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【三国志を】後漢王朝が生き残る方法【阻止】

1 :劉秀:2007/03/26(月) 16:31:02 ID:ee07ze5/0
 黄巾の乱の後、後漢王朝最後の皇帝となってしまった劉協。

 彼はどうすれば、後漢王朝を滅亡の淵から救い上げて、三国時代の到来を阻止し、
中興の祖となることができたでしょうか?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/26(月) 17:26:24 ID:zgsNAI5g0
永遠に死ななきゃよかった

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/26(月) 18:47:51 ID:rp498KJm0

匈奴の単于の下に逃げ込み、機会を待つ

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/26(月) 19:19:43 ID:5cetSgf/0
宦官の専横を許した時点で滅亡まっしぐら。


5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/26(月) 20:26:55 ID:8Prhfo0Y0
マジレスするなら、章帝以降の皇帝が揃って若死にしたせいで、本来なら
代を追って強化されるべき帝権が弱いままだったのが、衰退の大きな理由だと
思う。
「皇帝が若死に→必然的に次代は幼主」
になったために、皇太后による臨朝称制が常態化しちゃった(=政治が
外戚に左右されてしまう、代替わりのたびに政権抗争が起こってしまう)
わけだから。
特に問題だったのが、安帝時代のケ太后ですかね?
「自分は女だから、士人(男)を近づけると倫理上まずい」
ことを理由に、中常侍を宦官から登用しだしたのが、宦官専横の原因に…。


…結局、後漢末の混乱って、宿痾化した負の積み重ねが招いたものであって、
どうあがいても不可避だったと思うのですよ。
それこそ、チンギス・カァン(ハーンと言うと杉山がブチ切れるらしい)が
この時代に降臨したとしても、天下再統一は不可能でしょう。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 13:33:45 ID:ZclnkOsm0
個人として時代の流れの前に逆らえないでしょ

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 22:20:01 ID:Rw7ree8G0
生き残るでいいのなら涼州あたりで細々と割拠じゃね

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 23:03:24 ID:ZtyCdL9v0
蜀に割拠するw

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/28(水) 09:36:52 ID:6z0zdvyJ0
(♯^ω^)ビキビキ

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/01(日) 12:00:19 ID:SS0ilgi20
江戸時代の朝廷のような存在になる
のは無理か

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/01(日) 15:33:53 ID:eHtvJouI0
無理っす

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/01(日) 23:52:50 ID:u0s7QLxJ0
春秋時代の周朝は?と思ったが、
誰かが統一してしまったら、やばいな。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/02(月) 02:34:29 ID:uZK3yuTP0
曹操に国名を漢にすることを条件に禅譲

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/02(月) 09:20:46 ID:GFPAtuyz0
ソウヒが変えそう

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/02(月) 09:52:20 ID:CiVfojTS0
皇甫嵩に帝位を譲る

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/02(月) 20:32:46 ID:4QMZDuqR0
それだ!

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/02(月) 21:36:32 ID:0sEkolix0
曹不を養子にする

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/03(火) 09:22:23 ID:KsGrP8R80
( ^ω^) お?

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/04(水) 16:03:08 ID:OIP2tHcoO
曹一族を紂殺するしかないのでは?

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/04(水) 20:56:31 ID:ET/T9TzA0
20get!

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/17(火) 09:28:08 ID:OH9zjZpQ0
蜀漢に継承させるしかないな

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 11:51:19 ID:PUJBkvJ00
仮に劉備が曹操を排して天下を統一しても、
やはり禅譲を迫っただろうね。

劉備は劉氏だから国号を変える必要がないし、
曹父子よりはるかに抵抗が少なさそう。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 12:52:11 ID:KtebAxSG0
>>5
>>11
>>22
なにか、こういう考えにも一面的というような違和感を感じる。
漢王朝に忠誠を誓っている家臣もいたし、
(今の日本の天皇家にも忠誠を感じている人がいるのに)
また、漢王朝が存続した方が利益が多いと思う豪族や名士、外戚もいたのだから、
献帝や劉虞の方が少なくとも劉備や呂布よりは出発点は好条件だし、
彼らがチンギス・カァン並の才能を持っていたも、存続は不可能と思えるほど、
状況は悪いかな。トップに立つ個人の持つ力量を軽視し過ぎじゃないか。
本人じゃないとはいえ、光武帝は再興しているし。
劉備も本人が帝位につくと抵抗があるから、実権だけ握ることにする可能性の方が高いと思う
一応、一族と認められているので王位につくことも抵抗ないし、
献帝の方から誅殺を試みて、廃位される危険をおかすことはないかも知れない
禅譲は曹丕がやったから先例となり、そのまま踏襲されただけで
ここで漢王朝が続いたら五胡の襲来、ひょっとしたら、モンゴルの襲来まで
続いたかも知れないよ

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 13:29:24 ID:UpfAOMqb0
ジンギスカンは所詮蒙古族の皇帝。
漢族の皇帝とは土台が異なる。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 13:34:22 ID:69IhdvJmO
献帝に光武帝どころかテムジン並の才能あったとしても兵も権力もなかったからな
如何ともし難いのが現実だろう
あと漢の皇帝に「傀儡として」存続して欲しかった大臣や名士や群雄はいても、献帝の命に服すという意味で忠誠を誓うような奴がどれだけいたかね?
皇帝は群雄の囚われ人でしかなく、各地に自称皇帝や自称王が生まれ、袁紹や曹操ら有力群雄に漢への忠誠は無く、皇帝の自由になる軍事力も無い
献帝の代に至っては誰が禅譲を迫るか程度の問題で、漢はもう詰んでるんだよ
多分生き残る最後のチャンスは宦官殺戮
あれが無ければ皇帝の権力・権威はああまで無惨に失墜はしなかったはず

孟子が代表的だけど、中国では革命を肯定してる(むしろ、一つの王朝による支配には期限があると考えてたらしい)から、日本の天皇のようになることはまずあり得ない
天下の混乱が落ち着けば、必然的に漢は終わるんだよ

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 14:50:04 ID:KtebAxSG0
>>25
高論ありがとう。あなたの言われることは良くわかる

ただ、テムジン並の才能があれば、個人的には王允や呂布、董承、楊奉などを心服させ、
李カクらを打倒し、その兵力を奪い、再興も可能であると思うがこれは空論
なのでやめておく。(もちろん、政治・行政にも大改革を行わねばならないだろう)

しかし、
>献帝の代に至っては誰が禅譲を迫るか程度の問題で、漢はもう詰んでるんだよ
>天下の混乱が落ち着けば、必然的に漢は終わるんだよ

これは言い過ぎなのでは? 自称皇帝の袁術はあれほどの大勢力なのに、
皇帝を名乗ったばかりに群雄から叩かれまくって滅亡したし。
曹操も漢から禅譲を受ける下準備でかなりの時間を割かれたようだし
劉備の漢中王はむしろ漢王朝の権威があると、少なくとも蜀陣営では
信じ込まれたいたことを裏付けるものだし。
それに禅譲が行われたのは神話の時代であり、周、秦、新(これもやったけど)は
みな新しい王朝に討ち滅ぼされている。
(王莽の真似などやりたい奴などおらん。かえって不吉だ)
直前まで臣下の礼をとっていた人間がいきなり無力な主君の家を滅ぼすのは
不自然だし、(周、秦、新はこの例に入らない)
日本の藤原氏のやり方の方が無用な責任や義務が生じにくいのでこっちを採用すること
もあり得ると思う。
天子の儀礼は政治家としては時間のロスが多すぎる。他人に預けた方が楽だ。
漢王朝は後代の他の王朝とは権威が違う。一度、復活をとげ、それから200年経っている。
ここで生まれた人間は全て漢王朝の臣下であった。
孟子の時代と違い、禅譲や放伐はおとぎ話に近かったはず。
王朝が変わることには心理的な抵抗がかなりあるはず。
政治システムを変えることに成功すれば(現実には無理な仮定だろうけど)
存続は可能だったのではないだろうか?

