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秀吉頑張れば中国に王朝立てれたって

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 01:17:02 ID:3MqG1Y870
秀吉が大明国に攻め入った時、
その兵の人数はヌルハチが明を倒した時の10倍。
軍事力では朝鮮には楽勝して明だって倒せるレベル。
実際に陸では連戦連勝。

でも海が駄目だった。秀吉が海賊禁止令なんて出すから
船の技術の進歩が遅れていたんだ。
海戦で負けて補給路を断たれた。それで現地の兵は
篭城とか苦しい戦いを強いられたんだ。

でも負けて良かったかもね。日本が中国征服したら
中国が勢力回復した時に日本も吸収されただろう。
実際に満州民族は明を滅ぼし清を立てたが
清王朝が滅亡した時、満州もいつの間にか
中国のものになっていた。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 05:51:56 ID:7APkT7MzO
よかったね

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 06:00:22 ID:rrGo9WRn0
ヌルポハチ

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 06:21:16 ID:SKzbYhWt0
じゃあどうすれば勝てたと思う?

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 07:31:36 ID:7CIG5RwY0
>>1
ぶっちゃけ無理だと思うよ。
単純に兵力や戦闘力の問題じゃないから。

まだ残っているか分からないけど、
中英板ができる前に三戦板にあったスレで秀吉、あるいは当時の日本による、
明の征服は不可能、だから占領ではなく、戦局を優位に進めた上での講和を目指そう、
と結論が出ていた。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 07:43:56 ID:7CIG5RwY0
24 :無名武将@お腹せっぷく :2006/09/12(火) 13:13:39
中国の征服となると、女真族の金による靖康の変、
女真族の後裔満州族の清の中原進出などがあるだろうけど、
いずれも鍵は兵力の多寡よりも、騎馬による機動力の有無だと思う。
広大な大陸を制圧するには何より機動力が必要。
それに中国の既存の統治機構を上手く取り込むことが必要。
大名配置による支配のようなものをそのまま持ち込んだら、
元朝の旧南宋地域支配より悲惨な状態になると思う。

25 :無名武将@お腹せっぷく :2006/09/12(火) 13:26:12
靖康の変のような展開に持ち込めれば理想だけど、現実には難しそう。
まず遼東の平原を突破して、山海関を攻め落とすことができるか。兵站の維持が絶望的に難しそう。
万暦年間の明軍は腐ってはいても、首都に接近されれば、本気でこれを防ごうとするだろうし。
海路渤海を通って天津付近に上陸する手もあるかも知れないが、
北直隷は広く、北京まで結構距離がある。北京にまで進撃して包囲することができるかどうか。
万暦帝が江南へ逃げる可能性もあるし。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 23:42:42 ID:lYP8weru0
やっぱり機動力の問題がある。
清軍は朝鮮を征服した際は、鴨緑江を渡って6日で漢城(ソウル)にまで到達している。
日本軍で、これだけの進撃速度は無理だろう。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 04:27:46 ID:M37ae9LH0
モンゴルが宋を征服するのにも何十年と歳月を費やしたのに
秀吉だけでは基本的に無理。後継者が居なければ明は征服し尽くせない。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 04:29:45 ID:M37ae9LH0
ヌルハチやテムジンだけでは中国を征服していないんだな。て言うかできてない。
秀吉のような老いぼれでは無理だから、後継者が居ないと無理。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 20:54:15 ID:I+MVYV5bO
>>9
モンゴルは基本的に両面に征服対象がいたという事を考慮しても、南宋にかなり粘られたからな
後金・清なんか北京落としたのが三代目で統一したのは四代目だろ?

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 22:55:17 ID:uT7wtS330
そもそも当時の日本軍が仮に明を征服することができても、
大名制を導入したら、統治なんてあっという間に破綻するんじゃないか。


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 23:28:41 ID:ONxaR4gx0
統治とかは別にして秀吉の後継者(秀頼なり三成なり家康なり)が明征服を画策したらどこまでいけただろうな

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 20:59:22 ID:aa83NeyM0
まずどう攻めるか。
朝鮮半島を経由した上で遼東を突破するか、渤海を押し渡って北京に迫る。
あるいは、東シナ海を渡航するか、台湾経由で、江南や福建に攻め込む。
両方同時に行う手もある。
いずれにせよ、制服は無理だと思うけど。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 23:59:19 ID:QGISOO+d0
航海技術をどうにかしないと江南作戦は無理だし、
朝鮮半島経由でも、遼東の荒野をどう突破するかが問題。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 23:40:10 ID:MhIsTo7E0
理想的には、靖康の変パターンで明朝を崩壊に追い込みたいものだけど、
明朝の場合は、各地に皇族が散らばっているし、
北京を占領して万暦帝を取り押さえても、地方の誰かが南京に入って、
即位してしまうかもね。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 23:34:35 ID:AZAp2Au20
土木の変の時とかの前例からして、北京を攻めた場合、
明は北京での籠城を選ぶだろうか?
それとも、南京への避難を選ぶだろうか?

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 23:53:27 ID:NcOak/Md0
まあそう簡単にはいかんだろう。
どんなに腐敗した国でも骨のある将軍は少しはいるだろうし。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 01:19:43 ID:Ek+r/Iro0
そう考えるとヌルハチファミリーは凄いな。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 01:26:11 ID:7P78s+mkO
当時の朝鮮は政界が腐敗していたし
兵器も日本より劣っていたからチャンスはあったのだが
李舜臣が邪魔だったな。ただ向こうの首脳陣はアホだから舜臣を干したり投獄したりした事実もある
あと一息だったのよね。うまく離反の計をかけて舜臣を日本へ亡命させるか、失脚、処刑されていれば

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 15:17:44 ID:8ctQj7yK0
>>16
土木の変ほどの間抜けな醜態を、そう何度もさらしてくれるとは思えない。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 15:32:11 ID:dzmy8KXgO
無理だろ、曹操とか呂布がいるし

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 21:55:10 ID:HXw/eBjiO
>>21釣れますか

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 22:46:25 ID:m5t2Y34o0
卑弥呼が仲達や孔明に勝てたか
蘇我氏が隋を征服できるか
清盛が宋を支配できるか
北条時宗が元を大陸で滅亡させられるか
義満が明の南京を占領できるか?
つまりはそういうことだ

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 22:47:37 ID:Sc+Q77kW0
半島経由で北から攻める場合、山海関を落とせるかどうか。
満州族があそこを落としたのだって呉三桂の裏切りがあってこそだし。
古代はともかく、明代以降の万里の長城は馬鹿にできない。

ついでに日本軍の数からして半島、草原を経由して兵站を維持するのはかなり難しい。
現地調達しようにも現地に物資がほとんどない。

海路で南からの場合はやっぱ水軍だな。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 23:21:35 ID:MR3uAW220
江南作戦で、何とか楊州から鎮江にかけての一帯を占領できれば、
明朝に打撃を与えられるんじゃないかな。

楊州は塩の集積地だし、経済の中心地江南と北京の連絡を断たれるのは、
明朝にとって痛いはず。

でも何だか、敵中に孤立しそうだな。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 00:14:17 ID:gaeneXh60
涼州とかに篭られたらどうするのかとゆいたいです

27 :犬童知遠 ◆tmc8JAPANo :2006/12/02(土) 02:21:41 ID:oKWcXI260
万暦時代は、何だかんだ言って明朝もまだまだ国力があったから、
秀吉の時代での征服はまず無理だろう。

むしろ鄭成功の日本乞師に応じて、勝ったら援兵の代償として、
負けたら混乱のドサクサに、台湾・福建か江蘇・浙江あたりを
ブン取る方が、まだしも可能性は高いんじゃないかと思う。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 03:30:39 ID:B7+dd5f2O
和冦を上手く使えないかな?

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 07:09:20 ID:YNSWSXqa0
せいぜい2〜3州を切り取るのが関の山だろう

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 09:09:14 ID:peItM4yB0
倭寇ってほとんど日本人じゃないよ。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 23:52:37 ID:CWqGcBaz0
明朝は北京が危なくなったら南京に遷都すると思うけど、
北京と南京を同時に攻められた場合、どこに逃げるだろうか?
唐朝はよく四川に避難したようだけど。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 11:46:13 ID:8slVRdeh0
>>31
おそらく四川だろうね
さらに南下して温州・・・はないか

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 13:55:40 ID:dC0XunPP0
西安はどうなのかな?
北の方から遊牧民が攻めて来そうで、長居するにはちょっと怖いかな?

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 21:41:23 ID:bDPtVP/CO
>>23
東条英機が北京、南京、武漢を占領できたか。
できたね。
でも、秀吉は無理だな。統治できない。結局朝鮮だって占領出来てない。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 22:00:52 ID:rD89nF/E0
北京って三国志でいう襄平辺り?
洛陽とか襄楊とか漢中あたりはどうなんだろ。

>>34 その頃はガチで国力上回ってたみたいだからなぁ。
明治以前じゃまず無理でしょ。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/04(月) 23:47:18 ID:Sr3Y8M9J0
そもそも当時の日本軍には広大な大陸を駆け回る騎兵戦力がなかったからな。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 05:27:26 ID:wJFw5wM+0
>>35
北京は、三国時代の平原や渤海辺り。
襄平はもっと半島の方。
ゲームは地図と都市の位置がかなりズレてるから参考にならない。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 15:32:56 ID:aYO+RyrJO
>>35>>37
位置は薊≒北京で良いんじゃなかった?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 20:48:32 ID:PgQeIHtT0
明の北京は元の大都の跡で、元の大都は金の中都をやや位置をずらしたところに作った。
それで金の中都は、遼の南京析津府そのままかな?

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 22:34:13 ID:6nsn16y90
それ以前に大砲を持たない日本軍が北京を陥す方法が無い

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/05(火) 23:44:40 ID:LTs5+NOs0
北京を攻めるとなると、最低でも10万人ぐらいの兵力が欲しいところだけど、
朝鮮半島に展開した兵力が最大で16万人ぐらいだったし、
北直隷にそれだけの兵力を差し向けるのは難しいだろうね。
それ以前に、補給線の確立なんてほとんど不可能だろうし。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 00:45:12 ID:g06q7gMv0
中国の名将を甘くみない方がいい
岳飛や項羽みたいなのが来たら勝てる保障はあるのか?

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 21:37:20 ID:/+bVhzwTO
>>42
鉄砲の餌食

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 21:45:59 ID:dinrWSW00
平地なら鉄砲でともかく、日本軍て長城なみのでっかい城攻めに慣れてないんじゃないかな?
半島の都市にだって城壁はあるけど、規模も守備兵の数も明じゃ比べ物にならないでしょ。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/06(水) 23:53:00 ID:IFiYMXJs0
>>43
最初は鉄砲の餌食にできても、一度痛い目に遭ったら、相手だって、
それなりに対策を立てるだろう。
最初の斉射だけで明軍を壊滅させることはできないだろうし。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 00:33:54 ID:zcM4D6vcO
後には明は輸入ものの大砲をそろえたりしてたよな

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 00:47:02 ID:Fob5OvSl0
兵器の力で勝てるんなら官渡で袁紹が勝ってるっつーの

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 03:54:54 ID:lU0w8Bo20
倭寇にすら勝てない明

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 10:40:45 ID:hizeoZIeO
>>48
献身的な民衆、安全な後背地(聖域)、物資を安定的に供給する支援勢力の三つを持った
不正規戦の武装勢力を根絶するのは難しいわな


50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/07(木) 23:20:02 ID:CIdK8T8W0
だからゲリラ部隊のようなものを編成して、倭寇の大規模版みたいな感じで、
沿岸部、特に江南一帯をしつこく荒らし回り続ければいい。
と同時に、どうにかして明との交渉ルートを確立し、
有利な講和、明に歳幇を出させるような、の締結を目指す。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/08(金) 23:59:07 ID:BeJpTZIs0
宋が遼や西夏と結んでいたような関係を結べれば上々。


52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 23:35:50 ID:KEDMqu3x0
明からお小遣いをせびり取る関係

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 23:56:29 ID:g7i4Pzg90
大陸への大規模兵力の展開は、北京、江南のどちらを目標にするにしても、

補給の点において、かなりの困難が伴う。

だから、まあ無理。


54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/12(火) 00:57:53 ID:PJTAjYv7O
時代が時代だし、大東亜戦争ん時みたいに戦線が延びきった状態で、補給線確保しても駄目だったと思いますよ。
前線での戦力は、作戦指令部から前線への距離の二乗に反比例しますから。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/12(火) 07:28:41 ID:lSzlI5Yd0
まず中国に馴染んだ政治をしなきゃダメだと思う。
モンゴルや五瑚だってそこまで特殊なのはやってなかったんでしょ?
そして、征服者にそこまで器用な事ができるかどうか…

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/12(火) 07:46:14 ID:tW/rumWw0
つか、大名制度をそのまま大陸へ持ち込もうとしていたんでしょ。

新たな統治システムの構築に非常に手間がかかって、効率が悪すぎる。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/12(火) 23:54:24 ID:+4RDTDB80
実際に中国を征服したモンゴルや清も、創業者一代目で征服は成し遂げていない。
完全征服するには、時間的には数十年の時間が必要だろうけど、
秀吉は後継者に恵まれていないから。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/13(水) 09:13:37 ID:4xKrRSFv0
明朝鮮連合って、野戦だと日本軍のひきつけて鉄砲斉射、その後長槍で突撃って戦術に何度もやられてるんだよな。


59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/13(水) 17:40:49 ID:ZzvgZx4tO
>>58
モンゴルや清だって野戦では勝ってたし、問題は攻城戦じゃない?

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/13(水) 23:54:39 ID:F2rEBQkr0
問題は個々の戦いより、補給や機動力といったところだろうね。
朝鮮経由にしても、江南経由にしても。



61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/14(木) 15:35:47 ID:l0aaeB/B0
まずは、倭寇のような戦いを続けながら、20〜30年間明朝と付き合ってみることだね。
まずは相手を知ることが必要。
大陸にスパイを送り込んで、内応者を作ることができたかも知れないし。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/15(金) 16:03:26 ID:UMqxIxttO
いずれにしても、秀吉一代じゃだめだね。信長で瞬間的打撃→秀吉で政治的に混乱→家康で外交的進出と統治の方が現実味がある。
ただそれでも難しいと思うが。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/15(金) 19:14:02 ID:MO7WkWaE0
>>61
でもそれだと相手もこちらの手の内を知ってしまうんじゃない?
突然の侵攻で、電撃戦だったから
そこそこ快進撃ができた部分もあるだろうし。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/15(金) 22:00:25 ID:dLVLfmM90
海戦弱いから無理

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/15(金) 22:29:51 ID:6vbUcOgp0
島国だしなあ。
19世紀の覇権国イギリスだって陸軍力でヨーロッパを支配したことはないわけで。
結局みんなが指摘するように補給がうまくいくわけない。

仮に日本が征服したとしても
文化的に中国に取り込まれて
今頃俺たち日本語しゃべっていないかもしれないよ

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/15(金) 23:32:54 ID:ElXf7rNg0
時期的に王直が頑張ってた頃か鄭成功が頑張ってた頃に
彼らと同盟を結べば良かったんだけど
タイミングは中々合わないもんよね

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/15(金) 23:45:02 ID:JEeyU0e40
>>65
満州族みたいに漢族風の姓を名乗る羽目になったかもね。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 00:09:12 ID:bGqK7mtX0
>>66
鄭成功のころはもうひっくり返せないだろう。

鄭成功は援軍依頼はしたけど
徳川幕府も検討したけど中止したんじゃなかったかな
賢明な判断だったと思う。




69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 01:04:48 ID:ufKMbYzP0
鄭成功の頃はまだいけるだろう
ひっくり返すのは無理だが、南京近くまで割拠できるんじゃないか
浪人対策だから、別に兵力である彼らを日本に戻さなくていいし

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 03:43:23 ID:GAXZgkt+O
>54
どういう計算?

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 16:18:30 ID:OXdeiF4b0
仮に中国に征服王朝を樹立できたとして、日本本国の扱いがどうなるかだな。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 19:59:36 ID:LdmN89sT0
モンゴル帝国みたいになっちゃったりして

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 22:36:11 ID:1crxYZKJ0
秀吉は、日本、朝鮮、明にそれぞれ関白を置くようなこと考えていたみたいだけど。

下手したら、満州みたいに、日本列島に漢民族が流入して、
乗っ取られてしまったりして。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 23:10:21 ID:LdmN89sT0
まあ、拡大=内部崩壊の危険もありうるからね

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 14:56:52 ID:jXc1JKVD0
豊臣政権自体、不安定要素が多いからなあ。
阿片戦争みたいな形ができれば、理想だと思う。


76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/18(月) 07:33:46 ID:f14BsDvf0
満州民族の弁髪みたいにチョン髷を強要?

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/18(月) 09:12:58 ID:QQ4rdsI/0
そう考えると中国に服属しながらも、吸収されなかった朝鮮ってすごいのか?

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/19(火) 03:54:26 ID:ENl0hevK0
生産力なかったから放置されてたんじゃないっけか。
過激な国民性から、服属→自治が適当とかで。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/19(火) 07:11:55 ID:xndWOKI50
半島南部は本土から遠すぎて、まず直轄統治はしない。
半島北部は北ベトナムと一緒で、余程の拡大主義者な
皇帝でもない限り、まず直轄統治はしない。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/19(火) 13:17:40 ID:CIHZPdyb0
半島との間には、海(渤海及び黄海)と、遼東の荒野があって、
中原とは隔離されている感が強い。


81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/19(火) 16:27:09 ID:BLXwMWB30
まとめて読んだけど、中国って天然の焦土戦術状態って事か?

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/19(火) 23:23:53 ID:sYvBvphZ0
要は、大陸は広すぎるってことだね。
征服には騎兵の機動力が欠かせないけど、日本にはそれがない。
戦術的勝利を重ねても、それを征服へと繋げられない。

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/20(水) 11:16:45 ID:PnKMZmIa0
63 :無名武将@お腹せっぷく :2006/09/15(金) 23:43:35
対馬海峡を渡るだけで済んだ朝鮮半島と違って、江南との間には広大な東シナ海が広がっている。
スペイン、ポルトガルの艦隊なんかの全面協力を得ることができたとして、
長崎、平戸辺りから出撃したとしても、江南へ持って行ける兵力は、数万人以下。
三、四万人も上陸させることができれば、上出来なんじゃないかと思う。

最初の上陸地として、真っ先に候補に挙げられるのが寧波。
寧波には市舶司が置かれ、日明間の貿易の指定貿易港となっていたから、
当時の日本人にも比較的馴染みがあったはず。
倭寇として密貿易に携わっている者なら、寧波やその沖の舟山群島の地理に詳しかったはず。

寧波は攻め落とすことはできても、維持するのは難しいかも知れない。
ただ、舟山群島なら島なので、一度占領してしまえば、なかなか奪回されないように思える。
上手くすれば、前線基地として活用できると思う。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 12:45:57 ID:Ph73ZbEd0
靖康の変パターンができれば理想なんだけどね。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 16:12:37 ID:pWGXl93O0
で、占領したあとどうするわけ?

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 23:46:10 ID:to1cje0K0
靖康の変で、金軍は、開封の掠奪をほとんど宋の朝廷にやらせている。
欽宗を拘留して、人質とすることで、宋の朝廷をコントロールできた。
これと同じように、北京を攻略して万暦帝を捕虜にできれば、
明の行政機構をある程度コントロールできるかもしれない。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/22(金) 01:49:13 ID:rZkQtVy90
北京は無理でも、漢城だったら

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/22(金) 11:12:58 ID:IFeoNWQ80
朝鮮半島と中原の間に広がる遼東の荒野って、
そんなに厳しいの?

朝鮮出兵の時の軍勢がそのまま明領に攻め入ってたらやばかったってこと?
インパール作戦みたいな感じ?

朝鮮出兵のとき、満州にいた女真族はどんな感じだったの?

厨房なんで、ご存知の方教えてください。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/22(金) 11:18:41 ID:IVux9sad0
>>86
別の皇帝を立てるだけだったりして。


90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/22(金) 23:52:01 ID:ITLaVHkw0
>>88
遼東にあって、女真族を牽制していた明軍が半島へ移動して監視が緩んだため、
後の清朝の太祖となるヌルハチは勢力を拡張することができた。

遼東は基本的に農地が少ない原っぱのような感じの土地が中心だから、
補給をしたくても食糧の現地調達が難しい。

それに山岳部と違って遮蔽物のない平原だと、日本軍は慣れていないし、
敵に補足されやすいでしょ。

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 03:51:37 ID:NNV/+sYP0
>>90
解説、ありがとうございます!

