゃないし

曹丕に親父みたいな軍事の天才性を期待する必要は無い
普通の事やってりゃ勝てるんだから


352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 21:52:56 ID:VKR1jLSJO
>>350-351
曹叡は曹丕より判断力が優れているが、特別すごいわけじゃない。
曹丕が特別ダメなんだ。普通のことが出来ないダメな子。

「馬児死せずば我葬地無し」の台詞は曹操が曹丕をどう思っていたかよく
わかる台詞でもある。

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 22:35:12 ID:9RO36NZu0
>>351
その普通のことができなかった、ってこと?

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 22:52:11 ID:3pSLlq7s0
>>352
>普通のことが出来ないダメな子。

あれでダメな子なら劉禅はどうなるよ…


355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 23:03:28 ID:Ls2YZJ3d0
>>353
統治の仕方とかギョウで起こった反乱の対処とか見てたら普通のことできるくらいには一人前だよ。

取り立てて名君でもないがそこまでバカでもない。あくまで無難。
逆に言えば十分有利なんだから無難でいいんだよ。悪かったのは寿命の短さ。統治期間短すぎ。

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 23:06:07 ID:r/fm9tB40
VKR1jLSJOが曹丕嫌いってことはよくわかりました

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 23:10:18 ID:9RO36NZu0
確かに曹操の曹丕評はどうも低い
曹沖死んだ時の暴言といい、副丞相までやってるのに後継者交代しようとしたり
アレか?曹丕がギョウで袁氏の女を略奪するような蛮行をして士大夫から冷笑されたとか、武術をことさらに自慢したとか、そういうのが嫌われたのか?

358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 23:27:39 ID:Ls2YZJ3d0
曹操も若い頃悪ガキとつるんで武術で鳴らしたとか張済の未亡人を娶ったとか似た様な逸話はあるけどな…

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/19(土) 23:53:00 ID:MdVBCIuY0
>>354
劉禅は空前のアホ
曹丕は普通のアホ

ってことなんじゃない?


360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 00:15:21 ID:Q0/9rq350
>>357
厳しく育てようとしてやりすぎただけ  とか

もしくは、曹操って破れたシーツを縫って使ったりする人だったらしいんで、
曹洪に金借りたるする息子が我慢ならなかったとか

361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 00:23:03 ID:vlazuPzs0
>>357
武芸も文学も政治方面もそつなくこなすのが逆に鼻についたとか?

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 03:03:11 ID:OSDMjijK0
曹操を詩人とするなら曹丕は小説家。
当時は詩>>(士大夫の壁)>小説で小説の地位が非常に低かった。
おまけに曹丕は小説は小説でも伝奇小説だもんだから
曹操からすりゃ自分の顔に泥塗るようなもんで曹丕を嫌うのは当たり前だろう。

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 03:22:43 ID:PuAL+Bi+O
そうゆうのも書いてたらしいが詩のランクは曹植・曹丕・曹操だよ

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 08:15:39 ID:pLtEoy/2O
中華は文節による考えが、薄いからだよ。
連で捉えたり、五行歌つくったり、三行詩だったりだからだよ。
文章を印象で捉えるから、詩の方が上位につく。

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 08:20:49 ID:Q0/9rq350
>>363
それって後世の評価だろ?
当時もそう思われてたの?

366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 09:06:59 ID:y4+yNxBz0
っていうか、以降の中華で士大夫の中でそこまで文が重視されたのは曹丕の発言が決定的な訳で
科挙の雛形が曹丕の頃に制定された九品官法とするなら
詩文能力が科挙で重視されたもの、曹丕の志向に雛形を見いだすことができる訳なのだが

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 09:46:05 ID:qLKog9OVO
文章は経国の大業にして、不朽の盛事なり。

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 10:27:49 ID:XogN8s+30
典論が散逸しなければもっと評価は高かった。

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 11:20:28 ID:ncRiPzhO0
曹丕は充分優秀だと思うが。


370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 11:44:09 ID:2VDJmZvD0
>>369
曹丕嫌いのVKR1jLSJOが変な流れ作りだしただけだね。
>>348の意見では
「曹丕と曹叡では格が違う。はっきり言って曹丕は曹操の不肖の息子。」
だそうな。

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 14:24:43 ID:y4+yNxBz0
叡は最後に曹爽・劉放・孫資に操られちゃったのが

丕は好き嫌い激しいけど、逆をいうとそれを実行するだけの君主権を持ってたのは
皇帝としては評価すべき事だろう。左遷したところで政治が滞った訳でもないし
軍事的戦略眼は微妙かも知れないが(親の操からして戦略ミスが多いし、遺伝だな

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 16:38:13 ID:REygiU+pO
そもそも曹丕が関中を制圧できたかという「軍事面」の話をしているの
だから、微妙じゃなくて評価しようがないだろ。
勝ち戦が一つもない。
おしいところまで行ったこともない。

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 17:08:15 ID:568WuI+c0
曹叡だって呉軍を追い返した程度だろ。
しかも、過度な損耗をする必要もないと軽微な損傷で孫権は引き上げたんじゃなかったっけ?

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 17:32:17 ID:vlazuPzs0
>>372
>曹丕が関中を制圧できたか

昨日から、なぜそのifにそんなにこだわってるのか知りたい。
煽りじゃなくて純粋に。

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 18:06:06 ID:y4+yNxBz0
皇帝になってからは勝ち戦はないが、曹操時代は普通に武将として活躍してるし
賊の鎮圧もやってる>丕


皇帝親征はリスクを避けることが重視されるし、勝手が違う部分もあるから皇帝になってからヘタレたのもわかる
李世民も皇帝になってから精彩を欠いてるし


むしろ戦というレベルでは叡の方が殆ど実績がない。戦は配下に一任している。それが皇帝としての度量
曹操は基本的に自分でやりたがりなんでピョンピョン跳び回ってるけど
丕の軍事行動は呉に主眼が置かれている。明らかに最大抵抗勢力である呉を潰して統一をするという戦略目的があるだろう
かりに曹操死亡IFだとして、関中平野まで本人が出兵するかというと疑問に思う
司馬懿や夏侯尚に任せた可能性も充分あるだろう
特に司馬懿の場合は叡は警戒していて、司馬懿も警戒を気にしているが、丕の場合は信頼関係にあるのは大きな強み

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 18:33:55 ID:REygiU+pO
>>374
出来る、出来ないで意見が違うから。

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 20:52:49 ID:A763KSLN0
曹操も曹丕・曹叡(その軍団も)も基本黄河流域限定の人だし、
蒸し暑い気候で山がちだったり大小の河川・湖沼があったりする華南では、
三者に大した違いはないだろう

>>375
>丕の軍事行動は呉に主眼が置かれている。明らかに最大抵抗勢力である呉を潰して統一をするという戦略目的があるだろう

長江の上流域である四川の地を押さえずに呉攻略を図るのは、作戦上いかがなものかと思う

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 21:38:34 ID:6V5QXzT90
>>377
四川の地を押さえても呉攻略に20年以上掛かってるんだが。
南郡と西陵をきちんと呉が押さえているならば、作戦上別に間違ってない。

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 22:23:24 ID:jX4z0NZfO
実は主人公ではなかったから
三国志の本当の主人公は…

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 23:45:30 ID:MgHpmlpX0
>>363
聞きかじりの評価で詩の良し悪しを決めるなよ

短歌行は良いと思うぜ、俺は。
曹丕の詩はカッコいいんだが小さくまとまりすぎてるって言うか幾分盛り上がりに欠ける気がする

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 23:45:38 ID:KLQa+AhfO
なんで二代目って評価低いんだろ?

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 23:48:56 ID:vlazuPzs0
>>380
>>363の評価は「詩品」のだろ。

好みという点で言えば、この三人の詩風は全然違うから、好みはハッキリ分かれるだろうな。

383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 23:57:42 ID:MgHpmlpX0
曹丕の場合は曹操が好き嫌いの分かれる英雄で、アンチ曹操の敵対心が曹丕に伝染するから
劉禅の場合は劉備が講談の影響でコテコテの武侠ヒーローとして人気があって、亡国の君主として親父に比べられて嫌われ役にされるから

実際二人とも親父より見劣りするのは確かだが、親父がビッグネームのせいで過小評価される

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 00:05:52 ID:RYY+WZ+t0
曹操=無邪気で豪快
曹丕=技巧的で繊細
曹植=華麗で天才肌

詩はこんな印象

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 00:06:21 ID:70ANHV4b0
>>382
まあそうだけどよ、いいものはいいんだよ。

よくわからん評論家の一声で落書きみてえな小説や詩が名作だって言われたり
いい所がいっぱいあるのに重箱の隅をつつくようなこきをろされ方をされて埋もれてるのはどうもねェ

個人的には曹丕のシュッと流れるようなカッコよさも良いが、曹操の大らかなスケール感のが好きやなあ。

386 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 00:07:58 ID:70ANHV4b0
>>384
曹植はなんか一人だけ匂いが違うよな。なんとなくだけど

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 00:31:17 ID:PiQDmDPr0
詩については詳しくないけど、曹操の詩は漢代の詩の空気を引きずっていて
曹植によってそれまでの詩とは異なる魏晋南北朝期の詩が始まるとかいう評価をどっかで見たことある。

388 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 00:41:04 ID:l1eRuG0f0
>>386
なんつーか、現前感が凄いよね。

389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 00:50:34 ID:gQ45HqEd0
>>387
曹操=儒
曹植=老荘

ってことね。

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 01:04:20 ID:RYY+WZ+t0
曹操と曹丕は詩人の前に政治家って感じするけど
曹植だけは純粋に芸術家だよね

391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 10:43:25 ID:70ANHV4b0
>>389
それもなんか違う
そういうんじゃなくて、一人だけスッと抜けてるって言うか、毛色が違うんだよ
>>390
純粋な芸術家かあ。それ結構しっくり来る気がするな。
一人だけ本分の人間って感じがするんだよ。

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 11:02:07 ID:nV1zC1Gk0
植は王族を隔離しないでもっと重用して欲しいって嘆願書だしたりしてるけどね

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 11:28:50 ID:ozMGRPGi0
立場的に政治を行わなきゃならない曹丕と、
これまた立場的に政治に関われなかった曹植の立場の差もあるんじゃないか?

394 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 12:38:51 ID:l1eRuG0f0
>>391
でもその曹植が、「詩作など小人のやること、政治で身を立てることこそ男子の本懐」と言っているのは皮肉だね。
本心からかどうかわからんが。

395 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 15:21:37 ID:o/QBpvtEO
>>394
あれだ、童貞だらけの俺らが「女とヤリまくってこそ男子の本懐」てのと同じだ。

396 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 20:23:10 ID:dxvEvRbY0
曹植は結構上奏とかしてるし、純粋な芸術家ではないだろ。

まあ実生活での不満が詩作に昇華されてるのかもしれないが。

397 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 20:29:07 ID:Uh3MLg9s0
いいすれ

398 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/21(月) 20:36:47 ID:70ANHV4b0
>>396
いや、あくまで作品の印象論だからさ
いわゆる「天才だなあ」って感じ

399 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/22(火) 12:09:59 ID:R1eRh8fBO
>>396
野田黄雀行(だったっけ?)とかは正にそんな感じだね。

唐の賈トウの、題は忘れたけど「十年一剣を磨く」の節があるやつも
それか。

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 00:42:07 ID:gk0wdpm70
お前ら、スレ違いだろ・・・・むしろ、劉備の息子の話をしろよ。
劉禅が天下統一出来るとしたら、やっぱり諸葛亮存命中が最大最後の
チャンスだったんだろうな?

401 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 10:37:56 ID:J20FQIqxO
北伐の第一回目が上手くいったとしてどれほど上手くいったかな?
涼州を平らげて、長安手前に拠点を作るぐらいじゃないかな?
何にせよ兵力に差がありすぎる。

402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 12:30:12 ID:jDFWnI+AO
作ったは善いが、それを維持するだけの国力が当時の蜀にあったかどうか…

403 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 13:01:35 ID:GLYiQvRS0
蜀は鮮卑の軻比能に対する工作が成功してたら・・

404 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 14:04:07 ID:J20FQIqxO
軻比能も劉備、孫権に負けず劣らずのタヌキだからなぁ…。
鮮卑族のリーダーがもっとイケイケの強硬派だったらよかったのに。

405 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 21:38:09 ID:z7jhhmuI0
史実では、貂蝉が董卓呂布を連環の計で陥れた後、曹操が貂蝉を手に入れて、
今度は劉備関羽の仲を裂くために、貂蝉を関羽に贈り、関羽は貂蝉を妻とした
最近になって、成都郊外に貂蝉と長女の墓が見つかって、
その墓の碑文には、「貂蝉は蜀に入って関羽の妻となった」ことが記されている

中国の学者によると、関羽は劉備との義兄弟の契りを重んじて貂蝉を斬ろうとしたけど、
貂蝉が素直に従い、関羽に自分を斬ってくださいという潔さに、関羽は骨抜きにされてしまい、
とうとう斬れずに自分の妻にしたということらしい
貂蝉の子孫も成都には生きていることが確認され、
貂蝉に気があった劉備と関羽の仲も、実は結構ぎくしゃくしていたのでは?とのこと

任紅昌(貂蝉/177-?)