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 14:51:44 ID:UpfAOMqb0
蒙古族と漢族を同列に並べるな。
蒙古兵が遊牧民の風俗上、軍隊というハードとして異常に強かったのであって、
それをジンギスカンというソフトのスペックに直結するのは理不尽。
東洋最高の英雄はジンギスカンで俺も異論はないが、
支那のトップとしての互換性は薄いだろうが。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 15:00:07 ID:UpfAOMqb0
また英雄といっても所詮は一個人。
親の七光りや資本の背景無しに英雄たる個性を維持することは容易ではない。
(ジンギスカンは窮極の逆境から頂点に立った最強レベルの個性だけど、それが支那でそのまま通用するとは限らん)

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 15:06:55 ID:UpfAOMqb0
そもそも献帝は守成の素材としては十分すぎるのだ。
生まれた時代が水に合わないと考えるべきだろう。
だから、必然的に軍人として台頭してきた劉備が劉氏代表としての再構成の期待を背負うのも無理は無い。
仮に統一が為ったとして、建国の功臣の末路はどうなるかな?
玄武門の変が400年早くなるだけだろうよ。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 15:11:09 ID:mpAgslZN0
日本などとは違って、中国の民衆はちからづく、という言葉を良く知っているし体現もしている。
日本はどういうわけか、政権が悪政を敷いていても、地域的な反乱(というかブーイング)
はあっても、政権それ自体をどうこうしようという発想はなかったようだ。
そういうことをやったのは、ある程度権威をもった階級のものがやっているにすぎない。

中国では知識階級ナニソレな人種が多く流入できる土地柄(地続き)だから、矛盾の多い政権末期には
内部から民衆の怒りが爆発するか、遠からず他国から圧迫されて終る。
日本は引き篭もりてきに、なぁなぁで維持して来たに過ぎない…(とさえ感じるくらい)
それに儀礼というものは、国家が大多数の民衆を支配するためにはかかせないパフォーマンスであり
現代のような政治と混同してはならない。
というか、今の政治化だって見え透いたパフォーマンスはよくするし、それによって人気をとろうともする。
多少、表現が近代的なだけで、メンタリティはそう変わるものではない。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 15:17:34 ID:UpfAOMqb0
「徳無き恐怖は忌まわしく、恐怖無き徳は無力である」とロベスピエールは言った。
黄巾の乱から何十年の戦乱か知らないが、社会基盤が完全崩壊してるのは間違いない。
そのような暗黒時代の収拾において求められるのは、唐太宗のような「徳と恐怖を両全した絶対天子」だ。
徳無き恐怖の権化である曹操と、恐怖無き徳として御輿に奉られた献帝の二頭体制で上手くいったのは袁氏勢力の消滅まで。
あとは曹操自身が簒奪の最右翼だった。
劉備は曹操より小粒だが、補佐さえマトモなら十分すぎるほど「徳と恐怖を両全した天子」として機能する。
まあ劉備死後は後漢以上に脆い政権が出来上がるだけだろうがな。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 15:18:01 ID:69IhdvJmO
>>26
レスありがとう

曹操・曹丕の禅譲は完全に新のパクリだよ
帝位が禅譲されうることは先に王莽が示してるわけだ

荀イクは漢の皇帝を単なる傀儡とみなし、魯粛に至っては漢を完全に見捨てている
曹操と袁紹は若い頃に天下取りの方策を語り合い、劉備は子供の頃から皇帝になることを夢見ていた
「漢はもうダメ」はほとんど当時の群雄や名士の統一見解に近い

ただ袁術の末路に象徴されるようにすぐ取って代わる勢力が出なかったのは、新たな王朝になる側に天下を治める資格(具体的には天下の統一)がなかったから
だから天下の混乱が収まれば漢は終わる、と条件を付けた

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 16:06:57 ID:O0RqGdlf0
やっぱり一番可能性があるなら遠い皇族から劉秀のような英傑が出て漢の名を継ぐしかないんじゃね?
劉備もそれを狙ってたんだろ
前漢と後漢は皇帝が遠い親戚ってだけで中身はかなり別物だし

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 16:19:11 ID:KtebAxSG0
>>27
>>28
テムジンというのはただの例だよ。別に光武帝でも曹操でも劉備でも袁紹でもいい
ただ、テムジンと東洋第一の英雄なのであげただけ
無意味な仮定だけど、自分は英雄の才能はどの地域、どの時代でもある程度互換性は
あると思っているから。
(これまた無意味だが)献帝が軍事的天才ならば、呂布などを皇帝という権威もあって
心服できたかも知れないと思っただけ。そうならば、兵力も手に入るし、再興は可能と。
これは現実に起こってみないと分からない。
空論だからここまでにしよう
でも、
>献帝は守成の素材としては十分すぎるのだ
には完全に同意。凡人よりかなり上の才能だろう。
偶発的な血筋で、皇帝に就任する人物にこれ以上期待するのは無理だろう。
だから、
>>32
のいう通り、「漢はもうダメ」はよく分かる。
だが、魏は漢に完全にとって代われたかというと必ずしもそうではない
かなり権威は落ちる。駄目な漢より魏の方がとって代わられる時の抵抗は
はるかに少ない。
自分はまだ400年の余光は残っていたと思う。
(魯粛はともかく、曹操・袁紹・劉備は漢の実権を握ることを夢見ていたような
 気がする。劉備のアレは「劉邦・劉秀になりたい!」程度の意味じゃないだろうか)
自分は王允、呂布を手足として使いこなし、政治改革をある程度できる
ぐらいの才能が献帝にあれば、漢王朝再興は可能だったと思うのだが
(呂布が本当に裏切らないかどうかは問わない。あくまで仮定だから
 また、現実にこれほどのことを行うのは公孫サンや袁術クラスでも難しいだろう
 上記にあげた人物の才能が献帝に宿るのは天文学的確率なのだが)

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 17:36:14 ID:UpfAOMqb0
>>34
曹操は結局未遂だが、
献帝の保護を拒否した袁紹と、帝位を僭称した劉備はアウトだろ。

俺は英雄は状況が創り出す者と思う人間なので、
英雄に相応しい人間が常に英雄として認められるラッキーチャンスを掴めるとは思わん。
だから、献帝が>>34で求められたような厨パワーを手にしても、霊帝以後では発揮自体が難しい。
仮定を重ねて、統一したとしても、煬帝や崇禎帝みたいな何処か無理のある男になるだけ。
その改革は一代で引っくり返されるだろう。曹操が息子にやられたみたいに。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 21:32:26 ID:7BM+ZRaL0
劉封age

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 21:48:33 ID:gE121Eed0
正直献帝のときにはもう手の施しようが無かったと思う。
跋扈将軍の専横などかなり前の段階で後漢王朝は既に有名無実化していた。
つまり後漢王朝を延命させるにはもっと前の段階で手を打たねばならないと思う。

光武帝は建国の功臣のうち、豪族出身者の者には実職を与えないというやり方で豪族の力を抑えようとしたけど、
息子の明帝や孫の章帝等の優秀な皇帝が位にあるうちはそれで良かったが、それ以降は結局豪族達が外戚化し後漢王朝は形骸化していった。
後漢王朝を延命させるには光武帝が、明の洪武帝のように功臣連中を徹底的に粛清しておくしかなかったと思う。


38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 21:53:26 ID:mGjwh7UU0
いっそのこと高昌国みたいにってのはどうよ

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/23(月) 01:37:55 ID:mJMitn2v0
粛清したところで効果があるとは思えない。
外戚の弊害は独裁制が完成を迎えるまで続いたし、完成しても別の問題が出た。
宦官に至っては辛亥革命まで取り除くことは不可能だった。
まあ後漢は最初の三代の遺産で続いたようなものだ。
あの時代までもったこと時代が既に凄い。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/23(月) 09:28:47 ID:K3fpI6sg0
粛清粛清ってなんかすごいなw