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 19:39:00 ID:L53M7Fvk0
明治までの日本民族は、家畜なしで水稲稲作一本槍だった(麦作が日本の
風土に合っていないので、麦作を知っている人間が少ない)。
だから北海道に興味をもっていない、征服しようともしていない。
同様に考えると本来は米のできる朝鮮南部と華南しか興味がわかないはず。
朝鮮南部を占領して、収穫できるかもしれないが、いつ攻めてこられるか
分からないし、征服して意味がある土地か微妙。
台湾は攻めれば、江戸時代以降は台湾は日本になっていたと思う。



93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 22:32:34 ID:P0JO1hrE0
稲作が念頭にある日本軍の将兵が、
遼東の荒野を見たら絶望するかもね。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/24(日) 11:29:05 ID:Q6O7nQuv0
明朝の軍制では、禁中護衛の親軍が北京に約12万人、南京に約10万人。
北京の五軍営が約12万人、神枢営が約7万人、神機営も約7万人。
各地の五軍は、左軍都督府約45万人、右軍都督府約72万人、中軍都督府約30万人、前軍都督府約57万人、後軍都督府約64万人。
全体で明軍の総兵力の定数は約316万人とされている。
ただ、実際は極端に定数を割り込んだ状態にあったため、明軍の総兵力の実数は、せいぜい50万人ぐらい、
文禄慶長の役で朝鮮に送り込めた援軍も10万人程度であったと思われる。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/24(日) 21:52:34 ID:2y/4QeY80
人口十億超の某国でさえ、常備軍は三百万人もいないはずだがw

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/24(日) 22:25:58 ID:ltvVyiAT0
というか秀吉が明に勝てると思った根拠はなんなの?

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/24(日) 23:24:10 ID:WvVZ3I2C0
明征服は多分に名目的なものだったと思うよ。
あの外征は、国内問題の処理が背景にあったと思う。
戦乱が途絶えて、大量の浪人が出ていたし、
武器製造等の軍需産業の存在など、いろんな要素が絡んでいた。

>>95
明代の人口が五千万〜一億の範囲とすれば、
名目上の定数としてはそんなに無理のない数字だと思うよ。
実際の配備兵力が定数に達したことは多分一度もないだろうけど。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/25(月) 12:36:26 ID:O9ejWnWa0
まあ、辺境に配備された明軍の兵士も、流刑に処された罪人が多かったから、
かなり質が悪かったんだろうな。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/25(月) 15:41:07 ID:JZsaPP1x0
 隆武帝の死後に永暦帝に即位した桂王・朱由榔から「延平郡王」を拝受した鄭成功は、明王朝復興のため南京攻略を志
し、1658年 5月13日、兵11万、大小の艦艇290隻からなる大遠征軍を率いて廈門を発った。しかし、8月9日に杭州湾
に浮かぶ羊山沖で猛烈な暴風雨に遭い、成功の息子3人を含む8000余人の将兵を失う大打撃を受けてしまう。鄭成功は
やむなく温州近くへ引き返して盤石衞を攻略し、その地で養兵訓練と造機造船に従事した。

 翌1659年4月19日、国姓爺軍は再び南京を目指して盤石衞を発ち、5月17日には前年暴風雨に遭った羊山沖を無事
通過する。沿岸部を北上する国姓爺軍は、5月18日に清の総兵・梁化鳳の死守する崇明島に至ったが、鄭成功は日時を
遷延するのを恐れてあえて攻略せずに素通りすることにした。その後、全艦隊は揚子江を溯上しながら瓜州、鎮江で勝利
を重ね、7月7日にはついに南京城外郭門の一つ観音門に到達する。7月12日、嶽廟山に本藩を構えた鄭成功は、獅子
山に前鋒鎮・余新、儀鳳門に左提督・翁天祐、第二大橋に中提督・甘輝、漢西門に右提督・馬信を配置して南京城を完全
に包囲した。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/25(月) 15:41:47 ID:JZsaPP1x0
 一方の南京城側では、城外の建物を焼き払い、十里以内の住民すべてを城内に入れて国姓爺軍の襲来に備えていた。
城将の郎廷佐は、鄭成功に対して開城までの猶予を懇願して時間稼ぎをする一方で、松江総兵の馬進宝と崇明総兵の梁
化鳳、江寧総兵のハハムに再三使者を送り来援を促す。成功の右腕ともいうべき甘輝は速やかな南京攻撃を進言するが、
馬進宝が国姓爺軍に内応するという情報を得ていた鄭成功は南京の降伏を待つ方針を変えなかった。

 しかし、7月22日、崇明島を発った梁化鳳の軍勢が南京救援に到着し、さらに塞がれていた神策門の漆喰を剥がして南
京城兵が打って出ると、成功の誕生日を翌日に控えて軍規が緩んでいた国姓爺軍は不意をつかれて大打撃を受ける。鄭
成功は観音山まで退いて陣形を立て直したが、翌23日の決戦にも部隊間の連絡が不十分だったために大敗を喫してしま
う。甘輝をはじめ、万礼、林勝、陳魁、張英、蘭衍、李泌、藩庚鐘などの将士を失い、長江での溺死者だけで4500以上の
損害を受けた国姓爺軍は南京攻略を諦めて退却した。

 鄭成功は帰路、報復のために崇明島を攻撃したが、梁化鳳の激しい反撃によって多大な損害をうけたため攻略を断念す
る。9月7日に廈門に帰還した鄭成功は永暦帝に使者を派遣し、自らの王爵を剥脱して敗戦の責任をとった。しかし、その
永暦帝もこの年、平西王・呉三桂(1612〜78)率いる清軍に追撃され雲南からビルマへ逃げ込むことを余儀なくされてい
た。南京攻略の失敗によって鄭成功は、清王朝の勢いが強大で中原回復がもはや不可能であることを悟らされた。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/25(月) 16:13:13 ID:OaG72ROS0
明の次はヨーロッパ遠征でつか?

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 00:19:04 ID:EnRQ2Q2h0
インドか東南アジアじゃない?。多分。


103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 09:36:06 ID:DkUD2kwJ0
その次はアフリカ?

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 15:51:46 ID:0E27qDIO0
>>95
豊臣秀吉でさえ、最盛期で30〜40万人を動員できる状態にあったんだから、
兵制次第で、300万人はそう難しくないと思うよ。
アメリカも、戦時下では、総人口の10%ぐらいの兵力を実現したことがあるし。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 21:57:55 ID:q+22XhIk0
>>101
なにその本宮ひろ志の「夢幻の如く」

106 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/12/26(火) 22:01:06 ID:yhou1keK0
雷帝の復活は無理ありすぎだよなあ。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 00:31:42 ID:+iwd1fjN0
信長が新しいハーンになって、1000万のモンゴル騎兵を従えてる時点でもう…

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 21:47:49 ID:+iwd1fjN0
実際は半島すら抜けられなかったわけだけど、
それは>>1の言うように全て海軍力のせいにしてもいいの?
それとも、そもそも半島を制圧して明に攻め入るなんて無理な話だったの?

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 23:14:14 ID:+6RH/CV20
日清戦争の時も、北京方面への展開はほとんど無理だったんだから、
当時の日本軍じゃ、補給とかの問題でほぼ絶望的じゃないかな。
遼東に殴りこみに行くとかなら、できたかも知れないけど。

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 01:58:10 ID:WzH4cCGx0
明に対して打撃を与えるなら、やっぱり江南を攻めるべし。
塩の集積地でもある揚州を占領して南北の運河の交通を寸断できれば、
明の朝廷も慌てるだろう。

実行するにはいろいろと障害があるけど。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 04:04:05 ID:Jz8i0czs0
明「朝鮮救援のせいで予算が尽きた…。」
朝鮮「ウ、ウリの国もう滅茶苦茶、哀号…。」
日本「寒いよ、腹減ったよ、帰りてーよ…。太閤の阿呆ォ!!」


笑うヌルハチ

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 08:37:34 ID:JlepqGSD0
実は秀吉は清のスパイだった!!

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 08:58:17 ID:ZckgutbF0
じゃあ逆に考えて、
秀吉の朝鮮出兵がなかったら清の建国に大きな影響が出たの?
いっそのこと女真族と共闘すれば道が開けたのかもね。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 15:21:45 ID:XbVMLhSv0
 文禄・慶長の役が、ヌルハチの勢力拡大にとって、大いに助けとなったのは事実。本来、
女真族の監視のために置かれていた遼東駐屯の明軍が、朝鮮へ向かったわけだから。その
どさくさに紛れて、敵対していたある部族を滅ぼしたりしている。
 ただ、その前の1589年には既に建州女真の統一に成功しているし、日本の動向に関わら
ず、ヌルハチは快進撃を続けていたわけだから、遅かれ早かれ女真族の統一には成功して
いたと思う。

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 15:25:47 ID:XbVMLhSv0
 それともう一つ、中華帝国としての清朝誕生の要因となった、明朝の自滅についても、
確かに朝鮮への援軍派遣による軍費の増大が財政を圧迫し、間接的に明朝が滅亡へと繋
がっている。
 ただ、万暦帝の治世を見るに、朝鮮への出兵がなくても、放漫財政によっていずれ明
朝の財政は破綻し、国内の混乱を招いていた可能性が高い。

 ヌルハチによる女真族統一、明朝の内乱、この2つの要素は、文禄・慶長の役によって
早められたことはあっただろうけど、なくても遅かれ早かれ起こっていた可能性が高い。

 清朝による中国支配は、大きな歴史の流れとして、変えられないものだったと思う。

116 :1:2006/12/28(木) 21:58:32 ID:EjZVMlGu0
何か適当に立てたスレが知らん間に伸びてる!!!!!

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 22:46:45 ID:NQ+CAsjZ0
適当だったのかよw

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 23:46:28 ID:4Va40V0p0
適当でも、テーマがよければ伸びるさ。
以前、三戦板にあった同じ主旨のスレも、
>>1がどうしようもない糞だったが、>>20を過ぎたあたりから、
急にレスの質が向上し、>>200を超す頃には、三戦板屈指の良スレに成長していた。


119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/29(金) 06:42:13 ID:eFPCVhJ80
半島ルートは実際に試みて失敗している
東シナ海ルートでは大軍を送り込めない

というわけで、
浪人を傭兵として大量に送り込む
→政情不安に乗じて反乱
→日本人王朝成立
という妄想しか思いつかなかった       

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/29(金) 08:26:57 ID:X0LJabNn0
元王朝の末裔を…とかムリだよねえ

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/29(金) 15:43:42 ID:hcv+uacn0
倭寇を大規模にしたような部隊をいくつも編成して、
まるで嫌がらせのように明の江南一帯を荒らし回り続ける。
5年10年と続ければ、明朝も音を上げて、講和を結ぼうとしてくる。
そこで、自由に交易する権利とか、歳幣をおねだりする。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/29(金) 16:02:30 ID:WS/rDAYn0
頑張れば朝鮮と遼東の割譲なんかは可能だったんじゃない?
明制圧とか言わずに、素直に朝鮮を占領しておけば良かったのに。
即効でヌルハチにぶん取られそうだけどw

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/29(金) 17:39:58 ID:Nf+kE6Rb0
明には数度の戦に勝利するがヌルハチ率いる黎明期の清軍にボコボコにされるパターン

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/29(金) 22:11:26 ID:ONtl2ySk0
黎明期の清軍は、末期の明軍と言っても間違いでは無いがw

主力は呉三桂とかだったもんね。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/29(金) 23:47:57 ID:bAAdRy9e0
ちなみに朝鮮半島をヌルハチの金(清)と奪い合いになった場合、
朝鮮人は、日本人と満州人のどちらの味方をするんだろう?

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 00:25:46 ID:sC8khfsi0
>>125
当時の朝鮮知識人にとって、野人(オランケ)と倭人(ウェノム)は究極の選択だぞ。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 01:57:11 ID:HFqA+cNm0
>>125
普通に明に救援を求めて、生き残りの道を探すだろうw

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 23:50:11 ID:kRR1OPEt0
>>127
だから、明が内乱とかで、属国の救援どころじゃないというのが前提だろう。
何が何でもどちらかを選ばなければならないという状態。

国王が明に亡命したりするかも知れんけどw

129 :中国人:2006/12/31(日) 11:36:31 ID:D4+BlK4E0
  中国人和日本人的共同点:看不起韩国
  日本人和韩国人的共同点:要打压中国
  中国人和韩国人的共同点:反对日本的扩张



130 :始皇帝:2006/12/31(日) 14:54:38 ID:Dki/eEXM0
>>115
場合によっては、南明北清の南北朝体制になったかもね。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/31(日) 17:00:05 ID:VNoPS6uC0
>>129
拡張?
日本已経放棄了軍国主義。
如果日本政府採取軍国主義、那是美国政府所不准許的。

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/01(月) 22:09:43 ID:vNJDLLbh0
秀吉の後継者がしっかりした征服ビジョン持ってて満州族や西方南方の異民族と強力しながら水軍で江南に上陸が一番可能性ありそう

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/01(月) 22:51:43 ID:cKQ0bVmw0
とりあえず、女真族と手を組めてれば半島での戦いは成功してそうだね。
報酬は半島(と台湾や遼東?)をもらうってことで手を打って。

向こうを説得できるかどうかはわからんけど。

というか、秀吉って本来そういう根回しを得意としてた印象があるんだけどね。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/01(月) 23:01:43 ID:lGIhyCDw0
秀吉得意の計略も、異民族相手となるとそう上手くはいかんでしょ。
それまであまり交渉もなかったんだし、相手に対する知識が少なすぎる。

それと女真族は、明の側とも付き合いが長いし、一旦は日本と手を組んでも、
いつ寝返るか分からない部分がある。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/02(火) 06:31:50 ID:8yu6aUy70
http://tmp6.2ch.net/test/read.cgi/mog2/1167044587/

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136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/02(火) 15:21:17 ID:O8SaJtfJ0
そもそも日本は異民族と接する機会が少なすぎた。
まずは積極的に関わりを持って、数十年付き合ってみて、
相手を知ることが肝要。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/02(火) 15:25:44 ID:31iSNPU/0
明の人口は1630年の段階で1億9000万人いたらしいよ、その後の混乱
で激減したけど。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/02(火) 22:50:04 ID:VMpl3rUYO
確かに、下手に中国占領したら満州やチベットみたいに日本も中国の一部にされたかも

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/02(火) 22:55:39 ID:UL6CMbhZ0
その場合は間にある朝鮮も当然のように吸収される…と。
近代以降の歴史が大幅に塗り変わっちゃうねw

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 10:43:58 ID:sYUT8V1/0
満洲族の数十倍の人口があるし、本国は海の彼方だからそれはない。
入植人口も十倍はあるだろうから、カースト制になるだろう。

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 10:47:03 ID:sYUT8V1/0
その場合本国の年貢を減らして、替わりに継続的な武士の産地にでもするのかな?
大名連はお国替えになるだろうし。本土は丸ごと直轄領になるだろうし。
朝廷はどうするんだか。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 11:08:27 ID:kbVJovyh0
ちょんまげとかさせるの?
それとも本土では普通に大司馬とかになるの?

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 11:41:56 ID:LxsRirHD0
もし日本の歴史が半世紀ばかり遅れて進行していたら・・・
明vs李自成vs清vs秀吉の四つ巴の戦いが展開されたかな?

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 23:26:39 ID:vx7wTb160
明は、夷を以って夷を制す、の策で、
清と日本を噛み合せようと画策するだろうな。


145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 13:54:39 ID:7BnuuoTj0
日本が一番素人っぽくて、はめられそうな気がする。
島国で外国との接触がどうしても少ないから。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 23:31:02 ID:4eCPVGmN0
日本は海に囲まれて外敵から守られてきたけど、
逆に攻めて行くのも大変だね。



147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 12:18:57 ID:DJNAKqCo0
>>145
いや、当時は海外貿易が盛んだったから情報や技術の最先端が日本にあった
はず


148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 14:36:38 ID:kUQs2Tdn0
少なくとも、明国内の状況に対する知識という点において、
でも豊臣秀吉とか、主立った大名連中の知識はかなり乏しかったはず。

異民族を統治することがどれだけ大変か、実感として分かっていなかっただろう。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 14:13:29 ID:17GBGVst0
>>137
この当時の日本の人口は、推計によってまちまちだけど、
千数百万人ぐらい?

人口差は、大雑把に1:10ぐらいの差かな?

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 12:38:57 ID:qlgOQugU0
万暦年間の明軍の総兵力の実数は、大幅に定員を割り込んでいて、
50万人ぐらいだったらしいね。
それで、文録・慶長の役で、朝鮮半島に送り込んだ兵力が恐らく最大で10万人ぐらい。
江南に直接攻め込んだ場合でも、直接対峙する兵力は20万人以下じゃないかな。
辺境に張り付かせた兵力を全て一点に集中させることは不可能だし。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 09:19:59 ID:6WKUj2yV0
万暦の三征ってほぼ同時期に起きてるんだね。
うまく連携が取れてれば…とも思うけど、難しいか。

距離も離れすぎてるし。

やっぱり女真族だよな〜

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 14:50:30 ID:4+a9Ykwc0
寧夏やら貴州やらでは、連携を取るのは無理だろうね。
しかも乱を起こした両者は、明朝と繋がりのあった人物だし、
一時的に日本と手を組んでも、すぐに裏切りそう。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 16:14:17 ID:tu5YB08B0
明の軍隊は、将兵共に、一般的にはかなり質が低いけど、
たまに優秀な指揮官が現れると、見違えるほど強い軍隊になったりすることがある。


154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 22:35:01 ID:+QmC2J4c0
ただ中央の文官が保護してくれなきゃ誅殺!

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 23:27:11 ID:gvAZl7lL0
あまり功績を上げすぎると、妬まれたり、
あるいは危険視されたりする。

中央の上司に理解のある人がいるといいんだけど。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/11(木) 23:40:22 ID:z2Cr7Hb00
岳飛・・・・・・

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/12(金) 23:29:30 ID:ARwXX2Z70
>>153
と言うか、明朝の場合、皇帝の座に、ものすごく有能な人物がついたら、
一気に国として強くなるように思う。


158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/13(土) 23:54:39 ID:qs15dPtQ0
皇帝の身に独裁権力が集中しているからね。

万暦帝が永楽帝みたいな皇帝だったら、張居正が建て直した財政をそのまま維持し、
場合によっては親征、日本への逆侵攻も考えたかも。

ま、日本を攻めるってのは容易なことじゃないけど。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/15(月) 13:47:02 ID:DZp+vL+i0
つくづく日本は海に囲まれてよかったと思う。
今でも、海に囲まれていることが、
国防上、ものすごく有利に働いているし。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/15(月) 22:56:39 ID:lFZrPZFlO
本当は過去に一度ぐらい痛い目にあった方が寧ろ日本の為になったのに・・・

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/15(月) 23:23:12 ID:9+//72510
>>160
まぁ第2次大戦で痛い目にあって、それを肥やしにできたから結果オーライじゃね?

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/15(月) 23:25:16 ID:3dm/VTCV0
頑張れば行けたんじゃね?頑張ればな。
だが出来なかった、だからこの話はこれで終わり。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/15(月) 23:41:19 ID:bAr99ni90
結局、中国を統治するのに、一番効果的なのは、
既存の行政システムを取り入れること。

ただ、それは漢化を意味するわけでもある。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/16(火) 02:08:55 ID:KkwY9sLx0
>>162
だから、どう頑張れば良かったのかを検証するスレだろw

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/16(火) 10:07:29 ID:iy2w6cIIO
>>161
それじゃ遅すぎだ、蒙古に蹂躙されてた方がこの国の為になってたと思われ・・・

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/16(火) 10:56:39 ID:eqnoPpCV0
>>152
他の民族と連携を取るのは大変なので、まずは、
日本単独で攻めることを考えよう。

まず史実通りに朝鮮半島へ侵攻するか、海路で明本土への侵攻を画するか。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/16(火) 21:45:26 ID:HMFhqzWJ0
日中戦争でも日本軍は戦闘を優位に進めたけど
広大な領土を占領することはできなかった。
結局負けるし。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/16(火) 23:19:04 ID:bfRcKxn80
戦術的な勝利を積み重ねても戦争に勝てるとは限らないんだよね。

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/16(火) 23:23:22 ID:KkwY9sLx0
朝鮮と琉球押さえて、有利な条件での講和がベストじゃなかったか。
で機を見て(必要なら)台湾や江南へGOみたいな。

満州はさすがに無理そう。
ヌルハチ手強そうだし。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/17(水) 22:24:52 ID:KfX1Bpce0
家康に留守をつかれて糸冬じゃない?