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 22:14:03 ID:e8ySgKAb0
それは民詳伝が大きくなりすぎて勝手に墓が造られただけでは?
史実と言うにはまだ弱い気が

>>404
軻比能がそもそも曹操のガキにボコボコにされてっからなあ…
国力に関してはやっぱり蜀が山岳地帯である以上国力には限界があるだろう

407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 23:29:13 ID:NbDuWvMM0
貂蝉が実在したことなってる時点でおかしいだろ

408 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 23:48:50 ID:FrhCEZVx0
このスレは何で曹操って天下を統一できなかったの?に変えた方が
いいんじゃないの。

409 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 23:50:28 ID:l/e7mCQYO
中国の捏造は凄いな

410 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 23:54:59 ID:3xG1SUuJ0
真田信繁が幸村になっているようなもんで、この程度はどこでもありうる話だろう

411 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 00:06:01 ID:iY2wRYSv0
>>885
>よくわからん評論家の一声で落書きみてえな小説や詩が名作だって言われたり
それは、あんたが理解しようとしないだけでしょう。

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 00:15:19 ID:jyj/AXRvO
えらいロングパスだな

413 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 01:07:21 ID:IWqAudfS0
885に期待

414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 01:33:24 ID:iY2wRYSv0
>>411
修正 >>885× >>385
しかしアンカーミスぐらいで・・・。この板も案外子供が多いんですね。

415 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 08:03:52 ID:Uw5uSSJrO
>>414
間違えたくせに偉そうにするなよ
訂正して、すんませんでいいんじゃないのか?

416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 09:07:09 ID:FcepZEjC0
>>414
貴方も案外子供なんですね。

417 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 10:21:01 ID:NFkyqHtY0
>>414
上から目線のレスしかできない年増より子供のほうがまし。

418 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 10:48:36 ID:e5rcGnHL0
>>885
あんた、才能あるな

419 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 12:12:03 ID:e3+ZdQV/0
>>414
自ら好餌を撒いておいてなんたる言い草

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 14:05:05 ID:tkmLiYvp0
そもそものレスからしてケンカ売ってるし
常識ない人は無視の方向で行きましょう

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 15:24:15 ID:jyj/AXRvO
>>885の反論まだ?

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 16:58:34 ID:tkmLiYvp0
あと400レスほど待つんだ

423 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 19:07:46 ID:NBlallhp0
文帝紀ってさ、禅譲話が長すぎて眠たくなっちゃったよ…
その重要性と慎重にことを進めてたってことは分かるんだけど、
現代の読み手からしたら、ツマンナイことこの上ないよね(´・ω・`)

424 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 20:00:33 ID:xRNl/+wY0
>>423
面白くないよね
親父のは長い割りに面白いのに

425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 20:05:34 ID:gJQvKCnT0
>>423
文帝紀の禅譲のくだりは、単に正史(三国志)だけを読んでる人と
後漢以前にいたる歴史を正史や四書や五経なんかで親しんでるかで面白さと
いうか興味の持ちようもだいぶ違うかもね

かくいう俺自身もそこまで偉そうなことはいえないが、三国志を正史で読む前に
史記やら左伝やら礼記やら論語やらを読んでいたというか、その辺の時代から
はいっていたおかげで長くは感じたけど眠くなることはなかったよ

426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 20:22:21 ID:NFkyqHtY0
>>423
たしか禅譲の部分だけで全体の半分の量あるんだよなw

最初読んだときは、たしかに面倒であの部分の注釈は全部すっ飛ばしたけど、
後になって、大の大人がレトリックと故事を駆使して腹のさぐり合いをしているのが
たまらなく面白くなってきた。

427 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 20:46:27 ID:HDXeM+I/0
>>426
むしろ陳寿の三国志原文では禅譲周りの記事を一気にすっ飛ばしてることが面白い

428 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 21:15:38 ID:iY2wRYSv0
>>415-422
ならばますます無視すればいいものを・・・。



429 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/27(日) 23:53:17 ID:tkmLiYvp0
>>428
餌まいた上でミスったあげくあんだけ偉そうな態度とったらそりゃ叩いてくれと言わんばかりでしょう

430 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/28(月) 01:42:41 ID:wnFf6ZRR0
>>428
お前も無視すればいいものを・・・。

431 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/28(月) 20:38:31 ID:6C2qg8BM0
私は別にどのレスも極めて常識的なことを言ったまでのこと。
それを餌をまいた、などと言われる筋合いはありません!
全くもって理解不能です!

しかしすっかり荒れた雰囲気になってしまいましたね。(まあどちらに原因が
あるかは明白ですが^^;)

けれどもどちらか一方を叩いて終わりにする、というのは後味も悪いし、
スレの発展の為にもなりません。
そこでここは一つ喧嘩両成敗ということにしてこの話は終わりにしましょう。
私ももう来ません。バイバイ。

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/28(月) 21:07:46 ID:W7ybAZLm0
俺達は、とんでもない怪物を生み出したのかも知れない

433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/28(月) 22:18:08 ID:iiYwH6d40
怪物?違う、ヤツは悪魔だ

434 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 00:01:14 ID:3YP76ZSi0
こ、こいつはプロだ・・・

435 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 00:23:11 ID:NQkYsTpu0
いつのまにか荒らしと雑談の場になってるな・・・。
やはり曹操が何故天下を取れなかったか?に変えた方がいいんじゃないの?
ここの住人もそっちの方が話しやすそうだし。

436 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 00:30:41 ID:6ows/4r+0
俺が司馬昭だったら鍾会に徹底調査させるね

437 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 00:51:18 ID:AouQVC9F0
曹操は。。。最後のつめが甘かった
なんか抜けてるところが多かった
途中でもうだめぽと思ったら投げだそうとする気分屋なところがあるから
(例:官渡とか)

438 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 04:48:57 ID:4VomJBEn0
途中で船焼かれたから

439 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 06:50:30 ID:CULp6E5B0
>>434
すごいIDの被り方してんな。

>>435
感染症対策が十分じゃなかった。あの時代じゃ仕方がないが。

440 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 14:26:36 ID:pkf9QZas0
>>435 スレ違い。 
曹操が何故天下を取れなかったか?って新スレでも立てたら

441 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 20:01:47 ID:p8M9o8rG0
呂布に徐州を奪われたのがまずかったとしか…
これさえなかったら、河南を制していたのは劉備だったと思うよ

442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 21:13:52 ID:kOJxyabE0
>これさえなかったら、河南を制していたのは劉備だったと思うよ

さすがにそれはない
早かれ遅かれ曹操に蹂躙されるのがオチ

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 21:25:21 ID:KYSDht7A0
>>442
徐州で劉備が頑張ったら曹操じゃなく袁紹に飲まれるんじゃないかな

444 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 21:48:48 ID:eVRvP1IN0
袁紹華北を制す
早めに死亡(205年くらい?)
相続争い
劉備独立
予州、徐州を支配下に
後は曹操より5年遅れでのスケジュール
問題は呉をどうするか

445 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 22:26:14 ID:AouQVC9F0
>>444
その場合曹操はなにやってんの?

446 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/29(火) 23:06:54 ID:3YP76ZSi0
>>442
そうとも言えない。
あの時点で曹操にはまだ四方敵だらけ。
劉備が他の勢力と結託したらひとたまりもなかったのは曹操の方。
呂布、袁術、張繍、袁紹、劉表、馬騰。
曹操の周りには大物だけでもコレだけ居た。
あの時点で曹操が滅びなかったのは天性の運のよさも影響している。
もしくは呂布、袁術の討伐が優先課題だったということもある。

447 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/30(水) 02:42:13 ID:Imnx9NZ20
>>446
それらが全て当時の曹操と敵対していたわけでもないし、曹操に同盟者が全くいなかったわけでもないし。
それらの勢力が劉備と友好的だったともいえないし。

448 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/30(水) 07:24:35 ID:ToqgOiOA0
>>446
曹操をなめてない?
あいつただの運のいいチビじゃないっすよ

449 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/30(水) 13:54:53 ID:BECw2BFR0
>>446
その状況で当面の敵全部真っ向勝負で倒したんだが
劉備がいたとしてあんまりアテになるか?あまり兵力では期待できないしなによりこの頃曹操は袁紹の子分だから親分が黙っちゃいないだろう

450 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/30(水) 17:11:48 ID:v1cgmGjM0
>>448 他の群雄を舐めてない? 曹操も厳しい時期なのに

451 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/30(水) 19:10:34 ID:qB1IAi5e0
>>449
あの頃の曹操は呂布に追い詰められたり
張繍を一時的に降した時などは生来のスケベ癖の性で
悪来、曹昂の尊い犠牲がなければ確実に落命という
無様な負け戦もやらかしているのだが?
完全に運がよかっただけだろう。
それに劉備軍には当人には期待できなくても、稀代の二大豪傑が居るしな。

452 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/31(木) 01:24:08 ID:YYj1PkQo0
>>451 演義ならともかく正史の劉備は名将だぞ

453 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/31(木) 13:15:18 ID:OEFTI41zO
名将は言い過ぎだろ

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/31(木) 16:26:10 ID:zbjtH6J00
>>451
張繍にボロ負けしたのは完全に不意打ちだろう。
スケベ癖がどうとかってのは完全に演義の見すぎ。曹操だけじゃなく古今東西誰でもやってる事。
むしろその四面楚歌の危機的状況でも呂布を寡兵で追っ払って中原の二大勢力の一角だった袁術も瞬殺してるわけだ。
後々呂布も滅ぼして張繍も降伏して来てるわけだからな。まー張繍にはその後も何回も痛い目見せられた後の降伏だから勝ったっていえるのか微妙だけど。

劉備に関しては彼の資質を疑うわけじゃなくて、兵力が少ないこと。そもそも呂布が曹操に負けて徐州に逃げてきて、そこで呂布に寝床取られたわけだから。
呂布がエン州で頑張ってる時に曹操を攻めるにしても袁紹がいるからヘタなことは出来ない。
劉備としては腰据えて打ち合って打撃を被るような事は絶対に避けたいはずだし、そんなムリしてまでわざわざ曹操を倒しに行く理由がないんだよ。

455 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/31(木) 19:11:16 ID:EWd4Be940
>>454
あれは完全なるスケベ癖が引き起こした惨事だろ。
後家になったばかりの人を妾にする
アホ臭い真似をしていらぬ怒りを買ったまでのこと。
誰だってやってしまった、愚かしい失敗を曹操もやっちゃったんだよ。
それに典韋の犠牲なんてあってもなくても虎口を脱する事が出来ました!的な
言い方はかなり無理があるかと。

それに曹操の人間性を少し誤解してないか?
潔癖な完璧超人ではなくその常々で深く怒り、悲しみ、欲情し、喜び
混濁併せ持つ人間性を持つのが曹操だと思うんだがなあ。
少し、曹操の綺麗な面ばかりを強調しすぎてる気がする。

456 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/31(木) 19:35:47 ID:IR+hy8Qn0
全てはキングゴンタのせい

457 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 00:19:35 ID:Gw1kd3CV0
>>455
その「後家になったばかりの人を妾にする」が演義じゃなかったか?

458 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 00:20:14 ID:Y+jnhCkI0
>>263
しかし孔明と関羽が果たして上手くやれただろうか?
序でに当時の孔明の役職は軍師将軍だっけか?留まってても大きなポストにはつけなかっただろうし
荊州失陥は必然だっかのかもな。

459 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 00:31:08 ID:jLjYI5PO0
>>455
…ど〜穿ってみたらそういう風に取れるんだ?
不意打ち食らって大損害被った事に関しては誰も否定してないんだけど。
>>典韋の犠牲なんてあってもなくても虎口を脱する事が出来ました!的な
書き方をいつしたよ?ていうかどういうふうに見たら俺が曹操を完璧超人のように書いてる風に見えるのか…
ていうかその一事をアホ臭いだの無様な負け戦だのいってドでかく見せようとしてるのはむしろお前だろ。

大体わざわざスケベ癖がどーたら言って強調したのはお前だろ。後家の未亡人どころか部下の妻を奪う英雄だっていっぱいいるから別にめずらしくねーと言っただけだ。
それだけでどうして曹操が潔癖な完璧超人でうんたらって話になんねん。
むしろこの場合は張繍と夏クが迅速だったんだろ。お前は少しでも曹操が弁護されたらみんな蒼天厨扱いする国の人なのか?
無理があるといえばこのことだけで俺の曹操像を導き出そうとするお前の方がムリだよw

いきなり何言い出すんだお前。ビックリしたわ。


460 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 00:35:57 ID:GNQ44enC0
曹操最強!