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 10:57:37 ID:ZYx+J5s+0
後漢の不幸は4代目以降が全部赤子同然の幼少や20台いかずに死んでるところが不幸すぎる
普通の皇帝が続いてたら長持ちしたかも

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 12:17:06 ID:Mr8V9DZPO
霊帝は売官などで得た金で中央軍の強化再編を行っていた(西園八校尉のこと)
地方の混乱自体は抑えようがないとしても、この再編された中央軍が皇帝の元に機能すれば、地方軍閥が乱立しても漢の皇帝は自前の軍事力で独立を保ち天下に号令をかけることも出来たのではないか
霊帝の若死と、それにより西園軍を指導すべき宦官と外戚何氏が共に滅んだのが痛い

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 12:58:08 ID:PSDnZ9P20
ソフトバンク携帯について

この携帯は「全然つながらないから解約しようとしたら、6万請求された」とよく聞く(※)。
(つながりにくい理由は、ソフトバンクが使用する周波数が建物に弱いこと等、色々)
そして、各種プランが良くないが、ホワイトプランが特に良くない。
携帯のメーカーの数で考えて「友人の4分の1くらいは持ってる?」と考えがちだが…

  ソフトバンク携帯を持つのは 約300人 に 1人。

300人の友人がいても、確率的にはそのうち1人しか無料にならない。(契約数/日本人口で計算)
その1人以外の通信料はすべて、他社の約2倍。1日たった7分でも月に1万円を超える。

トップが朝鮮人だからとは言わないが、日本人の客の満足度を真剣に考えてるとは思えない。
つながりにくいことにも、予想以上に金がかかることにも、解約金にも、すべて「後から」気づく。
「金さえとれば後で文句を言われてもOK」とも感じるので、気をつけて欲しい。

※…新聞記事は「0円携帯 解約に6万円 県、ソフトバンクに改善要望」で検索
  ↓ついでに。カモにされてるのは、ソフトバンク株を買ってる者も同じだった…
  ttp://news21.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1176891847/

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 09:27:33 ID:ag+Vf7uT0
漢時代、劉姓を勝手に名乗るのは無理?

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 12:50:58 ID:gkrqTRgc0
>>41
そうだろうね。


46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 22:27:07 ID:Ua8Fts090
>>44
うーん、どうでしょう

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 21:56:22 ID:AaZ4+H710
姓は無理じゃないけど皇族はたとえ遠くても税の免除などの特典があるので同時に詐称は死罪らしい
このことから劉備はやっぱり皇族の末裔じゃないかという説もある

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 00:03:46 ID:xhcZZxPi0
漢王朝の戸籍を調べた上で、皇叔って称号をもらったんだから、
劉備の劉姓が詐称ってことはないだろう。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 00:45:00 ID:UVT3hVNo0
なるほど、家柄では
劉備>>>>>>>>曹操>>>孫堅 って感じかな?

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 01:53:24 ID:Gip8Wzty0
先祖だと自称していた中山王劉勝には百二十人以上子供がいたからな
その血を劉備が引いていてもおかしくない

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 04:19:04 ID:qjDKK+B30
200年たつと、皇帝の血縁が、むしろを織って暮らしてるんだな

52 :劉邦:2007/04/28(土) 05:48:22 ID:7tmJZCnW0
董卓の専横はきになるが、自分の応援している劉備なら三国志の世界でも生き残れるはずだ。慧眼もすぐれてるしね。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 06:44:37 ID:C/pxkiN70
マジレスすると、黄巾党の兵乱すら秒殺した後漢王朝がアッサリ滅んだのは、以下の理由が挙げられる。
・何進が勅によって上洛を正当化した
・劉焉が州牧制を作り、地方政務官に独立裁量権と兵権を与えた

まず、何進が勅で地方の兵力を洛陽に集中させたせいで、地方で反乱が勃発し、異民族が侵入した。
これが、三国志における兵乱の直接的要因。
宦官、官僚、外戚が内ゲバやってただけだったのが、外部勢力の介入まで招いてしまった訳で。

次に、劉焉が提唱した州牧制によって、地方軍閥の割拠が完全に正当化されてしまった。
しかも、法的根拠の上に実力も伴ってるんで、おいそれと首のすげ替えが出来なくなってしまった。

この二つの出来事が無きゃ、後漢王朝はまだ少しは続いてたんじゃないのかと思える。
勢力の興亡は、政治的実権を誰が握っているかよりも、全体の統制が利いてることのほうが重要な訳で。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 10:35:43 ID:6AdcJFKE0
うーむ・・・

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 11:11:27 ID:n/lFAQzd0
>>51
実質、前王朝の傍系の子孫でしかないからな。
中山靖王の子孫だという事が事実だとしてもね。
ただ莚を織って生計を立てていた直接の理由は父親が死んで収入が絶たれたからで、父親が生きていたら免職されない限りそこまで貧窮はしないであろう。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 20:02:16 ID:zoDbGrmnO
>>53
そもそも後漢は黄巾を瞬殺してない
政権にとって重要な地域と黄巾の本拠地だけ平定して、各地の残党(といってもかなりの規模)は残っていた
他の群盗やら妖賊やらを含め、各地は霊帝の頃からかなり荒廃してた
それに何進が呼んだ地方の軍なんて一部だろう。異民族侵入は元からの傾向だし大々的にやったという意味では曹操の強制移住の方が重大

何進が生きていれば彼がリーダーシップを発揮して中央を制圧し地方の軍を鎮撫できただろうから、大した問題にはならなかったはず(最も、その場合は最後には何進の王朝が成立してしまうだろうが…ということは後漢はやはり終わりなのか)

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 20:31:29 ID:C/pxkiN70
>>56
黄巾は大きなものは纏めて滅ぼしましたが、確かに残党は各地に残ってますね。
ただ、それが糾合するに至らず、収束に向かったのは、結局頭を叩いた事が大きいのではないでしょうか。
黄巾党の乱は結局、後漢を叩き潰すのには力不足だったと言えると考えられます。
他の賊も、中央の意向が機能している地域では滅ぼされている事を考えても、
少なくとも霊帝末期の頃には、事態は一度収束に向かっていると言えるのではないでしょうか。

董卓と丁原が軍勢をこぞって引き上げさせた事は、遊牧民が漢土に侵入する事を助けました。
というより、この二人、むしろ積極的に遊牧民の軍を利用していますよね。
遊牧民の侵入は、涼州荒廃、ヘイ州失墜の直接的要因ですし、五胡十六国時代到来の遠因です。
確かに、霊帝時代には鮮卑の壇石塊など絶対に無視できない存在もいますが、
彼の死によって勢力が一度衰退した事を考えると、やはり直接的な原因は、漢土への侵入が大きいのでは。
現に、曹操が先行して叩いた烏丸は、後の時代には殆ど活動が見られません。
他方、それ以外の方面は、魏国が統治した時点では、既に事態は収拾の付かない所にまで陥っています。
ひとたび平地に遊牧民が侵入した後は、鎮圧に当たった司令官の能力を問うのは酷ではないでしょうか。
張既、梁習、田豫、牽招、馬隆のような存在は、中国史を通じてもむしろ稀でしょう。
南蛮と山越が進入しきらなかったのは、遊牧民ではなかった事が大きいと思われます。
何進が仮に宦官を見事に一掃しても、勅を発してしまったなら、結局元の木阿弥になったように思います。

ただ確かに、事態は霊帝時代から最悪であり、結局の所霊帝時代からじゃなければ…というのは同意です。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 22:27:45 ID:9K7gSqq40
霊帝でお手遅れかな・・・・

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 22:57:16 ID:zoDbGrmnO
霊帝は中央軍改革をやってたが手遅れだろうし、何より中途半端で終わった感が強い