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/17(水) 23:22:32 ID:8L1XOCrm0
秀吉の存命中の家康の反抗は難しいんじゃないかな。
関ヶ原の戦いだって、豊臣家臣団を分裂させて戦わせたわけだし、
秀吉がいたら、豊臣家臣団は団結するだろうし、
家康がいくつかの有力大名を味方に引き込んでも、
戦うのは難しそう。

史実のように朝鮮半島南部を主戦場としつつも、
少数の遊撃部隊を編成して、倭寇のように江南沿岸を荒らし回らせて、
明朝を揺さぶる。
その上、明朝と直接交渉して、日明間の交易と、朝鮮南部の割譲を勝ち取るぐらいが、
一番いいと思う。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/19(金) 15:05:02 ID:/dny6RAj0
朝鮮の頭越しに明と交渉し、慶尚道と全羅道の割譲を勝ち取る。
朝鮮は、宗主国が決めたことなら、逆らうことはできない。



173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/19(金) 23:45:24 ID:Ov2VhAAJ0
慶尚道と全羅道出身の両班、官僚たちはわや

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/20(土) 22:55:07 ID:Ft7VjdJs0
それを実際にやってご破算になった

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/21(日) 23:37:12 ID:3Bb/3em00
やっぱり海を隔てていると、侵攻するのは大変だな。
逆に守りやすくもあるけど。

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 00:13:37 ID:KaYo1cIt0
李舜臣が官僚の支持があって全軍を指揮したら日本は危なかったな
きっと九州の当たりは朝鮮領土になっていた
とても残念だ

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 00:47:25 ID:jlqAqn7WO
>>176
日本→朝鮮ルートが難しいように、朝鮮→日本ルートも難しいんだぞ

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 14:54:27 ID:uyW5DGbW0
>>176
ただでさえ渡海作戦は難しいのに、当時の朝鮮軍じゃ、
いくら神のような指揮官がいたとしても、九州の占領なんて無理でしょう。

元寇にしたって、たとえ神風がなくても、博多周辺などを一時的に占領することができたとしても、
やがて撤退せざるを得なくなったと思われる。

対馬や壱岐の占領でもかなり難しい。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 19:11:42 ID:HxGDlvhZ0
秀吉は北条氏を攻める際に22万の兵力を動員しているよね。
それ以前、九州を攻める段階でも同じくらいの動員をしているよね。
それを考えれば、島津、北条、その他の領土を併呑して更に大きくなった
段階ではもっともっと大兵力を持っていたんじゃないかな。
朝鮮には最大で15万8千しか送っていないけどこれは輸送船団がやられて
新兵力を送る余裕がなかったからでないの?
名護屋城には30万の兵力が集まったんじゃなかったっけ。東日本にも兵力
を出させておけば朝鮮駐留に10万位あてても北京に雪崩れ込む力はあった
のではないか?

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 19:51:32 ID:4iYX7Aso0
大量の兵を海の向こうに輸送するってのは大変なんだぞ
今みたいにGPSやらなんやらあるわけじゃないし

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 20:01:20 ID:FQU7HU7l0
>>176
李と朝鮮の手持ちの船では技術的な問題があって渡海は難しいらしい
どのみち日本も明朝鮮側も補給と兵站の問題が至難の技みたいね

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 23:18:47 ID:eGqDZe1f0
>>179
兵を数だけ送り込んでも、補給もきちんと確保しないと、
どうしようもないよ。

それに30万人動員と言っても、全てが戦闘員というわけでもないしね。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/23(火) 11:24:45 ID:mf1+J/i80
でも相手より多数をそろえながら、兵器も先進、士気も高く、
武将も有能ぞろい。












で敗北した。清軍にも日本ボロまけしたんじゃね、といわれてるし
日本軍弱すぎ。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/23(火) 16:38:05 ID:e7feaU810
そもそも敵地で戦うのは根本的に不利だからな。

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/23(火) 23:00:11 ID:nXIpBtS10
中国の歴代政権を苦しめ続けた北方の遊牧民だって、
別に兵の数が多かったわけじゃないからな。

やっぱ機動力、ゲリラ的な戦いで挑んだ方がいいだろう。
正面から大軍同士でぶつかったって、損耗も激しいし。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/24(水) 15:00:47 ID:iVR/8hUV0
ゲリラは地域住民に紛れこんで背後から襲うわけで外人には無理
うまいこと現地の言葉を覚えて侵入したとしてもゲリラ戦なんてやったら現地住民みなごろし戦法をとられる
こええぜ

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/24(水) 16:23:57 ID:+kfwlWsh0
>185
ゲリラ戦と機動戦は違うんだぞ。
ついでに言えば遊牧民がああいう戦い方をしたのは
基本的に交易を有利にするための恫喝や略奪のため戦で
土地を取って長期的に支配するつもりが無いから。

逆に遊牧民といえど中原支配を目指した場合は
大軍同士の会戦や攻城戦などを行ってる。
どんなに勝率がよく損耗率の低い戦い方があっても
「何のために戦争をするのか」って目的を度外視しちゃだめだろ。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/24(水) 17:42:16 ID:lHE16nw/0
>>187
秀吉の目的は服属させること?
それとも日本の新しい領土として、支配すること?

それによって変わってくるね。





189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/24(水) 18:07:48 ID:etJ/v/sxO
>>188
日本で関白にしかなれなかった秀吉は自身の地位向上の為に
明の一部を天皇に献上、自身が明の残りを支配。
その場合、日本は明の一部に過ぎないから秀吉の地位が一番上になる。
そんなことを本気で考えいたらしい。


190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/24(水) 21:25:16 ID:1F69KVbM0
日本は苦労して補給物資をわざわざ九州から取り寄せた

一方、明は朝鮮から奪った

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/24(水) 22:21:30 ID:dbFG1Tvc0
そらま攻め込んできた軍と応援で来て頂いた軍を一緒にしちゃいかんよ

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/24(水) 23:06:23 ID:1ZpCS/pH0
明軍は、ごろつきの集まりみたいな軍隊だからな。
軍隊は、社会の爪弾き者を集めたような場所だったし。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/25(木) 01:47:53 ID:T2VT8CPz0
>>189
中華皇帝の地位に就くことによって、天皇を超えようとしたらしいな。

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/25(木) 23:31:35 ID:UuLzHOlr0
実は信長より秀吉や家康の方が朝廷に介入しているね。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 03:00:49 ID:DEgs2M5bO
>>194
征夷大将軍になる為に義昭の養子にしてくれと頼んだがあっさり断られた、
そして秀吉は平姓を名乗ってたが、
それじゃ関白になれないんで五摂家の養子になり関白になろうとした。
(どの家かはわすれたが)
しかし朝廷側の思惑としては秀吉を排除したいので新たな姓として豊臣の姓を与えた。
それを踏まえた家康は新田の子孫と系譜を改竄、
新田の子孫を手厚く保護して文句が出ない様にしている。

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 03:26:40 ID:8IXy9T0C0
征夷大将軍になるために足利に容姿に〜って俗説じゃなかったか?
秀吉は征夷大将軍になれなかったんじゃなくて、ならなかったんだというのが正しい見方の筈

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 03:51:42 ID:DEgs2M5bO
いや義昭にあっさり断られたから、負け惜しみ言ってるだけじゃないの?
武家の棟梁にならなきゃ不利なのは事実なんだし。
日本の歴史学者って資料第一主義なんだし、鵜呑みにしてんじゃねえ?


198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 05:17:18 ID:8IXy9T0C0
このスレでそれから辺は散々論破されてる
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1152118867/

征夷大将軍なんてものは別に武家の棟梁でも何でもなく
鎌倉時代においては北条氏の傀儡で、室町時代においては集権力が無く
戦国時代においては失墜してる権威なのを、わざわざなる必要性が無い訳で
その上、信長が征夷大将軍を断ってるのを秀吉は見たわけで

関白にねじ込んだ菊亭晴季の着眼点と、征夷大将軍なんてもんをあそこまで神格化させた家康の手腕
は多いに見るべきものがあるけれど

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 10:22:49 ID:DEgs2M5bO
>>198
スレ落ちてるけど・・・
できれはどう言う結論に落ち着いたのか教えて。
征夷大将軍にたとえ権威が無くてもならなきゃ不利では?
信長が蹴ったのは朝廷の下に付くのを嫌がっただけじゃないの?
右大臣はいやいや受けた訳だし・・・(だからすぐ辞職してる)

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 12:12:17 ID:mOf68k++0
秀吉が北京入りしたらどうなっていたか?数十年、あるいは数百年で
一族郎党抹殺されてほかの王朝が始まる。

で、近代になってからは、秀吉が支配していたことが大陸侵略正当化の
理論となって、場合によっては侵略する。

また、逆の理論で秀吉は中国人だから、日本は中国のものだという理論が
幅を利かせて、日本侵略の理論となって、場合によっては侵略される。

それだけ。

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 14:15:29 ID:xaGbAMT10
>>199
あまりはっきりとは覚えていないけど、
秀吉が征夷大将軍になるために義昭に養子にしてくれるように頼んだという逸話は、
はっきりとした証拠となる資料がなく、当時の状況から見て不自然な部分も多いことから、
後世の作り話でほぼ間違いない、というようなことになっていたと思う。

源氏でなければ征夷大将軍になれないという俗説も、江戸時代になってから広まったもののようで、
現実には、源氏でないどころか、武家ですらないものも将軍となっている。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 14:19:45 ID:xaGbAMT10
それと、征夷大将軍の条件は、源氏云々ではなく、東国を平定していることだったという説もあって、
当時の秀吉はまだ家康や関東の北条氏を従わせていなかったために、
征夷大将軍になれなかったという説もある。

ただ当時、征夷大将軍であった足利氏の権威が地に堕ちているのを秀吉は目の当たりにしていたわけで、
将軍職に魅力を感じなかったという説もありえる。
現に秀吉は、征夷大将軍より上位で、よりなるのが難しい関白になっているわけで、
仮に征夷大将軍になりたいなら、資格に問題があったところで、
朝廷に強く要求すれば、強要することもできなくはなかっただろうし。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 14:50:22 ID:mgfN0Wf2Q
秀吉も大軍率いれる地位についてからの戦い方でそのまま遠征させちゃった感じだからなぁ
初心にもどって調略から地道にやれば可能性あったかも

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 16:54:36 ID:y6MJnKMjO
 ネコパ〜ンチ★ http://society5.2ch.net/test/read.cgi/jsdf/1145305314/
 __.∧ ∧
(ttt)≧Д≦)っ
  ヽ  (
   \  )〜
    γノつ
    し ~

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 18:03:03 ID:DEgs2M5bO
>>201-202 サンクス
確かに色々な説があるみたいだね。
俺が述べた意見は井沢元彦氏の逆説の日本史という本に載っていたんだよ。
よかったら一度読んで見てはいかがかな?

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 18:49:31 ID:DEgs2M5bO
>>205
スマン少し訂正。
源氏で無ければ征夷大将軍になれないはと不利云々は俺の意見。
あと坂上に田村麻呂や親王が征夷大将軍になってるのは知ってるよ。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/26(金) 20:49:09 ID:gmMOfOjTO
逆説の日本史ってオイ……

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/28(日) 23:37:23 ID:x1RbvUlz0
中国に王朝立てるとして、
モンゴルの大ハーンが皇帝を称したように、
日本の関白が皇帝を称するのか?

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/29(月) 23:52:44 ID:MqGkT5ux0
天皇の下に皇帝というのもまずいでしょ。
モンゴルみたいに帝国をいくつかの国に分けて統治する形を目指すのかな。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/30(火) 02:13:26 ID:+L5sOoa60
半島〜遼東ルートを採用した場合、北京に行くには山海関を抜けなきゃいけないの?

なんか無理っぽくない?

背後からヌルハチに攻められて、挟み撃ちにあいそう…


211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/30(火) 08:16:57 ID:uOw3Xu9i0
ヌルハチが手出しを控えてくれても、
補給の確立をどうするかだな。
実際、朝鮮半島でも北部へ進むと補給が破綻して、撤退に追い込まれたわけだし。
遼東辺りへ進んだら、何もない荒野ばかりで、
掠奪補給もできないし。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/01(木) 20:36:52 ID:7yYDTzlf0
やっぱヌルハチとの共闘ありきだね。
話はそれからだ。

もし何らかの理由で日本軍と女真族がぶつかっていたら、
共倒れになって清の建国に影響があったかもね。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/01(木) 21:35:05 ID:KcawhCdF0
なぜ秀吉は失敗しヌルハチは成功したのか
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1165686433/

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/02(金) 13:38:23 ID:Cd4K1Z6d0
ふと疑問に思ったんだけど水は大丈夫なの?
硬水と軟水の違いがあると思うんだけど。
日中戦争のときとかどうしてたんだろ?
身体が慣れるまでは下痢しながらひたすらガマン?

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/02(金) 13:47:18 ID:IZtifpwf0
中国は硬水だけど、
とりあえず加熱したら大丈夫みたいだよ。
お茶かお湯で飲めばいい。


216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/02(金) 13:54:18 ID:Cd4K1Z6d0
そうか。その手があったか。
でもそれだと手間もかかるし、できないこともあったろうに。
水での下痢は強烈だからなぁ・・・orz

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/02(金) 17:41:51 ID:kt3A+xPYO
>>208-209
秀吉は東亜皇帝と名乗り、中国を支配して長となり
後陽成天皇に中国国土の一部を献上、
良仁親王を日本の天皇とし秀次を関白に任命して治めさせるつもりだったらしい。

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/02(金) 21:45:49 ID:fotQPHjs0
>>217 前から気になってたんだが。
中国を支配したら国号はどうする積もりだったんかなー。「東亜」なん?
倭は字が良くないから「和」とか、「豊」とか。それとも「日」?
和に「大」付けたら「大和」なんで丁度イイと思うんだけど (笑)

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/02(金) 22:25:51 ID:kt3A+xPYO
国号は調べてみなきゃわからんが、東亜皇帝って仮の尊号だったらしい。

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/03(土) 04:00:04 ID:ieIK4P1H0
清の偉かったとこは、
明の最後の皇帝の葬儀を行ったりして
明の支配システムを継承したこと。

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/03(土) 08:47:02 ID:q9252H230
「東亜」の「亜」て、アジアの意味?

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/03(土) 09:08:52 ID:tNOATL3Z0
東?あ〜ん?の略

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/03(土) 10:17:20 ID:iWGZLpbW0
漢民族は他民族にレイプされながらもレイプした民族を吸収して勢力を拡大していった民族

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/03(土) 12:33:07 ID:h8+xsO/m0
>>220
李自成に滅ぼされた崇禎帝の仇を、明の遺臣に代わって討ったって形にしたものね。
こうすると、明の旧臣たちも帰順しやすかっただろうし。

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/03(土) 16:32:28 ID:XILg3lo00
東亜皇帝秀吉の命によって
朝鮮国王はモンゴルか蝦夷の一部を与えられ転封
石高は7万石ニダ

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/03(土) 17:42:51 ID:2GiNh5YL0
日本に逆らったのだから、朝鮮国王は逆さ磔で公開処刑。

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/04(日) 23:54:21 ID:0qadWPfZ0
朝鮮の宣祖王も、漢城で籠城でもしてくれれば、
靖康の変みたいにできたかも知れないな。


228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/05(月) 23:50:12 ID:GkjDKC4p0
国王の身柄を押さえて人質にし、朝鮮の朝廷を統制下に置く。
でも朝鮮の場合、国王を人質にってどれぐらい有効だったんだろう。
廃された王も2人いるし。

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/06(火) 00:20:48 ID:JkcyT+fV0
徳川家康を朝鮮に転封するってのはどうかな

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/06(火) 13:08:19 ID:ru5o6rh90
いくら徳川家康でも素直に従うかな?
まだ関東は、東海の隣だからよかっただろうけど。

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/06(火) 23:48:11 ID:+L+nj30P0
秀吉にしたら、徳川家康を外征の主力とした場合、

大陸征服が上手くいった時に、広大な領土を与えねばならず、ますます力をつけさせてしまいかねないので、

外征には子飼いの武将たちを主力とした。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 13:43:44 ID:mURHs0600
しかしそれが、裏目に出て、

秀吉死後、戦力を温存した家康(直属軍4万)が謀反を起こし、

えらいことになった。

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 14:39:10 ID:alk4mmfL0
「いずれは明も朝鮮も敵にまわる。関白秀吉なる倭国の王はやがて兵を退こう」
「倭は押しておりますが・・・」
「大義なき戦は続かぬ」

浅田次郎『中原の虹』、ヌルハチとダイシャン(だったと思う)の会話。うろ覚え。

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 15:40:44 ID:3XMnymf40
>>232
明確な謀反とは言いがたいな。
家康は一応は豊臣家の権威を盾に動いたわけだし、
賊軍扱いはできない。

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 16:37:52 ID:4rWAbux40
しかし、中国に日本による政権を作ることが出来ても、
どっちみち、反乱を抑えきることが出来ず滅亡、
たとえ、維持できても、日本国内の政治に掛けなければならないエネルギーを
大陸での政権維持に取られて疲弊化し、
その後、本格的になったヨーロッパの帝国主義の攻勢に耐えられず、
日本も植民地にされた・・・という可能性はないかね?

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 16:39:38 ID:4rWAbux40
>>223
考えりゃ…
中国史って太陽政策の歴史なんだよなw

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 16:57:26 ID:DSPHlkDY0
植民地化?鎖国してなかったら銃火器の開発が進んだだろうから
その点の危うさは大したことないだろう、大陸に領土を持てば
造船技術も発達しただろうし
半ば中国人化というのが一番怖い

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 19:35:27 ID:ryO+9Y7t0
王朝作っても300年もたてば滅ぶよ

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 21:49:22 ID:4rWAbux40
>>237
ああ、そうだな。
大陸に領土を持てば、日本国内のみはともかくも
東アジア全体としては生産性が上がったかもしれないな。

でも、その場合、戦国時代が終わって国内の安定や生産性を高めなければ
ならない時期に、人材やその他を大陸経営にとられて日本国内は衰退、
中国化した日系中国政権に日本が吸収され・・・なんて事になったかも・・・

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/08(木) 21:46:08 ID:jsbEd3lc0
どっちにしろヌルハチに全滅されたのがオチ。
日本軍は後金軍よりはるかに軍は弱くて
その兵も弱兵である。
と、明の司令官自らが腹立たしげに認めているし
後金自体が日本軍を弱し、と軽んじていたぐらいだからな。
清の強さを考えれば、清の騎兵軍の前にあっさり全滅し
日本の武士も北方騎馬民族の軍の前には弱いことをさらけだしただけだろ。
数分の一の清の軍隊の前に敗れ去る可能性があったから
徳川日本も清に恐怖していたし朝鮮や台湾に結局援軍を送らなかったわけだから。


241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 18:58:42 ID:UdlAjfQz0
>>240
やたら清が強いように書いてるけど、モンゴルの時代とは武器が違ってるんだ。
明が火器を使用して女真には明と戦うことは乾坤一擲の大勝負だったんだよ。

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/09(金) 23:00:31 ID:CIqXsYga0
いっそのこと、明と結んで朝鮮と女真を討つのは?
大陸に足掛かりを作れるしいいんじゃね?

無理だよな、やっぱ…


243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 04:31:10 ID:E5R1yrpr0
>>242
無理も糞も、前提からして滅茶苦茶。
明が朝鮮を攻める道理もメリットも無い。
んな、紅巾党の時代じゃあるまいし。

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 05:56:40 ID:c2l595MR0
>>242
頭おかしいんじゃないの?

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 13:17:38 ID:33ShAuPe0
既に東アジア世界で冊封体制を確立している明が、
日本と手を組んでそんなことする必要がないからねえ。

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 07:53:15 ID:VfItyytx0
女真以外に頼りになりそうなの、いないの?