461 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 01:36:35 ID:QmrfKbCp0
>>453 事跡辿ってみれば?
結構色々やってるよ

462 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 01:50:03 ID:GNQ44enC0
曹操に14回戦って14回負ける

463 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 01:59:15 ID:QmrfKbCp0
劉備は曹操に漢中で勝ってるよ。連合と言う意味でなら赤壁でも勝ってるし

それに曹操本隊には負けてても曹操の配下には勝ってる場合も多いのだが

464 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 02:06:23 ID:OJB56H/V0
名将じゃなくて、結構凄いで将くらいにしてれば問題なかった

465 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 02:35:51 ID:hrQpqwfu0
>>459
そんな必死にならんでも

466 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 07:39:11 ID:4e3HAeXz0
でも>>455
変だよ
曹操アンチすぎて冷静なカキコになってない

467 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 10:29:17 ID:VNHnI/aR0
蒼天航路の見すぎなのは俺でも分かる

468 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 14:48:02 ID:Ll0WpBzO0
>>455の書き込みからはそんなにアンチ臭は感じないけどなあ。
むしろ個人的には曹操への愛を感じる。

469 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 17:29:51 ID:jLjYI5PO0
>>465
ビックリしすぎてようわからん文になっちゃったよ

でもさ〜俺は宛での反乱の性格と劉備が絡めない理由を言っただけなのになんであんな言い方されなきゃならないんだよ?
つか向こうの方こそ関張を稀代の二大豪傑といってみたり不意を突かれたのをことさら曹操の不明さを強調してて演義厨丸出しのクセに。

あんな絡まれ方されたら誰だって腹立つわ。
>>455>>451での自分の書き込みを見直してみろっての。

470 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 19:49:33 ID:thV9idH40
>>469
曹操の女漁りは有名でしょうに。
アンタこそ曹阿瞞のイタズラ好きな性格を知らんのか?
花嫁泥棒とかやってたんだぞ。
そこからの失敗なんだから別にそれはそれでいいでしょ。
人の後家とハメハメやってたら、敵の怒りをかい、もう少しで絶頂・・・
ってところで敵に襲われたかもしれんのだからそりゃアホ臭くも見えるでしょうよ。
しかし、名臣の必死の防衛と持ち前のネバーギブアップ精神で生き延びた。
ここから学べる部分も実に多い。
無垢な感情を丸出しにして、失敗してしまった人懐っこさもなんとも言えない魅力だよ。
演義劉備でさえ、ここまで人間臭い部分が描かれているかどうか。
真人の如き潔癖さを植えつけて勝手に曹操から人らしい部分を排除しないでくれ。



471 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 21:02:57 ID:4e3HAeXz0
言ってることはそれほどおかしくないけど
書き方が気持ち悪いんだな

472 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 21:46:12 ID:8Z88GjKU0
確かになんか気持ち悪い
「曹阿瞞」って書き方からすると蒼天厨っぽいけどね。
宛での敗北は、人間臭さのする負けとかでなく、単純に「負け」
曹操はカクの計略によって、息子と忠臣の2人を失うほど完敗した。
それだけでいいじゃん スケベ癖とかどうのこうの付け足さなくても。


473 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 21:59:02 ID:UAWqs7AV0
人それぞれにその人物に対する思い入れはあるんだろうけど、
その個人的な思い入れを前面に押し出して話をするのはさらにこじれる原因になると思うが

お互いに自分の正当性を訴えたいのはわかるが
その子供っぽい文の書き方をまず改めたほうがいい

474 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/01(金) 23:27:47 ID:H1fmIXc70
宛城戦には、曹操の強運を感じる。
普通は、絶対殺されてると思うよ・・・・・。
まぁ、戦の強さを論じられる様な戦いでは無いね。

ここまでやられても恭順を受け入れる曹操は、太っ腹過ぎる。

475 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/02(土) 01:11:17 ID:bEWWFnSO0
殺害計画ばれちゃったからあの時は背かれても仕方ないと思ったんじゃね?
まあ官渡の後なら間違いなく殺されそうだが…

476 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/02(土) 02:01:46 ID:K0NeeJMk0
いい加減スレ違い。 
完璧人間の曹操しか認められないなら蒼天でも読んでろ。

477 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/02(土) 08:40:38 ID:xvUWKVPd0
>>475
曹操はいろんなところで「死んだら死んだでそのとき!」的な
やけっぱちを感じる


478 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/02(土) 11:01:24 ID:LF1/LjDo0
>>475
中国版の本能寺の変・・・
そのカギを握るのは荀ケ

やがて劉備の天下統一の気運が向上すると・・・

レスしてみる

479 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/02(土) 14:59:13 ID:/3esGmiy0
蒼天ですらも過小評価に感じる。

480 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/02(土) 15:07:56 ID:7CBKcyTx0
>>479
たしかにアレの劉備は過小評価

481 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/02(土) 16:20:16 ID:biwzX+A90
>>474
そのあとも張繍には何回かやられてるからな。
やっぱ敵になるくらいなら素直に許して味方にしたかったんだろう。
>>476
吹っ掛けたのは誰や?そもそも完璧超人だの人間的だのガシャガシャ騒いでんのはテメーだけなんだよ。
グダってんならテメーこそコーエー三国志でもやってろや。

>>480
俺は蒼天劉備好きだけどな。負けても復活するしちょくちょくカッコイイし

482 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/02(土) 18:02:22 ID:GBYNnvSI0
何度も叩いてる相手へ、今なら大丈夫だから降ろうと言う賈?と
そんな策を受け入れられる張繍が怖すぎる・・・

483 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/02(土) 19:16:30 ID:biwzX+A90
袁紹じゃなくて曹操だからな。物凄い大胆だ。
まあよく考えたら局地戦で追い返しただけで本格的な戦争になると分が悪いから英断っちゃあ英断かも

484 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/02(土) 21:40:50 ID:Ecg13KaW0
そりゃあ、戦闘を止められたのに言うこと聞かなかったら、ホントに負けて
「あ〜あ、やっちまったよ。ちゃんとカクが言ってた事聞いときゃ良かった」tp
落ち込んでたら、今度は追撃しろとか言われて、今度は言うこと聞いたら
ホントに勝っちまったよww
だからな。言う通りにせざるをえないだろw

485 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/02(土) 22:50:33 ID:gK0fqDRe0
まぁ、北方に逃げても面白かったかもな
袁尚、袁熙兄弟には荷が重かったが、
劉備ならば、うまく鮮卑、烏桓、遼東をまとめ上げ、その頭領におさまることが出来たかもしれん

486 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 00:38:18 ID:XMBbvbxx0
曹操は結局、言うほど凄くはないんだよな。
首の皮一枚な戦いで修羅場を切り抜けてきた強運なら
劉備より曹操の方が上のようにも見える。

487 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 01:41:55 ID:Pb5vKZaB0
何もないところに放り出されたら
劉備のが生き延びると思う

488 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 01:45:57 ID:Z8fTghv20
>>481 あんたに吹っかけた事なんか無いぞ、勝手に決めるな。
あんたらの議論がスレ違いだから言ったんだろうが。

曹操マンセースレでも作って引き篭もってろ


489 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 18:25:00 ID:Nh33WJOe0
>>486
エン州の袁紹の時も烏丸征伐もギリギリの大バクチだからな。
てかそういうバクチを成功させ続けてんのって逆に凄くない?強運だけじゃムリだぜ。
劉備の場合にしたって負けっぱなしに見えて本格的に木っ端微塵にされたのは曹操に攻められて袁紹の所に転がり込んだ時くらいだしな。
やっぱ譜代の部下をずっと失わなかったってのは引き際を見極める戦略眼が優れてないとできないよ。

>>488
曹操アンチスレは多いからそっちに行って愚痴ってれば?

490 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 18:30:10 ID:l9N7xjg/0
>>489
凄いのは否定しないけど、その博打上等なスタイルが赤壁で一気にひっくり返された感じ
赤壁での曹操も相変わらずの博打上等だったけど、それを呉側に完璧に見透かされてた

491 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 20:11:00 ID:XMBbvbxx0
そう考えると赤壁の大敗北は曹操には良い思考の機転をもたらしたのかも。
博打上等のままで言ってたら、関羽北上の快進撃を力づくで止めにかかって
大損害を蒙るハメになったかもしれんし。
晩年は往年の覇気がなりを潜めた代わりに老獪な知恵を持って備えたのも曹操のいいところだね。

492 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 21:15:58 ID:l9N7xjg/0
>>491
老獪というには漢中での判断ミスがあれはあれで痛い
晩年はむしろ羹に懲りて膾を吹いている状態だった気もする

493 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 21:53:12 ID:oFAbU7HR0
スレチな上それを考慮してなお続けるほど内容のある書き込みじゃないな

494 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 22:38:52 ID:Pb5vKZaB0
博打上等やってないと曹操って感じがしない

495 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 22:47:49 ID:l9N7xjg/0
劉備が荊州で曹操に追われている時の動きは、考えれば考えるほど分からない
襄陽を攻めなかったのは分かる。曹操が迫っていたし、制圧する時間がないと考えたのだろう。
江陵に向かうのも襄陽を通過した以上当然だろう
しかし、「民を切り離して江陵に先行しろ」という進言を却下したように見えて兵を切り離して関羽に分けて江陵に先行させ、そのくせ自分は民と一緒にノロノロ進行
曹操にマンマと捕捉されたら民を置いて逃げ出して、江陵に向かっていたはずの関羽とも都合よく合流して江夏に向かっている
劉備が民を守りたかったなら関羽に兵を与えたのはおかしい
それだけ民を守る兵が減るのだから
江陵に入りたいなら関羽だけじゃなく自分も船に乗って先行するべきだった
曹操の目的は劉備であって流民ではないはずなんだから、民は劉備がいない方が危険が少なかったかもしれないのだ

496 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 22:55:25 ID:Nh33WJOe0
ひっくり返されたって程でもないぜ実際は。まあアレに勝ってりゃ天下統一ってことを考えたらアレかも知れんけど。
追っ払われたついでに一年以上も粘られて前線の土地を取られただけだから。力関係は全く変わらなかったしな。権威失墜もあわせて考えりゃ確かに痛い損失だがな。
漢中もなあ、引き払った軍用基地を奪われたって感じで国を脅かされるって程の感じではないんだよな。信頼できる部下を失った事を考えりゃやっぱり痛いが。
>>493
まあそういうなよ。なんか話題ある?

497 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 23:00:36 ID:Nh33WJOe0
>>495
そりゃあ非戦闘員でも数あつまりゃあ土嚢代わりにはなるから…ね?