豪族の支配力が戦乱により強まり、強くなった豪族が戦乱を引き起こすというスパイラルだから、豪族が主体となる政権が成立するまでは混乱は収まらない

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 23:02:37 ID:C/pxkiN70
つまり結局、群雄割拠は防げない。
曹操のようなのが延々現われて、周公旦やってくれないと滅亡。と。オワットル

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 23:11:27 ID:zoDbGrmnO
>>60
董卓や李カクがもっとしっかりしてて天下を一応抑えていたらいずれ簒奪してただろうし、袁紹が曹操に勝っていたらじきに天下統一して禅譲を迫っていただろう
曹操が微妙に勝ち切れない勢力だったからなかなか簒奪に至らなかっただけで、いずれ禅譲の道具になるだけだね
曹操死後に後継争いがあったりしたら漢ももう少しは長生きしただろうけど、少しの差だろうな

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 23:16:16 ID:C/pxkiN70
>>61
周公旦プランですら、駄目なのか。どーすりゃ良いんだw

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 23:22:21 ID:zoDbGrmnO
>>62
その周公旦にも周王になったという説がある時点で終わってる

まあ皇帝を擁立する勢力が力を付け始めたら逃げるか殺すかし続ければいいんだよ

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/28(土) 23:32:15 ID:C/pxkiN70
>>63
王朝存続の為に延々と兵禍と粛清って…それって国家全体を見渡せば百害あって一理なしのようなw

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 08:21:33 ID:W7C7Uym90
劉備が同姓革命をすれば、ナショナリストもロイヤリストも目をつぶるだろう。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 11:24:27 ID:a6hnRi1OO
>>64
その通りだと思うよ
だから荀イクだって誰だって皇帝を傀儡として連れてきましょうとは言っても権力や軍事力を返上しましょうなどとは言わなかった

>>65
劉焉が皇帝になる野望を秘めて益州に向かったのや、袁紹が劉虞を立てようとしたのは正にその発想
いくら後漢の系統が天命を失ったとはいえ、いきなり全く別の氏の王朝が立つことには抵抗も大きいが、劉氏の中でふさわしい人物に交替し、天命を新たに受けるという格好なら抵抗も少ない

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 11:58:50 ID:DWTSJYdx0
黄巾の乱は、光武帝が軍縮で地方軍を減らしたため即座に対応できず大きくなったんで、
元々は大した反乱じゃなかったのかも
あと、中央軍も都の近くとはいえ地方に駐屯していたから、
首都の兵力が執金吾ぐらいしかなく、西園八校尉を新設せざるをえなくなった。
建国時の、名将がたくさんいて少数の兵力で十分という状態がずっと続いたからで、
もっと早く軍制改革していれば何とかなったかも。
財政破綻したかも知れんけど。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 00:16:48 ID:qUppqtXV0
>>66
まぁたしかに劉一門なら抵抗は少ないだろうが
そうなると皇帝候補擁立合戦になるね

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 02:15:31 ID:Q0NsKhneO
>>68
でも実績と評判のある奴でないと劉氏でも誰も支持しないよ
単に劉氏というだけなら血筋の分だけ劉協の方がマシなわけで
だから実際には擁立合戦まではならなかった

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 05:25:51 ID:5evbkO/+0
>>69
劉焉、劉虞、劉岱、劉寵、劉表、劉ヨウでも駄目だったあたり、
もう血筋以外じゃ光武帝クラスじゃない限り、天下一丸となって奉戴とはいかなかったんだろうな。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 11:03:50 ID:Bz5jjp+Q0
擁立者の力次第

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 12:31:30 ID:Mi+sJO6UO
擁立者というより劉氏本人の実力だね
劉虞に即位待望論が生じたのは、彼自身に幽州牧等として実績があったから

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/01(火) 15:07:59 ID:RuGazFjB0
まぁ、劉虞の場合は、頭の中にお花畑が咲いてた。
だから、公孫サンとかには嫌われてしまった訳だけどな。
兵力居などは劉虞が殺される前から、劉虞に臣従するフリしつつ、周辺を荒らしまわってたわけで。

しかし、牧としての実績は紛れもなく本人の能力による所だから、あれでダメならもう他でもダメだろうな。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 09:17:52 ID:ZL4pxrYP0
兵力居って強そうな名前だよね

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/02(水) 14:18:09 ID:1Hs+xGvx0
曹豹も名前だけで人気が出た。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 00:27:39 ID:/7FGHJZh0
( ;∀;) イイハナシダナー

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 00:31:29 ID:rnB6Lpjc0
しかし、ここにいる誰かがタイムスリップして献帝に仕えても
どうしようもないわな。せいぜい予言者として名を残すか?

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 00:39:38 ID:gEbsqImq0
>>77
予言して未来が変わり、知識と違う方向行ったら、後は腹決めて生き残りを図るしかないな。

ちなみに、前に友人と話してた時には、塩商人として生き抜くのが一番てっとり早いという結論だった。
三国時代の藻塩法と、流下式までの製法の差で約3000倍以上、生産力に差が出て来るんで。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 00:41:57 ID:9VCfmkDgO
>>77
楊奉に、曹操と董昭と徐晃の言うことは聞くなと教えてやったら歴史が変わるかもしれない

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 00:58:12 ID:Xn4uk00j0
呂布を討伐した時点で曹操が野心を見せなければよかったと思う。
あの時点では、曹操も漢朝の臣として劉備や袁紹とも協力体制を維持できていたわけだし。
重臣として帝を曹操が補佐していけば、漢は逆賊に侵されることもなく安泰だった・・・かな?


81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 01:18:26 ID:gEbsqImq0
野心バリバリの袁紹をどう処理するのか。
功績を挙げていくと、いずれ皇族として迎え入れられかねない劉備をどうするのか。

この2つの問題が頭を悩ませる所だ。

献帝自身に、曹操におんぶに抱っこじゃ嫌だという意識が強いからなぁ。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 01:42:48 ID:rnB6Lpjc0
演義か平話だけど、張飛が董卓に会うなり、
「気にくわねぇ、ぶち殺してやる」
今度は曹操に会うなり、
「着にくわねぇ、ぶち殺してやる」
 
二人が張飛を止めなきゃ、歴史は変わっていたのだろうと思った。

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 01:44:09 ID:rnB6Lpjc0
>>82
> 「着にくわねぇ、ぶち殺してやる」

 あっ、誤変換すみません。


84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 01:45:35 ID:gEbsqImq0
>>82
確かに変わりそうだけど、それだと桃園三兄弟がただのテロリストで終わってしまうwww

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 03:16:34 ID:SMCZXgIUO
かなりカオスだなw

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 08:39:35 ID:Dynep93KO
実際関羽もりゅうびもテロリストになるのはまずいと思ったから止めたんだろうしねw

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 08:41:30 ID:Dynep93KO
実際関羽もりゅうびもテロリストになるのはまずいと思ったから止めたんだろうしねw

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 11:19:22 ID:1eY13Fr40
( ^ω^) なんで二回書くのw

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 14:04:40 ID:kL0mpqpq0
sage

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 14:21:44 ID:klH6FrcG0
史記には刺客列伝があるが、三国時代、目立った刺客はいないのかな

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 15:44:29 ID:gWalmGSK0
>>90
蜀の大将軍・費イを殺した郭循くらいかなぁ。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 09:26:25 ID:I+kyuZ120
董宅を殺した呂布や韓玄を殺した魏延

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 15:08:40 ID:xQuNlRPm0
最初、魏延は魏の将だと思った
最初、呉蘭は呉の将だと思った

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 18:56:41 ID:irEPX+xJ0
何故だ。何故みんな存在を無視するんだ。
そう、公孫氏の存在を…!