247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 10:51:58 ID:Wp3sCcEh0
南蛮、ポルトガルやスペインと手を組むぐらいかな。
こちらの方がまだ現実味があるだろう。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 11:32:51 ID:hY3p40Bz0
>>245
明の乞師って朱舜水や鄭成功の私的なもので、
民国政府の正式なものではなかったの?

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 14:11:43 ID:ocqk5k1+0
>248
このスレが話題にしてる時期と情勢が全然違うじゃん。

それと、その当時に明政府を名乗ってるのは清に駆逐された亡命政権で
しかも各地に似たような亡命政権が他にもあって内ゲバしてるわけで
「正式な物」であることに大した意味は無い。

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 14:19:36 ID:TtQ6maqIO
無理。前線の戦力は指令部と補給拠点からの距離の二乗に反比例する

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 00:11:05 ID:VSgQqZ36O
>>247
そもそもポルトガルの様な小国が領土拡大しまくってたのに触発されて
明を征服しようと秀吉は考えだけどね

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 02:02:02 ID:Wdmqf1sI0
もっと征服しやすそうなとこ狙った方が良かったんじゃね?
オーストラリアとか。

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 07:43:47 ID:bPidoasd0
秀吉の統治方法じゃ不可能だよな。
国内にあんだけ独自の勢力残して、中国制圧なんて無理だよ。
信長ならチャンスはあったと思うけどね。




254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 09:42:47 ID:5zSj65DP0
信長の場合、本能寺の変を乗り切っても再び謀反を起こされそうなので、
肝心の国内統一に手間取ってしまう可能性がある。

更に結局のところ、秀吉と使う戦力は同じわけで、
あまり変わらない結果となった可能性が高いと思われる。

どうも、秀吉は駄目だったけど、信長ならできただろう論は根拠に欠ける気がする。

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 13:27:52 ID:Nx78Vmug0
確かに信長ならいつ命を狙われてもおかしくない


256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/12(月) 13:28:59 ID:Ml39N9j10
>>249
じゃあ、明に援軍を送って、めでたく清を追い払うことが出来ても、
約束の領地割譲はナシにされてしまう可能性もあったわけだ


257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/14(水) 02:18:25 ID:ohJwvZzT0
>>256
約束はしていても、明朝が国土を回復した後は、
少なくとも本土に日本の領土ができるのはすごく嫌がるだろうね。
何とか領土の割譲は、なしにするか、辺境の領土にし、
代わりに歳幇を支払うような形で処理したがると思う。

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/14(水) 15:18:23 ID:fQwQyriC0
領地を割譲させるなら、豊かで、かつ日本とも連絡が取りやすい、
江南の江蘇、浙江、福建のあたりだろうけど、
そこは明が一番割譲を嫌がりそうな地域だ。

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/14(水) 21:50:50 ID:UGsA22bR0
「日本による台湾と琉球の支配権を認める」ぐらいの内容でしょ

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/14(水) 22:20:37 ID:rMwASHSNO
日本を東夷扱いしてる中華思想の国が領土割譲や台湾・琉球の支配権を認めるとは思えないし
なんだかんだ言って約束を反古にするはず

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/14(水) 22:48:11 ID:pBQEWEA30
約束を反古にするのは中華王朝の常套手段なんだよね
野蛮人相手の約束は守る必要がないって
で、後で必ず滅亡への道をたどると・・・

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/14(水) 23:41:35 ID:g9DO6rL90
ifになるので、できたといえばできたしできなかったと言えばできなかった。

歴史ってのはそんなもんだ。

ちなみに、朝鮮出兵に関しては形式的だが日本の勝利ではある。
内容はアレだが、明が、中華思想の国が講和した。
アレな内容だが、日本の主張を認めたわけだ。
明が勝利国なら、逆に歳幣や賠償を求めただろうしね。


263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/15(木) 01:09:50 ID:YE3VGJ3DO
>>261
常套手段と云えば夷を以て夷を制すもそうだしな
明と手を結び女真族を倒すにしても
結局、明にいい様に利用されるに違いないな日本軍

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/15(木) 03:37:04 ID:ZrksO7M70
やっぱ女真と結んで明を撃破後、朝鮮・琉球・台湾をもらうしかないんじゃない?
中国奥深くまで侵攻して占領なんて、20世紀の日本軍でもきつい。

少なくとも朝鮮出兵勃発時から秀吉が死ぬまでには、不可能。

でも女真と結ぶったって、コネもなさそうだしね。
あっち側には、メリットがなさそうだし…

もう少し後のヌルハチが動き出し、明が反乱で苦しんでた頃なら違う展開があったかもね。

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/15(木) 03:51:15 ID:qevxY7dw0
秀吉が戦争中死んでなかったら今韓国とか北朝鮮ないからな



266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/15(木) 09:33:26 ID:eLSOChk80
>>254
いやまあ信長は謀叛にあったんだろうけど、信長なら国内勢力根こそぎ踏み潰してた
だろうから、秀吉のように国内諸侯残しまくりの統治形態よりは外に向けて動き易いし、
不満が出ても対処しやすいだろうと。 
国内の統治形態の話ね。 信長は謀叛のリスクは常に抱えてそうだけど、本能寺に少数で
泊まる無防備のが駄目だよね。

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/15(木) 23:39:13 ID:+El2VFbQ0
>>264
あの時点のヌルハチの勢力はまだまだ小さいし、
日本と手を組んで……とかそういうことはできなかったんじゃないかな。

下手に動いて明に反抗したら、即座に潰されるんじゃないか。
明は直接叩かなくても、競合部族を煽る手もあるんだし。


268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/16(金) 00:27:11 ID:5bKito4T0
やはりオランダやイギリスの様に貿易主体でいくべきだったな。
もしくは、あいつら新教国と手を組んでルソンを侵略するのはどうだろう?

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/16(金) 10:46:22 ID:DqMUuBko0
例えばもう少し後の、明が朝鮮にとてもじゃないが援軍を送ることができない頃に
朝鮮出兵があったらどうなったんだろうね?

朝鮮は藁をもつかむ思いで、女真あたりに援軍を頼んだだろうか?



270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/16(金) 23:38:57 ID:o+fj6LP/0
>>269
国王が海を渡って明本土に亡命とか?

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/17(土) 13:22:49 ID:HRiTbp2N0
>>260
宋代に遼の華北支配認めてるし、いくら中華思想と言えど
現実には叶わないんじゃないか
まして台湾・琉球なんぞ彼らから見れば化外の地だし

もし日本大活躍で女真防いだとしたら、割譲の可能性自体はあったと思う
でもやっぱり一番可能性高いのは、反故だわな

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/17(土) 18:30:53 ID:Ynh5F5kWO
>>271
>宋代に遼の華北支配認めてるし、
でもね遼の華北支配を認めたのは宋が極端な文尊武卑政策を執ったが為に
武力で遼に太刀打ち出来なかった訳で、
宋は遼と屈辱的な講和を結ばざる得ない状態だったんだよ。
仰る通りに所詮は台湾・琉球なんぞ化外の地だし、
褒賞として割譲の可能性自体はあったとしても
所詮は夷狄のくせにと反故にされる可能性大だろうねw
夷を以て夷を制すが中華政権の昔からの常套手段だし、
日本なんか女真族を駆逐する為の道具ぐらいにしか思ってないだろうね。

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/17(土) 18:39:29 ID:t0Q+0eTH0
日本から長躯北京を陥れるなんて無理だろう。
朝鮮を確実に支配して拠点となる基地をつくらないといかん。
そして女真と手を結び、じっくり機会をまつ。

だが朝鮮支配すらままならなかったわけだから結局無理か


274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/20(火) 23:55:34 ID:RgHqYmkc0
とりあえず朝鮮を占領して数十年間かけて統治を確立させた上で、
その間に女真族と交流を持っておかないとな。

何も知らずにのこのこ出かけたら、いいように利用されるだけ。

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 00:18:04 ID:1kWagDVc0
そういう地道な方策を採ると秀吉が死んじまうのがな。

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 23:15:54 ID:eqkO7oww0
半島南部の割譲を受けても、維持が死ぬほど大変そうだね

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 22:28:33 ID:+xL/+/e90
>>276
常に北の大陸からの侵攻に気を張らなきゃならんからな
あの時代の航海技術なら本土までは攻めてこられないだろうが
逆にこっちから打って出ることも難しそうだしな

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/24(土) 23:41:56 ID:AnTNcKKc0
半島南部の領土を維持するために国力を消耗させられそうだな。
半島から難民も押し寄せそうだし。

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/25(日) 03:39:22 ID:QZpY/qVN0
王朝はたてれただろうね。
ただし、統一王朝ではないね。

日本が明本土に侵入した時点で他異民族もこぞって侵入する
女真はじめオイラート・タタール・タングートといるしねえ。
五胡十六国や五代十国状態
異民族政権乱立ってところでしょう。



280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/25(日) 03:59:09 ID:jsdWiCMz0
盛り上がっていいじゃない
やっぱ戦乱の世でこそ英雄が活躍するわけだからな

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/25(日) 10:39:02 ID:m7lRrmYZO
明や朝鮮の庶民にとっては迷惑極まりない

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/26(月) 15:09:59 ID:K0cDodJL0
しかし、清には惨敗したであろう日本軍が
わざわざ手を結ぶことを選択するかなあ。
最強女真だぜ。
騎馬民族を甘く見過ぎてないか。おまいら

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/26(月) 16:26:03 ID:0d5BlpCn0
でもあの時代なら騎馬ってそろそろ斜陽なんじゃない?

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/26(月) 17:12:36 ID:VvC3SlFM0
騎馬に対する鉄砲(や大砲?)の相性ってどんな感じ?

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/26(月) 17:56:43 ID:wUyNugGn0
そもそも清に惨敗したであろうっていうか、
一応歴史上日本は一度たりとも女真には遅れはとっていないが。
・刀伊の入寇
・元寇(女真族がかなり多く加わっている。指揮官もいる)
・朝鮮出兵(加藤清正が女真族の一隊と交戦。撃破)
・日清戦争
・満州国

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/26(月) 18:49:29 ID:c3XmEj+l0
そこら辺と比較するのはどうなんだろ…

> ・朝鮮出兵(加藤清正が女真族の一隊と交戦。撃破)
これはちょっと気になるけど

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/26(月) 22:04:51 ID:JAccJuXM0
もう、明末くらいになってくると中国でも火器を中心とした武装で
昔みたいに騎馬民族が楽々中国に侵略できるほどでもないのだが。
そもそも、ヌルハチ達は乾坤一擲の勝負で明に戦いを挑んだんだよ。
国力は落ちていたとはいえさすがに明。
火器中心に呉三桂が関所を守っていたじゃないか。
当時の日本軍は戦国時代の流れを汲み軍事力では騎馬民族ごときには引けを取らないと思うが。


288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/26(月) 22:20:54 ID:uSJD7O9i0
日本側に本格的な騎馬隊に対するノウハウがない

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/26(月) 22:42:57 ID:THGhnWx10
ヌルハチは、サルフの戦いで、
明軍の火器の威力を削ぐような戦い方で勝利を収めている。

長篠の戦いの逆のようなものか。

後で大砲にやられちゃったけど。

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 01:54:10 ID:askKGAPW0
>>285
> ・朝鮮出兵(加藤清正が女真族の一隊と交戦。撃破)
これって出典は何?

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 02:16:04 ID:D9MA6olK0
>>286 >>285
オランカイ 加藤清正 でググレ

>>287
つかさ、火器中心なわけねーだろ。
その火器ってのが、ポルトガル産とかフランス産の大砲なわけだが。
ヌルハチも外国産の大砲により戦死。
その大砲に官職あたえてるぐらいだからな。

武具についても、日本産のなぎなたとか輸入してるし。
正直、武具や大砲などの面ではかなり劣っている。





292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 03:34:44 ID:EQnwR9ys0
要は中国を武力で占領なんて絶対無理だってことだ。
日中戦争でも日本が圧倒的に力が上だったが無理だった。

清のように上手いことやって前王朝の後継者になる。
支配体制をそっくり乗っ取る。これしかないね
ヌルハチ天才杉

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 10:44:56 ID:askKGAPW0
>>291
>オランカイ 加藤清正 でググレ

ググれって、ネットがソースですか?(苦笑)

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 14:14:48 ID:D9MA6olK0
>>292
ヌルハチの代で明は滅びていませんが。
正確の意味での清もありませんが。

>>291
>ググレ
あまりにも当たり前すぎて答える気にならないって意味だが
腐るほど出てくるんじゃねえの?
「オランカイ 鍋島直茂」でもググレばでるんじゃねえのww




295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 16:17:07 ID:qT3jxbT+0
ヌルハチ一代でも駄目だったのに、年老いた秀吉が死ぬまでに明を滅ぼすのは不可能でしょ。
朝鮮や琉球を占領して、地方王朝を建てるしかないんじゃない?
王朝に拘るなら。

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 16:42:03 ID:BK8ie8E/0
当たり前過ぎてって、もしかして…
オランカイに進入=女真族と交戦。
だと思ってる。って落ちは無しでお願いします。

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 20:11:26 ID:D9MA6olK0
>>296
おめえ読んでねえだろうw



298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 20:18:03 ID:D9MA6olK0
つうか、何も知らないくせに生意気言うヤツムカつくんだが。
どの史料か教えてください。って教えを請うのは分かるけどさ。
まぁ、いいよ。
スレ覗かなきゃいいわけだしな。
このスレの趣旨も中国女真マンセー的な物を求めてるようだしな。
自分の巣に戻るわ。世界史板とはレベルが違うしな。
ばいばい。

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 20:39:41 ID:bj6yZ9qX0
何だか変な方向に話が進んでいるけど、
加藤清正とオランカイの戦いは、記録が少ないし、
そもそも日本と女真の全面激突でもないので、参考にしにくいのでは。

少なくとも日本側は、加藤清正の一部隊だし、
女真の側も恐らくは、野人女真のどれかの部族だっただろうから、
ヌルハチがいた建州女真や海西女真と単純に同じとは扱えない。

そもそも秀吉在世の時点で、戦うなら、日本の主敵は女真ではなく、明。


300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 21:16:44 ID:Tf0gxC650
298みたいな人は中国史で言うと誰に当たりますかネ!

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 21:37:00 ID:NcuBiu/N0
>>300
深海

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 21:47:29 ID:3cfTp3IIO
ヌルハチにはホン・タイジという優秀な二代目がいた
秀忠もホン・タイジに及ばないとはいえ、幕藩体制の基礎を作った
子孫に恵まれるのは大事なことだね。
子供すら満足に作れない秀吉はその程度の器だったってこった

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/27(火) 21:51:34 ID:qT3jxbT+0
なんで子供ができなかったのかな…

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/28(水) 00:52:25 ID:ytRZCOQJ0
仮にうまい具合に王朝を立てれたとしても
秀吉が死んだらあっさり崩壊するだろうな

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/28(水) 03:34:02 ID:wsfElLzO0
征服王朝なんて作ったら日本が中華文化圏に入って終了。
満州民族も清になってから名前を中華風にして
文字も漢字一筋。

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/28(水) 05:36:14 ID:zGscTOl20

自倭乱朝鮮七載, 喪師数十万, 餉数百万, 中朝与属国無勝算, 至関白 死而禍始息

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/28(水) 11:58:02 ID:VrroZAlQ0
まず中国を占領したとしても、現地の行政システムを活用できるかどうか。
大名制のようなものをそのまま持ち込めば、目も当てられないことになるだろう。

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/28(水) 22:56:44 ID:s0yEepd20
周の時代に戻ったと思えば……無理だな

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/01(木) 02:06:55 ID:7a9AbwfL0
つまり、秀吉は後新を建国するわけですね?

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/01(木) 21:15:05 ID:pAyLpTYCO
>>307
黒田如水がいるから大丈夫

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/01(木) 21:40:01 ID:pAyLpTYCO
↑黒田如水なら現地の行政システムを活用できるってことね

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/01(木) 22:26:50 ID:H9FX3JWe0
>>311
言っておくが日本と中国社会は対照的な社会構造なんだぞ。
日本には村というものがあって自律的な集団として年貢などを納めているが
中国社会の村にはそんなものはないし、村の構成員になるには資格もない。
行政システムにしてもショリといって国家の役人でないものが年貢などの徴収に当たっている。
社会構造が違うから所詮は無理な話だな。

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/01(木) 23:44:40 ID:0uLtswtw0
日本側が中国の慣習にできる限り沿った支配システムを作る必要があるけど、
果たして当時の日本人にそんなことができたかどうか。

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 11:38:48 ID:BAOFzr1D0
明側の認識が「オレ達と属国をあわせても勝算なかった」だとしても
現実にどうだったかとはまた別問題じゃあ?
日本の場合、政権の安定度がそもそも怪しい

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 23:49:33 ID:eNXqlyvr0
秀吉死後、事実上2年で豊臣政権は崩壊しているしねえ。

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/07(水) 23:58:58 ID:pmuyLG0K0
豊臣秀吉が明を征服したとして、国号は日本のまま?
何だか、日本、朝鮮、明にそれぞれ関白を置くような構想があったようだけど。

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/08(木) 23:59:08 ID:33/wsKzj0
天皇を大都(=北京)に移らせて、
自らは寧波に拠点を構えるという構想だったらしいね。
寧波は、日明貿易の関係で馴染みがあったし、
日本と大陸との交通の中間点にあって便利という発想だったのかな。


318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 13:08:59 ID:ZNNluy890
寧波は、日本との連絡には便利だろうけど、
大陸を支配する拠点としてはどうだろうか?


319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 23:50:54 ID:m/oy1/wy0
江南に置かれた国都は金陵(南京)か、杭州になるかね。

寧波は位置的に、大陸を統治する拠点としてはかなり不便じゃないかな。
寧波の位置だと北側に海が広がることになるし、
国都としての広がりを確保することも難しそう。

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 13:41:10 ID:NUI05Pp50
満州を占領すれば良かったんだな
満州は日本の生命線

そうすりゃ明が満州に滅ぼされて清になることも無い

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 14:49:04 ID:r1u2hUxR0
この当時の満州(遼東)だと、ただの荒野じゃないかな。
人口もほとんどいないようだし、
占領したらしたらで、一から開拓を進めないと。

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 20:10:21 ID:NUI05Pp50
>>321
地下資源

石炭に鉄鉱石がいっぱいだよ〜
さあ北九州に高炉を作ろう

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 20:11:41 ID:NUI05Pp50
こうして黒田如水の作った八幡製鉄所は秀吉政権の(以下ry

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 21:12:15 ID:ZxgiofKc0
殿!浪人共が満州に集結しているようですぞ!

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 23:46:19 ID:r1u2hUxR0
この当時なら、領土の魅力は、
いかにたくさんの農作物、特に米が作れるか。

あるいは金や銀の採掘ができるかだろうな。

その意味では、江南、とりわけ蘇州杭州周辺が一番おいしそう。

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 00:35:11 ID:4Lryoxzw0
蒋介石は日本軍の上海上陸を徹底抗議する

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 14:54:20 ID:bZ1szuKd0
南宋は臨安(杭州)に都を置いたけど、
あれは江寧(南京)だと、金との国境に近すぎるからだよね。

臨安自体、仮の都という扱いだったようだし。

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 01:56:52 ID:QxL3L+7a0

秀吉による朝鮮征伐の軍事分析PartIII
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/army/1157199880/l50


329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 18:57:53 ID:AcXyJdd70
>>327
全国政権の国都としての、南京はなかなかいい。
経済の中心である江南を直接押さえられるし。

ただ、北方の軍事力の統制に不安があって、明朝も北京に遷都した。

南朝政権の国都としての南京は、淮河あたりを国境線とした場合、
ちょっと防衛上の不安を覚えるね。

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 23:26:30 ID:162yLwmk0
隋は、揚州を準国都のような立場にしたんだっけ。

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/31(土) 23:48:19 ID:xGzfb26L0
台湾を占領開拓して補給基地化し、
そこを拠点に福建の沿岸あたりからじわじわと征服していくのはどうかな?
ちょっと時間かかるけど。

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/01(日) 00:24:48 ID:omyCLeNK0
秀吉一代では征服できないだろうな
時間をかけれるなら、蝦夷や琉球、南方へも進出して面白いことになったかも

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/01(日) 00:48:18 ID:3peGXgM20
やっぱ豊臣政権の場合は秀吉の年齢&後継者問題とか家康の存在のせいで
時間が味方をしてくれないってのがネックだよな。

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/01(日) 23:57:37 ID:u0s7QLxJ0
確か長浜城時代に息子が生まれていたんじゃなかったかな。
それが長生きしていればなあ。

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/02(月) 11:01:06 ID:CiVfojTS0
後ろを如水に突かれて終わり

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/04(水) 23:18:21 ID:fWYfI4Xy0
まずは日本側の団結が必要。
続いて、大軍を渡航させる外征水軍が必要。
更に、大陸を駆け巡ることができる機動力のある騎兵部隊が欲しい。

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/08(日) 23:54:50 ID:hHA9crCA0
>>336
ないものねだり

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/19(木) 01:30:43 ID:FL0IgTcb0
じゃあ逆にあるものをなくすか
万里の長城をなくす
満州族の強さを減らす
明の民を減らす
明の軍人が不忠義
これでどうだ?