と、思うけど逃げるだけなら手勢だけ集めて夜逃げすりゃ良い話だしなあ。
確かに謎だ。

498 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 23:03:54 ID:l9N7xjg/0
>>496
天下統一を全く狙っていなかったのならそうなんだが、一時的であれ荊州を江夏以外ほぼ制圧したのに襄陽以外失ったというのは十分問題
戦略的にも権威の失墜という点でも
更に、単純に失った兵だけでも十分すぎるほどの損失
漢中も、数十年間蜀に手出しできなくなって良いのなら、大した損失じゃない、と言えるけど・・・
曹操が興そうとしていた来るべき魏王朝の権威失墜を象徴する二大敗戦なのは間違いないよ、赤壁と漢中は

499 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 23:07:36 ID:l9N7xjg/0
>>497
俺は、劉備は曹操にわざと自分を追わせるために自分を囮にしたんじゃないかと思ってる
早い段階で劉備は江夏入りを画策していたが、わざとああいう進軍をすることで劉備の目的が江陵だと誤解させる効果があった、と
もちろん民は土嚢、あるいは肉の壁(byミギー)として計算していただろう

500 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/03(日) 23:11:49 ID:K6wgPewd0
曹操の戦が博打というのは、結果論的な感じもするなぁ・・・・・
曹操側としては、それなりの勝算があったのかも知れない。
人材豊富で兵法にも長じてたから。

501 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 00:20:07 ID:IX0YJbHC0
>>498
でも曹操が袁紹や袁術を倒したのとはわけが違うぜ。結局の所。
まあ袁紹存命中は曹操手ェ出せなかったけどな。どっちにしろ滅ぼしたのは確かだ。
赤壁と漢中は完膚なきまでにボロッボロにされたっていうよりは攻めあぐねて撤退したって感じだしな。
ボロ負けっていうなら宛で不意打ち食らったほうがよっぽど危険な負け方だろう。
>>499
虎豹騎を始めとした精兵5千がその追撃のツケで疲労困憊で使えなかったって言うし、そう考えたらかなり食わせモンだよな劉備
ただの敗走じゃなかったわけだ。
>>500
本人的には行けるんだろうけど周り的には「ムチャやろ〜」って感じだったのかもね。
けど官渡は途中で人質送って撤退しようとしてるから本当にギリだったみたい。ジュンイクの励ましで復活したけど。


502 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 01:30:51 ID:JDE69LxN0
まーた出たよ蒼天厨

503 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 04:05:47 ID:4hNw0hm6O
陳登の言うとおり、劉備は英雄なわけで。
民を捨てて自分だけトンズラというのは有り得ない選択だったんだろう。
敵軍に追いつかれてからのトンズラはやむなし。
そこで民と心中するのもまた英雄ではない。


504 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 08:24:40 ID:aQVH7kza0
>>501
イケイケでひとりで突っ走るくせに突然
「もうだめかも! だめみたい! 帰る! 戦やめる!」
モードになるのが曹操のおもしろいところ


505 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 11:54:29 ID:qaKD4VCgO
裏切り行為してたら信用なくして部下にも裏切られる国になってたから。

506 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 12:42:59 ID:2FGcgds40
正史にも書いてる、これで納得できるけど

大事を成すには人をもって本と成さねばならない。
私についてきた人たちを見捨てるのは忍びない

心情的にも凄く納得できる

関羽は傍にいるよりは援軍を呼びに行った方が遥かに生存率も上がるし
別におかしくはないんじゃないかな

>>504 周りが煽てたり、励ましたりで奮起したりもするね。

507 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 19:00:31 ID:uY+j8UNh0
>>501
しかし、許攸の密告あって官渡の戦いは勝ちを得たようなものだからな。
そうでなければ袁紹軍の兵力差に押しつぶされた負け戦になったと思う。
あれは曹操の軍才ではなく、類稀なる強運が招いた勝利だろう。

508 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 19:18:06 ID:WEul3cWc0
運をものにするのも実力v

509 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 19:23:13 ID:uY+j8UNh0
確かにそりゃそうだなw

510 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 20:03:37 ID:1wmvtN840
>>506
民草の強制移住を繰り返した曹操と対照的だ。
やはり王業をなすだけのことはあったんだな。

511 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 21:37:41 ID:IX0YJbHC0
>>507
それならば赤壁なんかも詰まるところ運だよ?水上での遭遇戦、疫病、遠征疲れ、補給難、etc…
運による要素も大きいが要はそれをすべて見切って勝負に出た周喩の能力に帰結するだろう。

官渡も然り、粘りの指揮を続け千載一遇のチャンスでキッチリ決めた曹操の軍才によるもんだと言えるだろうよ。


512 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 22:09:55 ID:IX0YJbHC0
>>503
たしかに劉備って人はここぞって所で妙にカッコ付けたがる人ではあるな。
劉障のところにいた時も「暗殺しちゃえよ」って進言されてんのにしなかったからな。
曹操ならすっぱり始末したんだろうけどそれだとやっぱ反感買うもんねえ。
>>510
今ふと思ったんだがよ、「民を引き連れて大移動」ってのは強制移住なんじゃねえか?

513 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 22:24:48 ID:gxGL/o6a0
>>512
曹操が来たことで引き起こされた移動だから、曹操による強制移住の一種かもな

514 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 22:53:20 ID:IX0YJbHC0
>>513
それはいくらなんでもひどい理屈w
それだったらまんま「劉備なんて漢室に逆らってるただのテロリストです。ゴタゴタ言うなコノヤロー」がまかり通って結局全部劉備のせいじゃないか。
何だって人のせいに出来るw

515 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 23:02:56 ID:gxGL/o6a0
>>514
いや、どう考えても民が劉備についていったのを「強制移住」というほうがひどい理屈だよ
劉備は曹操来襲から逃げているだけなのに民がぞろぞろ付き従ってるんだ
実際、劉備側にして見れば迅速な行軍が出来なくて足手まといだったわけで
劉備に責められるべき点があるとすれば、途中で兵を切り離して民を守ることを半ば諦めた点だが、これはもしかする「曹操もまさか民まで巻き添えにしないだろ?」という期待感からだったのかもしれない

で、民が劉備に従って南下することになったのは、虐殺(徐州)、穴埋め(官渡)、強制移住(烏丸)の前歴がある曹操から逃れるためなのは明らかで、曹操が来なければ、またはここまで悪名高くなければ起こらなかっただろう

516 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 23:36:15 ID:IX0YJbHC0
>>515
まあ劉備に民がぞろぞろくっついてったんなら確かに全然強制じゃないよね。
で、実際に曹操を怖がって移動したかと言えば、多分そんなわけないと。

だってさあ、実際演義みたいにやたら降伏した人間までぶっ殺したりしてたら誰もついてこなくなるぜ?というか国が成り立たなくなる。
官渡で捕虜を生き埋めにしたのはしゃーないけどな。食の問題もあるし。烏丸にしたって捕虜を生きたまま部隊に組み込んだり移住させて使うって方法なわけでむしろ生産的。
事実人口も多いし、最低限の衣食住は保障されるだろう。この時になってまだ徐州ジェノサイドが何万人を動かすほど影響してるとは考えにくいしなあ…
どっちにしろ無条件降伏の荊州の民にしてみれば危険性は全く無いといっていい。どっちかと言えば劉備のが狙いなわけで、そっちについてくほうがはるかに危険だ。

だとすればあんなにいっぱいくっついていったのは劉備がよっぽど人気があったか、劉備自身が扇動して連れてったかのどっちかになる。
ただ自発的に何万人もくっついてくってのはかなり考えにくいんだよなあ。そう考えると上で言われてたような仮説は面白かったりするんだよね。

517 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 23:39:53 ID:T4EEsvqU0
>>515
>「曹操もまさか民まで巻き添えにしないだろ?」という期待感

たとえ曹操その人にその気がなかったとしても、兵達は掠奪、暴行をやる気満々だろ
兵匪一体はむこうの常識だし、それが分からん劉備でもあるまい

518 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/04(月) 23:55:19 ID:gxGL/o6a0
>>516
いや、徐州で相当にやらかしたのは魏書武帝紀にも書いてあることで、演義とか関係ないよ?
荊州は曹操が敵だったから、悪評が増幅されてたかもしれんけど、そういった殺戮略奪をやってきたケダモノだという評判はあったんだと思うよ
劉備の扇動というが、あの時の劉備は敵中に取り残された格好になって全速力で逃げるところだったんだ
どれだけ出来ただろうな

>>517
だから、そもそも民を連れた自分を攻撃しないでくれるんじゃないか、という(淡い)期待じゃないかと
曹操としても民巻き添えに攻撃するのは自分の悪評を増すことになるので、天下が見えてきたあの時点となっては躊躇しても不思議じゃない

519 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 00:00:22 ID:+VqhaeNa0
>>511
疫病と遠征疲れは回復できないように先んじて良い陣を敷いた周瑜の能力によってもたらされたものだろ

520 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 01:02:25 ID:pFXp2FI20
>>518
しかし中原に戻ってくる人が多すぎて
呉は人不足に悩んだわけだし、
そしてその戻ってきた人は徐州の人が多かったと

実際民衆なんてまともに暮らせれば上が誰だろうかあまり気にしない

521 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 01:34:50 ID:eFAXT9ul0
>>520
江南に避難して中原に戻った徐州出身者で名のあるのって3人くらいじゃないか?
他の徐州出身者はそのまま江南に残ってる。

522 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 01:56:37 ID:2ChGmNpH0
>>519
もともともってた疫病と遠征疲れにつけこんで回復できないように周喩が陣を敷いたんだろ?
まあ勿論タイミングを上手くつかめる周喩の能力なんだけど、遠征疲れがあるのもたまたま大流行した疫病による所が大きいし、きっかけはやっぱりラッキーなんだよね。
>>518
徐州がどうのじゃなくて、演義だと降伏してきたヤツの一族を皆殺しにしたりしてるからね…いくらなんでもそんな暴君だったら破滅する。
例えばギョウザの偽装がちょっと前にあったけど、未だにギョウザをあえて避けてるヤツって実際に被害にあったヤツ以外いないだろ?
荊州の民も同じで、「徐州でやらかしたケダモノが来る〜」ってわざわざ逃げたヤツが何万人もいたとは思えん。曹操はそれ以降も領土拡大してるけど目立った虐殺はしてないし。

一目散に逃げたのは追いつかれてからの話じゃね?逃げる事を決めて出発した時点では民を引っ張ってくこと位できると思うぞ。

523 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 02:28:15 ID:B+RRZ6pd0
遠征による疲れや疫病の問題は曹操は事前にちゃんと考慮に入れておくべきだった。
それを考慮して勝てる見込みがないなら赤壁の軍事行動は起こすべきではなかった。


524 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 03:18:01 ID:+VqhaeNa0
遠征疲れも疫病も予測範囲内であって、対処しなかった曹操が悪い
アンラッキーでもなんでもなく、曹操の戦略ミスに他ならない

525 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 07:33:23 ID:pFXp2FI20
>>521
民衆の話をしてる
士大夫の話はしてない

526 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 07:53:40 ID:i1Ld58kY0
>>522
君は先主伝とかちゃんと読んでるか?
劉備は襄陽の劉ソウと宛あたりまで来ていた曹操の中間にいたのに、曹操の来襲と劉ソウが降伏しちゃったというのをいきなり知ったんだ
いわば、気がついたら敵地に独り取り残されていた状態なんだ
そこから南下を決めて曹操から遠ざかる一連の行動を「一目散に逃げた」と表現したんだが、そこまで分かりにくかったか?

それ以後虐殺をしているかどうかじゃなく、「またやるかもしれない」という恐怖感が不服従者を増やす
曹操が迫っているのを聞いた劉備は江陵を目指し南下したわけだが、襄陽で劉表の墓参りこそしているが、どれだけの人間を引っ張ってこれただろうか。
劉備にあれだけ従ったのは主に劉備の荊州での人気のお陰だろうし、劉備たちが連れて行った部分もあったかもしれないが、進軍を邪魔するほどの数になったのは曹操から逃げたいという面もあったんじゃないかと思うけどね。

赤壁については、事前にカクが江陵で止まるよう進言しているのを無視した格好になっているから、曹操の判断ミスが一番重要な部分を占めていると言わざるを得ない。

527 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 18:43:24 ID:eFAXT9ul0
カクの進言はハイショウシにケチつけられてるけどね。
まぁハイショウシはカクのことが好きじゃないのでバイアスかかてるかもだけど。

528 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 22:38:28 ID:mjS1PxAjO
黄巾も含め農民の大半は所帯と食糧の確保を保障する曹操についたのだよ

529 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/05(火) 23:35:05 ID:waSoolCc0
徐州から荊州に逃げてきた難民は沢山いたし
曹操の恐ろしさは知れ渡ってるから逃げ出すのは当然だろ。
徐州で散々やってるのに曹操は民を虐殺しないなんて普通は思わない

そこで徐州を救った劉備が居たら縋り付きたくもなるのも仕方ない
劉備としても頼られたら見捨てるわけにもいけないから数万の難民はどうしようもない

530 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 00:21:46 ID:QVUq6T4l0
先主伝でも読んでから書き込んでくれ

531 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 01:01:30 ID:MiidFjav0
赤壁に関しては、随分前に銅の産出地が関わってるって考察レスを見たな
んで、曹操はその土地を確保する為に無理に出兵して敗北

532 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 12:40:40 ID:XwedQ6XV0
これだな
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/393/1014183871/663-664

こういう批判もある
http://cte.main.jp/news/blog.cgi?n=190

533 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 16:31:23 ID:TbsEsj1f0
そりゃあ赤壁に関してはあんなムリヤリ進軍した曹操のミスに他ならんさ。