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 20:30:15 ID:53N3p5mH0
こうさんそん

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/07(月) 09:20:33 ID:VTJkRa7u0
>>95
(♯^ω^)ビキビキ

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/07(月) 09:26:12 ID:9kCeXPPM0
安藩万とかこの時代の異民族にいそうな名前だよね
…ごめん

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/09(水) 09:23:34 ID:J/3wbF9p0
>>97       ___
          ./    \
          .| ^   ^ |
          | .>ノ(、_, )ヽ、.| <あまり私を怒らせないほうがいい
         __! ! -=ニ=- ノ!___
    /´ ̄ ̄ .|\`ニニ´/    `ヽ
   {      .|__  ̄ ̄ヾ      } 
   i;;',,,  r---イ     /|,、_,,  ,',;:',i
   .l;';',;,,  }  /;\     / ヽ / ,;,;;',;l
   .|;;',;,   } ./;;;,, \   / ;;;;;;ヽ ,,;;','i
   i;',,   / /;;,',';;  ノ--, ',',;;::',',゙i ,,';';i
   i;,';  /./,',',';;" /   \ ',',',;;,'i ,;',i
  /  / i 、  /    ヽ ',;::'、|  \
 ヽヽヽヾ丿  〈       ヽ''  {////
  ```` ト,   i        | 、 i´´´

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/11(金) 10:16:50 ID:OEq5Bva/0
こやつらwwww

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/13(日) 00:33:44 ID:3yxrrmTY0
100get!

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 09:37:16 ID:2Yzy/Tsp0
あげ

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 09:31:01 ID:XVhyJ7+k0

こうほすう

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 22:03:47 ID:coP8UG7Z0
>>102
エロい

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/22(火) 09:53:36 ID:rdjxAAEi0
sage

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 09:22:26 ID:W3+DG4f70
>>103
ないっすwww

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/26(土) 10:49:52 ID:tb073Dzq0
劉延が天下を取れば

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/28(月) 09:17:29 ID:QsbTQ1qw0
( ^ω^) おっおっおっ

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/30(水) 09:30:02 ID:X20qMypf0
晋の八王の乱直前に劉氏の生き残りがクーデターすればおk

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 22:02:19 ID:WAQTmCuv0
550get!

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 09:21:51 ID:yt6NiTIw0
どこの誤爆だw

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 22:25:48 ID:C8ZVXavkO
>>108
したようなものじゃん




え、アレは劉氏と認められない?

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 20:18:42 ID:KPmjUHmb0
( ^ω^) ぅうむっ。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/14(木) 09:25:53 ID:cj+8L1jd0
劉裕

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 09:45:12 ID:TbdJmjSs0
曹操が赤壁で戦死すればおk

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 11:31:56 ID:B9ATigu+0
その戦死させるために、どうするかが問題だ。

そもそも赤壁時点での曹操の急死で、
曹氏政権はどれくらい弱体化しただろうか?

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 19:13:03 ID:fiLFkMcOO
>>115
董卓が暗殺された後や袁紹が死んだ後を思い返せばいい

荊州は劉ソウ一党が反旗を翻すだろうし、朝廷自体どう動くかわからん
主をなくした冀州では袁シンパが蜂起し、元々半独立状態の青・徐州(臧覇たち)は静観する
曹操の軍を継承すべき子はまだ若く、きっと曹氏一族の生き残りたちと曹操の側近だった奴らがそれぞれ自分に都合良い後継を傀儡にしようと争い、内戦に発展するだろう
上手く争いを制する者が現れればいいが、李・郭政権のように残党の連立政権となり、いずれ内乱または南方を制覇した勢力に敗北することになるんじゃないだろうか

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 20:44:30 ID:+ZmGbnHXO
歴史をねじまげようだなんておこがましいと思わんかね。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/23(土) 23:56:38 ID:kl0sCgIo0
( ^ω^) ぅうむっ。

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/25(月) 01:20:16 ID:bEgFSduDO
俺たちは馬鹿だ!

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 09:43:52 ID:DTxMNt4v0
120get!

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/04(水) 09:38:54 ID:OzX+JNCr0
何このスレ?

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/07(土) 10:43:42 ID:kVoSuzKc0
ねたすれ

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/11(水) 09:23:10 ID:JkJy4BC/0
>>116
符堅状態だな

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/15(日) 13:24:53 ID:FDJFEioJ0
sage

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 11:09:15 ID:5YZjLQHH0
>>116
曹氏政権がそのように分裂したとして、劉備と孫権は上手く付け入ることができるだろうか?
それとも地方に足場を築くことに注力するかな?

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 22:55:29 ID:H7wHys0s0
曹操の政治体制って官僚体系整ってたの?

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 23:21:57 ID:9VgNBVuF0
何だかんだで後漢政権の中枢の行政機構を取り込まないことには、
全国政権は無理だろう。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/24(金) 12:21:39 ID:GFsmmQYfO
>>126
分裂政権内に強力な劉・孫シンパがいるなら
影響を及ぼそうと謀るだろうけど、孫権は江東の地盤を維持しつつやるだろね。
対する劉備はその時の状況次第じゃないか。
地盤となる支配圏を持ってるか否かで対応はかなり変わる。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 21:17:25 ID:zWMbzd+g0
口頭の虎

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 22:36:00 ID:Ja3gE9UQ0
皇甫嵩が閻忠の計画に乗ってたらあるいは・・・
魏諷の乱が成功してれば・・・

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/31(金) 01:40:23 ID:wr4VWt4I0
後漢は、外戚にしろ宦官にしろ内部崩壊で滅んだから末期で復活は無理。

秀才とかあいまいで抽象的な人脈な登用制度止めて、科挙発明して
官僚重視の政治に意向すれば延命できたと思う。
後漢には傾いた王朝に鉄の忠誠を誓う人間が少なすぎた。
これを打破するには一時的な弊害が出ても、官僚、中央を優遇し求心
を得るしかない。完全な文治政治にすれば内部崩壊だけは避けれると思う。
高い金を餌に中央に、できる人材を集め厚遇する。

なぜなら、王朝が滅ぶと高い金が貰えなくなる→貧乏になる→王朝
を守らなければ飯が食えない 

黄巾も宦官らの跋扈で腐った政治が原因だからこうすれば黄巾も回避
できる。匈奴は当分は大丈夫なのでその間に立て直す。
曹操も元は車騎将軍が夢だったので官僚になれば結構素直に出世だけを目指す
と思われる。

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/01(土) 10:33:59 ID:17d97jEj0
野望をかなえれば、次の野望をみつけるかもしれない

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/01(土) 21:16:40 ID:FZarxrrL0
地方における荘園開発が隆盛している時代に、中央優遇がどれほどの効果を挙げるか分からんなあ。
中央で出世して、最終的に得られる年金(封邑)や爵位なんぞよりも
地方で豪奢を極めた方が楽じゃん、私兵雇えばそれなりに好き勝手できるし。
まあ、警察権力や公共福祉との衝突は避けられんが、中央が羌族の反乱鎮圧で
財政破綻しかけているんだから、相手もそこまで強気には出てこんだろう。
て言うか、て言うか、中央が立ち直る気配なさそうだし、地方で割拠して、生産力の高い郡県を
抑えちまえば、中央とも拮抗できそうじゃね?

科挙開発と言っても、誰も後漢末期にそんなこと考える奴らおらんかっただろうしねえ。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/01(土) 22:53:41 ID:O7pAKKXt0
>>131
さすがに釣りかとも思うけど、科挙っていくらなんでも無茶言い過ぎ。
何故なら、科挙自体が官僚になれるだけの教育を受けられる人間の絶対数の増加に支えられて存在しているから。
あの時代に官僚になれる人間ってのは、結局孝廉・茂才で推挙されるような人間。
つまり万が一科挙をやっても合格者は完全に固定され、貴族的な存在になるから、皇帝への忠誠は期待しにくくなる。つまり意味が無い。