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 12:33:13 ID:ItlOnNnGO
いよいよ明日か
秀吉が何百年ぶりかに天下を取るのは

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 12:34:46 ID:w/mvnHvj0
>>338
あまりなくしすぎると、侵略する魅力がなくなるなw

341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/21(土) 23:20:30 ID:ouhgef9Z0
日本の戦国時代って、狭い視野の中で語られることが多いね。


342 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 18:49:42 ID:O0RqGdlf0
何がどう狭い視野なのか教えてくれないか?

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 19:22:42 ID:nEjLa2yb0
世界史教科書的に書けば、信長秀吉も出る幕がないんじゃない。
こんな記述かな。
「日本では戦乱が続いていたが16世紀終わりに統一国家が出来た」これで戦国時代の記述は終わり。


344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 19:29:09 ID:13bEiI+U0
朝鮮の役くらいは出ると思う
明、朝鮮半島、秀吉、家康だけでさらっと終わる

345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 19:49:02 ID:LbNRlLTB0
海外の世界史教科書で日本のことがどの程度書かれているかは興味があるな

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 23:55:40 ID:O0RqGdlf0
戦国時代を手放しに世界最強という気はないが世界に通用しないとは限らないけどな
結局世界は相手にしてないんだから判断できない

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/22(日) 23:59:12 ID:dFEMQG0z0
秀吉頑張れば夕張に王朝立てれたって

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/24(火) 23:58:47 ID:EsbwCguP0
>>343
まあ、それぐらいしか書くことないからなあ。
朝鮮の役は、16世紀の世界で起きた最大の武力衝突という評価もあるようだけど。

マカオとかフィリピンに攻め込んでいたら、
また変わったかも。

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 00:14:49 ID:fKlLzGA90
明と戦うより、ルソン攻略の方が楽なんじゃないかと思うんだけどな

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 00:35:22 ID:8soGDm3j0
うっかり少しでも成功したら
満州事変みたいなもんが 何百年も早く起こるわけだろ

・・・そして結果はご存じの通り


失敗して本当に良かった

351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/25(水) 23:45:00 ID:H+8M2bbH0
>>346
単純に戦闘力、軍事力だけならかなりのものだっただろうけど、
戦争、とりわけ外征はそれだけじゃ勝てないんだよね。


352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/26(木) 23:58:27 ID:dpecyZFJ0
戦国期の日本の都市人口

京都 10万人
博多、堺 2〜3万人

らすい

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 21:49:34 ID:AaZ4+H710
外征特に海を渡るのは近代以前では勝つのはまず難しいよな
もし日本が大陸と陸続きだったら・・・・
今頃中国と朝鮮の植民地でオワタ

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 23:27:28 ID:1gUHKR9c0
>>353
朝鮮半島と似たような運命になったかもね。

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/29(日) 23:41:41 ID:/eVtPcsH0
日本の戦国時代、安土桃山時代に動員された兵力数って相当なものだけど、
その中での戦闘員の比率とかが気になるな。

そのへんをはっきりさせないと単純に外国軍の兵力と比較できないし。

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 22:42:34 ID:1cGfN65v0
てか何百年経って腐った王朝を倒したヌルハチと秀吉の時代を比べるのに無理があると思うけどな

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/30(月) 22:44:00 ID:RB1xs3d/0
兵力数なら、戦国期日本は、オスマン朝、ムガール帝国、明と並ぶ規模。
しかも鉄砲が早く普及し、戦闘力の面でもかなりのレベルにあったと思う。
ただ、基本的に騎兵戦力に欠けていたし、
兵站等の分野で構造的に長距離の遠征には向いていなかったんじゃないかと思う。
だからそういった大陸国家を相手に、局地的な戦闘では勝てても、
戦争に勝つことは難しかったんじゃないかと思う。

358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 15:39:25 ID:7vR9glSL0
戦国時代の軍隊は、補給部隊たる輜重部隊の比率がかなり高かったみたいだからね。
厳密な意味での正規兵力だと半減するんじゃない?

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/04(金) 23:41:09 ID:KViKa44E0
輜重部隊は普段は戦闘に従事しないけど、
追撃戦なんかの時は戦いに加わるからなあ。
扱いがややこしい。

360 ::||‐ 〜 さん :2007/05/05(土) 00:17:37 ID:XemK+abp0
↑お前は、馬鹿野郎だなぁ〜シネヨ。


361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 01:08:43 ID:nJIYDMvA0
大陸は水が悪いから、まず間違いなく疫病には悩まされるだろうな。
水は沸かしてから飲むという対策が徹底するまでに、
かなりの戦力を損耗するはず。

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/05(土) 02:04:33 ID:agibtpsy0
水沸かして飲むなんて当時の日本でもデフォでしょ
江戸時代の上水道だって沸かしてから飲んでたもの

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/10(木) 00:05:29 ID:wEdAwUbL0
ん〜もし中国を征服して、日明二重帝国成立なんてネタも面白そうだけど
明らかにその後百年戦争になるような・・・
それに遊牧民じゃないんで満洲はもとより、蒙古、チベットも征服できないなぁ〜
そういえば、日本人はチョンマゲを強制しているのかな?

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/14(月) 13:58:12 ID:UvZf6HoB0
文禄の役(1592年)で朝鮮を侵略して、朝鮮人に酷い事をした日本軍司令官の子孫が、
韓国を訪問して日韓友好の為に謝罪してますよ。

【日韓】壬辰倭乱日本軍総司令官17代孫「先祖の代わりにお詫びします」[07/05/14]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1179113338/
dat落ちミラー http://p2.chbox.jp/read.php?host=news21.2ch.net&bbs=news4plus&key=1179113338&ls=all

宇喜多秀家の子孫、韓国で先祖の不徳を謝罪
http://news23.2ch.net/test/read.cgi/news/1179112103/
dat落ちミラー http://p2.chbox.jp/read.php?host=news23.2ch.net&bbs=news&key=1179112103&ls=all

 


365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 19:53:17 ID:bTpMuBwL0
>>363
日本が仮に中国大陸を征服したとして、
当然、支配階級=武士という体制を持ち込みたがると思われる。

>>364
韓国は好きだねえ、そういうことやるの。

366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/15(火) 23:11:59 ID:h/zfDdGI0
>>365
ムリムリ、あの中国と言う大地を支配するにはあそこ独自のルールを尊重しないとだめ
あの清朝ですら譲歩したのに

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 01:30:02 ID:m6btGEnY0
宇喜多とか小西とか400年前に落ちぶれた本物かどうか怪しいの引っ張りだしてきて島津をだせないあたりで捏造くささを感じるな

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 02:45:34 ID:N/99Q0a60
宇喜多って八丈島に今でもいるんでしょ?

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 15:51:40 ID:DeXooos50
>>366
清朝の中国征服は、実質的に明朝と合体したような面があるのではないかと思える。

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 19:52:19 ID:IhhKwzyp0
>>369
確かにそういう面もある
弁髪やチャイナドレスなんかも中国の風習でなく、満洲族の風習だったけど中国に溶け込んでいる
でもそのようになるまで、200年以上掛かったし、満洲族も物凄く注意を払っていた
雍正帝や康熙帝による思想弾圧や弁髪の強制などの強攻策も行ったけど
一方で様々な面で漢民族に気を使っていた

正直、日本人が清朝と同じように振舞えることが出来るとは思えない
もし武士階級による支配なんて持ち出したら、それこそ大反発で中国支配なんて終焉するだろう
中国じゃ武官よりも文官のほうが圧倒的に優位に立っているのに
官僚が猛反発する。中国支配の手足となる官僚が従わなければ中国支配なんて夢のまた夢
もし中国を支配したければ、清朝が中国と遊牧世界を別に扱った如く、日本と中国を別個に扱わなければいけない

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 20:25:28 ID:2OS3+W730
>>364
どう見てもバーボンです。

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/16(水) 23:38:59 ID:dyT/Mq6l0
>>370
仮に日本が中国を征服した場合は、モンゴルがやったように、
沿岸の一部を直接支配、残りの大半を間接支配のような形になるかな?

多数派の漢人に対する少数派の征服民族という構図を変えられない以上は、
どうしようもないね。

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/17(木) 21:14:14 ID:sQfGr5rN0
直接統治は難しいだろうね。

植民地統治のような形になるだろうし、
いずれ反乱が起こって撤退させられるのは目に見えている。
北元のように。

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 20:32:05 ID:VKcLc7fc0
要は、日本が中国大陸を征服した場合、
清より元に近い支配体制になる可能性が高いということですか。

そう言えば秀吉も、日本、朝鮮、明にそれぞれ関白を置くようなことを言っていたようだし。

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 02:27:14 ID:ijLNtDyu0
島津が優秀だっただけの話だ

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 03:36:45 ID:JEJ2/Bfe0
日中戦争で軍事力と経済力で優位に立ちつつあった新興大日本帝国が、
国民党と共産党の抵抗で補給線を絶たれ、結局十年以上も全土を支配出来なかった。
広大な土地と多様な民族を統治する術は、今も昔も日本にはない。
逆説的に考えるなら、広大な大陸統治で日本国内が疎かになり疲弊したかも。
負けて運が良かった。中国は日本や韓国では到底手に負えない。

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 09:12:14 ID:w/qspeRz0
あの大陸は、人間をおとしめる特殊な文明を持っている。
結局、最後は堕落する。

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 10:32:45 ID:a7otyEMr0
秀吉自身には明の臣下だという自覚はあったがな。
希望どおり勘合貿易復活が認められて和平交渉がまとまっていれば、
順義王アルタン・ハンのように冊封を受け朝貢していただろう。

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 13:16:34 ID:TSyayc9n0
いくつもの板で、誰にも相手にされないコピペを繰り返す人間の脳味噌って可哀想

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 21:42:41 ID:67T0udbi0
>>378
秀吉って、プライドよりも実利を優先する人間のように思えるね。
明のお遊びに付き合えば大儲けできるんだし。

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/22(火) 23:37:50 ID:sOvBS+bH0
でもあまり表立って明への臣従を明らかにするのはまずいんじゃない?
国内の大名への統制という観点からは。
明の臣下となれば、秀吉の威信の低下は避けられないと思う。

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/23(水) 01:54:00 ID:g2rCHW3a0
>>381
つ足利義満

383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/23(水) 15:35:13 ID:RHQjuvxL0
足利義満の日本国王への明への臣従という事実は、
日本国内の有力者、大名や朝廷にはどれぐらい認知されていたんだろうか。

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/23(水) 19:00:43 ID:FcuXU24o0
勘合貿易で大内と細川が争ったってぐらいだから有力大名は知ってたんじゃね

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 12:41:27 ID:21o75wr10
知られてはいても、
足利義満が「俺は大明国の皇帝陛下に日本国王にしてもらったぜ。どうだすごいだろ」
なんて言うことはなかったと思う。

386 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/25(金) 10:58:32 ID:okzTN7S40
一応は屈辱的なことだとは捉えられていたんじゃないの?
後で朝貢貿易やめちゃっているし。

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/29(火) 23:57:58 ID:Mo3M6hjg0
モンゴルによる中国征服の方が参考になるな。
ただ、それには五代数十年を要しているわけだけど。

388 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/30(水) 07:29:35 ID:ncccC7Zu0
秀吉が80歳過ぎまで生きれたら朝鮮くらいは取れたよ。
もちろん秀頼も成人し家康などに天下も奪われてなかった。

389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/30(水) 19:16:48 ID:+5aP+gnZ0
>>388
もし朝鮮を取ってたら、その後の朝鮮は史実の日本統治時代のように
日本の主導で発展してたんだろうか。

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/30(水) 23:13:35 ID:X/yVrE9n0
>>389
朝鮮を統治すると言うことは、大陸からの侵攻にも対処しないといけないわけで、
それが重荷となって、いずれかの段階で撤退を余儀なくされた可能性が高い。

391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 02:54:39 ID:1rIWJxZL0
一説には秀吉は朝鮮を宗氏の属国程度にしか考えてなかったようだね。
実際、宗氏はそのように欺いてたし。
現実は朝鮮は明の属国で、宗氏は朝鮮から属国扱いされてて
まるでアベコベなのだが、そういう基本的な国際情勢すら認識してなかったというのは
秀吉のような聡明な人物としては考え難い。
よほど年くって呆けてたか、有頂天になりすぎてて慢心しすぎてたんだろうね。
信長が天下を取って秀吉を朝鮮征伐に向かわせてたら、もっと詳細に情報分析をして
万全な態勢で統治を行なった事も想像に難くない。
少なくとも捕虜にした王子を最大限有効に使って、彼等のうちの一人に王位を継がせて
朝鮮を間接統治するくらいの事は当然した(播磨の名目上の君主を宇喜多秀家としてたように)

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/31(木) 23:51:35 ID:wbKZqcvQ0
この手の話でよく出てくる、
信長ならきっとこうしていたという類の話は、実のところ、
ほとんど希望的観測だと思う。
信長天才論?みたいなのが横行して、世間で過大に評価され過ぎている感があるし。
もちろん、信長がやっていたら成功させた可能性もあるわけだけど、
それと同等に、信長がやっていたら秀吉以上の失敗をした可能性もあったと思う。
実際のところ、信長は本能寺で死んじゃって、推測するしかないし。


393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 00:46:32 ID:Ft/lekuz0
大軍勢を動かすには兵糧が掛かる
雪が降れば大軍勢は動かせない
どう考えても秀吉一代で征服するなんて無理だ

394 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 03:34:22 ID:Uv4N38Ny0
>>393
北朝鮮〜満州じゃ雪はそこまで降らんぞ。

日本の山地や北国でドカ雪が降るのは、日本列島が湿気たっぷりだから。
大陸は乾燥してるから、いくら寒かろうとドカ雪が降ったりすることはない。
(だから、賤ヶ岳で柴田勝家が足止めを食った、というのに類する話も無い。)

ただ、もちろん寒さ自体はうんと厳しいので、行軍の大きな妨げにはなるが。

395 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 12:08:07 ID:7ByjVNHn0
確かに雪はほとんどないね。
外国からしたら、越後の上杉家とかの方が驚異的だろう。

ただ満州の冬の気温からして、
当時の日本軍が行ったら、防寒ができていないだろうから、
戦いどころじゃなくなると思う。

軍事行動は夏季に限定される。

396 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 17:44:14 ID:BFJr3tDB0
秀吉は中国まで攻めようと考えずに南朝鮮だけ位を確実に植民地化して
後は、樺太&千島方面から大陸進出をしていれば、ロシアが不当に
占拠しているウラル山脈から東側の亜細亜の領土は正当に領有しているべき
日本人の土地になっていただろうな。


397 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 18:02:21 ID:Og72aSZM0
むしろ新大陸を目指すべきだろ

398 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 19:43:40 ID:ZMt2+uKa0
冬待ち篭城されたら手も足もでない

399 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 20:51:50 ID:6j0wOPbL0
朝鮮の城って城攻めに慣れた日本軍は余裕で落とせたんでしょ
逆に日本軍が築いた倭城は明軍でもひとつも落とせなかったとか

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 21:01:40 ID:/LgSVyqa0
>>399
おいおい、加藤清正が朝鮮式の垂直にそびえ立つ石垣を参考にして熊本城を築いたことをまさかしらんとはいわせんぞ。
日本の戦国期の城は主に石垣ではなくて土塁。
朝鮮は中国同様の都城方式。

401 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/01(金) 23:38:24 ID:2DNVrRZz0
大陸の城と日本の城は根本的に構造が違うから、単純に比べられない。
北京城クラスの都城に、戦国装備の日本軍が攻めかかったらどうなるか、
一度見てみたいね。

402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 04:36:51 ID:8+ijCBH70
風土もそうだが、物資の輸送が困難な日本軍が勝てるとは到底思えないよ
当時、海を越えて遠征するなんて果てしなく無謀な事だったわけだし

403 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 06:16:40 ID:ggrbm3ne0
現実的には日本の数十万の軍兵を朝鮮半島からの年貢で養うというのが明侵略の大前提になる。
しかし半島の百姓を味方に付けるどころか逆に敵にしてしまいゲリラ戦をされるようじゃ
全く勝ち目なんかなくなってた。
また和議で王子を返した事や一時大半の兵士を撤退させた事は大失敗。
その時に親日派は大量に殺され兵糧は明軍に徹底して奪われ焦土戦術で多くの家屋や田畑が焦土化し
日本軍を養える土地を明と朝鮮王朝は残さなかった。

404 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 09:13:45 ID:ok2nxA5M0
明本国に直接攻め入っても、奴らは平気で焦土戦術を使うからな。

405 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 13:15:14 ID:BpgMG3+x0
元がどういう手で朝鮮を支配したのか知らんがそのやりかたで支配するとしても
明が支援してるうちは不可能なんだろうな

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 19:00:41 ID:ggrbm3ne0
津本陽の小説では資料提示してあったけど黒田長政や安国寺恵瓊は統治のために
日本語教育(かな文字教育)を熱心に行い、明が漢城を奪還した際には倭語が
日常用語として既に広まっており宣祖は「倭語禁止令」を出したそうだ。
しかし、そんな例はむしろ稀な例でほとんどの戦国大名は朝鮮庶民との意思の疎通には重きをおかず
ろくな通訳も用意せず、上からの締め付けも弱いせいで、各大名の配下は乱暴狼藉、強盗、殺人を堂々と行い
大名は大名で歩けない朝鮮庶民はその場で惨殺し、歩ける者は名護屋城に送ってすぐに奴隷市場で換金したそうだ。
これでは朝鮮を統治するのは無理だよな。

407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 22:33:02 ID:rHbMXLcw0
モンゴル人も宋朝を滅ぼしたのはフビライの代であって、
一代では宋朝を滅ぼせなかったんだよな。

少なくとも有力な後継者がいないと秀吉は事業を達成できなかっただろう。
秀吉にはまず寿命が無かった。
ヌルハチは清朝の皇帝の扱いを受けているが、
ヌルハチは清の皇帝に即位した事はない。
ヌルハチは金を建国して金の皇帝に即位したまで。

どうあれ秀吉ができる事は満州に拠点を確保できる程度。
寿命が足りないし秀吉では王朝を開けない

408 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/02(土) 23:26:48 ID:SmpNNZvZ0
明は朝鮮半島へ陸続き。

日本は朝鮮半島とは対馬海峡を隔てている。

この差は絶望的なまでに大きい。

409 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 00:37:55 ID:v9MmH2RC0
元寇で元が侵略したときにも中国・朝鮮と日本は海隔てたんだけど、その辺はどうなの?