ただ>>507から続いてる話題だからさァこれ。
官渡がラッキーだとすると赤壁もラッキーだと。疫病の大流行にしても天災に近いし。

534 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 17:06:38 ID:TbsEsj1f0
>>529
徐州の当事者たちはそりゃ気が気じゃないだろうけど何万人も動くか?ってことなんだよ。
本当にそうなら曹操の行くところはクモの子散らすように人逃げてくわけだからね。
逃げるヤツがいたこと自体には何の問題も無いけど、何万人規模で一斉に動いたってのは不自然だよ。
それが自発的になんていよいよ考えにくい。上でも言ってる人いるけど民衆なんて自分が安全ならトップが誰であれそんなに気にしないし。

だとするとやっぱ劉備の存在がキーじゃない?いくら人気があるったって何万人のパンピーがわざわざ命懸けて危険な方選んで心中するなんてありえないし。
だから劉備が扇動したという仮説も考えられるわけなんだけど…「一目散に逃げる」だけならそれこそ人知れず手勢だけ連れて夜逃げのようにさっさと逃げたほうが民は安全だし手っ取り早い。

535 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 21:09:06 ID:Q9KelHH0O
>>534
身の安全が確保される保証がないからだな

536 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 22:05:33 ID:UPoQqnVO0
>>534
荊州に限ってあれだけの人が曹操から逃げた一因には、劉備の存在があったと思うよ、確かに。
しかし、
>上でも言ってる人いるけど民衆なんて自分が安全ならトップが誰であれそんなに気にしないし
これ自体は同意するけど535が言ってるように自分が安全だという保証は無いだろ、あの時点では。
攻めて来てる曹操は虐殺略奪拉致なんでもござれなんだ。
確かに、そこを劉備が扇動したという可能性は否定しないし、それは面白い仮説ではある。
ただ、前にも指摘したけど時間が無いんじゃないだろうか。
もしあの逃げるのに精一杯に思える中で民の扇動までこなしたんだとしたら、劉備陣営はものすごいやり手揃いだ。実際そうだったかもしれんが。

537 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 22:05:40 ID:eXJTmMV90
>>533
曹操が単なる強運で官渡勝ったとは思わんが
周瑜は始めから疫病の流行を予測した上で開戦に踏み切ってるから
同じ様にラッキーで括るのはどうかな?

538 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 22:23:13 ID:TbsEsj1f0
>>536
降伏が決まってる以上ほぼ危険は無いと言っていいよ。
前も言ったが抗戦するならともかく最初から降伏する相手に度の過ぎた虐殺略奪拉致はせん。
白旗上げてる相手にまでやたらそんな事やってたら反乱分子が増えて結局身の破滅だよ。誰も従わなくなる。
それより追われてる身についてったほうがはるかに危険だってのはサルでもわかるしな。
だから自発的についてったとは考えにくい。だから劉備が扇動したって言う仮説に行き着くわけだけど…
だからあえて連れて行ったんだと思う。>>499氏の仮説だと理由なんかも説明されてるが、どっちにしろやり手であるのに間違いは無いな。

>>537
周喩が見切ってたのは大目に見ても遠征疲れとか補給難までだったと思うよ。
疫病に関しては完全に「うれしい誤算」だったと思う。
北の人間は確かに南の病気の抗体を持ってない事があるが、あのベストタイミングで大流行する事まではいくらなんでも見切れないだろう。

土地勘があるにせよ当時は今ほど医療的な観点から分析できないし、逆に疫病をビジョンに入れてたんだとしたらそれこそ完全に神頼みのプランってことになる。

539 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 22:24:50 ID:rTxoey120
>>534
>民衆なんて自分が安全ならトップが誰であれそんなに気にしないし

上の発言は同意するけど荊州はいろんな州から逃げてきた人間がいるだろうから
徐州から逃げてきた人間があらかじめ残虐の話をしていたのもあるんじゃないか?

その話を聞いていたので、恐ろしくなって逃げたってのもあるし

曹操から命からがら逃げてきた人間もいるだろう(反曹操派)

そのとき劉備に頼ったんじゃないか?

540 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 22:37:01 ID:UPoQqnVO0
>>538
>降伏が決まってる
これが違う
降伏したのは劉ソウだが、現に劉備は降伏せず徹底抗戦の構えだった
(というか劉ソウが意図的に孤立させた)
江夏の劉キの動向も怪しい
江陵や長江以南もそう(劉巴伝によると、曹操の下に降った劉巴が使者となっており、それまでは動向不明だったと言わざるを得ない)
襄陽が降伏を決めたが、各地の官僚や豪族や民の多くは去就を決めかねていた、ということだろう
そこで劉備が長江南岸での徹底抗戦を打ち出したところ、現に多くの者がついていったわけで、むしろ極めてホットな交戦状態というのが当時の認識だろう
そうであれば、降伏すれば安全なんて考えは出ない。今までの曹操にこびりついていたであろう評判がものを言い出す

劉備の扇動があったにせよ、追われてる身についていったほうがまだ危険じゃない、と思われるだけの悪評がこの時点の荊州における曹操にはあったということだ

541 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 22:53:00 ID:AwZVavk3O
>>538

> 降伏が決まってる以上ほぼ危険は無いと言っていいよ。
> 前も言ったが抗戦するならともかく最初から降伏する相手に度の過ぎた虐殺略奪拉致はせん。
> 白旗上げてる相手にまでやたらそんな事やってたら反乱分子が増えて結局身の破滅だよ。誰も従わなくなる。

それは曹操としての希望であって、兵士の認識は必ずしも彼と同一ではないのではないか。
そもそも、中華文明の特徴として文を貴び武を卑しむという傾向が挙げられるが、何故武を卑しむのだろうか。
それは中国における兵士という連中が基本的に略奪虐殺をやらかす無法者であるからだ。
明の太祖は兵士に対しては略奪を厳禁した。あと二十世紀の毛沢東だって略奪を禁止する、みたいなことを言ってなかったっけ?
だから彼らは歓迎されたわけだ。
 
第一それが曹操の意思だったとしても、まっとうにそんな命令を聞く兵士じゃないよ。

542 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 22:55:53 ID:TbsEsj1f0
>>539
それはあるだろうけど何万人もの人間が一斉に動くとは考えにくいよ。
もっと散発とした動きになると思う
>>540
荊州の統治者は劉ソウだろ。劉備は外様だよ。
逃げる劉備についていくから危険なんであって荊州は降伏してんだから、民としては残ってれば安全だ。
交戦状態ってんなら荊州を劉備が率いて戦うもんだろう。当時的にも逃げてる状態で交戦状態がデフォってのはちょっとムリヤリだよ。
いずれにしても交戦っていうか狙われてるのが劉備なんだから残ってたほうが安全なのは間違いない。
それで付いていったんだから劉備が何かしらの動きをしたって事だろうよ。

曹操の存在でそこまで民が動くなら何で他では同じ事が起こらなかったか、何で曹操の影響が色濃い中原に人が集まったか。
戦だから逃げる人間がいること自体は珍しい事じゃないが、荊州の場合明らかに特別なんだよ。だとすれば劉備の存在のが民を動かした要因としては大きいと思う。

543 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 22:59:50 ID:rTxoey120
>>542
>それはあるだろうけど何万人もの人間が一斉に動くとは考えにくいよ。
もっと散発とした動きになると思う


散発ってはわかる

しかしそのとき劉備が居て皆頼ったってのだろう
曹操から何度も逃げ切っている唯一の男なのだから

544 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:01:58 ID:AwZVavk3O
呉主伝を見ると、曹操が長江沿いの住民を北方に強制移住させようとしたところ、十余万戸が長江以南に渡った、という例もあるな。

545 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:03:47 ID:TbsEsj1f0
>>541
要は危険度の違いなんだよ。

降参して交戦の意志のないヤツに攻撃するのはまずい。言う事聞かないヤツもそりゃいるだろうが処罰モノだ。
だが劉備と一緒に逃げりゃどうか?絶対容赦なんかしないよね。

軍規の抑制があって略奪がはばかられる場合と、イケイケで襲い掛かる場合。
危険をはらむと言うのはどちらも一緒だけど、度合い的にはまるで違うよね。
そこら辺は民もわかってたハズで、自発的に劉備についていくってのはやっぱ考えにくいだろう。
それもあんな大量に、しかも一斉にだよ?

546 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:07:55 ID:TbsEsj1f0
>>543
わざわざ狙われてる張本人にくっついていくかい?ってことなんだよね。
>>544
強制移住は三国志以外でも沢山あるから別段珍しくないし、記述と数字をそのまま鵜呑みに出来るだろうか?って疑問はある。

547 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:10:00 ID:UPoQqnVO0
>>541
ウ禁伝に見えるように、青州兵に至っては味方から略奪をし、しかも曹操が弱腰の対応しかしていないという状態だからな

>>542
ジュンイク伝注曹マン伝では、徐州の民数万を穴埋めにしただの、諸県を略奪虐殺しまくって家畜も人間も消えた、とまで言われてる
正直、降伏したら本当に大丈夫だという保証があるようには思えないというのが当時の劉ソウに従う吏民の本音じゃないかな
そもそも、君のいう扇動ってのが、のこのこ降伏するほうが危険だよ、って吹き込むようなことだろう
これが説得力を持ってしまうような曹操の悪評があった、というのはあまり変わらないな

548 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:12:25 ID:rTxoey120
>>545
>軍規の抑制があって略奪がはばかられる場合と、イケイケで襲い掛かる場合。
危険をはらむと言うのはどちらも一緒だけど、度合い的にはまるで違うよね。


一つ言わせてもらうと徐州で残虐ってのは、川が埋め尽くされるほどの住民なんだよね
兵士が戦って殺されたのではなく無抵抗の住民を皆殺し

ここら辺が当時の住民からしたら逃げる方にかけたのだろう

現代の住民といつ殺されるかわからない古代の住民の心理を一緒にしてはいけないと思うよ

549 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:14:41 ID:AwZVavk3O
>>545

> 降参して交戦の意志のないヤツに攻撃するのはまずい。言う事聞かないヤツもそりゃいるだろうが処罰モノだ。
> だが劉備と一緒に逃げりゃどうか?絶対容赦なんかしないよね。

> 軍規の抑制があって略奪がはばかられる場合と、イケイケで襲い掛かる場合。
> 危険をはらむと言うのはどちらも一緒だけど、度合い的にはまるで違うよね。  
にしたって殺される恐れがあるのは変わりがない
> そこら辺は民もわかってたハズで
一体何の根拠があるのかはわからんなぁ。
一般認識問題として「兵士は迷惑で怖い存在」なんだよ。
程度はどうあれ「大軍がやってきた、怖い!」だろ?
「どうせ殺されるくらいなら、精一杯逃げてやる」という心理は働かないものなのかな?

550 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:20:05 ID:UPoQqnVO0
>>545
だからウ禁伝から伺えるように曹操んとこの兵の軍規はかなり怪しいぞ
青州兵はもちろんだが、それ以外だって似たり寄ったりじゃないかと思える
ある部隊だけ特別扱いってのは士気に関わるから、他の部隊も似たような(ちょっとはマシ程度)ことを黙認しているだろう
ウ禁が厳格でそれゆえに好かれなかったというのは、略奪を許さなかったというのもあるんだろう

551 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:25:41 ID:TbsEsj1f0
>>547
一人勝手に郷里に帰っちゃったけど黙認した、ってのもあったな。

まあ要はそういうことだよ。徐州ジェノサイドは不安をあおるには有効な要素だったろう。それでもアレだけ一斉に動かしたってのは劉備がよっぽど扇動上手かったんだと思うけど。
で、わざわざ足手まといをぞろぞろくっつけてったのはなぜだったんだろう、と。
>>548
そりゃ当事者にしてみたら鬼か蛇を見る勢いで逃げ出すだろうけど、曹操が暴れてた地域なんて徐州だけじゃない、がそれ以外で目立ってそういうこともない。
他の地域でもコレほど大規模な大衆移動は見られない。だから荊州に関しても認識は変わらなかったろうよ。
徐州の場合は他でそういうのが無い以上特例だろう。だから荊州の人間が裸足で逃げ出すほどかって考えたらやっぱ考えにくいんだよな。

552 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:31:28 ID:rTxoey120
>>551
>他の地域でもコレほど大規模な大衆移動は見られない。だから荊州に関しても認識は変わらなかったろうよ。

見慣れないからって荊州もないって保証はないはな

>徐州の場合は他でそういうのが無い以上特例だろう
おいおい徐州は特例って片付けるのか?
自分自身に降りかかるってのは考えないのかな〜〜?