皇帝に絶対の忠誠を誓う可能性があるのは、実は外戚と宦官のほうだしね。両者は皇帝しかよりどころがないから。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/01(土) 23:08:41 ID:nRxV66/60
結局、科挙を実施しても孝廉なんかと顔ぶれは変わらんか。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 13:14:53 ID:CahoJgz30
いや たすかに無理のある過程だとは思ったけど後漢の最大の欠点は
宦官と外戚と地方軍権。 

文治政治にすべきと思ったのは宋について考えたから。
宋は地方軍権が肥大した状況を打破するために文治政治を敷いた。
俺はある意味成功したと思う。ほとんどの王朝が内部腐敗から滅亡したが
宋に関しては少なくともその弊害が他より少なく強力な外圧で滅亡した。

いずれ五胡で滅亡という意味で王朝を延命させるならこの体制がいいと
考えた。宋は派閥争いはあったが文治、官僚優遇によって軍は弱体化した
が中央集権はある意味成功した。異民族が強力になれば滅亡するがそれまで
の後漢の政治腐敗は抑えることができるんじゃね?
光武帝は優秀だったが解決できなかった問題も多い。
延命させるには、後漢の政治システム根本を変えないと無理じゃね?

後漢は地方軍権を削ぐ必要ある。それにも宋モデルがいいかなと。
宋はこの官僚優遇措置で結果的には王朝への忠誠に繋がった部分がある。
宦官に関して教育を禁じる。皇帝任命は清モデルを使うことで外戚、後継
問題を補強できる。 これで100年は延命できると思うんだけど。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/02(日) 16:13:47 ID:Duc6qkyg0
>>136
徽宗時代の宋は極めて腐敗した時代だったよ、後漢末に負けず劣らずの。なんせ、
ストレートに水滸伝の時代だからね。仮に外圧がなかったとしても、五十年ともた
なかっただろうと思う。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/05(水) 09:26:23 ID:79ZDVJul0
水滸伝ハァハァ

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 09:49:21 ID:iZFvFJzg0
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8C%83%E6%9B%84

このハンヨーの<無神論>の項に引用されてる漢文の訳みたいなのは何だ?
これ正しい書き下しか?

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 10:22:51 ID:882jIp7C0
スレ違いだが、確かになんだこれ

「天道の性命、聖人の難言之、況して乃ち憶測を僅かに隠す、
 猖狂無妄之福、宗親の汚滅を、觖一切の功を以て哉!」

書き下すのか下さないのかはっきりしろよ(笑)

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 09:24:28 ID:lWwbqWMx0
( ^ω^) www

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 12:20:51 ID:MX8KfY3RO
遅レスすまんが劉備が禅譲迫るはずが無いだろ。
曹操もそうだけど上古の理想的権力移譲に習おうと思えば、
王位を譲られるのは王より年下でないと筋が通らない。


143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 12:05:04 ID:zbYh5XhV0
うーむ、やはり何進が宦官を誅滅できなかったのが原因でしょう。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 12:23:37 ID:O4RBM5ow0
>>142
曹丕は劉協より年上じゃなかったかな?
タメ?

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 13:22:07 ID:IJKMizNd0
182:孫権
184:劉協
187:曹丕
207:劉禅

だったはず。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 13:24:09 ID:O4RBM5ow0
>>145
曹丕の享年が40だったか。
即位年40の享年47だと勘違いしてたわ。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 21:55:19 ID:5weYgSCf0
ソウヒって実年齢39で死んだのか・・・・

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 06:10:33 ID:yUZNhbni0
彼の名を根拠に四十に届かず人生終わると予言されていたくらいだしな

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/14(金) 12:07:03 ID:9WyxaZz60
越えれば80までいくよ。でもいかねーだろうけどなw

って論調だった気がする

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 00:39:35 ID:RDrRjunr0
昼夜数えて80年です

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 03:39:22 ID:+UvLZgUN0
章帝があと10年長生きしてくれれば後漢は300年は延命したと思う。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 10:30:58 ID:Ss6VqTJv0
それはないと思う
むしろ全皇帝が10年ずつ長生きするぐらいじゃないと

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 10:41:03 ID:E8lckX230
いや、玉突き現象みたく章帝が10年長く生きれば、間違いなく後が変わる。


154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 12:00:16 ID:edeVlGat0
何であんなに揃って若死にするんだろうな?

後漢の宮廷の衛生状況ってそこまで劣悪だったのかしら

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 12:22:07 ID:E8lckX230
歴代の皇帝って長生きできてないね。総じて。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 23:25:09 ID:CjEBgadr0
>>155
基本的に望むものは何でも叶えられる立場だから、
唯一手に入らない不老長寿を望んで、水銀を服用する事例が多い。
死なないまでも、水銀中毒で身体が震えているような皇帝はたくさんいたんじゃないかと。



157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 23:34:34 ID:qVpV74gv0
その事例を挙げてくれ。できるだけたくさん。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/16(日) 11:47:05 ID:x/WjFRss0
事例をあげろといわれると困るが宮廷に怪しい薬を持ち込むやからが腐るほどいたのはちょっと中国史に詳しくなるといろいろなところで見かけるぞ
際たるのは始皇帝が徐福を蓬莱に行かしたこととか

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/17(月) 18:02:44 ID:Qb6BCcay0
ドラッグもあるかもしれんが若年死去が多い場合それだけでは説明がつかん
な。1つには食生活がある。どうやら当時の皇帝の食事はかなり高カロリー
だったらしく、ずーとそういう食生活をしている皇帝は当時の内臓の関係
から寿命を圧迫する可能性があるようだ。

皇帝となり贅沢をしすぎたことで逆に死期が早まったという。
この点を皇帝に指摘する臣下もいたらしいが医学という概念がかなり希薄
なのでスルーされたみたいだな。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/18(火) 20:09:51 ID:i//9IS0y0
なるほど・・・・

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/18(火) 23:14:27 ID:2ALZSMqf0
デブなのに運動しないから・・・
初代あたりは戦場で鍛えているから。


162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/19(水) 00:37:39 ID:gLb0XDW00
蜀の劉備は戦場に出なくなってから太ったと言っていたが
そんなに当時の支配層の食事は太りやすいものばっかだったのだろうか

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/19(水) 00:48:17 ID:D6+7vQt+0
エルビス・プレスリーみたいに暴飲暴食だったりするのでは。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 11:30:44 ID:kqg36Nwp0
>>162
私のイメージを壊さないで

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 23:30:17 ID:+RcJC0qs0
>>164
( ^ω^)おっおっおっおっおっ

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/02(火) 20:31:24 ID:Vn0+OaLG0
献帝の代わりにチンギスがいたとしてもどうにもならない。
当時の状況でチンギスの政治・戦争の才能があったとしてもあまり関係が無い。
むしろ必要なのは謀略の才能。献帝の代わりに司馬懿だったら可能性があったかもね。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/04(木) 13:21:33 ID:Dsh8pZrl0
人望もある程度は必要

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/08(月) 19:02:32 ID:HPSplHM40
献帝は曹操の傀儡とかよく言われて惰弱なイメージがあるけど
彼は彼なりに王朝の行く末を案じ
何度も曹操を廃そうともしてる事からそこまで無能でもなかったと思う
まあしいて言うなら時代と相手が悪かったんだよ
もし後漢中期に献帝がいたら中興の祖になっていたかもしれない

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 09:37:25 ID:b4dNVOu20
そうだね〜
徳川慶喜よりは優秀だね

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/11(木) 22:58:13 ID:8jGvhdRX0
うーん、結局何をしたという訳でもないし、能力があったとは思わんけど。
少なくとも個人的な能力は慶喜より下でしょ。君主としてどうだったかは保留としても。

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/16(火) 10:43:24 ID:B4ZFsbMu0
暴君じゃないだけマシだったのかも
まああの状態じゃ暴君にすらなれないが

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/17(水) 09:34:37 ID:6ELlxCfd0
>>170
さすがに慶喜よりはマシだろ

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/23(火) 09:24:08 ID:7aHstKAi0
徳川宗睦

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/23(火) 10:21:19 ID:rhR7eJjX0
>>168
だがその劉協ってのは曹操あってのもの。
曹操を中心としてようやく戦乱が収まりつつあったのに、
そこで曹操を廃したら再び群雄が割拠して今度こそ後漢は消滅するよ。