410 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 00:57:19 ID:6IliRqz30
だから水際で完膚なきまでに日本軍にやられてるじゃん
それ考えたら敵領土奥地まで荒らしまわった戦国日本軍は強い
というか海岸に防衛ラインをしいてない朝鮮がアホというべき

411 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 01:19:49 ID:v9MmH2RC0
>>410
元寇では完膚無きまでにやられてないだろ。元王朝は。
集団戦術の元と一騎打ちの日本じゃ勝負にならんし。
物量ともに違った。
台風のおかげで撤退しただけだ。

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 01:30:52 ID:+RB7viMx0
いまでも神風を信じてるヤツっているんだ・・・

413 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 02:36:16 ID:Pw9ke8L+0
>>411
釣りじゃなかったら気の毒な人だ・・・・

414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 11:15:39 ID:gHY+RHFk0
しかし、なんで日本軍は明軍に野戦で完敗したのだろう
兵站が長く伸びすぎたのは双方同じなのに。

兵力は日本軍有利、兵の精強さは圧倒的に日本、火縄銃の性能も日本
将も(おそらくは)日本史上もっとも戦慣れした時代の武将たち

騎兵の存在や小西行長の失策だけでは説明がつかないような……
中国の兵法や陣形は地味だが有効だったってことかね
(『三国志縦横断』って本には戦のやり方が違うだけといっていたが、
 これは素人の意見。個人戦と集団戦闘との戦いでは前者の方が表面上は派手だが、
 実は後者の方が戦果をあげているということは多々ある)

となると、当時は
清の騎兵>明の集団戦>日本の侍集団 は決定的だな。
だとすれば、このスレの仮定自体が無意味ってことでいいのかな

415 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 14:20:01 ID:l9v7l/8h0
明軍と言っても均質じゃないからな。

指揮官の能力次第で大きく変わる構造。

416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 14:43:56 ID:Pw9ke8L+0
>>414
理由は数多い
日本軍が寄り合い所帯で統一した指揮系統に入ってなかった事が第一
二番目は日本の緒将や兵士の士気がふるってなかった事
三番目は朝鮮王朝と民衆を味方につけれなかった事
四番目は朝鮮対陣の日本軍が諜報活動がおろそかだった事
五番目は兵站に海峡を含んでた事
それらの要素の全てが絡み合って日本がやや劣勢だったわけで
日本軍が明軍より弱かったわけでは全然ない。



417 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 15:05:34 ID:v9MmH2RC0
>>416
明は軍隊は弱いし、指揮官は科挙官僚がなってるし、指揮統率も一枚岩ではなかったし、
遠征で日本よりも士気が高いとはとても思えないし。。
結局日本は弱かったんだよ。



418 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 18:17:12 ID:O4OC7yP/0

NEWS23「熊本城は、朝鮮人が作った」

1 :マンセー名無しさん:2007/05/29(火) 10:52:30 ID:MNzkCCwF
NEWS23の特集「日韓学生の交流」
韓国の学生が、熊本城を取材。
「韓国では、熊本城は、加藤清正が朝鮮から連れてきた朝鮮人らに作らせたと教わるのに日本人が何も知らないのに腹が立った。」と発言。

http://society6.2ch.net/test/read.cgi/korea/1180403550/




熊本城と朝鮮の人々の関わりを日本人は知っていますか?
http://uproda11.2ch-library.com/src/117909.bmp

私は朝鮮から連れて来られた人たちが熊本城を作ったと学びました
だからこのような気持ちになるんでしょう
http://uproda11.2ch-library.com/src/117908.bmp

419 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/03(日) 18:27:51 ID:2S69ERjo0
>>414
まず明軍に完敗した野戦とはどれのこと?kwsk

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 00:49:20 ID:mY+W+9Pu0
江戸城を作ったのは大工さんとか言ってる厨房ぐらいアホだな

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 02:33:59 ID:igzo+4BO0
銃を上手く使う日本軍に対して大砲の運用に優れてたのが明軍ってな話は聞いたことがあるな。

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 10:15:28 ID:uLaUdVJq0
>>416
まあそれでも個々の戦は大体勝ってるみたいだけどな。
でも、ただ戦で勝つだけじゃ他民族の国家を支配することはできないもんな

423 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 16:05:15 ID:FRwbh1EnO
ゲリラ戦やられたらいくら兵力多くてもきついだろ。

424 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 16:32:17 ID:9a07bTvi0
フランスやアメリカがベトナムに負けたり
オランダがインドネシアに負けたり
米軍滞在中のアフガンでオマル率いるタリバンが現在も連戦連勝で勢力伸ばしてたり
イラクにいくら増兵してもゲリラ戦がますます活発化してるのと似てるかもね。

425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 16:35:54 ID:9a07bTvi0
日本側が大敗したと言われるヘキテイカンの戦いも
小西行長らがろくに諜報活動せず間近に大軍が来て初めて気付いたとか
信じられないチョンボを数多くしたらしいね。
明軍の川を隔てて行軍してるわけだから、きちんと諜報活動してれば
渡河の最中を襲うなり、そこに防衛線を敷くなり、いくらでも戦い方はあったろう。

426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 16:42:02 ID:9a07bTvi0
すまん。全然ヘキテイカンじゃなかった。逆にそこでは日本軍が勝ってたんだ。
戦の名を忘れた。逝きますね

427 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/04(月) 21:35:59 ID:D9qsMii70
島津義弘は7000人の兵で
37000〜80000ぐらいの明兵をぬっ殺したとか

428 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 01:51:58 ID:TLYtJBwx0
>>425
碧蹄館の戦いは、最初に平壌にいた小西行長が明と和睦交渉をしているつもりで、
油断をしていたところを襲われて慌てて退却。

が、明軍も相手が退却したので調子に乗って攻めかかったら、
碧蹄館の戦いで痛い目に遭わされた感じ。

どっちも間抜けに見えるけど、現実の戦いなんてそんなものなのかもね。

>>427
泗川の戦いは島津軍が劣勢にもかかわらず大勝したのは事実だろうけど、
明の大軍二十万とか、八万人を討ったとかになるとさすがに誇張だと思う。

八万人戦死は明側の報告らしいけど、まじめに実数を報告する武官なんているわけないだろうし。







429 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 02:58:58 ID:fLzWDm5u0
でも自軍の戦死者数をわざわざ多く報告するもんだろうかね

430 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 03:57:52 ID:jpaNTth80
兵士を連れてく時は兵士数を多目に報告して糧食や軍費を余分に受け取り
逆に負けた時は少な目に報告するのは常識。
(赤城山に立てこもる楠木正成を幕府軍100万の軍勢が攻めたというのは
各地から集まった武将が連れてった兵士を幕府に多目に報告した事から起きた。
実数は1/10以下の8万人か、それ以下ではないかとも言われている)

431 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 11:47:48 ID:ymrZPxlR0
明って戦で大敗すると責任者が処刑される場合もあるらしいからな。そりゃ捏造が横行もするよな

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 16:35:19 ID:TLYtJBwx0
>>429
基本的には負けた場合は、被害を少な目に報告する。
だけど、例えば戦死者に慰労金が出る場合や、
敵を強大だと言い立てて、援軍を引き出そうという意図があったり、
退却の許可を得たり、などの場合は違って来る。

この泗川の戦いの場合、明軍は戦闘に敗北はしているけど、
日本側は撤退途中だったわけで、結果的には日本軍を撃退したという格好になった。

だから、強大な敵に苦戦し、大きな損害を出したが、
頑張って撃退することに成功したと取り繕えば、過失を功績に転じることができる。

その上で、戦死した将兵に慰労金を、という話に持っていったかも知れない。


433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 21:58:53 ID:zagu1lti0
日清戦争では清の将軍(葉子長だっけ?)が戦場で死んだ兵士に与えられるはずだった給金や
軍糧をネコババして自分のモノにし、なおかつ上司や軍監への莫大なワイロとして散財し
北京の皇帝(西大后だから皇帝ではないか)に粉飾した報告を上げてたんだよね。

434 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/05(火) 22:43:36 ID:8N+94JMl0
明代は、武官冷遇がよく言われる宋代以上に、
武官を蔑視する社会的風潮が強かったみたいだからね。
官位こそ高くても、文人からは、
まともな人間がなるものじゃないと見なされていた。
それで、世襲で武官の職を継げても、それを放り出して、
科挙を受けようとする者がたくさんいた。

435 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 09:53:58 ID:ZUbS1wSPO
戦争に勝つのなら、科挙に登用されるような一定以上の知識を持った人間の方が良い戦略を練れるだろう。
この時代の単純な戦術的勝利の蓄積は軍閥連の軋轢を生み、戦略的な勝利、ひいては戦争の勝利からは遠退いてしまう。

436 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 19:06:39 ID:72qzKMzF0
>>435
戦争に勝つ事より軍閥割拠の方が恐ろしいんだろ
異民族侵入をかろうじて防ぎとめる最小限の武装をして
できれば軍人には余分な戦力や権力を持たせたくないというのが本音だろうと思う。
朝鮮征伐でも明は日本に勝とうが負けようがさほど関心なんかなく
最初から講和・和平を主張し続け、逆に朝鮮王宣祖は執拗に和平反対及び日本への復讐及び侵攻を
主張し続けていた。

437 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 19:06:59 ID:fGQvcm1Z0
>>435
そうでないだろ。
科挙官僚の軍事の才能はたいしたことないだろ。
軍事の才能は天賦のもので知的水準とは関係ないだろ。
いい例は英仏100年戦争の時のフランスの将軍、デゥ・ゲクランだろう。

438 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 23:07:19 ID:QXYmkP8U0
たまに科挙官僚出身で、軍事の才能も持ち合わせている奴が現れるところが、
また面白い。

439 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 23:22:52 ID:fGQvcm1Z0
>>438
軍事の才能とは戦略のこと?それとも戦術のこと?
曽国藩とか李鴻章が思いつくな。

440 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/06(水) 23:37:17 ID:mHymVhMP0
袁崇煥は文官出身だよな

まあ、科挙に受かることと、軍事的な才能に相関はあまり無さそうだが
知将型のイメージはある。

441 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 00:17:52 ID:9NbCrVoR0
日本に科挙があっても絶対に信長や秀吉は受からなかったろうな。
三成とかは受かったかもしれんが。

442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 11:08:48 ID:Wnq8eFn20
>>437
>>軍事の才能は天賦のもので知的水準とは関係ないだろ
才能があっても発揮できないし、教育で才能に磨きをかけなきゃ

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/07(木) 15:36:38 ID:ssJZ0g/V0
岳飛は、まじめに科挙受験したら、受かったかな?

武官にしてはかなり教養あったようだけど、
それで他の同僚武官を見下したから、
嫌われてもいたようだけど。

444 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 01:38:38 ID:6VTN0UrqP
中国取るより、北海道、樺太、沿海州に進出すれば良かったのにな
欧州人はズル賢いから、強い王朝がある国には戦争仕掛けず、弱い地域を植民地にしていった

445 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 02:13:37 ID:i1ivpXCo0
>435>442
そもそも科挙に受かるための勉強は
教養とか知性に磨きをかけるような物じゃねぇから。

既に学問的な名声を確立してるような大学者・詩人が
「字がきたねぇ」とか「文章表現が独特すぎて様式に当て嵌まってない」とか
そんな理由で落されるような、そういう受験なんだぜ。

446 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 03:30:16 ID:RAeCupnf0
>>444
ズルは余計だよ

447 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 14:55:13 ID:+HIjuS7e0
>>444
北海道とか台湾を押さえればよかったと思うけど、地理的にややこしいんだよね。
台湾の場合は、島津、琉球経由になるし、
北海道は奥羽諸大名の北、
中央の豊臣家から見ると遠方に隔離された直轄地になる。



448 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 17:47:32 ID:6HY2kPz70
やろうと思えばいくらでも北に版図を広げられる蠣崎が松前付近から
ほとんど広げなかった点からみると当時は蝦夷地や樺太は領有しても
経済的メリットは無かったんでしょ。

台湾に関しては鄭成功からの派兵依頼に徳川家綱(酒井忠清ら)が応じて
積極介入してれば台湾を琉球のような外藩に置けた可能性は大きいと思われる。
また朱子学を信奉し親朝鮮派だった徳川綱吉が自主的に鬱陵島を朝鮮に献上したが
もし、他の将軍だったら彼の地も日本領土(天領)となっていたことだろう。



449 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 20:21:24 ID:n473Ex1U0
台湾は無理だと思うけど。。。
管理運営するには遠すぎる

450 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 20:29:22 ID:6HY2kPz70
管理運営まではむずくても
台湾を清に属さない独立勢力としておく事自体に意味があると思う。
中国・台湾が対立する状況の方が日本も清に対して外交戦術を使いやすい。
仮に朝鮮半島と揉め事が起きても台湾問題をはさんでれば一方的に日本叩きをしづらくなる。
また南蛮貿易でも薩摩が琉球を中継地として貿易路を確保してたが
それが台湾(親日国、庇護国として)まで伸びれば欧州の海洋国や東南アジアとの貿易でも日本が有利になる。

451 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 22:06:28 ID:xtnIw74H0
>>448
北海道は明治からの開拓でもあれだけ大変だったからね。
米も基本的には取れなかったし、
領有しようという意欲が湧かなかったんだろうな。

452 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 22:17:04 ID:RESuYdZ/0
海産物を押さえるだけでも莫大な利益が出そうだけどな。北方は
領土拡張よりも貿易メインで世界進出を図るべきだったと思うよ

453 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 22:26:33 ID:Axm1JnBb0
当時の海産物は保存もきかないし高級すぎて需要が見込めなかったんだと思う
少なくとも不毛で瘴癘な地に乗り込むほどの魅力はないだろう

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 23:30:20 ID:6VTN0UrqP
北方はメリット無し、って事は無いだろう
少し後にロシア人が東征始めて、アラスカまで行ってるんだから
18世紀の江戸時代の学者で、カムチャッカを領有して遷都すべきだ、とか主張してた人がいたんだよね

455 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 23:35:28 ID:6VTN0UrqP
ロシア人は原住民から動物の毛皮を買ったりして、儲けてたんだよ

456 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/08(金) 23:37:59 ID:xtnIw74H0
毛皮とか、海産物とか、当時の秀吉らの感覚からすれば、
かなり未知の商品だっただろうね。

それに進出しても、数年ではものにならないし、
数十年かけてじっくり開拓しなければならない。

457 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 00:16:15 ID:N6DWaiMG0
ロシアは国として東征を断行したわけじゃなく
コサックを上手く利用だけだから。
ロシアは農奴制の国で貴族と農民の差が天地の差だったけど
コサックという本来は奴隷のような奴等に皇帝に忠誠を尽くせば
士族の資格を与え(武装する資格を与えられる)土地を与えるよと釣り餌を与え
コサックは競ってロシア人が行った事もない前人未踏の地へ命知らずの探検してまで
「皇帝陛下!新しい土地を見つけて参りました!」と自主的に国土を広げた。
(そのまま皇帝直属の兵士という名誉と勲章を与えられ屯田兵として国境警備と狩猟・耕作・交易にあたった。)

日本で真似するならば「えた、ひにん、水呑百姓」に
「お前等が誰も足を踏み入れた事にない土地へ行って国土を広げれば
旗本・御家人の資格を与えるぞ!」と征夷大将軍が御触れを出すようなものだ。

実際に徳川歴代将軍の誰かがそういう英断をしてれば
貧農たちが御家人になるために蝦夷、樺太、千島、シベリア、アラスカまで進出して
将軍に新国土として進呈した事は想像に難くない。
(しかし実際は国内の開拓に力を尽くし
土地を持たない百姓に未耕地を耕せば一定期間年貢免除という特約で加速的に耕作地を増やした)

458 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 07:39:35 ID:8MFyL7O+0
鎖国してる徳川家には無理があるな

459 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 12:25:25 ID:XIRCMroKP
江戸時代に幕府の何とかって人が、「罪人を何十人かくれれば、北方を開拓してみせる」って主張してたらしい
その人は豪傑として知られた武士だったそうだよ

460 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 14:10:15 ID:gf0DZXEi0
>>457
日本の場合は、浪人を使うことになるかな?
開拓した土地は領土してあげる、というような政策で。

461 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/09(土) 14:59:40 ID:i6tFyh3Y0
なんか平安時代にそんな感じの政策あったなw

462 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 00:46:55 ID:5FiscKUM0
どんなに領土を広げても結局は近衛や東條のようなリーダーが出て
領土は没収されてたよ。

それが歴史の大きな流れ

463 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 00:55:21 ID:5FiscKUM0
明治維新の元勲は賢かったが伊藤博文死後はろくな奴等が残ってなかったもんな
黒田?山縣?なんじゃそれwって感じだし。
凄い先が見えた政治力が卓越した人間が、その後の宰相になってれば
朝鮮北半分を緩衝地帯として英仏に売却して遼東半島の独、北チョンの英仏と満州のロシアが対立するよう仕向けただろうな。
イギリスとしてはロシア憎しの感情が強かったから喜んで、その干渉地帯に壕やトーチカを作って要塞化したと思うぜ。
同時に日本は、それ以上領土を広げられないが日本海の制海権だけをしっかり守り
国土保全をするのは可能だったと思う(タイ王国が自らの国土を英仏の緩衝地帯にしたのを真似たような策だけどw)

464 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 00:57:30 ID:4JBHCL850
まあ後世に高みから見ればいろいろ言えるだろうけど、
当時の人たちには分からないだろう。

465 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 01:09:10 ID:5mX4/7yM0
>>463
その場合、日本のプレステージもここまで振るわなかったと思われる。
白:黄:黒とすると8:2:0くらいの配分だろうか。
少しでも非白人の取り分を増やすには、拙速でも行動あるのみだった。

466 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 01:39:37 ID:KHkFKNBfP
日本がタイみたいな国になって、それは成功なのかね?
帝国主義戦争する側に回った事で、イギリスやドイツと同じ土俵に立てる国になったわけだし

第2次大戦の時はスペインみたいに、中立の立場を取りたかったね
それなら朝鮮、満州は独立するにしても、台湾、千島、樺太、南洋諸島は残ったはず

467 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 01:48:11 ID:l/7e7W9i0
スレタイ嫁
ていうか板名嫁

468 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/10(日) 14:10:21 ID:CfPLqFgF0
秀吉の言動として伝わっているものから窺う限りでは、
大陸を征服できたら、やっぱり大名制を敷くつもりだったみたいだな。

469 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/14(木) 12:19:59 ID:CDgNtBQm0
日本、中国、朝鮮にそれぞれ天皇や関白を置くようなことを口走っていたようだけど、
連合国家みたいな構想?

まあ、そこまで深く考えていたかは分からないけど。

寧波に拠点を置こうってのは、当時の日本人からしたら、
大陸の海の玄関みたいな感覚だったんだろうな。

470 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 02:27:38 ID:Q5K633G60
当時の日本人からしたら中国大陸の大きさなんて想像できなかったのかも
せいぜい日本の2倍ぐらいだろとか思ってたんじゃねーの

471 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 02:46:42 ID:FT5M1d7O0
秀吉は朝鮮の事を宗氏に服属する弱小半島程度にしか考えてなかったそうだし。


472 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/15(金) 11:45:58 ID:kBtHh3xr0
明を征服したら、国をいくつ領土してやる、
と言ってる場合の“国”ってのは州のことを指していたんだろうな。

中国大陸の場合、華北なんかでは米の取れない地域も多いけど、
そういうところを領土として与えられたら大名たちもかなり戸惑うかな?

473 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 10:28:30 ID:dZZwXXND0
人事圧力のはけ口として秀吉は対明戦争をせざるを得なかったと
堺屋太一らは言ってるけど、それはどうなんだろうね。
大名の過半数や親族まで全員が「明を征伐すべきだ!」と主張して
圧倒的な世論に抵抗できず秀吉が渋々戦争を仕掛けたというなら説得力があるが
実際は逆だしな・・・

474 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 11:16:24 ID:P7UdItUx0
>>471
実際朝鮮一国だけならあっさり占領できてたろうしな。
明軍登場までは鎧袖一触だったし

475 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 11:35:10 ID:5GGHnLrh0
時代の機運として外征を望む声はそこそこあったみたいだよ。
大きかったのは、領地を失ってしまった浪人たちとか、
戦乱の終結で商売が挫折した鉄砲製造などの軍需産業の商人とか、
そのあたりから要望が強かったんじゃないかな。


476 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 13:40:34 ID:M/YVbN+70
徳川の時代になってから失業した兵たちが仕事を求めて海外に流出した数は
10万人以上になると聞いたことがあるな

477 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 21:55:03 ID:+a9J+nqn0
中国人も色々な理由で海外で華僑作り上げて世界中で今ではチャイナタウンつくりまくりなのにその日本人たちの子孫はほとんど現地人化したよな」
日本人が同化しすぎなのか中国人が同化しなすぎなのか

478 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 23:18:17 ID:dZZwXXND0
>>476
yamada nagamasa

479 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/16(土) 23:51:29 ID:0REUi8dH0
>>477
鎖国で本国との繋がりが断たれてしまったのが大きいんじゃないかな?
新たに人間が供給されることもなくなったわけだし。

480 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 03:06:47 ID:5gyTrLjB0
海外流出した人間の多くが浪人なのか
それとも商人なのかは興味深いね。
俺は海外貿易などをしてた商人の方が多いと勝手に思ってる
戦うだけしか能の無い人間が東南アジア各国の日本人町で立派に生計をたてて
仕事に勤しんでたとは思いづらいからだ。

481 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 05:11:44 ID:j7znD+TY0
傭兵として雇われた浪人は結構多いっぽいね。

鄭成功の下にも日本人傭兵はいたっぽいし。
傭兵のスカウト業者みたいなのがいたりしたんだろうか?