553 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:32:20 ID:TbsEsj1f0
>>549
何度言わせればわかるのかなあ、逃げる事自体は全然おかしくないんだよ。
荊州の場合規模にしても状況にしても特殊だったといってるの。
>>550
それにしたって常識的にバンザイして降伏してるのに狼藉が横行するってのは考えにくい。
さっきも言ったが国を保つために治安ってのは最重要だしね。
どう考えたって劉備にくっついて逃げた方が危険やって。

554 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:35:07 ID:UPoQqnVO0
>>546
いや、長江沿いでの曹操の強制移住は、「平和な状態で元からの支配者側が強制移住させようとした時でさえ、そんなに抵抗と離脱があった」ことを示す好例だよ
元々支配していた土地でさえそんなことになるんだから、敵に降伏した荊州の人間は「降伏したらしたで強制移住なんじゃないか、殺されるんじゃないか、略奪されるんじゃないか」って更に不安で一杯だったと簡単に連想できる

555 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:37:01 ID:TbsEsj1f0
>>552
テメーさっきからムカつくな。
じゃー逆になんで荊州の場合だけ曹操にビビってあーいう特別な事が起こったんだ?

そんだけ言うからにはあっと言わせるような論があんだろ?人気だとか不明確な理由じゃなくてよ。
劉備が扇動したってより確からしい理由が。言ってみろや。

556 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:37:15 ID:AwZVavk3O
たとえば中国史には様々な農民反乱が見られるが、荊州の民衆と彼らとは、似たような心境だったのではあるまいか。
つまり「このままでは食うことすらままならぬ」或いは「このまま居座っていたら殺される」という意識が民衆にはある。
そこで、ひとつの選択肢として
「反乱だ」「逃げよう」というものがある。
反乱にせよ、逃げるにせよ、誰か指導者がいたほうが心強い。
しかし一方で「もし官軍と戦をして死んだら」「もしあの大軍に追い付かれて殺されたら」という危惧もある。かなりの賭けだ。
 
だが「いずれにせよ殺されるんじゃないか」という認識もある。
だからやけくそみたいなものじゃないか、きっと。
それは理性というよりも生命としての本能に近いものがあるのではないか。

557 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:40:31 ID:UPoQqnVO0
>>553
扇動だってデマだって、信じるに足る証拠であるとか受け入れてしまうような不安であるとかがあって起こるものだろう
民がみんな「降伏したから不安は無い。略奪なんてありえない」と思えるなら、確かに劉備にはついていかないさ。これはどんな詐欺師が説得したって無理ってもんだ
しかし、当時の荊州の民の立場に立ったら到底そうとは考えられない
自発的にしろ劉備の扇動、更には半強制的な追い立てなどにしろ、曹操の軍に対する強い不安があったんだろうと思うぞ

558 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:40:54 ID:TbsEsj1f0
>>554
さっきも誰か言ったけど大軍で押し寄せてくるんだから不安で一杯だったんは当たり前だよ。
そんなん俺だってビビるわ。
で、問題はなぜ荊州だけ?ってことだよ。そうなれば劉備が扇動したってのが一番考えやすい理由じゃないかな。

そんでなんで劉備はそんな面倒なことしたんだろう、と。

559 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:42:17 ID:AwZVavk3O
>>553
貴方には是非とも高島俊男著「中国の大盗賊・完全版」を読んでもらいたいね。
貴方の認識は観念的だよ。考えにくい、だのなんだの理屈こねる前に読んでほしいな。

560 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:42:27 ID:rTxoey120
>>555
いきなりけんか腰だな

561 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:48:30 ID:eXJTmMV90
>>538
又今盛寒,馬無藁草,驅中國士?遠?江湖 之閨C不習水土,必生疾病.
一部文字化けしたんで原文確認してね。
寒い盛りであり馬にやる藁もなく水土に慣れないことから必ず疾病がおこると言っている。
疾病が近いうちにおきるという確信はあっただろう。
接敵した際に疾病がおきてなくて打ち破るのが難しければ暫く対峙していればいいんじゃないか?

あとは北方がまだ平定されていないことや水軍に不慣れだから勝てるとも言ってるね。

562 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:49:04 ID:TbsEsj1f0
>>557
そりゃあ不安はあるだろう。中原から流れてきた人も多いだろうし。
俺はべつに曹操の軍だけ特別だとは思わないが、荊州の民衆が不安感を持ってた事までは否定しないよ。

だけど劉備についてくか、残るか。はたまた別のトコに流れるか。
俺だったら劉備についてくようなことだけは絶対しない。圧倒的に死ぬ確率高いもん。
常識的に考えて絶対そうなのに劉備についてった人が多いってことは、多分扇動かなんかあったんだろう。
で、劉備がそうする必要性は一体どこにあったんだろう、って話だよ。

563 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:50:02 ID:UPoQqnVO0
>>558
ついていった民や豪族にしてみれば、確実に自分側にいて曹操と戦ってくれそうなのが劉備しかおらず、なおかつそばにいたからじゃないかな
荊州牧が徹底抗戦の立場であれば、彼らは荊州牧のために戦っただろう
この場合は荊州のような大規模な民の逃亡劇は起こらない
しかし、肝心な州牧が真っ先に降伏した以上、逃げるという形で曹操に不服従の姿勢を見せている劉備しか頼る相手は居ない
ここが他の州と状況が違う点

確かに、劉備やそのシンパが曹操の脅威を吹聴するとか、扇動した可能性は十分考えられる
しかし、その根底にはそういう扇動などが大規模に受け入れられる下地、つまり曹操のこれまでの蛮行(という評判)があったということになるんだよ

564 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:51:16 ID:gdLX5+yi0
劉備が民衆を救うのではなくて、肉壁にしたいって根拠は?

565 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:53:39 ID:rTxoey120
>>562
>俺だったら劉備についてくようなことだけは絶対しない
それはあなたの考え方じゃん、その人たちは劉備について行かなかったんだろう
ついていたのは劉備を頼りたかったんだろうね


>劉備がそうする必要性は一体どこにあったんだろう
反曹操派を作るためと曹操が基盤固めを遅らせるってのもあるだろう
うまくいけば自分に支持されるってのあったんじゃないか?

566 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:54:51 ID:rTxoey120
>>564
そういうのもあったかも知らないね
否定はしないよ

567 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:55:53 ID:TbsEsj1f0
>>560
ああ、普通にムカついちまった。悪いな。
>>561
それ周喩の伝だっけか?
う〜ん本当に疫病が起きるって見切ってたとは思えねーんだよな。
風土に慣れなくて上手く動けない、って事じゃねーのか?疫病の大流行とはちょっとニュアンスが違うと思う。曹操陣宮には相当数の病死者が出てたらしいから。




568 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/06(水) 23:59:15 ID:UPoQqnVO0
>>562
俺は扇動というほどのことは無かったと思うが、劉備から見て民が逃げて一緒に来てくれた方がいいという点ってあまりないと思うんだ
あるとすれば、
・長江南岸を根拠としたい以上、襄陽方面よりも長江南岸に居てもらったほうがマンパワーとして有利
・例の逃げる時の「肉の壁」(ただし、これをするくらいならさっさと江陵に行ったら?という疑問がある)
・曹操が流民を攻撃したら、曹操の悪評伝説に新たなエピソードが加わる
くらいだろうか。
むしろ、
・行軍速度が遅れる
・食料供給が不安
・すぐには戦力にならず足手まとい
と、短期的には極めて不利になる可能性の方が高い。これくらいは劉備だって事前にわかりそうなもんだ。しかも、
・見捨てようにも見捨てられない(見捨てたら荊州における劉備人気が終わる)
という点もある。意図的に連れて行くにはかなりハイリスクな気がする。

569 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 00:02:10 ID:eXe4xDTC0
>>564
それに関しては俺はわからん
>>563
扇動や流言が成功するための下地があったことに関しては否定しないよ。
>>565
それはその通りだがアレだけ大多数ってのはほっといたら難しい。
やっぱり扇動の類があったと考えていいと思うよ

570 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 00:03:49 ID:rTxoey120
>>569
一つ言っておくけど扇動があるなしのことは一言も言ってないよ

一緒に劉備と逃げるのがおかしいって話をしているだけだよ

571 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 00:06:46 ID:PIhgTUy10
>>567
必生疾病としっかり書かれてるから疾病の流行を予測で問題ないよ。
武帝紀ばかり信用されると反論は出来ないけど
赤壁は疾病の大流行だけで勝ったわけじゃないよ。

572 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 00:09:16 ID:eXe4xDTC0
>>568
俺もそう思うんだよ。意図的に連れて行くにはメリットよりリスクのがでかい。
でも何回も逃げて妻子(つってもこの時代の人間にとってそこまで重要じゃないが)や関羽とまではぐれるくらいだったのに、
いまさら民のためもない気がする。まあ前も言ったが劉備って人はここぞってトコで格好付けたがる傾向があるから無きにしも非ずだけど。

でも民が一斉に、大量にくっついてったって事は何かしら理由があると思うんだよね。
で、そう考えると扇動の類があったんじゃ?って仮説にたどり着くわけだけど…

573 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 00:09:38 ID:iQzcBSbl0
>>571
どっちかというと、曹操の官渡での成功体験(降伏者)をも逆手に取った偽降とか、ラッキーどころか最初から最後まで呉側に心理的な面まで見透かされてコントロールされた感があるよね

574 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 00:14:52 ID:iQzcBSbl0
>>572
>意図的に連れて行くにはメリットよりリスクのがでかい。
じゃあ「意図的ではない」という結論にならない?

>でも民が一斉に、大量にくっついてったって事は何かしら理由があると思うんだよね。
俺や他の人が言ってるように、曹操の恐怖、当時の軍の狼藉、そして抵抗する劉備という旗頭があったから動いた。
それで十分説明がつくと思うんだけど。
メリット・デメリットからは「意図的ではない」という結論になるんだから、扇動の類ではないことになる。

575 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 00:15:04 ID:I4/t8YxG0
最初は少数でも逃げる最中に、倍倍に増えて行った方が納得出来ますが

恐慌状態なら群れていたくなるのも分かりますし


576 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 00:20:52 ID:eXe4xDTC0
>>573>>571
もちろん赤壁の勝利は周喩の能力であることは疑いない。いくつも曹操側には不安要素があったしな。
ただ官渡の勝利は密通があっただけのただのラッキーだ、っていちゃもんつけるなら赤壁だって一緒だろうって事や。
疫病が流行るかどうかなんて人の力じゃどうにもならないからな。

ただ必生疾病をそのまま疫病の流行と解釈していいものかな?俺の感覚では北の人間に免疫の無いマラリアや住血吸虫病のようなもので、死者が大量に出たってことはそういう類のモンだったと思う。
周喩の進言は慣れない風土で体調を崩す、くらいのモンだったと思うけど…
>>570
それじゃあ結局俺といってること同じやんか。

577 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 00:24:56 ID:eXe4xDTC0
>>574
まあそういわれればそれまでなんだけどね。あくまで仮説だから。
>>575
う〜んいわゆる集団心理か?
猛スピードでその怖い曹操軍が追撃してきてるのに?

578 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 00:28:05 ID:FiLirO1r0
>>576
>それじゃあ結局俺といってること同じやんか。
一緒に逃げるのはおかしいって話
俺は固定派、貴方は否定派

どれほどの住民も引き連れて言ってるのかわからないが一緒に逃げていると正史書いてある以上
固定するしかないと思っている

579 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 00:29:13 ID:I4/t8YxG0
>>577 老人・女性・子供もいるし家財道具を乗せた荷車もあれば
集団の中に居たくなるでしょう。

580 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 00:36:09 ID:eXe4xDTC0
>>578
ああ、なるほどね。
いや、一緒に逃げたこと自体は否定せんよ。
ならばなぜ?ってことをいってる。で、劉備扇動説と。
>>579
わざわざ危険な方に行くのか?劉備についていかない選択をした人もいただろうに?
まあどうしようか迷ってる時に有力者が逃げるそぶり見せて、そいつについてくヤツがいたら「じゃあ俺も!」ってことにはなるかも知れんけど。

581 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 05:18:10 ID:bFvx6O0k0
湿地帯で川の流れがきついところは衛生環境悪いだろ
だから曹操も対岸の烏林を陣地にしたかったのに
周瑜が先んじて烏林を押さえたから
にっちもさっちもいかなくなって疫病蔓延

582 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 07:26:39 ID:d/e0fBZs0
>>573
偽装じゃない降伏もいっぱいあって、それで勝ってる小競り合いも多いんだよ
逆に偽装が成功して大逆転したほうが珍しいから史書に記述が残ってるわけで

>>580
劉備の兵の主力は新野で鍛えた荊州兵で、彼ら自身もその家族も荊州人
まず兵士と民を切り分けること自体が不可能だという前提がある
兵士にとって民が、民にとって兵士が、それぞれ人質のようなものだった

583 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 10:38:09 ID:sxGTT3wO0
そもそも扇動して民を動かすなんてことが簡単にできるだろうか?
また、もしそれが劉備側(退避側)にとって都合が良いなら、
似たようなことが他にも何度も起きてるはずではないかな?