そんな事も分からん皇帝が中期に出て来たって滅亡早めるだけだろ。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/24(水) 09:34:12 ID:dVCV7vkU0
うーん、だうでせう〜

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 15:20:32 ID:3C2QTr2H0
献帝も、乱世でなければ、まあまあの名君程度に名前は残せたかもね。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 15:29:01 ID:pSBYfvBC0
末期の皇帝なんてそんなのばっかりじゃないか

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/02(金) 09:24:15 ID:UbIh/Aih0
末期の哀愁は好き

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/02(金) 11:19:03 ID:AvWhNWSf0
下手に能力と欲があったら、かえって流血が増えるだけのような

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/02(金) 11:20:29 ID:AvWhNWSf0
少なくとも自分は殺される

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/02(金) 11:46:02 ID:d7e1vVv/0
>>179
唐昭宗のことですか。

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/05(月) 21:04:43 ID:eDtbN4ji0
みごと傀儡から脱した皇帝って誰がいるかな?
宣帝はそれに近い面があるかもしれないが、漢の国力が違いすぎるしな。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/05(月) 22:50:55 ID:Gf3XZ7/z0
幼少で即位してた漢の武帝と秦の始皇帝ならいるな

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/05(月) 23:05:22 ID:wyjzokZR0
秦といえば昭襄王

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/07(水) 09:21:00 ID:MDTjJdNK0
EEEEEE?

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/07(水) 09:56:22 ID:H3623dYs0
康熙帝は?

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/07(水) 09:59:48 ID:H3623dYs0
それに鳴かず飛ばずの楚の荘王とか
あれは傀儡というわけではなかったか

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/07(水) 15:30:33 ID:LysWX+koO
三国志で言えば孫チンを斬った孫休なんかはどうだろう

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/07(水) 23:29:59 ID:MbaOYmVL0
>>186
康熙帝が最強な気がするな

漢の武帝はダメダメ

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/08(木) 00:23:47 ID:ZjjXd/p+0
むしろずっと傀儡だったらよかったのは、万暦帝か

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 17:55:18 ID:9OiLp7Y70
張居正は上手くやってくれてたのにな

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 22:05:21 ID:e5+Q36/40
>>188
( ^ω^)孫休は名君

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/15(木) 13:27:19 ID:TJq1t+qB0
曹操という人物が当時としてはかなり長生きだったしな。
やはり長く生きることができるかどうかっていうのは重要だ。

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/23(金) 20:32:33 ID:f2L3rD3i0
曹操と孫権は長生きだったね
劉備もそこそこか

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/24(土) 00:04:52 ID:JEG6zC4y0
劉備自身も62歳まで生きてるから、孫権の70歳はともかく
曹操の65歳とは大して差はないよ

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/24(土) 02:11:53 ID:1y+kWY+D0
人間50年の時代より1300年も前で60台はすごいよな

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/24(土) 02:14:08 ID:1y+kWY+D0
ツルポスレのみっちんはなんでブラクラはりつけてんだ?

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/27(火) 09:56:11 ID:ydAXbY7y0
( ^ω^)?

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/30(金) 20:32:18 ID:CquJviyX0
どうしても劉協で再興したいなら、
董卓が少帝を廃さず、劉協は外に逃れて世の荒波に揉まれるところから
始めてはどうだろう?

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/01(土) 22:54:22 ID:Nltrs0zy0
200get!

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/07(金) 23:53:47 ID:a7LPQPnO0
>>199
おまえは何を言ってるんだ

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/09(日) 21:00:17 ID:NA52iDob0
宣帝の真似をするということじゃろ。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/09(日) 22:19:12 ID:kuf/kOe60
>>202
献帝は実際にやろうとしてたじゃないか
曹操相手に

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 09:42:36 ID:yT1Fbqh20
そう、そうw

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 19:46:31 ID:/6weSf710
曹操を暗殺しようとするやつがほとんど外戚なのが泣けるw
どう見ても権力目当て(それが悪いわけではないけど)で主君の為じゃない。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 19:50:00 ID:ZEqCqEWAO
主君のために暗殺とかしてくれてた宦官はいないからね

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 21:27:10 ID:J30l3hin0
親戚が敵だと思って親戚の力削いだ結果
司馬氏の台頭・・・・

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/19(水) 22:32:14 ID:dLJSTHMW0
後漢も三代目あたりまではよかったんだがなあ
陰皇后や馬皇后みたいな控えめな皇后が続いていればあるいは…

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 01:40:29 ID:l52hA+R2O
>>207
そして、身内を強めて内輪もめ

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 01:46:56 ID:xQ6vywC20
皇帝に即位して。
ある程度立ったら。

地方に割拠している全ての勢力に使者を送って王に封じる。
暦の自由や貨幣の自由、一定額の税金の上納、危機における出兵を条件に
前漢初期並みの権限を諸勢力に与える。

こうすればもう少し長引いたかも。


211 :210:2007/12/20(木) 01:49:09 ID:xQ6vywC20
暦と貨幣は漢と共通。のミス。

各地の政権を全て王に封じちゃえば勝手に動けない。
下手に本体(漢)に攻撃すれば謀反で皆でそいつをつぶす事になる。
中途半端な地位じゃなくて王に封じてしまえば皆同格で尚且ついやおう無く
忠誠をしなきゃならなくなるんじゃないかな。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 08:32:57 ID:YvXt6tEn0
>>211
暦と通貨を封土ごとに制定することによって、中華全体の経済が萎縮してしまう。
国境を越えるごとに関税と為替の手間があるし、時間も浪費してしまう。
経済が萎縮すると、貧富の差が大きくなりやすい。
格差社会が顕著になると、零細農民が税を満足に納められなくなる。
税収が足りないと、各封建領主は税の取立てと、率を強めてくる。
生活することもできなくなった零細農民は、土地を捨てて山沢に拠る。
あるいは、棄てられた土地を兼併し、大きくなった大地主の労働力となって保護される。
前者は反国家的賊となり、後者は戸数に計上されない小作農となる。
どちらにせ、国家あるいは封建領主としては、税収の激減を意味する。
これが後々、民衆叛乱の火種になることは疑いない。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 19:37:32 ID:xQ6vywC20
>>212
だけど関税同盟じゃないけど皇帝は漢の劉氏でそのもとに沢山の国がある。
この状態で全部の王国と直轄領で漢全土として、各王国間や漢の領地との
関税は何にすればいいんじゃないか?
ようは封建したその段階に存在する勢力がその段階で支配している土地を
世襲的に王国として支配し続ける事を認める。ということ。

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 19:51:52 ID:YvXt6tEn0
>>213
だから、似たような状況が、唐末に起こった(言ってることそのものではないけどね)。
地方に強い権限を認めれば認めるほど、やがて代を経るごとに統制がきかなくなるってこと。
そうなったとき、上記のような現象となり、混乱に拍車がかかることもしばしば。
また、統一への方向は、実のところ、経済的側面から後押しされることが多い。
まぁ、それだけ中国というひとつの国に人が多くなっていっているということなんじゃないかな。
春秋時代とかなら、一国でもその支配圏として問題なかったけど、戦国末期くらいになるとそうではなくなった。

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 19:59:41 ID:xQ6vywC20
今更だが生き残る方法ってどれ位の期間をさしてるんだ?
100年程度か10年程度かそれとも数百年や千年程度か

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 20:22:30 ID:YvXt6tEn0
よくはわからんが、可能なかぎり、と言いたいのでは?
歴史の可能性は計り知れないほど豊かなので、あった事実から類推するしかないわけで
そうなってくると、上のような厳しい現実が待っているという…
それに、王朝や政権の腐敗は、世襲制であるほうが早いような気がする。
今の日本国は制度上世襲ではないけど、事実上の世襲で、はやくも腐っているw

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/20(木) 20:41:23 ID:xQ6vywC20