482 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 08:52:17 ID:5gyTrLjB0
商人だけだと海賊に遭遇したケースではお手上げだし
現地で日本人町を開くにも一定の自治能力としての武力は絶対必要だから
ある程度、浪人も雇われただろうね(自衛隊&警察官&用心棒?)

483 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/17(日) 23:19:31 ID:j7znD+TY0
ヨーロッパの貿易船も、日本人傭兵を使っていたらしいしね。
やり方次第では、あの時代は、傭兵の輸出でも結構稼げたかもw

484 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 23:52:50 ID:oFXeSC450
倭寇をしていた連中は、文禄慶長の役にはどれぐらい参加したんだろう?

倭寇には中国人がかなりの数含まれていたはずだけど、
日本側として参加した者はいたのかな?

485 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/21(木) 15:40:44 ID:h+kNeEkO0
【日明戦争】文禄・慶長の役【万暦役】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1182128954/

486 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 23:58:10 ID:yUsqo25Z0
【海賊?】 倭寇 【貿易商?】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1182917529/

487 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 01:19:17 ID:vvWxCsQG0
鬼石蔓子

488 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/07(土) 00:56:49 ID:YaNQz+lG0
>>1
そもそも明倒したのって李自成だよね・・

489 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/07(土) 10:40:26 ID:v3cbkpwt0
明朝の本体を直接倒したのは李自成だな。
でも、それまでに散々圧迫を加え、更に残党を掃討したのは清朝。

490 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/13(金) 15:30:19 ID:Bdtke26y0
間接的という点では、秀吉もそこそこ影響は与えている明朝滅亡に。

491 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/22(日) 23:54:50 ID:leP3WCmX0
明朝滅亡に加え、ヌルハチの勢力拡大にもある程度は寄与しているよ。
遼東にいた明軍は、朝鮮の役への対応に忙殺されて、
女真族への監視が甘くなったのだから。

492 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/23(月) 04:05:53 ID:J4dXNOWm0
ヌルハチが朝鮮に攻め入った時、日本を来させるぞと言われて
朝鮮半島の占領をやめたらしい

493 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/23(月) 10:01:02 ID:CTSWVj2V0
朝鮮が徳川幕府との関係改善に積極的だったのは、
満州族の脅威に対して、日本を後ろ盾にして対抗したかったからみたいだね。

見事に失敗しているけどw

494 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/23(月) 22:14:11 ID:DapCznq+0
仮にうわべだけ同盟結んでも日本は助けにいかないだろうな
申し訳程度に九州の小大名の軍が数千送って三方ヶ原の佐久間状態になるだけだろう

495 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/23(月) 23:48:42 ID:eijs2mmA0
その出兵を命じられた九州の大名も、嫌々の出兵だろうから、
元を取るために掠奪とかしそうだしなw

つか朝鮮側も、清に対してそう見せかけたいだけど、
実際に日本軍に来てもらおうなんて全然思っていないだろうし。

496 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/14(火) 01:15:45 ID:/KmwzQDk0
>>492-495
250年前倒しの日清戦争かw

497 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/17(金) 13:41:44 ID:nOqB6/yK0
>>493-495
つーか、援軍に呼んでおきながら、
途中で朝鮮が寝返りそうな予感

498 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/17(金) 23:55:57 ID:v4I35wwv0
朝鮮人は日本を裏切ることに対しては良心の呵責を覚えないだろうからなw

499 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/20(月) 09:08:35 ID:t4rqCBy60
>>478
山田長政の事跡ってどこまで本当なんだろうね。
伝説的な人物だけど。

500 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/21(火) 23:52:57 ID:7ezAxZSh0
山田長政の伝説はかなり創作も入って過大評価だと思うけど、
そのわりに日本では扱いが地味で、かえって過小評価な気も。

501 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/24(金) 23:24:00 ID:+G2+kOeU0
>>487
鬼石曼子の威名って、実際のところ、
明の本国にはどれぐらい浸透したんだろうね?

どうも日本側で過大評価している気がするけど・・・・・・

502 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/28(火) 10:48:27 ID:8T3PfqpW0
明朝万暦朝鮮之役之所以戦勝的原因
http://zhidao.baidu.com/question/18028420.html

503 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 20:40:20 ID:EtYbw49i0
>>501
鬼はゾンビや幽靈だと言うから、そもそも威名でないのは今日周知の事実だし、
それが明帝国に浸透していたとしても水滸伝の太閤とやらと同レベルの卑称であったろう。

504 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:38:31 ID:0bFkGv3P0
秀吉みたいな貧農の成り上がりが天下を取ってしまったから、
足るということを知らずに余分な欲望に駆られたんだな。
シナとは付かず離れずの付き合いするのが聖徳太子以来の日本の一種の国是なのに、
そういう教養がないから無理をする。
昭和になって陸海軍の学校が農民の次男三男坊の出世コースになって以降、
皇道派などアホな過激派が力をもってしまって軍隊の道の誤りと堕落に繋がったのと同じ。



505 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/06(木) 21:57:38 ID:+s/LhBt80
>>504
>貧農の成り上がりが天下を取ってしまったか

明を建国したあのお方の耳に入ったら……

506 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/07(金) 20:49:00 ID:wDCZh0k30
>>504
3行目は今の日本の政治家や財界人たちにぜひ言ってやってくれ

507 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/08(土) 23:12:03 ID:wLAgJofu0
ぶっちゃけ秀吉の外征は、領土獲得への欲望と言うより、
国内問題に対処するための必要な政策という側面が強かったと思う。

内戦終結で大量の浪人が生じ、軍需産業は停滞、
余剰な軍事力があるという状況に直面したわけだから。

508 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/10(月) 15:48:31 ID:uoqNb0FK0
清太宗と豊臣秀吉の差異は豊臣秀吉は朝鮮を攻撃したが
清太宗は明を滅亡させた. 朝鮮が宗主国にする明を滅亡させると
朝鮮も屈服する. また戦略的に見る時サポート勢力が消えるから
朝鮮は自然易しく征腹することができる.
豊臣秀吉は利点が分からなかったのだ.
朝鮮を征伐する前に先に明を滅亡させたら
彼は中国の皇帝になっていたはずだ. これは歴史的教訓だ.










509 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/10(月) 19:01:53 ID:avuqzd380
>>508
妄想乙wwwwwww

510 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/10(月) 21:23:49 ID:WWSjTwqK0
>>508
だから、その明を征服するのが、
実際実行するとなると難しいって話しているんじゃないかw

511 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/10(月) 23:25:07 ID:oMRHELWu0
>>508
清(後金)は入関前に朝鮮を屈服させてるんだが。

512 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 02:04:10 ID:X4zekjAX0
 |
 J

513 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 13:50:10 ID:95QC9W6T0
>>511
清が朝鮮を屈服させることができたのは、何より進撃速度の速さじゃないかと思う。
国境を突破してから数日で漢城まで攻め寄せ、国王に江華島へ逃げる間を与えなかった。

514 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 14:58:16 ID:tuOkLu8y0
文禄・慶長の役の時も、朝鮮王が北へ逃げずに江華島に籠っていたら、
どうなっただろう?

国王が捕虜になったら、朝鮮側は別に新たな王を立てる?

515 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 03:04:21 ID:QZCjmwvl0
その前に秀吉軍は清(後金)とまともに戦えたのか?
日本人が大陸で騎馬民族軍を相手にしたのってないだろ。

明の凡将ですら、日本の名将せいぞろいが実質負けたわけだぞ。
その明を降した騎馬民族を、日本が相手できたとおも思えない、

彼らをなんとかしないと、明を降すなんて夢だろう。

明の絶頂期でも清の絶頂期でも、まともに相手すれば日本なんて負けた可能性がある。

なのに日本の絶頂期でも出来たばかりの北方の国とまともに相手できないんだぞ。

どうやって明を降して王朝立てることが出来るのよ。
家光だって清にはびびっていたから再三の援軍要求にも関わらず鎖国してこもったわけだろ。

まずは清(後金)の前に全滅しないことを考えようよ。加藤だってヌルハチにびびって
逃げ帰ったんだから。明なんて無理だろ

516 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 03:09:20 ID:QZCjmwvl0
>>513
日本もそれとさほど変わりない速さで首都陥落。

なのにゲリラ戦頻発。清の場合は国民ごとあっさり降伏。

なんでこの差がついた考えないとね。
清相手に元や日本のように全力で戦おうとしなかったわけを。

でも清相手に日本の徳川軍が朝鮮で激突。果たしてドルゴンが勝つか
家光が勝つか。
勝てないとすぐ上で書いているけど、結構面白い結果になったんだろうな

517 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 19:03:23 ID:hJitttdz0
戦う場所によるんじゃね
日本が大陸に攻め込んだらまず大陸側が勝つし反対なら元寇のように日本が負ける

518 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 21:05:19 ID:Pku3JUQP0
>>515
無駄無駄無駄
当時の日本と女真が正面衝突したら、
チャルディラーンの戦いよろしく、
女真がサーファーヴィー朝の二の舞を演じ、
ヌルハチがイスマーイール一世のように飲んだくれになるだけさ(ヌルハチは酒を嗜まなかったらしいが)
女真は、騎馬民族といっても、家付き、土地付きの狩猟、農耕の連中なんだから、
草原の遊牧民と違い、
形勢が有利ならば進み、不利ならば退き、決戦を避け、相手の戦線が延びきったところで反撃する、
っていう戦略をとれないから、決戦を避けることは出来ないしな
まっ、そもそも太閤が出兵した時点では女真は統一されてないし、鎧袖一触というものだろう

それと、
宣教師も、
日本人をキリスト教に改宗させ、自分らの船で兵士として大陸に送り込めば、
容易に大陸を征服できるだろう、
って言ってんだから、
明征服は別に荒唐無稽な話でもなんでもねーよ
万里の長城なんていうネズミのクソほどの役にもたたねーもんを必死こいてこしらえていたような、
愚劣極まりない明ごときを過大評価しすぎだっつーの、ここの連中は

結論は、
やり方がまずかっただけ、海軍力が足りなかっただけ、明征服は十分可能、
それ以上でも、それ以下でもない

519 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 21:23:50 ID:QZCjmwvl0
>>518
しかし以前の朝鮮出兵スレでは明も清も
清の兵一人をもって日本軍30人にあたる、と書きこのされたくらい
勇猛だったそうだが。

実際明も日本軍そのものの兵力は過大に見ても、
日本軍そのものが明より明らかに強かったなんて記述があるのか。

清も日本のことを見くびっていたようだぞ。
実際、他国の侵略というよりは、倭寇の拡大と見なしていたようだしな


520 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 23:44:54 ID:rDfF/AfI0
>>518
ここのスレ全体としての流れとしては、
戦闘そのものでは、明軍に勝つことは十分にあり得る。
ただ、戦闘に勝つこと=征服には、必ずしも繋がらない、
という意見が多いと思う。

一時的に土地を荒らし回るぐらいならともかく、
征服と言う場合は、領土化して支配すると言うことだろうし、
一筋縄ではいかない。


521 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/28(金) 21:55:50 ID:ketb9J/s0
Battleには勝ててもそれがWarの勝利に繋がるとは限らないからね。


522 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/08(月) 23:56:38 ID:XTclBA8A0
明は絶頂期ではなかったね。

523 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/09(火) 00:39:41 ID:j1QIES5M0
まあ、国力において絶頂期の明に、永楽帝のような歴戦の皇帝がいても、
日本を征服することは無理。

同じように、日本が明を征服することは無理。

渡海作戦による征服はそれだけ難しい。

524 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/09(火) 14:46:00 ID:YvVnMLzZ0
阿片戦争のような限定戦争の形ならどう?

525 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/09(火) 23:53:40 ID:diUSvlkd0
19世紀と違って、16世紀の時点では、双方の軍事技術の差が、
そこまで隔絶したものになっているとは思えない。

526 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/16(火) 23:24:11 ID:hIQykCx/0
明朝側の“やる気”も大いに関係してくるよね。

何しろ、この当時の明の皇帝は、あの万暦帝なわけだし。

527 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/18(木) 23:25:59 ID:tyyK9ZPf0
万暦帝はかなりケチだったらしいから、
本音では、莫大な戦費を食う援軍なんて派遣したくなかっただろう。

何らかの形で、日本の狙いが朝鮮半島限定だと分かれば、
平気で朝鮮を見捨てそう。

528 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/19(金) 00:05:35 ID:3vyMPadw0
まあ秀吉の狙いは明征服だけどね

529 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/19(金) 12:04:47 ID:nRRwybXw0
明には、日本の大軍百万人が、朝鮮半島と江南から攻め込んでくる、
なんて伝わっていたらしい。

530 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/22(月) 23:06:05 ID:wxUACtp40
朝鮮以外に、琉球も明にいろいろ通報していたらしいからな

531 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/25(木) 13:41:43 ID:BnizUKz90
嘉靖年間の倭寇騒動程度の規模を想定していたんじゃないの、明朝は

532 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 10:16:16 ID:lrkQIVgS0
倭寇という問題は朝鮮の戦争と全然違う。
朝鮮で戦っていた明軍の戦闘力は東南地方の軍隊より強いね。
また、明朝の倭寇は大分中国人である。

533 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/27(土) 15:10:11 ID:3C2QTr2H0
>>531
朝鮮の王も、そういう今までの倭寇のようなものを連想して、
報告があった初日は何の対処もしなかったらしいしな。

534 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/31(水) 23:32:42 ID:ZXOGPdRg0
忠州に北方で女真族との交戦経験もある精鋭部隊を集結させて、
ここで絶対に防ぎ止めるぞ、って覚悟だったらしいけど、
数時間の戦闘であっさり壊滅しちゃったらしい。


535 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/02(金) 16:57:36 ID:Ok/5R5GQ0
斥候さえ出さなかったらしいからな、朝鮮軍は

待ち構えていた日本軍に出会いがしらで開戦したらしいしw

536 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/04(日) 23:44:51 ID:z8cUmOUy0
女真族と日本軍では戦法が全然違うだろうに

537 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/06(火) 11:16:47 ID:jpVML16i0
明・朝鮮側は日本軍との戦闘を通して、
鉄砲戦術を真似して取り入れたようだけど、
日本軍側は、大陸側の騎兵戦術とかは真似してみたのかな。

538 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/06(火) 12:07:34 ID:5PPeSTLQ0
>>536
まあ実戦経験があるだけまし、っていうことでしょ
>>537
馬匹の体格はいかんともしがたいんじゃないかな

539 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/06(火) 23:35:49 ID:1oZEHPdT0
>>538
戦国期日本の馬と、蒙古あたりの馬は、体格的にはそう変わらかったようだよ。

大型の馬が飼われていたのは主に西方世界。

540 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/08(木) 13:19:58 ID:RYYDn8oN0
そもそも大陸の騎兵戦術とかの前提にある
会戦に適した平野が日本には無い・・・・・・。

541 :台灣:2007/11/08(木) 16:29:19 ID:paCmC8as0
古代中國的發明
(運河、スパゲッティ、ロケット、サッカー、チェス、傘、犂、地動儀、紙、
指南針、印刷、造紙、造船、等等)
http://hk.youtube.com/watch?v=Z9sbV924Z6I
http://hk.youtube.com/watch?v=eqBEmmLgRsQ
http://hk.youtube.com/watch?v=KEQliKrEYYs
http://hk.youtube.com/watch?v=k-derIFLQfk
http://hk.youtube.com/watch?v=_Cwd_nG1ArQ

古代中國的科技(ロケット、小銃、大砲、手榴弾、地雷、照明彈、等等)
http://hk.youtube.com/watch?v=0bpOzW7gihw
http://hk.youtube.com/watch?v=H8QIFvW4d60
http://hk.youtube.com/watch?v=eZTJrs3_0b4
http://hk.youtube.com/watch?v=ZvK6Yb3MGVk
http://hk.youtube.com/watch?v=OS50_Cd9vog


542 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 17:03:53 ID:W1RZHXor0
朝鮮の役で日本軍が戦った相手って、実質的には遼東の李氏軍閥だよな。

543 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/11(日) 23:59:42 ID:1YfAgDns0
http://upup.s13.dxbeat.com/up/up2544.jpg

544 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/14(金) 22:15:03 ID:Xa5SCx7B0
>>542
前半はおおむねそうだと思うけど、
後半もそうだったのかな。

545 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/27(日) 14:35:05 ID:uRzvPDWr0
『壬辰の乱-東アジア三国戦争』:チョン・ドフィ・イ・ギョンスン編、ヒューマニスト、460ページ、2万8000ウォン

[新東亜]壬辰の乱(文禄・慶長の役、1592〜1598)と言う国際戦争に責任のある一人をあげれば、豊臣
秀吉を真っ先に指折るだろう。しかし、壬辰の乱以後、実際に東アジア秩序の主導権を握ったのは清
朝を建設したヌルハチだった。この二人は16世紀末、東アジア世界の既存秩序を転覆しようと野心を
燃やす挑戦者という点で同じだが、このように結果は大いに異なった。どうして豊臣秀吉は失敗し、
ヌルハチは成功したのだろうか。キョ・スンボムの文はその差をとてもおもしろく説明する。

筆者はヌルハチや秀吉が自分たちの野望を実現するためにまず明の分身のように思われていた朝鮮に
向い合わなければならなかったが、その対応方法が対照的だ。ヌルハチは外交を通じて朝鮮と明との
結束を遮断した後、中原を狙う慎重な歩みを見せた一方、秀吉は朝鮮を侵攻してむしろ朝鮮と明の軍
事同盟を強化させ、結局それによって失敗してしまったというのだ。

それでも秀吉の誤判断が個人的問題に起因したとは思わない。WJボートもこの本の他の論文で秀吉は
決して戦争狂ではなかったし、合理的で理性的な人物だったと指摘した。キョ・スンボムは秀吉の選
択が東アジア世界で日本が持つ歴史的位置と関連することを想起する。秀吉の日本は、明が主導する
東アジア世界の中に入った経験がないから、冊封-朝貢制度の明確な意味が分からず、ただ自分が得意
な戦争のやり方によっただけ、というのだ。一方システムの内部でその長短所を正確に理解したヌル
ハチは、新しい世界を建設することができた。

546 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/27(日) 14:35:37 ID:uRzvPDWr0
東アジア史に対する無理解

ヌルハチと秀吉の比較は朝鮮と日本の関係の中で侵略とレジスタンスの話として壬辰の乱を理解して
来た私たちに新しい視点を開いてくれる。先に東アジア史の観点で壬辰の乱を理解する必要性を提案
する。東アジア史の観点とは朝鮮と日本、中国と遼東などを含む他者との関係分析と同時に冊封-朝貢
関係に基礎を置いた東アジア秩序の性格に対する細心な理解を要求する。その上で壬辰の乱が論議さ
れる時、私たちは秀吉の軍事的冒険に対する歴史的評価が初めて可能であることを理解できる。

次に壬辰の乱がどのように記憶されるかについて。この本に載せられたタカギヒロシの文は明治維新
以後、日本が秀吉を顕彰して記念する過程とその現実的背景を詳しく紹介している。特に韓日強制合
邦以後、朝鮮侵略の先駆者として、ひいては大東亜建設の雄志を抱いた先覚者として秀吉のイメージ
が拡大再生産されていることをよく見せてくれる。このような操作された記憶が通用する土壌は一次
的に東アジア歴史に対する集団的な忘却と無理解にあるだろう。

西欧史学の流入で歴史の理解が国家単位に割れることで東アジア史に対する総合的理解は不可能にな
った。このような状況で東アジア史研究を推進することは現在の国家記憶が抱えている問題点を理性
的に示すことで、この地域に和解と共存の礎石を押し堅める作業になるだろう。