>>582
人質的関係なのは事実だけど、それでも兵士と民は十分に切り離されてるはず。
じゃなきゃあ遠征して戦など出来なくなってしまう。
もしあり得るとしたら、それは兵士の逃亡だろう。
劉備自身が新野を棄ててるわけで罰せられないわけだし。

584 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 11:24:21 ID:f5ucq8SB0
悪の劉備三兄弟を倒して荊州を救った陸遜えらい

585 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 13:37:53 ID:eXe4xDTC0
>>583
この時の劉備は後方から補給が受けられたりそういうまともな状態じゃない。
だとすれば食やそれを運ぶ牛や馬や荷駄とそれを世話する人間、場合によってはその家族までセットでついてくることになる。
劉備は補給が受けられないから人も物も丸ごともって行かざるを得ない。

だから仮に強制にせよ扇動にせよ、連れて行かざるを得なかった、っていう側面もある。

586 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 15:33:42 ID:sxGTT3wO0
>>585
略奪しながら進んで行けばいいじゃない。
略奪という言葉に問題あるなら「現地調達」。
孫堅だって長沙から延々補給線を張っていたわけでもないはず。
民草連れて行軍速度が激遅になる方がずっと問題だと思う。

587 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 18:21:55 ID:uHgPnqCb0
ところで、曹操がキ州落としたときは別におこってないよな。
曹軍による虐殺も、住民が曹操を恐れて逃げ出すってことも。

曹操の軍隊が略奪するかもしれないから逃げ出すのに、劉備の「軍隊」をアテにするってのもどうなんだ?

588 :582:2008/08/07(木) 18:34:45 ID:d/e0fBZs0
>>583
「兵士と民は十分に切り離されてるはず」というのは、兵士は専業兵士だったろうという意味かな?
それに関しては同意だよ、でも専業兵士だからって民と兵士が完全に分離するわけじゃない
だから兵士だけ連れて民を見捨てて逃げるのはほぼ不可能だという意味で「切り分けられない」と言った
ところで一番下2行の意味がぜんぜん分からないので解説してほしい

>>587
キ州の場合は、平定までにものすげえ時間かかってるっていう差もあるかと思う

589 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 19:22:03 ID:sxGTT3wO0
>>588
当時の兵士の身分というのは奴婢みたいなものでしょ?
奴婢といってもアメリカの黒人奴隷のようなものではないけど。
でも日本の地侍みたいなレベルの兵ではなくて、土地とは切り離されてる。
地元が敵方に抑えられた場合、家族が人質となるわけだから兵は当然動揺はする。
確か趙𠑊あたりにもそんな話があったと思うが。
でもそれで兵が機能しなくなるほど兵に権力はないはずだし、
もし兵にとって地元との切断が耐えがたいのであれば
兵達の対応としても民族大移動をするよりは逃亡して地元にとどまる方が合理的に思える。


590 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 20:26:09 ID:uHgPnqCb0
ところで質問なんですが、この時劉備についていった民衆は結局どこまでついていったんですか?

長坂で追いつかれて劉備は自分の家族も捨てるほどだった。この時劉備軍と民衆は切り離された
と見ていいでしょう。その後の民衆はどうなったんですか?さらに劉備を追いかけて江夏や赤壁後
には南部、公安まで行った?それとも曹軍の支配下にある荊北に戻った(戻された)?

591 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 20:40:20 ID:Hdg7MVgIO
すべてではないだろうが、流民として扱われて屯田民に組み込まれ豫州に連れていかれたと思われる
トウガイ伝参照

592 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/07(木) 21:58:05 ID:I4/t8YxG0
>>580 付いていかない選択の人もいるでしょうが
劉備に付いて行った方が安全だと思う人も多いでしょう


593 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/09(土) 19:02:15 ID:R97H45hOO
ど先導とかは結論でたのかい?

594 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/09(土) 21:14:22 ID:HnNO9WT00
可能性としては考えられるが劉備が連れてく必然性と民が劉備についていくことについての根拠の両方が薄いのでどちらともいえないという感じだな

595 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/12(火) 10:01:18 ID:fou/8BaYO
劉備が民を連れてった理由って曹操軍の足止めのためなんじゃなかろうか?

596 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/12(火) 11:48:43 ID:0z/0kFOK0
相手足止めする為に民連れてったら、その民衆の為に自分が足止めされてたら
意味ねー名

597 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/12(火) 22:54:13 ID:fou/8BaYO
↑油断を誘ったんじゃね?
最初は民と一緒に逃げてて曹操軍が迫ってきたら全速力で逃げる
曹操軍は民が邪魔で劉備を追えない

598 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/12(火) 23:08:43 ID:1GvZGkHR0
そもそも、そんな簡単に、恣意的に、民を動員出来るものかよ。

599 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/12(火) 23:19:20 ID:txoiu4NMO
また肉壁論者か・・・ ループさせるなスレ読め

600 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/13(水) 07:53:28 ID:pSfi0Pn3O
劉表が曹操の悪評(徐州の大虐殺など)を荊州の民に流していたと予想

曹操接近

劉ソウあっさりと降伏

このままでは荊州は曹操の支配下になる
いつ殺されるかわからない

唯一降伏せず南へ逃げる劉備の元へ

劉備『なぜ私の元に?』
民『あなたの徳に惹かれたのです』

601 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/13(水) 17:03:11 ID:5c0FfgyYO
色々な解釈かある

602 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/13(水) 19:03:26 ID:T2f73Q9r0
>劉表が曹操の悪評(徐州の大虐殺など)を荊州の民に流していたと予想

個人的には諸葛亮や麋竺あたりがやったと想像したりも

603 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/14(木) 20:22:51 ID:1ltrgkNE0
赤壁後の劉備んところに一気に人が集まって、
江稜の南岸を借り受けた、というようなことがあるけども、
このとき荊州の民も当然なんぼかいたんだろうね。




604 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/14(木) 21:50:42 ID:QXad+XxK0
>>603
逃げ延びた民や残虐した曹操に恐れろなし
追い返した時に集まってきたんじゃないか?



605 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/15(金) 19:18:39 ID:2CYzIZ+a0
>>604
劉備の軍隊も流れモンだし略奪くらいやってたと思うよ。
奸雄だろうが仁君だろうが民にとっては「軍隊」である以上あんま変わんない。

むしろ荊州で民を引き連れてったのは略奪しなくて済むようにか…?略奪なんてポンポン成功するモンじゃないし。
でも劉備だったらそんなややこしい事しないでもサッサと逃げれるよな?

606 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/15(金) 23:05:10 ID:0rCZBgpI0
>>605
民を連れている理由
俺の想像ではあるけど曹操の虎豹騎を疲れさせる目的もあったんじゃないかと思っている

理由は荊州から南に南下していたのに、曹操に迫られるといきなり東に方向転換している

それと関羽との合流も東でおこなっている

まっ単なる想像だ

607 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/15(金) 23:08:00 ID:F2c48Sdu0
いや略奪は非道とかそういうのとか以前に外地での主となる兵站の形成だから、
別に誰がどうとかは関係ないと思うよ

608 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 05:39:28 ID:V8+DmSzqO
荊州の話しとは変わるけど、劉備の失策って外交をほったらかしにしたからじゃないか?

609 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 13:29:54 ID:HlnH+LfP0
もし劉備が国賊曹一族を倒し、天下を統一したら、
献帝に天下を献上するのだろうか?

610 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 13:41:16 ID:A+2NMwdG0
>>609
ないだろうな
その頃になったら自分の一族を優遇するだろう

曹操と一緒で自分の代は臣下で息子か孫の代は皇帝だろうな
もしくは献帝に娘を娶らせて・・・とか考えたりして

611 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 14:01:04 ID:4sj7GvTK0
落ちぶれていたとは言えれっきとした劉姓だからな
献帝の娘を息子の嫁に
生まれた息子を献帝の立太子という緩やかな禅譲パターンになったのではと思う

612 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 14:17:32 ID:5iDtLfamO
そんなわけないだろ
劉氏同士で結婚なんてあるわけない
劉氏同士だからこそ、劉備の方が優れているからという理由で簡単に位を交代するだけだ
禅譲は基本的に異姓に対し位を譲るための方法だぞ

613 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 14:22:56 ID:10iUR/MOO
劉姓だから献帝に娘を渡して血を入れていくだけで良いでしょうね。
禅譲なんて面倒臭い事しなくて良いから


614 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 14:26:53 ID:10iUR/MOO
同姓婚はやっぱりマズイか

615 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 14:56:14 ID:FDX8qNYSO
そもそも中国は古来より同姓不婚の国じゃないか?

616 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 14:57:13 ID:IoWAg+k1O
今よりかなりタブー視されてたからな。
本来は本貫を同じくする同姓がダメだったんだが、漢代はもう同姓だけでダメだったから。
となると劉備若しくはその子孫が漢帝を倒さず穏やかに帝位に即くには、まず前段階として王に正式に冊封され名実共に皇族とされなくてはならない。
この場合曹操の様に魏王国=漢という程にならなくてもいい。献帝及びその継承者が崩じるか薨じて適当な皇位継承者が居なくなりさえすればよい。
大勢力を誇らずして帝位を継げる。
まあそこまで来てたら放っといても劉備の王国=漢という状態にすでになってしまってる公算が高いが。

617 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 15:03:01 ID:xuU0xH3q0
ちょっと時代を降った漢の劉聡は劉姓の嫁さんを皇后にしたけどな
子孫が違うからオッケーっていう理由で

劉備はそこもアウトだから無理だ

618 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 15:19:48 ID:IoWAg+k1O
そう。なまじ漢帝と同族の同姓として名を売ってしまったから、婚姻で皇位継承の道は端から断たれている。
献帝を不徳の皇帝と言い張って倒し簒奪するのが劉備にとっても実は一番てっとり早い方法。

619 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 16:24:49 ID:1wN8+bn20
劉姓たって曹操とそんな違いが出るわけねーべ。
覇権を握ったら自分がナンバー1になり国を独裁、重要なポストには信頼できる部下を置いて首脳を掌握する。
こんなん当たり前だろうが。ムリに献帝立てようとすればそれこそ国の崩壊だ。
なんで劉備がやった時だけ漢室復興めでたしめでたしになるんだよ。

620 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 17:27:55 ID:/JE3dy0C0
少なくとも、司馬炎没後のグダグダより悪くなることは無いだろうけどw

621 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 23:48:08 ID:10iUR/MOO
八王の乱は酷すぎる。彼処まで酷くはやるほうが難しいだろう

622 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/17(日) 10:43:26 ID:1fxh6hn2O
乂で終わっとけば良かったのにな

623 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/17(日) 18:45:48 ID:Nrp+Z/ID0
>>621
血族の多い曹家なら同じような醜態を晒す危険はあったと思う

624 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/17(日) 20:26:18 ID:tPoGAuVG0
>>623
曹家は曹ヒ以降一族は遠ざけるスタンスだったからああいう崩れ方はないだろうが
別の問題は噴出したかもしれない

625 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/18(月) 17:41:06 ID:B1tWEoPf0
簒奪しなくても子孫がどっかで戴冠できそうだけど
劉姓の皇帝って早死にが多いから

626 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/23(土) 13:21:24 ID:rOK0uOZwO
関羽が曹仁を速めに落とせてれば。もう少しは可能性もあったのに

627 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/23(土) 23:14:52 ID:C/E1fb0d0
徐晃に手間取っちまったからな。

曹操の後詰めも来てるんでさすがに絶望感が漂ってくる

628 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/24(日) 17:49:21 ID:BD8inSql0
漢中方面の劉備本隊による涼州・関中方面への出兵と
徐州・淮南方面に呉軍の出兵と足並み揃えて3方面からの同時圧迫でもかけなきゃ無理だったでしょ。
例え徐晃・曹仁を関羽軍が斬れたとしても曹操本隊+夏侯惇の二十七軍相手に荊州の関羽軍だけじゃどう考えて無理だったろうし。

呉との関係壊してかつ呉につけいる隙を与えた時点でだめぽだった と。

629 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/24(日) 23:18:23 ID:yCU+eDZ+0
>>628
漢中方面との迅速な連携って言うのが条件的にかなり難しいからなあ…
どうしても手詰りになっちゃった希ガス

630 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/26(火) 15:43:14 ID:7XdAcWz90
>>624
間違っています。
以上。
はい次の方。

631 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/27(水) 01:49:16 ID:zNeWGdp80
は?