カリフになれれば簡単なんだけどね。

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/27(木) 09:33:42 ID:FnBUzImJ0
世襲>>>>>>>実質世襲

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/27(木) 11:49:15 ID:gZRWCzIW0
>>218
その意味がわからんな。ドングリの背比べには違いないがwwwwwww

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 23:09:03 ID:O6fXyhcL0
実質世襲って、今の日本みたいな漢字化

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/30(日) 23:53:36 ID:bLvuFUS1O
世襲なら本人はともかく周りの人間は本来の仕事するからな
実質世襲だと自己保身や足の引っ張り合いに忙しくて、スタンドプレイで仕事したふりが関の山
毎度毎度周りが担いだ跡目争いで内乱してるようなもんだわな

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 09:21:59 ID:09p4tvgc0
世襲を否定しといて、内情は世襲っていうのは、確かにタチが悪いな


223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 10:00:44 ID:ADd0xyKy0
>>222
権力や財力ってのは、どうしても固有のものとしたがるからね。
だから、制度を徐々に改変し、かつは抜け道をつくり、目立たぬように
していくのが、政治屋の生業と変貌していく。
不変の制度なんてのはありはしない。せいぜい半世紀もっていいほうだろう。

かの北宋代、貴族政治の終焉を迎えた五代を経て、最初は科挙による民間からの
官界入りが多かったが、やがて門閥らしきものが形成されるに至った。
王安石の新法に反対した旧法派は、地主層出身者が多く、それらの利権を
侵害しようとする王安石に敵意をむき出しにした。
この時点で、「民」のためでなく「国」が第一となっている。「国」と「自分」は同一で。
その頃なら、その思考もあるいは仕方ないかもしれないが、本来「国」は「民」とみなければならない。
中国はえてして民を見捨てる傲慢さゆえに、滅びることがある。

翻って今の日本のメンタリティも、その頃とよく似てきている。
日本の民は民度が高いので、いくら搾取されても叛乱を起こしてまで「国」のために「国家」
を打倒しようとはしないかもしれないが。
司馬光いわく「現在、貧困に甘んじているヤツは、努力をしなかったヤツだ。そんなヤツを
助ける法など必要ない」(多少改変)
どこの経団連のセリフですか、それ。


224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 22:42:53 ID:DWZdsv2D0
反乱を起こす義務を怠った連中が搾取されるのは当然だろ。

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/10(木) 09:25:56 ID:iXCsCxyP0
どんだけだよ

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/16(水) 09:25:09 ID:RrKl6U9b0
>>224
きんもー☆

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 09:59:40 ID:eMB4KhCZ0
(♯^ω^) ビキビキ

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/01(金) 09:30:16 ID:gUwr3KIV0
蜀漢で良いじゃない

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/03(日) 16:46:39 ID:FNcFl/Sn0
つか、檀石槐が登場した時点で詰んでる気がするんだが。
冒頓と戦い続けるようなものでしょ?
霊帝も悲惨だよね、治世のほとんどの年に鮮卑侵寇の記事があって。
そりゃあ売官してでも財源確保したくなるよ・゚・(ノД`;)・゚・

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/03(日) 17:43:46 ID:1pbpC78e0
檀石槐の出現が漢という国家の権威そのものを完膚なきまでに粉砕しちまったからなぁ。
桓帝が土下座外交やらかした時点で命運尽きてるというのはその通りかもしれん。

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/05(火) 09:25:30 ID:fe42LgFS0
ウボアー('A`)

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 21:24:35 ID:YhBlhr+s0
\(^o^)/\(^o^)/

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 09:34:03 ID:sNI6oV9q0
漢はもうあ漢

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/18(月) 21:00:54 ID:efphuGeb0
>>233
責任は取れよ?

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/23(土) 10:35:37 ID:aCABomaq0
( ^ω^)( ^ω^)( ^ω^)

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/28(木) 17:02:47 ID:OsAWhs5e0
>>233
>>233
>>233
>>233
>>233
>>233

237 :黨國精英西門慶:2008/02/28(木) 17:07:38 ID:mk5i5YEM0
三個代錶重要思想登場

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 17:43:55 ID:IULXcZVA0
>>237
禿げ上がるほど同意

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/10(月) 13:01:56 ID:hCZVFwhM0
日本語おk

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 21:17:24 ID:DhqrTVM40
曹魏が一番!

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 22:51:01 ID:vtY47G0F0
秦が長続きして儒教が蔓延ることなく
道士の不老不死などの研究が錬金術に発展して、中国が近代化学を成立させてたかも

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/17(月) 14:02:24 ID:9oEe9O/t0
困難な仮定の上の仮定の話をさてもな。 無意味

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 14:54:16 ID:t+Y9ZTUz0
( ^ω^)・・・・・・

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/31(月) 22:01:47 ID:n994emOh0
蜀漢が生きのこる方法?

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/05(土) 19:26:46 ID:VuUD/nvV0
日本の天皇制と幕府のようにすればよかったんじゃね
あのころはまだ劉氏以外の皇帝は始皇帝と王莽しかいなかったから
まあ反乱軍に皇帝と名乗ってるのはぽろぽろいるけど
蜀漢は皇帝のせいか幕府制に近い感じがする

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/05(土) 22:03:04 ID:0Q+bVExR0
>>245
無理
反乱軍に皇帝を名乗る者が多数居たように、中国では無力な皇帝は皇帝じゃあないとみなされる

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/06(日) 21:15:31 ID:aOZgOQby0
ウボアー('A`)

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/07(月) 18:54:35 ID:bfN5AccCO
日本が異常なだけ
あんな二重政権を長期に渡り続ける例なんて、世界どこを見てもない

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/08(火) 00:42:05 ID:YOSUhzC0O
>>245
イギリスの王室や、天皇家のように、君臨すれども統治せず
――こんな状況になれば可能。



漢高祖が、秦の縁者を探し出して皇帝に立て、
自身は丞相として文武の頂点に君臨し、名目上、皇帝の命令により項羽を討伐する。
そうなれば、皇帝は丞相いなくば皇帝足り得ずも、
丞相は皇帝いなくも、その地位は揺るがず。
そんな状況になり得た。



つまり、西漢では遅すぎた。

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/08(火) 11:15:37 ID:41O/05mA0
天と革命思想のある中国じゃ無理だろ。

高祖の時点で秦の一族を奉戴しようとしても、他の地域は納得しないだろう。
一番周囲に納得させられる御輿は楚の懐王だったろうが、こちらは項羽が殺しちゃったし。

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/08(火) 23:30:02 ID:aQm/6XyH0
>245

ちなみにそのアイデアは北方三国志の劉備や筍イクがそれを目指している。無論失敗だが。

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 22:30:00 ID:ytY8UlLh0
(´;ω;`)かわいそうです

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/20(日) 10:11:33 ID:mxoTfRTX0
>>249
ウボアー('A`)

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/04(日) 22:09:58 ID:fKaGRJvi0

「敵」を作って、漢朝のもと、みんなでフルボッコすればいい

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/05(月) 21:30:39 ID:e4dEaBan0
先祖の劉邦に「曹参の子孫は400年後に漢王朝を滅ぼすから今の
うちに殺しておいて」と頼む。呂后に言った方が早いかも。

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/06(火) 00:28:54 ID:gC3YhZnd0
>>255
夏侯嬰の方がよくない?

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/07(水) 11:19:55 ID:Y6VMAycD0
しかしどっちも直系かどうかは怪しいのでビミョー

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/07(水) 11:51:38 ID:KKuxtEXA0
>>255
400年後まで漢王朝が残ってて曹参の一族がそこまで仕えてくれるならまあいいかって思うかもな

現代人に較べて古代人の100年のスパンて長いぞ

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/08(木) 22:46:56 ID:VhQABsyP0
曹操がいなかったら董卓にもっと酷い目に会わされたかも知れんぞ。

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