以上の議論は「壬辰の乱-東アジア三国戦争」における問題意識のキーポイントと言える。この本は1、
2日の努力で書かれたのではない。西江大チョン・ドヒ教授主導の下、2003年から基礎研究と資料の
調査、そして国際学術会議を経て本が出るまで5年の時間が必要となった。その結果、韓国と日本、ア
メリカ、オランダなど多様な地域の専門家が著者として参加して十分な時間を持って論文を作成した。
にわか造りの研究成果が珍しくない現実で、このような努力は高く評価を受けなければならない。

豊臣秀吉の欠陥を指摘することは韓国人の民族的情緒に符合する面があって読者に別に拒否感を起こ
さないだろう。しかし、実際この本は不都合な真実にもっと多くの章を割いている。戦争記憶の操作
は韓国人にも親しいことだったからだ。この本の前半部に載っているいくつかの文はそういう問題を
正面から扱う。

547 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/27(日) 14:35:59 ID:uRzvPDWr0
暗い過去を直視する勇気

チョン・ジヨンは驚くべきことに論介(ノンゲ)が倭将を抱えて死んだという話は立証できない、と主
張する。にもかかわらず今日、ノンゲが歴史中の人物と記憶されているのは、6・25戦争(朝鮮戦争)
以後、国家的危機を突破するイデオロギー装置としてノンゲの忠節が活用された結果だ。この話の中
でノンゲは芸者として本来堕落した存在だが、国家に忠誠を捧げれば純潔になることができると設定
された。ノンゲを民族の名前で顕彰するが、実は女性と疏外階層性を排除する位階論理が民族談の中
に働いていることを鋭く指摘する。

ヨネタニの文は壬辰の乱の時の日本で捕らえられていった人々の運命を追跡した。その数およそ数万
に達し、終戦後六千人以上が帰還したと推定されるが、意外にも帰還捕虜らが大部分罪人の烙印を押
される不幸な運命を受け入れなければならなかったことを淡々と叙述する。これまで日本の大規模な
人身掠奪を責める声が高かったが、実際に帰還捕虜たちを朝鮮でどのようにもてなしたのかについて
は関心がなかったことは事実だ。

ハ・ヤンヒの文は、紅衣将軍、郭再祐(クァク・チェウ)が丁酉災乱(慶長の役)の時、昌寧の火旺
山城で日本軍を打ち破った、という話が後代に操作されたことを実証する。英祖(ヨンジョ)代の老
論(訳注:李氏朝鮮の党派の一つ)の精神的支えである趙憲と七百の銃を顕彰すると、彼に対抗して
南人(訳注:同じく党派の一つ)集団が「同苦禄」を出版して火旺山城の話を作り出したというのだ。

以上の文等は壬辰の乱に対する韓国人の民族的記憶が実際には信頼できない、という戸惑う事実を悟
らせてくれる。

一方ジョン・B・ドンコンは歴史では、記憶が国家や特定の集団によって操作されるだけではないこと
を幅広い視点で見せてくれる。彼は壬辰の乱以後民間に流布した「壬辰録」に現われた日本と中国に
対する敵対感を指摘した後、開港以前にすでに朝鮮の非エリート層の間に自分たちが住む郷村社会を
飛び越えた一体感が存在したと評価する。壬辰の乱という戦争経験は漸進的に韓国社会に‘民族’が
形成される基盤を提供したわけだ。

李舜臣の記憶に対する系譜を追跡したチョン・ドヒは、さらに記憶研究の当為性を強調する。彼は李
舜臣に対する近代的記憶を検討した結果、シン・チェホを除けば、みな李舜臣が当面した朝鮮の現実
を話さなかったと指摘する。李舜臣は恐ろしい現実をしばらく忘れるための逃避先(229ページ)だった
わけだ。チョン・ドヒは韓国でも日本でも自分たちの暗い過去を直視する勇気がなければならないし、
そうするためには李舜臣と壬辰の乱に対する記憶の歴史を歴史的に暴く努力が必要だと力説する。

キム・ソグ郡山大講師・史学
naver/新東亜(韓国語)‘壬辰の乱-東アジア三国戦争’ 新東亜
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=103&oid=262&aid=0000000958

548 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/19(火) 23:58:41 ID:KJgoZMxC0
■対馬島(テマド)を征伐した李氏朝鮮は、どうして領土編入しなかったのか
  〜 『朝鮮、平和を片思いする』:張学根(チャン・ハックン)著

著者は李氏朝鮮時代に起こった戦争を大きく四種類に分ける。朝鮮初期、他民族の侵入に
積極対処した領土開拓戦争、朝鮮・中国・日本が参戦した東アジア国際戦争、外交の失敗
が呼んだ戦争、19世紀末の帝国主義列強との戦争だ。

海軍兵学校教授と海軍兵学校博物館長を務めた著者はこのように戦争史のレンズで朝鮮
の歴史全体を分析する。

世宗時代の対馬島征伐(訳注:日本側の呼称は「応永の外寇」。西暦1419年)と北進政策
は、領土開拓戦争に属する。著者は、国家体制が未整備だった頃に朝鮮を苦しめた倭寇を
征伐した対馬島征伐は朝鮮最初の軍事行動であり、新生国家朝鮮の軍事力を誇示する機
会だったする。

しかし、軍事戦略面から見れば成功しなかった戦争だ。当時朝鮮は、対馬島を朝鮮領土に
編入してくれれば朝鮮の臣民となるという降伏申し出を対馬島征伐後に受けたにもかかわ
らず、対馬島の戦略的価値と経済的価値を予想できずに対馬島を朝鮮領土に帰属させる
ことができなかったためだ。

仁祖時代に起きた丁卯胡乱と丙子胡乱は、当時の東アジアの力学構図が明から清に移動
しているにもかかわらず明に頼る政策を展開して手酷い試練にさらされた痛恨の経験だ。
著者は、国際関係に疎い朝鮮が外交的妥協の可能な問題を敢えて無視したためだと指摘
する。

▽東亜日報(韓国語)(2008.02.16 02:57)
http://www.donga.com/fbin/output?n=200802160058

549 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/19(火) 23:59:13 ID:KJgoZMxC0
■李氏朝鮮はどうして幾多の侵略にあったのか

倭乱と胡乱、そして日本に国を丸ごと明け渡した庚戌国恥まで。李氏朝鮮はどうしてこんな
に多くの外侵を受け、ただの一度も勝利をおさめることができなかったのだろうか。そして、
そうした中でいかに500年間も存在を失わないで国を守ったのだろうか。

これについて答を出す本が出版された。軍事史専門家である張学根(チャン・ハックン)氏の著書
『朝鮮、平和を片思いする』がそれだ。

著者はまず、朝鮮時代に起きた戦争を大きく四種類に分ける。朝鮮初期の女真・倭寇討伐
戦争、倭乱と胡乱、そして朝鮮末期の帝国主義列強との戦争に区分する。そして、これらの
戦争がどのように進行し、何が問題で、今日の我々にどのような意味を持つのかを一つ一つ
説明する。

朝鮮が唯一、先に他国領土に入って行った女真・倭寇討伐戦争。著者はこの戦争を、初期
朝鮮を苦しめた勢力に対して朝鮮が積極的に対処した証拠だとして高く評価する。

壬辰倭乱(訳注:秀吉の朝鮮出兵のこと)について著者は「兵法論理を飛び越えた戦争」だ
とする。あまりにも多くの被害を被った戦争だったが、李舜臣という超人的な指揮官の活躍
のおかげで侵略を阻止できたということ。しかし同時に、「この戦争を朝鮮の勝利と見ること
はできない」という点を明確に述べる。<後略>

▽ソース:毎日経済(韓国語)(2008.02.15 18:09)
http://news.mk.co.kr/newsRead.php?sc=30000023&year=2008&no=85453&sID=300

550 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/19(火) 23:59:46 ID:KJgoZMxC0
↑は、頑張れば対馬を領土化できたって、ってところかw

551 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 01:53:28 ID:ur+KvBgJ0
資源に乏しい朝鮮が、自給自足できない対馬なんて取っても
余計なお荷物が増えるだけだしな…。
そこを足掛かりに外征なんて国力もなかったし。

552 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/21(木) 01:26:00 ID:hu5jl6FO0
ちなみに大陸の城と戦国末期の日本の城では、日本の城の方が圧倒的に合理的。
朝鮮出兵でも倭城の方が堅固で、それを朝鮮側も認めてる
まあ、市民を守ることを考えてる都城と、純粋に戦闘力を追求した倭城では比較できないんだが

さらに秀吉は。糧秣のほとんど本国から送っている。
現地調達が基本な時代にこれほど補給を重視した戦い方は、後のナポレオンを待たなければならない。
また、戦争を通じて海上補給が破綻したことはない。

553 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/21(木) 10:24:23 ID:z5f9vKMd0
日本の戦国時代の城、主に山城だけど、
合戦時には、領内の住民も収容して籠城することが多かったみたいだね。

毛利元就が尼子晴久に攻められた吉田郡山城の戦いがいい例だけど。

これは領民を守るというよりは、
同じ地域の仲間的な意識が強かったのかな。

554 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 22:30:54 ID:NncHrDb60
>>553
だけど、落城した時は、みんな一緒に捕虜となって、
人買いに売り飛ばされてしまう。

555 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/23(土) 00:36:31 ID:qFv4TGh10
>>552
>また、戦争を通じて海上補給が破綻したことはない。

朝鮮出兵ででしょ? 無茶苦茶破綻してなかったか!?
兵糧を欠いて苦しむ蔚山城だかに、博多あたりの米商人が現れて
ボッタクリ価格を吹っ掛けて来たりとか(考えてみりゃスゲェ話だ)。

556 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/25(月) 21:42:55 ID:kplE09B60
少なくとも敵の妨害によって、破綻ということはなかったんじゃないか。

あまり戦線を北に伸ばすと、物理的に補給線の構築が難しくなるだろうけど。

557 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/27(水) 23:46:41 ID:85mCFXjH0
豊臣秀吉、小田原の陣の時は、船で兵糧を駿河に集めたんだったよね。
たしか、二十万石分。

558 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/28(木) 00:46:58 ID:MknQwfpA0
スレ違いだけど・・・
今は、1850年代の幕末の明治維新前と同じ。このまま行けば、日本は、
政治経済上は中国の植民地。軍事は、アメリカの植民地、エネルギーは、
ロシアの植民地になる。

今こそ、平成の、坂本竜馬、高杉晋作、西郷隆盛、大久保利通、勝海舟、
吉田松陰、伊藤博文・・・ら、英傑が現れない限り、中国、アメリカ、ロシア
によって、日本は、確実に分割統治されるだろう。

それを避けるには、憲法を改正して、核保有し、核抑止力を持つ以外に道は、無い。
核反対、スパイ防止法反対、という連中は、中国が侵略してきたら、真っ先に
外国に逃げるに違いない。

 核を持ちたくなければ、中国に第二の毛沢東を登場させ、内戦を起こさせ
7つくらいの国に、独立させるしかない。本当はそちらのほうが、
中国の一般民衆は教育水準も生活水準も向上し、民主主義の中で生きられ、
幸せであるに違いない


559 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/28(木) 13:33:54 ID:uxkYhAWw0
スレ違いと思うなら書き込むなw

とりあえず豊臣秀吉が、海上輸送による補給の思想を持っていたのは確かだろうな。
朝鮮の役の場合は、単純に戦線を広げすぎて、距離が大きくなりすぎたことが失敗の原因だろう。

560 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/28(木) 15:50:36 ID:D9at/Cdm0
>スレ違いと思うなら書き込むなw

おまいなぞに言われとうない。

561 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/29(金) 20:54:17 ID:X41PgThV0
秀吉があと10歳若かったら戦略も変わったのかな。
朝鮮はともかく、北京城を当時の日本軍の装備で力攻めで落すのは、
いくら十数万の軍勢がいても無理だろう。
当時の日本では大城の本郭ぐらいでしか使ってないような
高石垣並みの高さをもつ城壁が壮大に街を囲んでいる様と、
城門一つだけで当時の一般的な城の本丸クラスの防御力をもってそうな
北京城を見ただけで並みの大名は途方に暮れるんじゃないか。
もし秀吉が直接全軍の指揮をとって北京を攻めるとしたら、
小田原城攻めのような戦略をとるのかな?
気付いた時には逆に取り囲まれてそうな気もするが・・・。

562 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/03(月) 20:18:55 ID:1B7prlVi0
この時期に中国目指さずに、沖縄→台湾と、マリアナ方面、あと、北海道から樺太・沿海州・千島からアリューシャンあたりを押さえてればなぁ・・・。350年後に役に立ったのに

563 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/03(月) 21:20:59 ID:vpS4gExG0
国力無いのにいたずらに拡張したって列強相手に維持できるとも思えんけどな。

564 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/04(火) 15:28:30 ID:+tVQ7asK0
>>562
樺太、カムチャツカあたりはそう思うな。
オーストラリアも領土にしておけばとは思う。

つーか、遠くから来た西洋人に取られるなんて
アジア人なにやってんのよって感じ。

565 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 15:30:24 ID:ksQePW6m0
>>561
当時の大阪城は面積にして世界最大の城郭、北京城よりでかい
国内でそういう城作ってて、実際家康は落したわけだから途方にくれるということはないだろう

まあその大阪城も正攻法では落ちなかったわけだけど
大砲で石垣崩しても意味がないから(中の土塁が露出するだけ)精神攻撃以上の意味を持たなかったし

566 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 15:40:47 ID:ksQePW6m0
あと北京城の縄張りは非常にシンプルで戦国末期の織豊系城郭に比べると心許ない
目的が違うんだから都城と純粋な防御施設を比べる方がおかしいけど


567 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/07(金) 17:04:11 ID:3drIqdp10
>>565
>当時の大阪城は面積にして世界最大の城郭、北京城よりでかい
「紫禁城よりでかい」の間違いじゃない?

城塞都市(都城≒惣構)の規模としては、
豊臣期大坂城<江戸城(1636年以降)<北京城ですが何か?
ついでに言えば、例え純粋な防御施設から発展してきた日本の城とはいえ、
豊臣が活躍した戦国末期以降にもなれば政庁としての機能も重視されるようになってきており、
城の中に城下町を取り込んだ惣構構造を持つ城に到っては外郭を取り囲む
堀や土塁、石垣の持つ意味は都城の城壁と変わらず、
もはや「純粋な(武士階級の為だけの)防御施設」とは言い難い。

豊臣大坂城
(構造)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:%E5%A4%A7%E5%9D%82%E5%86%AC%E3%81%AE%E9%99%A3.png
(航空写真/現在)
http://maps.google.co.jp/maps?f=q&hl=ja&q=%E7%9A%87%E5%B1%85%E6%9D%B1%E5%BE%A1%E8%8B%91&ie=UTF8&t=k&om=1&ll=34.682064,135.517731&spn=0.104741,0.169945&z=12&iwloc=addr

江戸城総構
(構造…現在の千代田区とほぼ同じ範囲)
http://www.viva-edo.com/edojoukaku.html
(航空写真/現在)
http://maps.google.co.jp/maps?f=q&hl=ja&q=%E7%9A%87%E5%B1%85%E6%9D%B1%E5%BE%A1%E8%8B%91&ie=UTF8&t=k&om=1&ll=35.681562,139.724121&spn=0.120472,0.211143&z=12&iwloc=addr

北京城
(構造)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:%E7%9A%87%E5%9F%8E1.jpg
(航空写真/現在)
http://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&t=k&om=1&ll=39.916945,116.390963&spn=0.113754,0.2108&z=12

568 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/07(金) 17:17:28 ID:3drIqdp10
まあ補足だけど、大陸の城塞都市の場合、
外郭の防御能力の方が内郭の防御能力より高いのは、
日本の城の惣構構造の城とは確かに「目的」の違う点だわな。
http://china168.web.infoseek.co.jp/pekin.htm
http://dsr.nii.ac.jp/toyobunko/III-2-C-a-149/V-1/caption/
http://ykym.sakura.ne.jp/top/images/toshikeikaku070915_02s.jpg

569 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/08(土) 11:57:36 ID:rELJpX1Z0
全然関係ないけど大陸の城で近代戦に耐えた城ってあるの?
日本は熊本城があるけど

570 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/08(土) 15:37:19 ID:zu2QWaXN0
つーか、デカ過ぎ&外郭の防衛に特化した北京城は、守るのも困難そうだな。
近代戦での北京城の例「義和団の乱」
ttp://yokohama.cool.ne.jp/esearch/kindai/kindai-hokusin.html


571 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/08(土) 18:49:19 ID:j6pwdyVR0
方形の城郭は一点を突破されたらおしまいだしなあ

572 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/08(土) 23:56:09 ID:zu2QWaXN0
脱線し過ぎ。

573 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 01:42:47 ID:uI3WVRkiO
まあヒデキチ君でもイエヤシ君でもいんだけど、鎖国なんかせず貿易とか技術開発バンバンやって、
伊達とか島津抱きこみながら屯田兵&貿易商で蝦夷樺太千島とか沖縄台湾ルソンとかガッツリ押さえて、
サイパングアムハワイまで朝貢させる海洋国家に発展を遂げつつ、満を持して
長江や黒龍江の河口を拠点に四川やバイカル湖ウラル山脈までジワジワ遡って、
半島や中原なんか華麗にスルーつうか、漢韓以外の北東南を全部押さえる方向でよかったろ
そうすりゃ浪人問題とか華麗にクリアだし、中原や半島なんか外濠埋められた大坂城みてーな内陸ヒッキー国家に成り下がり、
あとはボタッと落ちるのを待つもよし。いやむしろ
実はあまり役にも立たない無駄に厄介なエリアとして、包囲し無力化したまま放置みたいな?
余剰兵力や軍需産業のエサ場として生かさず殺さず、時々攻めては占領もせずに恩賞用の物質や土地少し強奪して終わりみたいな?
信長ならそんなビジョンが持てたかどうか知らないが、まあ今に及ぶ鎖国による日本弱体化はなかったろうな

574 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/15(火) 23:52:28 ID:XfgT0w0Q0
鎖国は鎖国で、それなりに明治維新につながるものがあったけどね。

575 :名無しの権瓶:2008/04/27(日) 01:44:17 ID:PTMlQ83n0
鎖国、キリスト禁止令は西洋から、自国を守るための手段であって、
弱体化といっても、インドみたいに植民地になってたら、弱体ではすまないし。

俺の中学の先生もそうだったんだけど、生々しい虐殺のあったキリスト禁止令はわかるけど、
自国防衛の鎖国を、間違いのようにしか言ってなかった。

576 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/02(月) 09:37:12 ID:1P/dHKIL0
現在の中華人民共和国と混同してないか?
あくまで相手は漢民族。
漢民族居住地はそんな広く無い、制海権さえ抑えれたら
充分倒して支配下に入れれたよ。
でなきゃ女真族は漢民族を支配下には置けなかったろう。

南部に明を追いやって南明とでもなってもらって、北部に傀儡政権樹立が妥当だろうな。

577 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/29(金) 05:04:02 ID:MvbWnEli0
落ちてない

578 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/29(金) 08:44:10 ID:rTTxiGeG0
そもそも戦国日本軍は、根本的に長距離遠征能力がないからな。

小田原の陣も、補給ではかなりギリギリな局面があったみたいだし、
朝鮮の役も、一旦北部まで制圧しながらも南部に徹底したのは、
根本原因に、補給を続けるのは南部が限界だったからだろう。

中国大陸まで補給を続けられるようになるには、
まずは朝鮮半島で練習を続けるしかないね。

579 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/04(木) 17:59:34 ID:xbWDbUuy0
済州島を取っとけばよかたのに

580 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/05(金) 06:54:41 ID:tF7w4m2U0
なんで?

581 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/07(日) 23:32:36 ID:tgOprXaR0
豊臣秀吉は寧波を首都とした東アジア帝国のようなものを構想していたらしいけど、
恐らくはあまり事情を知らずに日明貿易で知名度の高かった寧波を念頭に置いただけのこととは思うけど、
実際に、東シナ海を囲むような形で、日本・中国の連合帝国が実現した場合、
どのような形態の国家になるんだろうか?

582 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 08:32:45 ID:TdbD6WKMO
王朝名は
禿・鼠・猿・申のいずれか

583 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 22:22:18 ID:snleCeJe0
寧波は中国を支配する拠点としては、辺境すぎるね
運河は杭州までしか伸びていないから、交通の便があまりよくない
日明貿易の窓口とはいえ、経済力で絹織物産業のある蘇州や、塩取引の中心揚州に遠く及ばない



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