632 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/27(水) 02:07:18 ID:FZYvHpz40
ほっとけ。関わるだけ時間の無駄になるだろう

633 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/27(水) 11:16:03 ID:XMYkXbyjO
関羽の北伐は独断先行だろうよ

634 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/29(金) 08:00:34 ID:ARREDYSNO
結局代わりがいなかったのがね

635 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/29(金) 23:38:54 ID:rsMYHahs0
曹操が死ぬのを待って代変わりを狙うしか無かった

636 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 00:17:25 ID:uolWuXAt0
しかし、あの状況で攻めに転じてあれだけの功績を残せる武将も
三国時代では関羽くらいなものかもな。
魏との圧倒的な兵力差、領土差を一時忘れてしまうほどの快進撃に見える。



637 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 02:00:39 ID:cfMKaiFk0
蒼天だけ見ればな。実際はジョウヨウも落せなかったわけだし…

まあ一軍として考えりゃウ禁を降らした時点で十分な戦果なんだよな。


638 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 07:33:17 ID:HMeXVMIuO
魏延の方が良かったのかもね


639 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 07:46:48 ID:WGTM7j/E0
いやいやいや無理言っちゃダメだろ。

640 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 12:23:51 ID:uolWuXAt0
十八史略にも関羽の武威が当時の中原を震撼させた。
とはあるぞ。
戦略的にも影響があるほどだったのでは?


641 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 14:07:32 ID:bzqL9cHO0
そりゃあっただろうね
ただその後の呉の侵攻が鮮やかすぎて
「足元がお留守ですよ」な侵攻に見えてしまうな。実際、呉につけ込まれる要素を持ったままの侵攻だったわけだから
爆弾を抱えたままの刹那的な突貫をどこまで評価すべきかって問題だと思う

642 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 14:12:33 ID:RD9LscOyO
>>612
南朝斉から南朝梁への禅譲は蕭姓同士、しかも宗族のさらに傍系支族だから
一応当時一般に流布されていた劉備の身分とそう変わらん立場だったりするが。


643 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 18:59:06 ID:uolWuXAt0
>>641
俺の中ではそこは愛すべき欠点として見てるよ。
当代の傑物であったが故の慢心からきた敗北。
関羽は一騎当千の豪傑として誰かの手元から常に切り札のような
扱いを受けて大功を立てるポジションの方が活き活きしてたね。
戦略的な機知に鋭敏な地方司令官にはやはり諸葛亮のような人物でないと
厳しかったのかも。

644 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 22:41:20 ID:cfMKaiFk0
目の前の戦に強いタイプなんだよな。
むしろ曹操もそのタイプではあるが関羽の場合周りを見る力がさすがに足り無すぎると言わざるを得ない。

645 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 22:47:20 ID:7guNF2On0
関羽は独断で対外作戦を行える立場にあったと思う?

646 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 23:22:16 ID:cfMKaiFk0
>>645
一方面の指揮官に戦略眼が必要ないと?

647 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/30(土) 23:55:18 ID:xzcY6yuj0
関羽だと独断で兵動かしてもなあなあで済んでしまいそうな感じ。
トップが劉備だしな。

648 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/31(日) 00:31:59 ID:3BuoFD/E0
>>644
関羽は最前線のゴルゴ13だからな。
基本的に戦以外の事はあまり専門じゃないのかな。
交渉ごとにも持ち前の豪気をいかんなく発揮してまうのにも
豪傑としての欠点が出ちゃってるね。

まあ、仕方ない事だとは思うけどね。
今でいうと朝青龍のような強さとプライドの持ち主だったのかも。

649 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/31(日) 08:27:15 ID:H1zdfwpk0
>>646
誰がそんなこと言ったの?君の言ってる戦略眼が何かは知らんが。
独断で対外作戦を行える立場にあったかどうかとはまったく別の問題。
もし命令もなしに他国に軍事行動を起こすなんて反逆と取られてもおかしくないから。

650 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/31(日) 14:28:05 ID:IQtEYuGWO
深入りしたのは関羽の責任/権限だろう。
後方をもっと気にして戦えば良かった。

651 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 00:18:55 ID:aZJm1Irx0
愛すべき欠点というかただの欠点じゃん
要地を失って親子で斬られちゃあな

652 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 00:48:29 ID:7BpTwIZx0
いいから愛せよ。

653 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 07:18:46 ID:r81G2xZx0
とりあえず、せめて渡邊義浩くらいは読もうよ、皆…
それが終わったら、小尾孟夫の都督制研究がおすすめ
多分、いろいろとすっきりするよ。
学術書だからクソ高いけど…

654 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 07:38:25 ID:EqiMs/uu0
>>653
この場で自分で説いてみるのもいいんじゃないのか?


それはそうと、関羽って相当な「左伝読みの左伝知らず」だと思うわけだが

655 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 08:25:45 ID:vr9/8Vbn0
>>653
愚痴るより自分で書いてみな

656 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 12:04:43 ID:MTofAZrZ0
>>653
おカネぷりーず

657 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 16:22:35 ID:qZ7v5ppgO
>>653の人気に勃起

658 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 18:50:15 ID:GOEUmdWI0
六朝都督制研究は三国の話はほとんど書いてなかったはず
後漢末・曹魏と両晋以降とで埋めがたい隔たりがあるとも思えんから
参考にはなるだろうけど

659 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 01:10:29 ID:loTVWrpw0
>>651
大功成って身を全うできれば、愛すべき〜だったかも。
でも関張、それで滅んじゃったからなあ。

660 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 18:42:52 ID:ZL9dpnZ/0
>>659
人様の価値感に自分の価値感を押し付けるなよ。

661 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/03(水) 23:54:25 ID:LqHDmG9p0
>>660
人様の価値感に自分の価値感を押し付けるなよ。

662 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 00:42:45 ID:Dmfc6dS40
>>660
いや自分の感想を言ったまでよ。他人に価値感を押し付けてるように見える?
違う意見が出たからってムキになりなさんな。>関羽厨の愛すべき欠点さん

663 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 00:45:32 ID:Zm2UojQZ0
非常にすぐれていたが、人間性に問題あり

講談ならともかくリアルではそばにいてほしくないタイプだとおもわれ

664 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 06:24:39 ID:rdp8AL4j0
たとえ身が滅びようとも関羽様の傲岸不遜は愛すべき欠点なんです。ええもう、ひい

てのが>>660の価値感とやらか?

665 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 19:15:35 ID:txKc5p+80
関羽には何故か厳しい
2chの法則

666 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 22:47:55 ID:Mco6ujWR0
>>665
いや、優しいだろw

神様だから、で何でも許される

667 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 00:14:29 ID:zYjaeKnq0
>>665
関羽は世間一般では
人物としては中国を代表する大英雄
その上、中国の民間信仰、道教、儒教、仏教という
中国を取り巻く文化すべてから尊崇を受ける英雄神
だからな

まあ、2chには世間とは結びつかない閉鎖間と
しょぼくれた小人の閉鎖的な見方もあるからしょーがない

668 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 00:30:15 ID:Jk8b3/xZ0
で?

669 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 00:45:37 ID:cb0CIAQ/0
>>659とか>>663は別に普通の意見と思うがなあ。

関羽がいじられると信者が暴れだす
2chの法則

670 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 00:46:58 ID:Jk8b3/xZ0
人間性人間性って人間性ごときで何が変わるんだっつー話だな。

671 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 01:05:29 ID:psffHwI00
後世の評価だろうな

672 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 01:12:29 ID:y6TyG1aN0
そりゃいろいろ変わるだろ
普通の態度なら張飛は寝首掻かれなかったろうし

673 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 01:21:56 ID:Jk8b3/xZ0
あれは張達、范彊が呉に降るための手土産だろ。
現に降伏しているんだから。

674 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 01:48:02 ID:y6TyG1aN0
まあ他にもいろいろあるって
自分で探してみな

675 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 04:22:33 ID:7PakrvXH0
>>673

m9(^∀^)9m



676 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 18:01:13 ID:7Xty8fvQ0
>>667
世間一般ではじゃなくて「中国では」神だろ。
日本では勇猛な一武将というのが世間一般の認識だ。

677 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 19:05:39 ID:zYjaeKnq0
日本にも立派な関帝廟はあるけどね
中国の英雄なのだから、中国の世間一般認識で語ってみたけど
受け取り方も違うみたいね

678 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 22:06:01 ID:aVUn9LIu0
お前が中国で何年も暮らしたのならその価値観を中国の世間一般認識として語ってみてもいいけど…
まさか一回か二回旅行に行っただけってんじゃないよな?

でも何回か行ってるけど関帝廟は観に行ったな。でもどこにでもあるってわけじゃないらしい。観光名所的な感じだとか。
日本の雷門とかに近いのかな?感覚的には
神様としては日本では菅原道真が祀ってあるのと同じような感じなんだろうか。

679 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 23:16:13 ID:ygBXBvYF0
またこれか。

神としての関帝と歴史上の人物である関羽は別モンだろ

何度繰り返すんだろ。誰か達磨の話保存してない?

680 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 23:26:18 ID:RJJ7ULEU0
>>678
人様の価値感に自分の価値感を押し付けるなよ。

681 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 23:28:54 ID:aVUn9LIu0
>>680
たった一人の日本人の価値観を中華人民共和国全国民の総意にするなよw

682 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 23:31:11 ID:Jk8b3/xZ0
別に誰がどう思ってようが心底どうでもいい
少なくとも関羽の能力を語る場合においては全く関係がない
何でこんなことに執着するのか理解できない

683 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 23:59:18 ID:zYjaeKnq0
>>678
俺は山西、山東、福建あたりを転々として住んでた
やっぱりどこにでも関羽は居る
今年で生誕1845周年記念と書かれた祀りまであった
道教全真教の総本山である北京の白雲観にさえ関帝は居たよ
だからこそとてつもなく偉大だと思うのよ
ちなみに関羽と関帝が別物なんて考えは全くない模様

684 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 00:09:03 ID:vQahngbg0
中国では日本人のことを「しょぼくれた小人」と呼ぶのか?お前はなに人だ?

685 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 00:28:35 ID:UboGJ2iS0
そういう風に言われるかもなあ、特に今は。
中国の国雄たるの関羽にチンケないちゃもんつけてるような奴はなお更だな。

686 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 00:38:40 ID:vQahngbg0
60年前にアメリカに負けたから今はおとなしくしてるが日本は古来より戦いに一番の誇りを持つ民族であることを忘れるなよ。
なんなら国家を挙げて日本に宣戦布告してみろ。中国人は口ばかりでいざとなれば何もできまい。

687 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 00:48:27 ID:UboGJ2iS0
しかし、そうなると日本への物資輸出も止められてしまうな。
ついでにミサイルまで飛んできそうだ。

どうするよ、日本?

688 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 00:48:56 ID:vQahngbg0
昔の中国は魅力があったが今の中国などヨボヨボの老人のようなものだ。脳味噌は空で口だけが達者だ。

689 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 00:50:52 ID:vQahngbg0
戦うに決まっている。今の日本の若者はこれまでの数十年の平和主義とは違うぞ。

690 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 00:54:14 ID:vQahngbg0
本当に日本にミサイルを飛ばす度胸など中国にありはしない。やっているのは必ず勝てる弱い地域をいじめるという最低の行為だけだ。
ミサイルを飛ばす気があるなら口で言う前にまずミサイルを撃ち込め。それができないならはじめから言うな。

691 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 01:06:42 ID:vQahngbg0
日本人は中国が「戦争にいたる決定的な行動」を起こすことを今か今かと待っている。ミサイルでもロケットでも明日にでも撃ち込め。

692 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/06(土) 11:45:06 ID:OxX0vpRD0
まぁスレタイみようぜ。

693 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 00:25:18 ID:cXte1EV/0
>>682
心底どうでもいいってのなら、スルーしろよな

何でこんなことに執着するのか理解できない

694 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 06:37:28 ID:5yzHHDLw0

668 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2008/09/05(金) 00:30:15 ID:Jk8b3/xZ0
で?

670 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2008/09/05(金) 00:46:58 ID:Jk8b3/xZ0
人間性人間性って人間性ごときで何が変わるんだっつー話だな。

673 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2008/09/05(金) 01:21:56 ID:Jk8b3/xZ0
あれは張達、范彊が呉に降るための手土産だろ。
現に降伏しているんだから。

682 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2008/09/05(金) 23:31:11 ID:Jk8b3/xZ0
別に誰がどう思ってようが心底どうでもいい
少なくとも関羽の能力を語る場合においては全く関係がない
何でこんなことに執着するのか理解できない


695 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 08:41:27 ID:liXbCJBD0


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